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その男、神の眼につき part1.5  作者: ひさまた病
乙女たちの休日
11/18

船坂、イリス、ミシェルの場合 ②

 ミシェルは少し残念に思いながらも、探そうと足を向けたゲームコーナーへと向かうこと無く、その店を後にする。後ろ髪引かれる思いというのはこういうことかと感じながら、それでも”それどころじゃない”この状況を再認識して、頼もしい船坂の背を追っていく。

「ミシェル。これをどう思う?」

「どう、と言われますと?」

 船坂の不意打ちに、ミシェルは理解できずに首をかしげる。

 彼は紫煙をくゆらせながら口元を歪まし、いかにも苦笑したという体を見せた。

「わざわざ連中から出向いて誘ってる理由さ。どうやらこの電波妨害は、俺たちだけに影響を及ぼしているわけじゃないらしい」

 周囲を見れば、携帯電話を空に向けて振る者、ガードレールに腰を預けて携帯電話とにらめっこをする者。多種多様だが、その多くは不意に携帯電話がその役割を果たさなくなったことに疑問を抱いているようだった。

 もっとも、機関の端末だけが繋がらなくなったというのならばそれはそれで重大な問題だったのだが。

「そうですね。このタイミングという事は、転送の反応を確認されたのか、それとも顔でも見られていて、常に監視されていたのか……後者は流石にありえません。私が断言します」

「転送の反応……あの光か。しかし転送の原理がわからねえからどうにも口出しができねえな」

「しかし駆け付ける速度があまりにも異常だと思われます」

「電子妨害装置の規模もわからねえし、だがこの広域だ。おそらく街は丸々飲まれてるはずだし、なら大昔のスパコン並と考えて良いか?」

「いえ、流石に現代科学で小型化が成功していますよ。電子戦機というものもありますし」

 ミシェルは言いながら注意深く周囲を警戒する。だが、辺りは何の変哲もない一般人が行き交うだけであり、もちろん殺気か何かが鼻先を掠めることはない。

 端末をいじり、あらゆる周波数を確認してみても全てが潰されていることを確認して、彼女は嘆息した。

電子妨害ジャミングにもいろいろ種類があります。今回は完全に通信が途絶えていますので、ノイズジャミング……それに全ての周波数が潰されているので”バラージ”と呼ばれる類のものですね。私たちの場合は相手が受取る情報を欺瞞し、こちらの有利な場所まで誘導するのですが……」

「動かざるを得ない俺達にとっちゃ、どっちにしろ誘われてんだがなぁ」

「あ、あのっ!」

 やれやれと肩をすくめる船坂の腕を、イリスが引いた。はぐれないようにしっかりと手をつないだままだから、そのまま腕を引っ張った形である。

「どうした」

「う……」

 言いかけて、彼女はそっと口をすぼめた。一つ咳払いをして、密着するようにその身を船坂に添わせてみせる。そうして声は、先程より遙かに絞られた。

「後ろの、男の人。ずっと着いて来てるんですけど、もしかして……?」

「ああ、知ってる」

「多分、協会の人ですよね」

 わざわざ振り返ったり、鏡を使って確認するまでもなくその存在は認知済みだった。

 彼は先程の家電量販店から着いて来ている。容姿は、額の真ん中で分けられるセミロングの赤髪が特徴的な男だ。ジャラジャラと鎖のついた革のジャケットにジーンズという恰好。下手に目立っているから、一般人からもあまり近づかれていない。

