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滅亡

作者: Toporo

今年は何年だったか――――もし生き残った時のことを考えれば、私がこの忌まわしい日の正確な日付を未来へと残さねばならないわりには、どうしても思い出す気になれなかった。

気が滅入っている、だけではなく、この現実を受け止めたくない心の働きがじんわりと染み出しているのだろう。

兎にも角にもこれは今日、そして今からの話だ。


私が今どこにいるかというと、既に満席の飛行機の座席に腰掛けている。付け加えておくがファーストクラスなどという大層なものではない。

それどころか遠くの方では一人掛けの座席に無理やり二人が座っていたり、補助席もフルに埋まっているほどの超満員というやつだ。

だが、機長もCAも手前の座席に座っている旅行代理店の男ですら、笑みを浮かべることは決してしない。

いや、恐らくこの機内で誰一人として喜んでいる人は居ないだろう。それを考えると、気が滅入るのだ。


私は歴史学者である。無名の若輩ではあるが。


『一九九九年、七の月』または『暦が無くなる2012年』など。

今日という日を書き写したような記述は歴史的に数えても珍しいものでは無い。

そもそも、キリスト教ですら、そのような一日を無事に過ごす為に善行を積んで行くという宗教だ。

ここまで幾度と無くこの様な予言や空想を馳せてきた人類は、ひょっとしてこの日を待ちわびていたのではないか?

そう思ったふいに、いかん、これは歴史学の分野でない上に、不謹慎だという罪悪感に襲われる。

今日という日に――――地球は滅亡を迎えているのだ。冗談じゃない!


「ヤ、その、大変なことになりましたねぇ。」

隣の席に座っている男が顎鬚をを掻き毟る私に少々無粋に話しかけてきた。


「イヤ、あなたはまだ若いですし、ソノ、なんていうんですか。」

まったく面識の無い私に、彼は言葉を探り探りに、たどたどしく連ねていく。

私はそれに小刻みに相槌を打っては見たものの……話を察することはできていない。


「私、家族とはぐれたんですよ。私の家はね、家族で街医者をやっていたんですが。何せ、日本中どこもかしこもあんな有様で、普段は客なんて一人二人来ればいいものですがね……。」

男は突然身の上話を始める。ただ黙って考え込むのも退屈なので、彼の言葉に耳をやることにした。


「急患がどっと、市外からも来るものですから家族全員で大慌てでして。ソノ、私もずっと介抱を続けてたのですが、国から連絡が来て、急いで飛行機に乗ることにしたんです。でも、家族は今居る患者を置いて行けないと。私も残ろうと思ったのですが、国がどうしても医者が欲しいというものですから。家族に言われて、私だけこの飛行機に。」

