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その男、神の眼につき part1.5  作者: ひさまた病
スコール・マンティアの憂鬱
5/18

対決! 凶悪テロ組織 ③

「ようこそーッ!」

 拡声器を構えた男がそう告げた。

 ようこそと、まるで我がモノ面を下げてそう言っていた。

「この街にィ、なんの御用ですかーッ?」

 白々しい。そう思うと同時に、彼は思わず深い溜息をついていた。

 若い男の声。まるで園児に話を聞かせる保育士のような口調である。

 スコールは抑えきれぬ怒りを腹の中に収めながら、ヘルメットのバイザーを降ろしてインカムの周波数に合わせて発信した。

「貴方たちを排除しに」

「へェ、何故ですかァ?」

 小馬鹿にするような返答。語尾を上げる声から、そのまゆを上げ蔑んだ表情までが浮かんでくるようだった。 

 拳に力がこもる。この男だけは、この拳で殴り殺してやりたかった。

 神父だった男とは思えないほどに平常心が失われていたが、もう構わなかった。今回で二○○以上の人間を殺害したら、もう神父はやめようと思った。神なんて居ないものだと思おうと、そう考えた。

 なにせ既に神の如き力を持っている友人がいるのだから、神などは最早無用だろう。立ち向かうまでもなく、その存在を抹消できる。その思惑を裏切れる。

 そして彼自身、その特異点たる能力はそれだけで常軌を逸していた。

 そもそも特異点という言葉に聞きなれたから、スコール・マンティアは己の力にあまり実感が沸いていなかった。だが改めて考えれば――特異点というのは、付焼刃という特異能力者の基準が適用できない位置にある存在だ。

 つまりは、付焼刃だとか、副産物だとかでは説明できない、異様な存在。それらの上位互換と言ってしまえば簡単な話だが、正確にはそれらの概念には囚われない特別な存在だ。

「痛みがわからない子に、痛みを教えてあげるのですよ。痛みを以て」

「神父のするべきことじゃないじゃないですか」

 冗談でも言うように、笑いながら彼は言った。

「まあ、とりあえずこの五十人の猛攻から生き抜いたらいいんじゃないですか?」

 指を鳴らす。その音がスピーカーから聞こえてきた。

 途端に黒の集団は前一列に並んで腰を落とす。片足を立てて膝立ちになる彼らは、まるで信長の鉄砲隊のようだった。

 同時に、ビルの上で何かが反射する。目を向ければ、スコープを月明かりに反射させたまま銃を構えているへっぽこ狙撃兵が伏せていた。

 それらを見て、何のつもりだろうかと、まず思った。

 冗談でやってるつもりなのだろうか。本気でやっているのだとしたら割合に頭の出来が厳しい連中だ。こんな奴らにPMCが殺されたのだと言うのならば、同情ができなくなってしまう。かわいそう、哀れだという前に、真偽を疑いたくなるレベルだ。

「やりますか……」

 考えるのは無駄なことだ。首を振って、いよいよと決意する。

 こいつらを殺すことに躊躇いがない。驚くほどに、むしろ殺気立つほどだった。

 確かに神父として失格なのだろうが――この世界に踏み込んだ時点で、本来手離すべきなのに未練たらしく掴んでいただけなのだ。

 実際には思い入れも何もない。

 だから彼はその場で大きく息を吐くと、最後に胸の前で十字を切った。

「救いあれ」

 誰にともなく呟いて、スコール・マンティアは力強く大地を蹴り飛ばした。


 敵の歩兵部隊は気がつくと、また道路の左右に移動していた。

 そして途端に行われる十字砲火。交差する無数の射線が、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。

 障害物も何もない往来。

 最近は、こんな場所での戦闘が多い気がする。

 逃げ道は無い。避けるすべなど持っていない。あるのは弾丸を通さぬ強化繊維の戦闘服、防弾コートだけだ。

 だから――スコールは顔の前で腕を交差させ、頭を丸々包みこむ形で防御体制をとった。

 衝撃、衝撃、衝撃、衝撃……。

 無数の、四方からの暴行が彼の足を止めようとした。衝撃インパクトの瞬間に硬化するコートでさえも防ぎきれぬその着弾のショックを全身で受け止めたが故だ。

 数十、数百の殴打が一秒間に行われる。

 意識が揺らぎそうになる。膝が小刻みに震え始める。

 やがて全身を埋め尽くす弾丸が、弾丸の尻を叩いてさらに押し付けてくる。

 頭がおかしくなりそうだった。

 が――吹き飛べ! 