 いわゆる不良のような男だ。

 そしてその眼光をギラギラに輝かせて、じっと彼らを睨みつけている。

 彼から仕掛けてくることも、距離を縮めることも、何かアクションを起こすことも無い。場所を誘導する様子もないのだから、一体何がしたいのかも分からない。

「ま、あれが協会じゃなかったら困りモンだけどな」

「しかし、どう致しますか?」

「とりあえずこのまま近くの仲間の元へ行こう。加勢して、こっちと向こうの敵、同時に叩く」

 戦力にして、合わせれば二人だ。合流予定の仲間の元に居る敵が一人であるのならば、それでちょうど良くなる。

「そいつはちょっと、困りモンだなァッ!」

 そんな台詞を盗み聞きしていたのか、背後の男はがなりたてた。

「オイオイオイ、無視してくれてんじゃあねぇぜ? お前等よ!」

 男は小走りになって三人を追い抜かし、そしてその正面で立ち止まる。勢い良く振り向くと、同様に止まってくれた船坂達が目の前に位置した。

 釣り上がった目に、ガムでも噛んでいるのだろう、くちゃくちゃと彼は音を立てて口を動かしている。人相の悪い顔だと船坂は思った。

「何だ、コミュニケーションに難があるのかと思っていたが、違うみたいだな」

「泳がせてたんだっつの。合流なんてさせねえぜ」

「ほう、ならどうするつもりだ?」

「合流はさせねえが、俺をお前たちの仲間にしてください」

 邪魔そうに、彼らを避けて人並みは続く。そう広くはない歩道に彼らのための空間が生まれて、そして誰もが興味なさそうにすれ違っていく。

 その中で、船坂自身も邪険そうに目の前の男を眺めていた。

「そうだな」

「えっ?」

 彼の返答に、ミシェルは思わず声を上げる。

 そして制止しようとする台詞よりも早く彼は続けた。

「ならその前にテストだ。お前の実力図らせてもらうぜ」

 にやりと、意地が悪そうに口角を釣り上げる。赤髪の男は同じように微笑んで、後頭部を掻いた。

「面倒くせえな。やっぱそう簡単にゃ行かねぇわな」

「場所を移動するぞ。お前だって、こんなところじゃやり辛いだろう」


「おっさん、あんたも呑気なもんだなァ?」

 この街に人が居なくて適度に広い空間なんてものが在るわけがない。だから考えに考えてようやく案内したのが、適当な空きビルの地下駐車場だ。シャッターを力づくでこじ開け、照明を点灯。通電しているのが幸いというものだった。

「おっさんとは聞き捨てならねえな。こちとら心はまだガラスの十代だぜ?」

「俺は優しいから聞き流してやるよ」

 まだ二十代にもなりたての若者を相手に、三十も半ばに至る船坂は翻弄されるようにして嘆息した。移動中にフィルターまで燃え尽きたタバコが最後の一本だったために、彼としてはさっさと新しいモノを買ってきたいというところだ。

 予備弾倉は持ってきているが、予備のタバコを持っていなかったのには流石に悔やまれたが――さっさとこの男を倒して何もかもを全て吐かせれば良い。それで終わる。

 そう思うと、まるで休暇日の前日早朝のような、わくわくが全身に広がった。

「ま、そういう事だ。ミシェル、イリス。あぶねえから引っ込んでろよ」

 ミシェルはデスクワークが専門。もっとも、それでも前線に近い場所にいるのだが、戦闘に関してはからっきしといったところだろう。イリスはそれとは違い戦闘員だ。既に副産物どうぐも与えられ、幾度か戦場も経験している筈であるが、それでも火力不足、経験不足には違いない。

 それに、今回の戦闘は不特定多数を切り捨てて進むものではない。特定の一人と対峙し、確実に倒さねばならぬものだ。下手に手を出されれば、かえって邪魔になる。

 そしてそれをしっかりと理解しているのだろう、二人は頷き、隅のほうに待機した。

「じゃあ行くぜ、おっさん!」

 男が腕を振るう。と、そのジャケットの袖から鋭い両刃の刀剣が突き出した。手の甲の側から、およそ一般的な西洋剣ほどの長さ。

 まるでアメリカン・コミックに出てくる能力者ミュータントのようだった。

 男が勢いよく走りだす。船坂はその巨体ゆえの緩慢さをイメージ通りに発揮し、ゆっくりと構えた。

 が、それもつかの間。

 素早く、それほど開いていなかった距離を詰めた男が、袈裟に刃を振るう。いとも容易く懐に潜り込んで白刃を閃かせる姿は、わずか一息でそうさせていた。瞬間的に、反応が追いつかない速度――というわけではなかったが。

