ガールズトーク
「いやでも、やっぱ高等学校に通ってるべき年齢の子は、義務教育的にまず学校に通わせたほうがいいんじゃないです? 訓練だって、その合間にできるでしょ?」
肩で切り揃えられた黒髪は薄暗い照明に蒼く照る。そんなボブカットがよく似合う彼女は、実年齢よりも下に見える幼い風貌を持つ女性だった。
「ううむ……確かにそうかも知れないな。教養の部分で必要かもしれん」
「いや時間の無駄でしょう? そんな時間があるなら腕を磨かせるわよ。手に職がこの地下での基本なんだからさ」
褐色の女性と、赤毛の女性がそれぞれ相反する反応をする。
彼女らがそうやってたむろするのは、研究施設内部の食堂だ。深夜帯ということもあって、外は相も変わらず明るい癖に昼夜のメリハリを付けるために電灯の明るさは半減している。
褐色の女性、エミリアは片目にかかる白髪を払うようにして、そして赤毛の女性、アイリンは紅い縁のメガネを押し上げるようにしてから、それぞれカップに注がれているコーヒーを口にした。
「だから貴様は前時代的だと言うのだ。戦前の人間か?」
「エミリーだってむしろ遅れてんのよ。必要ないでしょ、そんな学業」
「学業じゃないんですよぉ。重要なのは、その時期に何をしていたかって事。大切な戦闘員を若いうちから飼い殺すっていうのは、私もあんまり感心できないですよー」
「うっさいサクラ」
「ひどっ」
二対一で不利になったことを察したのか、アイリンは彼女を対象にして切り捨てるように言った。
しかしアイリンはそれでもサクラの上官だ。彼女がそれ以上食い下がろうにも、何やら本能がそれを拒否していた。あまり言い過ぎるなと、保身が身体を支配していた。また、太ももに添われるアイリンの指先がそれを促していた。
「でもエミリーが賛成したのってエージ君だっけ? その子の為だよね」
そうして流れに身を任せて、立ち位置はアイリンの傍らへ。
するとアイリンは勝ち誇ったような表情でエミリアを見下げていた。
特に確執があるというわけではなく、単に忙しい日常の中で久々とも言えるこの組み合わせで、彼女を弄繰り回してみたいと思ったが為だろう。サクラは非情にタチが悪い女だと心底思いながら、その上っ面を笑顔で塗りつぶしていた。
裏切り者め、という鋭い目付きでエミリアが睨む。が、同僚で訓練兵同士だった彼女に怖いものなど何一つなかった。もっとも、物理的にアタックされれば為す術もないが。
「や、奴には教養がなさすぎるからだ。軍事学でも学ばせてやりたいくらいだ」
「あー、確かに馬鹿の一つ覚えみたいに突っ込むからねえ」
「へえ、でもエージ君って期待のルーキーじゃないの?」
「まあ、必ずしも実力が伴うとも限らんだろう」
「そーゆーこと」
その場には居ないどころか、当面の間意識すらない少年のことを好き勝手言ってみせるが、その内容の殆どは実際のことだった。
強いことは強いし、彼の特異点たる能力が貴重なのは確かだ。が、戦術やら何やらがてんでダメ。戦場で活躍できるのは、その天性の”鋭い直感”と能力、それに加えた射撃の腕があるためだろう。だからこそ、肉弾戦という選択だけは選んではいけないのだが――眠りにつく原因となったのが、その肉弾戦によって殺されたからであった。
もっとも、今では人工臓器による補助で命を繋ぎ身体的な問題は一切なくなっているし、目覚めたとしても通常通りに生活することができる。運動面は未だ不明だが、そこまで問題はないとされていた。
「それで、エミリーはなんでその子が好きなの?」
「す、好きなんかじゃない!」
「教官役してたから情が移ったのよ。わが子のように思ってたけど、年齢が近いから姉弟。それが飛躍したんでしょ」
「だ、だから貴様、勝手に話を進めるな!」
慌てるように両手でテーブルを叩いて立ち上がる。
彼女はその褐色の肌さえも赤く染めていて、顔はゆでダコみたいに真っ赤になっていた。
それが図星なのか、単に仮定だけでもソレが堪え切れぬほどに恥ずかしすぎる乙女だからなのかはいまいち判然としない。それは未だ経験も無ければ異性との交際もない生娘だから仕方のないことなのだろう。
「なんで教養の話が恋愛へ移るんだ……」
嘆くように、席に座り直したエミリアはカップを口に運んだ。
「暇だからじゃない」