 そう強く念じた。

「ふんっ!」

 諸手を勢い良く左右に開く。同時に全方向に吹き飛ばされる役目を終えた弾丸は、彼の身体に突き刺さる軌道をそのまま戻っていった。

 逆再生のような光景。鉛弾はそれでも銃口に見事なホールインワンは見せない。速度は最高速度の半分程度で飛来し、されどそれだけでも、肌を裂いて肉に食らいつくことくらいは簡単だった。

 つまりは弾丸は肉体に至る所に突き刺さり、彼らの悲鳴が聞こえる。うめき声や悪態、それぞれは血に塗れ始めていた。

 その行動は発砲と同意義だったのだ。

 されど脱落者は死ぬ事なく、そのまま患部を押さえて座り込むだけであり、戦力はそこでようやく半数になるところだった。

 鉄砲隊の半数は未だ銃を構えている。スコールの行動から銃撃をやめていた彼らだが、様子を伺ってさらに発砲を始めていた。

 機転が利くというのか、それとも良く訓練されているがゆえか。

 いや、機転は利いていないだろう。

 だからこそ十字砲火の威力が半減する。それを理解できていないようだった。

 交差点が明らかなまでに減っていて、だからこそ、彼でさえ見きることが可能となった。

 行ける。そう思うが、体の動きは予想以上に鈍くなっている。先ほどの銃弾の殴打のダメージをもらいすぎたというところだろうか。

 だから仕方なく前に進むことを取りやめる。かわりに簡単なサイドステップ。そこで能力を付加し、スコールの身体を建物の方向へと吹き飛ばした。

 彼の肉体はまるで引っ張られるようにそのまま建物の壁に衝突。射線の死角へと入り込んだ。

 そして銃を構え、敵影に発砲。

 当たらない。

 彼はそのまま壁を弾いてやや斜め前方の対面の建物へと跳んだ。

 加速し、弾丸が彼の肉体を掠めることも出来ずにスコールは再び壁へと肉薄し、激突した。背中で壁を受け止める体勢のまま、構え、照準。

 発砲。

 三発の5.56mm弾が、おそよ二十メートル離れた二人に着弾。男たちはややあってから右腿、横腹を押さえて銃を落とした。

 ――まだまだ甘い。

 彼は首を振って、先ほどと同様に対面の壁へと跳ねた。

 鳴り続ける発砲音。やがて減った人員と入れ替わりに追加された兵隊が、今度は立ったまま銃撃を開始した。が、半ば十字砲火は機能しておらず、たった一つの高速度で機動する点を追うばかりで、その集団であるメリットは半ば破綻していた。

 建物の外壁を弾き、また対面へ。

 今度は機動中に銃撃を試みる。さすがに無茶な行動故に数発の弾丸が身体に食い込み、また掠るが彼は気にせず引き金を引いた。

 空間に干渉する――念動力により上下左右に斥力じみた念動力を与える。筒状に、それは銃口からまっすぐ伸びるチューブのように。つまり、その弾道を予め決めて指定してやるのだ。

