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プロローグ

「もうクリスマスだね」

 静まり返る教室。

 冷え切る空気は、三時限以降はストーブを消さなければならないという学則の為に消えてしまっているお陰だ。もっとも、日差しが心地よい昼過ぎとなれば、窓際に席を陣取る彼にとってはさほど気になるものではなかったが。

「あー、もう十二月か……」

 隣の席の女の子は、黒板に数式を綴る教師の目を盗んでは、チラチラと少年の様子を伺っていた。

 彼女はかれこれ十九年間、そのほとんどの人生を共にしてきた幼馴染だ。楽しいことも、悲しい事もたくさんあった。それらを共に感じ過ごしてきたのだから、関係はほぼ兄妹のようなものだろう。

「来年の今頃は、やっぱり大変なのかな……」

 高校四年の十二月。来年となれば就職活動やら何やらで、こんな事を呑気に言っていられる暇はないのだろう。

 そう考えると、少しだけ寂しい気持ちになった。

 この時間がもっと長く続いてくれればいい。

「遊んでられんのも、四年くらいだもんな」

 上級生はせわしなく動いている。就職する者、”訓練学校”に進学する者……ここが地上ならば大学だとか、専門学校だとか言う選択肢もあるらしいが、既に高等学校の時点でそれと同等レベルの専門学科を選べるので、行かなくても特に問題はないだろう。そもそも、地上で言う高等専門学校のようなものが、この地下での高等学校なのだから行く必要は限りなくないのだが。

 問題点があるとすれば、青春を謳歌できるか否かだった。

「ついこの間入学したと思ってたのに……」

「ねえ、じゃあ今日放課後、一緒に遊ばない?」

 彼女は目をきらめかせて、その返答を期待するように身を乗り出す勢いだ。

「んー、そうだな。久しぶりに……って、なんだアレ?」

 少年が頬杖を付いて眺めていた外の景色に、とんだ闖入者が現れた。

 この時間帯はどのクラスもグラウンドを使用しない。しかしそれ以前に、その四人組はあまりにも奇妙すぎた。

 筋骨隆々とした男に、肢体を肉に包む巨漢男。そしてタンクトップ姿の褐色肌の女性と、白髪の男性がその後を追っかけるようにグラウンドの中へと駆け込んできていた。

 それぞれが何かをわめいている。

 その上で、壮絶な”ケンカ”を始めていた。


「何をやっている! ここは訓練学校では無いぞッ!」

「エミリア、わたしはな、身内だけでブチブチと訓練するのが性に合わんのだ! この数百人の生徒らを全て観客オーディエンスにして訓練を行うぞ!」

「僕も賛成です。たまにはこういった息抜きがなくちゃ!」

 老人が喚き、肥満男がポケットから薄型のデジタルカメラを取り出した。

 まず後者に対して痛烈な膝蹴りを横腹に穿つ女性は、そのまま彼をなぎ倒してカメラを奪う。

 悲鳴を上げて倒れた男『ヤコブ』は、今にも泣きそうな顔になりながら、痛みを訴えるように喚いて大の字になった。

 エミリアと呼ばれた彼女はカメラをズボンのポケットにしまい込み、残った老人『ハーガイム』と対峙する。背後には、この中で唯一の良識者たる男性『スコール・マンティア』が回り込んで逃げ道を断ってくれている。