 刃の腹を迅速に裏拳で叩いて弾く。腕ごと船坂から離れていくそれと同じタイミングで、彼はさらにその頑強な拳を男の顔面に突き刺した。

 男は大きく仰け反り、諸手を広げ無防備になる。船坂の拳はそれでも食らいついて離れず、そのまま彼の横に移動するように深く踏み込んで、拳を彼の頭ごと力いっぱい地面に振り落とした。

 直後に衝突音が響き渡る。

 耳心地の悪い、頭が勢い良く叩き付けられる音が耳に届く。

 船坂はさらに苦痛に歪む男の顔面を掴み上げて、強引なまでに肉体を持ち上げた。

「これで終いだな」

 顔面を砕く程に握力を込め、次いで腕、肩。全身に滾る剛力を男へ集中し、腰を捻る。すると男の身体はまるで人形のように容易く浮き上がり、

「ぐ、や、やめ――」

 その言葉は最後まで許されず。

 船坂が走りだす。ソレにならって、掴まれた男の肉体は掴まれたままで彼に追随。そして風を切る加速がその臨界点達することもなく、目の前の壁は既に近くにまで迫っていた。

 勢い良く、彼の肉体は船坂の腕ごと振り抜かれる。

 右足を踏み込み、目の前の壁との距離は既に零。コンクリートへと向かうその腕は砲撃のような威圧を周囲に振りまきながらさらに肉薄した。

 そして――衝撃。

 男の頭部だけでは殺し切れない衝撃の反動が、船坂の腕から肩、そして腰にかけて、力の流動に相反するように流れ込む。全身の筋肉に刺が突き刺さるような、強い痺れが喰らいつく。

 流石に壁にはヒビ一つ入らない。これで耐時スーツを装備していれば壁の崩壊と共に、この男の頭は跡形もなく肉塊と化していたのだろう。

 男は言葉もなく白目を剥いて、だらしなく口を開けたまま地面へと崩れていく。

 船坂はつまらなそうに嘆息してから、不思議と刃が消え去った彼の右腕を確認して、その肉体を掬い上げる。脇腹を包むようにして持ち上げると、彼はそのまま男を肩に担いだ。


 呆気にとられる。

 まるで一瞬だった。

 圧倒的だった。

 敵に弁明の機会すら許さずに、ひたすらに一方的に敵を打ちのめしていた。

 なんの策略も作戦も無い、強引すぎる力押し。そしてソレが通用するほどの、常識はずれの暴力。生身だけでも容易に敵を蹂躙せしめる剛力。一度でもその力に捉えられれば、おそらく無事では済まないだろうと想像を湧き建てられる、畏怖の象徴。

 そしてそれを可能とする屈強な肉体は、易々と仕留めた敵を担いでいた。

「――す」

 それからややあって、

「すごいですっ!」

 イリスの絶賛があった。

「あ、あっという間でした! ほんとに、言葉に出来無いくらいすごかったです!」

「ん? ああ、基本的に長期戦はガラじゃないからな。こいつ相手じゃ相性が良かったし」

 同じ近接戦闘を得意とするのならば言うことはない。もっとも、この刃がとんでもない切れ味を持っていたり、その刃を投擲する、なんて使い方をすれば結果はまだ分からなかったかもしれないが。

「それで、これからはどうしましょう?」

 ミシェルは飽くまで平然と告げるが、それでも血に塗れる拳と、男の歪む顔面とを見比べていた。

「少しばかり時間を食われたが、合流だ。こいつの意識が戻り次第、言及だ」

「了解」

「わ、わかりました!」

 それぞれ二人は初めて目の当たりにするデタラメな強さに見初めながら、それを誇らず、当たり前のようにその場を後にする船坂の後を追っていった。

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