 するとどうだろうか。

 発砲。火花が散り、その銃口から弾丸が回転しながら発射された。

 それはおよそ慣性に従うことなく、そのまま真っ直ぐ指定された敵へと飛来した。

 間もなく着弾。

 血華が散り、心臓に穴が開く。肺が破れる。命が絶える。

 戦術なんて到底言えない力技。だが彼にしかできない強引な攻撃。そして抗うことの出来ぬ、運命の決定。

 彼の持つ神通力は、出来なかったことが自然に、それを元から可能だと知っているようにできるほどまで成長していた。

 敵は発射された弾丸分だけ、つまり手前に出てきた十人余りは皆胸を押さえて倒れていた。

 ――発砲音はその直後にやってきた。

 大口径の弾丸から吐き出される12.7mmの徹甲弾フルメタルジャケットは明らかに対物ライフルのソレだった。

 一秒と待たずに、五十メートルにも満たない距離を縮めて肉薄。あの滅茶苦茶なスコール・マンティアの頭はその直撃と共に跡形もなく肉塊と成り果てると、誰もが盛大にけたたましく響く射撃音からソレを想像した。

 被弾。

 いくらなんでも、弾道指定を会得したばかりの彼が、その大口径の弾丸を避けられるはずがないと思った。そして彼自身もそう思っていた。

「くっ……ぎりぎり、ですか……」

 射撃手をにらみ、意識する。己がその場に瞬間的に移動して狙撃銃を破壊する、強いイメージ。それが現実に起こったように、その大口径の狙撃銃はいとも簡単に銃身にヒビが入り、チャージングハンドルはその根元から吹き飛んだ。

 銃は、それだけで使い物にならなくなっていた。

 狙撃兵が慌てた様子で階段室へと引いていく。彼は構わず、左上腕を押さえて止めていた息を吐き出し喘ぐように呼吸をした。

 握力の失せた手からカービン銃がこぼれ落ちた。

 撃ち込まれた弾丸はその腕の中で停止していた。それもこれもこの二重の防弾素材と、加えて被弾予定の部位に反発、あるいは斥力のように弾丸の軌道を反らす外力を付加したおかげと言えよう。それで限りなく回転と速度を落とすことが出来ていた。

 心臓は射抜かれなかった。だがその為に弾丸が持っていた運動エネルギーが体内に撒き散らされて、大きなダメージとなっていた。

 しかしそれは異様なまでに異常な事だった。本来ならば、腕が吹き飛んでもいいはずの銃撃は、被弾の時点で拳銃弾程度の威力となっていたのだから。

「へえ、まだ死なないんだ」

 次の鉄砲隊が射撃の準備にかかる。

 まるで無尽蔵のように並び始める彼らにいささかの畏怖を覚えながら構えると、それらを制する一人の男が前に躍り出た。

 先ほどからの、声の主だ。

「全てを排除すると言ったでしょう……が、その前に一つ気になったことがあるんですけどね」

「へえ、何? 冥土の土産にきいてやるよ」

 口調が崩れる。

 彼も彼で、ここまでされて流石に余裕を保っていられないのだろう。

「貴方たちは何を持っているんですか? いや、もっと正確には……何が目的でこんな事を?」

 単に機関の特異点を誘い出すためならばこれほどの大事でなくても良いはずだ。いや、特異点に限ってはより大事でなければ上層部も出動を許可しないだろうが、彼にはこれはあまりにもやりすぎに思えた。

 死者の数を予想できない連中ではないはずだ。そして無為に捨てて良い数でもないはずだった。

 ならば何故? なんでこんな事を?

 それが彼の疑問だった。

「元々この街は廃墟だったんだよ。よく見ろ、十数年前から文化が全然進んでない」

 促されるように周囲へ目を配る。横たわる負傷者や死体を気にせずに見る建物は、レンガ造りだったり、古ぼけた板張りの外壁だったり、古臭い看板を掲げたタバコ屋だとか、見たこともない映画の黄ばんだポスターを貼っていた。

 確かに改めて見れば全てが古臭い。田舎なだけだと思っていたが、どうやら違うようだった。

「数年前から、ある一人の男によって再びこの街は使われることになった」

「ある男……? 誰です、それは」

「某国の国防長官。そして協会の創立者であるホロウ・ナガレと手を組み生み出したのが、付焼刃スケアクロウという能力者の存在」

「なぜ、そんな事を……」

「機関が気にくわないんだろう。自国にもあるくせに、殆ど癒着状態のくせして技術提供はいっさいナシ。勝手に居座ってカネも出さない同居人のようなもんだ。なのにその同居人は腐るほどの金塊と広大な土地の権利書を隠すことなく持ってたりってとこか」