「たくクソったれ! 痩せろ! そしてわたしを守れ!」

「狙撃兵に無茶言わないでくださいよー!」

 バタバタと四肢で激しく大地を叩いて、乾いた土を巻き上げる。

 ハーガイムはそれを伺いながら深い溜息を付いて、うんざりしたように構えた。

「ふふっ、幾度ともない貴方との戦闘で学ばない私だと思ってか!」

「御託はいい! さっさと始めようじゃあないか!」

 もううんざりだと思うのはこっちの方だ。エミリアはそう叫びたかった。

 期間を設けない訓練生活。規則正しい生活を行わせ、決まった時間に戦闘訓練を行う予定を立てたのは今から約一ヶ月前だった。

 が、この一ヶ月間でしっかりとソレに従ってくれたのはスコール・マンティアだけだった。

 毎日十時すぎに目を覚まし、のっそりとクマの二足歩行かなにかのような緩慢な足取りで朝っぱらから揚げ物を喰らい、丁度よい腹心地になる昼下がりに、腹ごなし程度の訓練だ。抗議をしても尻を揉まれるばかりで、実力行使でも負けてしまう始末。

 だから仕返しとばかりに同僚の男を連れてくれば、拗ねて闘いすらしない。

 こんな男に、もうろくジジイに期待した私が間違っていた。

 そんな事を思い出すと涙腺が緩くなってしまうのは、仕方が無いことなのだろうか。

「もう……早く起きろ、あの馬鹿がッ!」

 嘆くように叫びながら、彼女は大地を蹴ってかけ出した。

 ――ハーガイムが駆る。およそ常識はずれな速度は、素直に真正面からやってくる。

 彼女はそれに応ずるように、互いに引き寄せられるように前へ進む。

 まもなく肉薄。男の図太い拳がノーモーションで顔面を穿つ、が、瞬時に姿勢を崩して彼の視界から消え失せたエミリアは、その身軽さを利用して軽々とその巨大な体躯の懐に潜り込む。

 そうして腰から抜いた拳銃は、そのまま安全装置を外して彼の顎先に突き付けられた。


 あっけにとられる暇すら無い。

 あっというまの決着は、ハーガイムにとっても意外だったのだろう。

 彼とて彼女を甘く見ていたというわけではなかった。ただ、もう少し正攻法に戦ってくれると思っていただけなのだ。

「そ、そういうのはナシじゃないか?」

 ひきつるような笑顔を見せる。

 彼女は相変わらず、怒気を隠さぬ表情でハーガイムを睨んでいた。

「悪ふざけは終わりだ」

 ――コバルトブルーの空の下、偽物ホログラムの太陽は全てを焼き尽くさんとする勢いで周囲を照らしていたが、それでも外気温はひどく寒い。呼吸をすれば、吐息が余すことなく白く染まるその寒さがあるその場所は、存外にも地下空間だ。

 関東圏ほどの広さを持つ、いわゆる地下都市ジオフロントであり、地上から約五○○メートル下に存在している。

 そしてその存在を知るものは、そう多くはない。

「貴様は飽くまで世界抑圧機関リリスの一員であり、私の指揮下に居る。目上だろうが何だろうが、調子に乗りすぎるのも大概にしろよ」

 この空間まちには夜がない。それさえ除けば、どこも変わらぬ、地上と同じ街の風景だった。

「は、はは……じょ、冗談だ。真に受けるな、いい歳をして」

 汗が吹き出る。冷や汗だ。それは彼自身、殺されなくとも死にたくなるような激痛を与えられる事を予感したためだった。

「……次やったら本当に腿を撃ちぬくからな」

 エミリアはそのままの体勢で猿臂エルボーを穿ち、ハーガイムを突き飛ばす。

 それから背を向ける彼女は、まっすぐに校門へと歩いていった。

「エミリアさんって、怖いですね」

 身震いするようにスコールが言う。

 ようやく立ち上がるヤコブは全身を土埃やらで汚したままで、その隣についた。

「僕はあーゆー女の人はちょっとお断りです」

「気が立ってんだ。そっとしといてやれ」

「と、言いつつも全ての原因はハーガイムさんなんですけどね」

「そーそー、ガイムさん調子こきすぎ」

 上手くフォローしてみせれば、今度はその鋭い犬歯がこちらに向く。

 随分な仲間たちだとハーガイムは肩をすくめながら、怒られないうちにさっさと彼女の後をついていった。

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