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エピローグ

「でもま、こっちもこっちで問題なんだよなァ」

 時衛士の起床を待つ一方で、その覚醒すら望めないであろう一人の少女。

 その少年に愛を告白してから見事成就し、そして少年の死を目の当たりにした少女。彼女は意識が途絶えるその時まで、彼女自身が新たに得た”特異能力”で彼の命を繋いでみせたのだ。それゆえに、時衛士はいまだ存命している。しかしその功績を称える前に、その肉体は極めて生存が疑えるレベルにまで冷えきり、鼓動は静かに、呼吸も少なくなった。

 まるで冬眠だ。

 肉体は省エネモードに切り替わり、仮死状態として一応生存している。

 かの少年より遙かに遠い感覚で心電図が音を鳴らし、脳波計の反応は微弱。衰弱の程は思ったより緩慢だったが、これが続けばいずれ命を繋ぎ止める体力すら失せてしまうだろう。

 ――重力子。

 機関が持つ『時間操作』の技術の要となって尚、重力を司る素子。

 それを理解し利用することにより、時間操作以外にも、ソレに準ずる特異能力というものを扱えるようになっていた。

 例えば空間断裂、例えば予知、例えば時間停止。それらは様々な道具に付加して使用することが出来ていた。

 ならば、その特異能力を個人に付加したら一体どうなるのか。

 そうして生まれたのが特異点だ。副産物と呼ばれる、特異能力を保有する装備の延長上でありながらも、それらを凌駕し観測できぬ程に進化した、能力者。

 その代わりに、進化過程で肉体を構成する全細胞に重力子が宿る事になる。その過程こそがその個人最大の試練となり得て、脱落し命を落とすものも多かった。女性での進化は未だ例はなく、眠りながら息を引き取る者が殆どである。

 しかしまた、このナルミ・リトヴャクは例外的な存在でもあった。

 進化の過程で、まだ手に入れるはずもない特異能力を自己の意思で自由に扱う。それが可能だった時点で特異点への進化が完了したようにも思われたが――時衛士を蘇生する。その無茶が祟り、高負荷によって彼女の意識は瞬く間に闇に呑まれ深淵に落ちた。

 目覚めること無く既に一ヶ月以上の時が過ぎているのは、時衛士と同様である。

「この子に関してはそうね。やっぱトキくんが起きなきゃ起きないでしょ。お姫様は王子様のキスで目覚めるのは最早常識よ」

 膝の上で使い難そうにノートパソコンを展開するアイリンは、なんでもないように返しながらモニターを睨み続けている。船坂はそれを眺めながらまたナルミを一瞥し、確かにな、と漏らした。

「しかし、話じゃ協会もそろそろ本気でかかってくるんだろ? こっちにしてみりゃソレまでに、不意を打って叩き潰したい所なんだがな」

「無理よ。おそらく全ては来年の内に……いえ、ナガレの考える事だわ。おそらく今年中に何かが起こる。それまでにトキくんが最低限目覚めなければ、対能力者戦は割と厳しいかもね」

「ハーガイムが居る。本当の意味での上位互換であるヤコブにだって手を貸してもらえれば分からねえだろ?」

「確かにヤコブは狙撃兵としては優秀だわ。もっと表舞台で活躍すればウィキペディアにだって乗るんじゃないかしら。でもね、トキくんの有用性はそれだけじゃないのよ」

 それは機関には成し得ない『予知』という能力。予測しか持ち得ない機関には、喉から手が出るほどに欲しい力だ。

 そして彼は一度死んだ。そして蘇る。その反動で、少なくとも能力は成長しているはずだった。

 付焼刃などには決して無い、特異点だからこそ在る”成長”。否、彼らはそれを『進化』と呼ぶ。

 人間から如実に離れていく特別な存在。戦闘のみならず、科学の、人類を先行すべき、それを可能とする新たな人類とも言えるのが特異点だ。

 この世に存在するそれらは、両手で数えられるほどしか居らず、また能力の解析も、重力子を操って何故『予知』や『まるで時間を止めたように空間に物を固定する』能力が可能なのか、滞り判然としない。

 されど、彼らが世界の”ため”になるのは明らかだった。

 機関が世界を掌握する一つのカードとして、決して失えないモノでもある。

 もっとも、本格的に特異点という存在が機関にとっても非常に重要度の高いものだと判明したのはここ最近の話なのだが。

「のわあっ!?」

 船坂がのそのそとタバコに伸ばした手をなんとか理性で引き剥がしていると、そんな素っ頓狂な悲鳴と共に何かが床に衝突した音がこだました。

 固い何かが叩きつけられる音。そしてひしゃげ、彼の足元にノートパソコンのモニター部分だけが転がってきた。

 アイリンは膝の上から転げ落ち、あまつさえタブレット端末ではないのに分解してしまったそれらを見て、嘆息した。

「何もしてないのに壊れた」

 先ほどとは違う足を上にしているあたり、つい癖で足を組み替えたのだろう。

 原因はそこにあった。

 もはや言い訳など許されず、明白である。

 ブラックアウトするモニター部分と、どう落ちればこうなるのか分からないほど、キーがいくつも欠落した本体を手に取り、重ねて彼女に手渡す。アイリンはゴミとなったそれを、まさにゴミを見るような目で見下しながら渡された。