 だからソレに対抗しうる存在を作ろうと思った。

 そこで手を貸してくれたのがホロウ・ナガレだ。彼の頭さえあれば、金はいくらでもある。実験や何かを生み出すにあたって不自由なことは大してない。

「そして一年……いや、約二、三年くらい前に行った大規模な実験で付焼刃は生み出された。その一度のソレで生まれたのは数十人の適正者。補助具が要る者から、おれたちみたいに何も要らずに”使える”奴らまで生まれた」

 そしてその施設はこの街にある。

 この街は、そんな実験体の収容所として再利用されていた。

 その某国――つまり米国ががっちりとマークしている為に他国の干渉はおろか、不法侵入さえも許されぬ場所だ。一歩でも入り込めば周囲に張り巡らされる人感センサによる機銃掃射で蜂の巣にされる。そして誤射がないよう、センサに随伴するカメラによる監視が二十四時間体制で行われていた。

 ならば今回はなぜ無事に潜り込めたのか? その回答は”スコール・マンティアが居たから”という理由に終わるだろう。

 まともな返答も得られず解消できぬ疑問を燻らせる中で、また一つ疑問が浮かんだ。

「ならなぜ貴方がそれを知っているんです?」

 ふん、と男は鼻を鳴らした。その短い髪を撫でるようにしてから、腰のホルスターからリボルバーを抜いた。

「”終わった話”だからな。おれはこの街の施設長として創立時から居た。まだ十代の頃の話だが、今だって二十代になったばかりだ。この街は役目を終えた。協会は完成しつつある」

 男は年齢よりいくらか老けた外見をしていた。

 鋭く野性的な目付き。こけた頬に、身体は細くもがっしりとした筋肉質だ。若く見ても二十代後半といった彼の姿は、苦労のお陰でそうなったのかも知れない。

「もう付焼刃の誕生は必要ないのか、あるいは他の方法を見つけたのか……」

「答える必要はないな。ただ一つ、こっちに提案があるんだが」 

「訊く必要のない事です」

 噛み締め、全身の殴打によるダメージを、動かぬ左腕をそのままにして落ちたカービン銃を拾い上げた。アサルトライフルはやや長いので取り扱いには少し面倒だと考えたがための選択だ。

「こちらに来ないか? 『アニエス』を蘇らせる事ができる。その能力を持つヤツがいる」

 ポーチから弾倉を出して口で保持し、銃から空の弾倉を振り落とす。カービン銃を地面と平行にして弾倉を取り付けようとした所で、彼の動きは不意に止まった。

 ――かつて居たシスターの名前。良く働き頑張った女性の名前。活発的で、良く子供にも懐かれて街の華となっていた彼女の名前。死に目に会う事無く、街の広場で兵隊から子供たちを庇って亡くなった人の名前。

 それを彼が忘れたことはなかった。

 そしてまさか、こんな所でその名前を聞くことになるとは思わなかった。

「蘇らせる……? 死体もないのに、DNAレベルで同一の個体を科学技術でクローンとして創りだすワケですか?」

 だからこそ、明らかなまでに動揺していた。

 相手の話は完全に嘘だ。死体があっても蘇らせることなんで絶対にできない。

 だが仮に機関ならば? 機関から抜けた特異点が創りだした、資金面でも問題のない協会なら?

 考えたこともない事に、にわかな希望を抱いてしまう。この生命の代わりとなるならば、それで彼女が生き返るのならば喜んで命を投げ売ってみせる。そう思えてしまうほど、スコールは興奮していた。

「来れば分かる」

 そしてその一言で堕ちる。表面下の興奮を読み取られて、彼はそう判断されていた。

 だからもう、迷いはなくなった。

「そうですか」

 カチリと弾倉を銃に接続する。

 銃床を脇に押し当て、弾薬を薬室に押しこむ。

 構え、照準。

 発砲。

 着弾。

 男の胸から、まるで映画か何かのように血が溢れ出して、彼は目を見開いていた。カービン銃を片手で構え、この至近距離から三点バーストを撃ちこんだスコールの姿を、バイザーを上げたから見える目からまゆにかけての顔をみつめていた。