彼は今、自己弁護をしたいのかもしれない。


「でも、私も薄情ですよ。私も残るべきでした。どうせ飛行機に乗る様な人は大した怪我なんてしていないんですからね。イヤァスイマセン。突然こんな身の上話などして。」

背中を折り曲げるように頭を下げる様子を見せた彼に、私は手のひらを示して意を伝える。


「……今頃、地上はどうなってるんですかねぇ。窓の外は雲ばかりで何も見えやしない。」

滅亡してるんじゃないかな。そう言える勇気を持ち合わせていない私はそっと視線を下ろして、感傷に浸るふりをすることしかできなかった。


いやしかし、考えても見ろ。まだそうと決まったのではない。私たちがこの滅亡から逃げ切り、生き残りさえすれば、滅亡は防がれたことになる。

だからこそ我々はこうして懸命にでもがむしゃらに生き延びなければならないのだ。

地球、という歴史がここで一区切りを迎えてしまうのは、歴史学者の私にとっても気持ちの良いものではない。いや、むしろ私が一番悲観するべきだ。

この飛行機に医者が乗せられた人々も皆そう思っているに違いない。彼だけじゃなく、恐らく誰も彼もが誰かしらを見捨てる形に、ここに押し込まれているのだ。

死を選んでも、他人を捨てられなかったような連中は、ここには居ない。きっとそのはず。

ここには確実に"生き残りたい人々"だけが居るのだ。そう思うと味方はいくらでもいる。とりあえず、安心はするべきだ。

その証拠に隣の男は私に話すだけ話して安心しきっているのか、毛布を被って暢気にいびきなぞを掻いている。


「いい気なもんだよ。全人類の命が、たった今終わろうとしているというのに。」

眠っているこの元街医者の男の顔を見ながらそうつぶやいたのは、右手前の席に腰掛ていた学ラン姿の男の子だ。私はそれとなく、その言葉の真意を問うてみた。


「地球人はもう御終いなんだ。みんな死ぬ。どうせこんな飛行機に乗ったところで、何も変わりゃしない。ちょっと長生きするだけだ。」

どうやら、終末思想というものなのだろうか、彼の手には半分の頁ぐらいまで開かれた、地味な装丁の文庫本が見える。タイトルはここからでは確認できない。

せっかく希望を説いていたのに、この少年のせいでまた気が滅入ってきた。ぶしつけなものを言うものではないと、大人気なく眉をしかめてしまった。


「この本には、こうある。"人間は死ぬために生まれてきたのだ。生はその過程に過ぎない"ああ、何とも的を射た言葉じゃないか。」

しかし、この少年は今飛行機に乗っている。大きな矛盾がそこには生まれる。当然、私はそれを指摘する。


「……どうせみんな死ぬなら、この世の終わりぐらい、しっかり見ておきたかったんでね。あんたも、生き残れるなんて思っちゃいないんだろう?いや、思っているかもしれないが、それは強情だ。まぁ、大人ならそう思うのも、仕方ないね。」

少年は不機嫌そうに席を立った。どこに行くかも告げずに、座席を掻き分けてどこか飛行機の奥へと向かってしまった。


少年に言われた事は、ほんの少し図星だった。私は本当の意味で生を信じきっているわけではないし、いずれ死ぬことは確定しているのも事実だ。

老いは人生の八つの大きな苦の一つだと説く宗教がある。老いる前に楽に死ねるのが一番気が楽かもしれない。そうでなくても、生きていくことには沢山の苦悩が付きまとう。

ずっと昔に、おぎゃあと母の元から生まれてから、明確に"生きたい"と願ったことなんて、指で数えるほどしかない。今もこんな窮地に立たされながら、本気で生きたいと思っているとは断言できない。

私は途端に不安になった。死ぬことが不安なのではなく、今ここでジッと、生き残るために座席に座りこけているのは、何とも馬鹿馬鹿しいように思えて、不安になった。

隣の男は相変わらず眠りこけていて、船を漕いでいる。それもまた、私の馬鹿馬鹿しさに拍車をかける。


「あの、お客様。ご気分が悪そうですが、お水を持ってきましょうか?」

酷く項垂れた私の背中に、やさしい女性の声が飛んでくる。声の主は、白粉の匂いがする、添乗員の女性だった。

私は好意に甘えて、水と、毛布を頼んだ。


「はい、はい。かしこまりました。少々お待ちくださいね。」

小走りで向こうに消えていく彼女を眺めながら、私はちょっと救われたような気がした。

久々に子供をあやすような優しい言葉をかけられて、冷静になったのだと思う。

程なくして、彼女は水を持ってきた。毛布は、持っていない。


「すいませんお客様、毛布のほうは、もうすべて出払っておりまして……。」

予感はしていたので、特に残念には思わなかった。一枚の毛布より、一杯の水の方が大事に思えた。


「それからこれは、酔い止めのアネロンです。今のうちにお飲みになって置くといいかと思いまして……。もしご体調が優れないようでしたら、すぐに添乗員を呼んでください。」

彼女は制服のポケットからカプセル入りの薬を一つ取り出し、私に差し出した。ほのかに体温が残っている。

彼女は私のお礼を聞いて、笑顔でまたどこかへと去っていった。


もらった水を使って薬を飲むと、まるですぐに効き目が回ったかのように、すーっと開放感があふれる。鰯の頭もなんちゃらだ。

それと同時に、不安も消えていく。今までずっと襲ってきた生の不信感は微塵も残っていない。

私は生きている。生きていく中で沢山いい思いをした。恋も友情もそれなりに楽しんできたのだ。

ならば、どうあれども死を選ぶのは、些か、その、ずるいように思う。老人だって、生きたいと思っているからこの飛行機に乗っている。皆、生の苦しみを受け入れて生きているのだと思う。

私たち人間は、そうしているからこそ、今ここに居る。私の愛してやまない歴史もそこに受け継がれてきた。紀元前の人類が、明日を信じて『年号』を作らなければ、私は永遠にこの人生を歩むことはできなかった。