「まあ、明日休みだからねー」
「……私は明日も訓練に付き合わなければならないわけだ」
「ハーガイムさん等でしょ? スコールは任務行ってるし。休ませなさいよ。休み入れないとあの人たち死んじゃうわよ、歳だし」
「あんな元気な老齢は見たこと無いぞ。十代よりも力が有り余っている」
彼女の言葉に促されるままに、二人はあの姿を思い出した。
頑健な、ボディービルダーのような肉体。分厚いゴムが皮膚の下にあるのかという程の堅い身体。そして威厳を見せるシワだらけの顔は、顎を無精ひげで包んで、また白髪頭をオールバックで決めている辺りまだ気持ちは若いのだろう。
そして特異点たる彼の能力は、あの歳にして未だ計り知れぬ潜在能力を有している。底知れぬ、というのが正しいだろう。
「ううん、確かに……」
サクラは、モニタ越しに実験の補助をしていただけだが、一度だけ彼に一瞥されたことがある。ただチラリと見ただけなのだが、彼女は睨まれてしまったと勘違いして恐怖を刻みこみ、彼の存在に怯えてしまっていた。
「まあ悪い人じゃないわよね」
「人相と頭は悪いがな」
「――に、しても、ほ、他の人たち遅いですよねえ!」
あまり突っ込んだ話は聞きたくないのか、サクラは声を大にして両者の会話を遮った。
そして噂をすれば影。
ドアを開ける音。そしてカツカツと、床を鳴らす足音。
扉を開けた三人はそうして現れた。
彼女らは飽くまで自然な動作で一人の幼い少女はサクラの隣へ、そして艶やかな肢体を持つ女性はエミリアの隣へと席に着く。さらにその隣には、顔から足先までを革のベルトで締め付ける、レオタード姿の少女が。
薄暗い食堂の長机には、そうして妙な華やかさが生まれていた。
「遅れてごめんなさい、スコールさんがちょうど帰ってきた所だったので」
透き通るような金髪は、頭の後ろで馬の尾のように括られていた。零れるように巨きい胸はちょっとした所作だけでも揺れ、眼を引いた。
また相対する少女は、そんな女性に憧れるような金色の長髪を持っていた。その長い金髪を側頭部で二つに括るツーサイドアップ調の髪型に、大きめのリボンが特徴的であり、控えめな胸は彼女の年齢を示すようだった。
そして目隠しをするように、さらに首輪のように、そこから螺旋を描いて肢体を包むベルトを纏う彼女はただ腕組みをして頷いた。
「私も少し、実験が長引いてしまって……申し訳ございませんでした」
最年少となる彼女が、心から申し訳なく思うように深く頭を下げた。
そんな少女の背中を軽く叩いて、サクラは笑う。
「いいんだよぉ、どれだけ待っても時間有り余ってるし!」
「おいサクラ、あまり絡むな。イリスが困っている」
イリスと呼ばれた少女は、衛士と同期。つまりエミリアを上官とした、同じ訓練生だった。
まず彼女との共通点はそこであり、このグループに加わる理由となったのが、幼さという点にある。
この集団の平均年齢は二一歳だ。そして誰もが未婚であり、交際相手も居ない。どこか不憫な集まりだ。ならばせめて若さを求めようとしたところで彼女が居た。
イリスが加わった現在、この六人組の平均年齢はなんとか二十ちょうど。あと一人十七歳以下を加えて二十代から脱却を試みる彼女らだが、めぼしい関係者は居なかった。
――戦闘員の中の実力者集団『上位互換』の中でも一等実力があるエミリア。
その『上位互換』の中で特殊技能が特に秀でている、ベルトの少女アンナ・ベネット。
機関の技術開発部長であるアイリン。
そしてその直属の部下であるサクラ。
主に遠隔援助を行うミシェル。
専用の副産物を与えられた準戦闘員のイリス。
どちらにせよ、この妙でありながらも華やかでありまた異様なまでに年季と実力がある彼女らに見合う人間は、そうそう居ないだろう。
ここで、ようやく人数が揃ったとアイリンが息を吐く。
本来ならばもう一人居たのだが――彼女は衛士同様に眠り続けている。そして目覚める可能性は時衛士よりも低かった。
今回集まったのは、偶然にも休日が重なったからという理由ではない。
今回呼び出されたのは、休日が重なった同士というわけではない。
ただ一人の少年によって少なからずとも運命を変えられた者たちの集いだった。
アイリンが手を叩く。
当事者は、そうして一気にその場を支配した。
「さて、はじめましょうか」