 何かを喋ろうとして口を開ける。

 すると吹き出すように鮮血を吐き出して、顎を小刻みに震わせた後、緩慢に深く謝罪でもするように崩れていった。膝を折りそしてもつれるようにして大地に頭をぶつける。

 その頃にはもう男は事切れていた。

「もっと構成を良くしたほうが良かったですね」

 スコール・マンティアの素性や人間関係なんてのは調べれば直ぐに出てくるだろう。だからアニエスだなんて名前は割合にすぐ出せる。それを利用すれば少しでも気をひけるだろうと考えたのだろう。

 確かにそうだった。

 興味が湧いた、が。来れば分かるなんて、明らかなまでに何も考えていない言葉だ。普通ならもっともらしいことを言ってさらに興味を引く。交渉するという時点でどちらかの死が決定しているのだから、もっと必死になればよかったのだ。

 どちらにせよ、彼が言ったことが本当ならまた同じような事が起こるはずだ。死人を人質にすることなどできるわけがないのだから。

 ――結局、付焼刃らしい能力者は出てこなかった。

 念動力で銃痕から銃弾を吹き飛ばすと、途端にその穴から血がコートを滲ませ始めた。

「はあ、憂鬱です」

 敵の数はまだまだ多い。何が起こったか理解できていない連中が、まだ二百人以上居た。

「死にたくない者は残ってください。私を殺したい人間は、前へ出てください」

 最後の情だ。

 というか、単に彼自身が疲労したために負担を減らしたかっただけなのだが。

 すると、存外に――出てくる人間は完全なゼロだった。

 本気で殺すイカレ野郎だと判断されたために、皆が冷静になってくれたお陰なのだろうか。単に声が届いていないだけなのか。

 もっとも、それならそれで良い。

 別に構わない。

 好きにすればいいのだ。

 仮に彼の言葉が本当だったら、彼らも国に戻るだろうし、あるいはここでの暮らしを続けるだろう。テロがまた始まるかも知れないが、その時の判断は被害を受けた国の判断だ。関係ない。それに嘘だったとすればまた付焼刃は増え続けるだろうが――全てを排除すればいい。今回のように。

「いい選択です。余生を好きに生きればいい」

 スコールは簡単に、感慨もなくそう告げる。

 彼が銃を投げ捨てると、同様に彼らも銃を下ろしていた。

 それからバイザーを下げて、通信する。と、モニタの役割をするバイザーは再びマップを表示させ、そして通信状態を数値で表した。

『転送ですか?』

 まるで全てを聞いていたように、彼女が言った。

「はい、お願いします」

『了解。三○秒ほどお待ちください』

 ――まるで意味のない任務だった。

 無意味に怒り、多くの人間を無感情でこの手で葬りさった。

 ここに来る意味もなく、知った口で挑発されて、挑発にのって引き金もひいた。

 誰かのために悲しんだし、意思を継いだ事もあった。

 無駄だったと思うと同時に、いい経験になったとも思えた。

 人間らしさと言うものが、改めてよく分かったような気もする。それだけで十分だったのかも知れない。

 結局のところ、協会が何をしたかったのか分からなかった。本当に、特異点やらをまねき出す為の行為だったのなら――本当にわけがわからない。あまりにも被害を出し過ぎであるし、何よりも尋常ではない規模だった。

 だが他に考えられるものも、そうそうあるわけではない。

 もっとも、こんな事を考えるのは機関であってスコールがそれについて深く思惟する必要もないのだが。

「まあ、わたしにしては及第点ですよね。班長」

『……はい?』

「いえ、こちらの話です」

 胸の前で十字を切る。

 暑苦しいコートのボタンを外して前を開けると、排熱されるように外気が触れて少しだけ涼しくなった。

「さて、帰りますか」

 できればこういった任務には、今後あまり参加したくないものだ。

 言い終わるとすぐに転送が実行されて、周囲はまばゆく閃光した。

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