「なにこのゴミ」

「まだHDDとか使えるだろ。というか何してたんだ?」

「これあたしがトキくんにあげたやつで、何か無いかなーって、まあ何回も見たんだけどね。暇だったから見てただけ」

「遺物か」

「こら、勝手に殺さないの。だけどねぇ……もうちょっとで、何かわかるかも知れなかったんだけれどね」

 惜しい物をなくしたように、破壊されたノートパソコンへと視線を落とす。

 その中には特にコレといった機能は無く、インターネットに接続できる環境ですらなかった。ただ文書作成ソフトと、市販のSRPGをいくつか入れただけである。後者はただの暇つぶしもそうだし、彼がどうに戦略を立てるのか、相手の戦力や奇襲をどう理解し対処していくのか計るものでもあった。

 見てみれば一通り手をつけ、ストーリーを周回するほどやりこんでいたらしいのだが……。

「なんで平均五、六周してんのに平均レベルが五十台なのかな」

 レベルマックスで能力値が最大になっていてもおかしくはない筈だ。そして周回ごとにアイテム、装備を受け継ぐし、レベルもクリア時の半分からスタートだから難易度が低下している。その代わりに敵のレベルが倍になり、経験値もその分高くなる。

 どんな狡いやり方をしているのかログを見ようと思ったがいくら探してもやはり残っていない。試しに彼のセーブデータでプレイしてみたが、敵の遠隔魔法や弓兵にメッタ打ちにされて間もなくゲームーバーになってしまった。

 やはり惜しい気がしたが、しかしハードディスクが無事ならまだ大丈夫だろう。暇があればまた見てみればいい。

「いわゆる低レベルクリアってやつか」

「多分ね。これが戦場で役立てばいいんだけど……ほら、FPSプレイヤーみたいにさ」

「衛士に限って無いだろ?」

「だと願いたいわね」

 アイリンは肩をすくめて立ち上がる。小脇に壊れたノートパソコンを抱え、またナルミを見守るように一瞥する。

「時間操作って考えればこの子が一番近いんだけどねぇ……トキくんには一刻も早く目を覚ましてもらわないと」

「それは同意だ。だがどうやって?」

「お姉ちゃんにでも起こしてもらえばいいんじゃないかしら」


「そろそろだ」

 一方で、ハーガイムが時衛士の病室を訪れていた。

 先客としてミシェルやエミリアが居るだけで、ほかは居ない。ほぼ毎日来る常連客であるエミリアはもちろん、来ないことを指摘したミシェルが居ることは少しばかり意外だったが、彼女らはただ彼を一瞥し簡単なあいさつをするだけだった。しかし彼が衛士の顔を見るなりそう漏らすと、それぞれが一様に、疑るような表情を以てハーガイムへと過剰に反応した。

「そ、そろそろ……?」

 ミシェルは両手で胸を押さえるように、恐る恐る彼の言葉を繰り返す。その隣に座っていたエミリアも同様にハーガイムを一瞥してから、衛士を睨みつけた。

「そろそろだ。何が? なんて白々しいことを訊いてくれるなよ」

「そろそろとは言うが、具体的にどれくらいだ?」

「数日中とだけしかわからないな。恐らく、ようやく己が生きているということを理解したのだろう。突然気配が強くなってきた。恐らくわたしたちが、特異点だからこそ感じられるモノだ」

共感シンパシーみたいなものでしょうか……?」

「多分な。単に衛士の重力子の活動が再び活発化してきたことを感知しただけなのだろうが、な」

 ハーガイムは時衛士を眺める。だがその目は彼の姿を捉えているようで、また別の何処か遠い所を見ているようだった。

 目覚め、彼の身にこれから降りかかること。彼が乗り越えなければならない苦難。その先にあるもの。

 恐らくはコレまで以上に過酷なことになるだろう。

 予知を持たぬとも、同類ゆえに予感した。

 これからが長く感じるか短く感じるか――恐ろしく長く感じる短期間になるだろうことを曖昧に理解しながら、ハーガイムは大きく息を吐いた。

「老兵は死なず、か」

 死ぬことを許されず。

 また戦うのみ。

 いざ戦場へ――六十過ぎの爺には少しばかり、過酷な戦いになりそうだ。

 彼を案ずる前に自身のことが心配になる。

 だが彼がいればいつでも世代交代は可能だ。今はただ、この少年を鍛え抜くだけでいい。己が持つ全てを彼に叩きこむだけでいいのだ。

 全てはそこから始まる。

 始まる前に、決意する。

 いつ散っても良いという決意を。

「何よりも大きな息吹となるだろう。地下空間ここに居るスコールはもちろん、厄介なやつさえも感知しそうな息吹にな」

 この少年の覚醒から全てが始まりそうな気がする。

 決定的なタイミング。火蓋を切る、その合図に――。

 彼の言葉に、ミシェルは、そしてエミリアは神妙な顔つきになった。

 ただそれだけで全てを理解したように。もはや逃げ道など無いことを改めて理解したように。

「そろそろ、か」

 エミリアが繰り返し、二人が頷く。

 そろそろ始まる。

 そろそろ逃げられない。

 そろそろ――時衛士が起きる。

 三者三様の表情で、様々な思惑が交錯する。

 そして彼の不在ゆえに漂っていた穏やかさは、数日中に消え去ることになった――。



   おわり

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