何も、宗教のようなことではない。ただ、自分から湧き上がる本能に従っているだけだ。私はそうするべきだ。



私は、生きる。



「ウ、ずいぶん眠ってしまったかな。おや、私もお水がほしいですな。モシモシ、添乗員さん。」

寝ていた隣人は寝ぼけ眼をこすりながら手を掲げて、添乗員を呼ぶ。

そして添乗員より先に、あの終末思想の少年も戻ってきた。立ったまま私たちの姿を見つめていた少年は、ため息混じりに座席に圧し掛かった。


「はい、何か御用でしょうか。」

「イエ、その、水を一杯いただけますか。」

「かしこまりました。」


「ア、そういえば、まだあなたの名前を聞いていませんでしたな。」

水を待つ間の退屈を持て余した隣人は、私に尋ねた。

私の名は米倉―――――




そこまで言いかけた瞬間、メキメキという轟音に耳をやられ、機内には強烈な旋風が吹き荒れた。



その勢いで、目を瞑ってしまった私が、次に見た光景は、飛行機の前方半分が、散り散りに崩れ去っていく、信じがたい光景だった。

崩れていく方の座席の人々はパニックを起こし、叫び声をあげながら座席から飛び起き、此方に逃げようとするが、ほとんどの人はそれが叶うことなく、気圧の違いによって外に吹き荒れる風に吹き飛ばされ、飛行機の破片と共に何処か空の向こうへと消えていく。

心臓をぶち抜くような叫び声と崩壊音と、背中を押すように襲ってくる風に抵抗する人々も居る。だが風の勢いは増し、もうその殆どはしがみ付いた座席ごと旋風に飲まれてしまった。

僅か、1分足らずの出来事である。

もちろん、この危機に襲われたのは彼らだけに限らない。猛烈な風が大空に向かって我々の背を押す。シートベルトをしていた私だけは、まだ耐えている。

そう、これはまるで、地上に居た時の光景と同じだ。


「助けてくれ!」

前の座席の少年が飛ばされる瞬間、そう叫んだのが聞こえた。


隣人は言葉にならない声を上げながら、まだ座席にしがみ付いている。

私は風を掻き分けて、彼の腰元のシートベルトをロックする。それがほんの一瞬の一時しのぎにしかならないことはわかっていたが、咄嗟にそうしてしまった。


「もう終わりだァ!」

「風が!」

「アア!」


その一時しのぎをあざ笑うかのように、彼の座席の床ごと崩れ、彼もまた、空へと消えていってしまった。

それを皮切りに私のいる機内の後方部も崩壊を始めた。

叫び声が次第にその数を減らしていくのが、実感できた。


推進力を失いゆっくりと空を落ちていく機内。もう私以外の人はいない。というより、私の座っている座席以外はすべて崩れ去って何処かへと消えていってしまった。

私も今こうして、座席に座ったままでいられることが不思議でならない。

酸素が無く、息苦しい中、たった一人の孤独になりながらも、私は祈った。


――――――――――― 生きたい! ―――――――――――





















辺りは真っ白だ。

人によってはここを雲の上と思うだろう。太陽の中とも思える。


私に神が語りかけた。いや、本当に神なのだろうか?しかし、少なくとも我々の殆ど全てを知っている存在であることは間違いない。証拠などないが、それは間違いないのだ。


「君よ。君は死んだ。」


「君よ。君は疑問を思う。私はそれに答える。」


「君よ。地球は崩れた。全ての物質が一つ一つの繋がりを止め、自らを死に至らしめた。それは、君が生まれる何億年も前に決まっていたことなのだ。」


「君よ。君は死に面したその瞬間まで、生を考察した。それも、君が生まれる何億年も前から行われていたことなのだ。」


「君よ。君たち物質が形を作り始めた時、君たちに死というものは無かった。永遠の命がそこにあった。」


「君よ。永遠の命は永遠の生の考察を意味していた。君の祖先は、それが苦しくなった。」


「君よ。私は願いを叶える金の鐘を作ったことがある。それは君の祖先たちが持っていた。しかし、今は無い。」


「君よ。君の祖先はその鐘に願った。この生の考察の終わり、即ち"死の概念"を願った。そしてその願いは叶えられた。」


「君よ。その願いを忘れた君たちは死から逃れようと生を続けるようになった。しかし、君の祖先の願いはそれを許さなかった。」


「君よ。地球はそうして滅亡した。」


「君よ。私の話は終わる。このままにすれば、君は君たちが作った輪廻転生という概念に基づいて、また何処か違う星で"限りある生"を始めることになる」





「君たちよ。君たちはどうする?」






結局ちゃんと書ききれませんでした。でもまぁいっか。

ジャンルすごい困りますね。

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