リリー・ボーガスの秘密~乙女ゲー世界でギャルゲー進行した男
ゲーム知識があれば、こういう立ち回りも可能なんでしょうね、きっと
「その後のことは知りません」シリーズ
卒業パーティーにおける断罪劇も無事(一部関係者を除く)に済んだ。
後は王太子が新たな婚約者を発表したら宴を再開、って流れだろう。
長かった。
なんの因果か乙女ゲー界のレジェンドと言われる超絶クソゲー「リリー・ボーガスの秘密」の世界へ転生してはや18年。
頑張って攻略対象にならないように努力を重ねた結果、リリーは無事王太子ルートに入った。
ゲームのエンディングを信じるなら、この後、王太子は賢王となり、長く安定した国家運営を行うはず。
この国の安定というか、俺の生活の安寧のために、どうしても王太子ルート(または逆ハー)を選んで欲しかった。そのために色々と細工もした。
……まあ大変だったよ。
俺自身が攻略対象だったからな。
下手にリリーに係わるとこっちのルートになりかねない。可能な限り主人公との接触を避け、会話するときも素っ気なく事務的に、そして王太子へと誘導する。
いや、まったく、普通のゲームなら集中プレイすれば数日で済むところ、本編始まってから丸っと2年かかった。事前準備を含めればもっと長い。
日常生活も並行して行いながらだから非常に面倒な上に難易度が高いミッションだった。
「リリー・ボーガスの秘密」のあらましは、亡国の王族の血を引くリリー・ボーガスがある国に流れつき、まずはそこで伯爵家の下働きを始める。
その伯爵家の当主に魔力の高さを見出され、養子として迎えられた後で王立学院に入学。
後は乙女ゲーのテンプレというか、学院にいる貴族令息らを攻略して行く。
無駄に面白くもないアドベンチャーやRPG要素も入って、後は王道展開の退屈なレベルの低いクソゲー。
人気絵師を起用して登場人物は美形揃い。パッケージに釣られて買ったのも多かったらしい。だから、内容の駄目駄目さが余計に不評だった。
俺は魔導爵の跡取りで、学院卒業後に宮廷魔導師の資格を取って王太子の側近として王宮に勤める、のが本来のシナリオ。
実際には俺、アーバネット・リグレット(ややこしいが、この国では姓・名の順番。リリーの祖国は名・姓となる)は既に宮廷魔導師の資格を持っているし、学院の単位もとっくに取り終わってる。出席日数や王太子の護衛という特別任務もあるから通っていただけ。
正規シナリオにおいての俺は子供の頃に魔法実験で顔に負った火傷痕のせいで人嫌いの陰鬱な人間に育ち、婚約者との関係もギクシャクしていた。そういうところにリリーが、言葉が悪いが、付け入り、見事攻略して本来の婚約者であるファウは悪役令嬢としてリリーにちょっかいを出し、それが明るみに出て婚約解消となる。
リリーは王太子を選んだから、というか俺との仲は知人レベルのままだから、ファウは悪役令嬢じゃないし、そもそも性格いいからな。もし俺がリリーに靡いていたら、今は淑女として問題ないファウも嫉妬のために悪役令嬢となって愚かな行いをやったんだろうか?
ちょっと信じられない話だが、痴情の縺れってのは恐いからな。
前世でも、恋愛絡みでとんでもなく愚かなことやらかした人間はいくらもいる。女性だけじゃない、男性だって同じだ。
立場ある人だろうと恋に狂うことはあるんだろう。
俺も気を付けないと。
今現在、ファウとの関係は良好だ。
俺も影を背負ってない。
顔に怪我する実験の失敗もしてないからな。危ないと分かってることやるはずがない。いや、正確には問題の魔法実験はやったよ。ちゃんと成功させただけで。
そのお陰で俺の評価は鰻登り。
史上最年少で宮廷魔導師になり、来期には筆頭になる予定。同時に魔導爵を継いで新たな領地も賜る。
これまで魔導爵は子爵以上、伯爵未満だったが、侯爵同等に格上げされる。
出世街道まっしぐら。
宮廷を離れるって選択肢もあったが柵もあるからやめておいた。ファウは子供の頃から俺の嫁になると決めて精進して来てるんだし、今の俺にはシナリオと違って他の婚約者もいる。今更身分を捨てる、なんて選択は多方面に迷惑だからな。
貴族、それも高位となると妻を複数人、というのも珍しくない。それを養い、満足させることができる度量を見せればいいわけで、俺はそれを実践してる。
なにより、自分の好みの相手がいるのになにもしないって選択はないだろう。正規シナリオのリグレットは孤独な男だったかもしれないが、俺はそうじゃないんだから。
そしてなにより、俺の最推しは王太子ルートの悪役令嬢となる公爵令嬢リーネだった。
別にファウに不満があるわけじゃない。ファウだって良い子だ。けど、自分で選んだわけでもない。
貴族家の次期当主として、家が決めた相手との婚姻を避けるってのは相応の理由がいることだ。ファウはそこまでして避ける相手じゃないから受け入れるが、同時に自分の好きな相手とも恋愛したっていいだろ。
本来王太子の婚約者となるリーネには早いうちから仕掛けて、ファウと一緒に幼馴染みとなり、王家との縁談を蹴って俺との縁談を進めて貰った。
公爵家としては、それなりの利さえ示せば王家である必要はなかったからな。
王家との縁組以上の利というのが難しくはあったが、まあ、なんとかなった。
今の王家はそれほど力がないってのも良かった。まったく影響力がないわけじゃないが貴族議会に押し負ける程度。
リーネは正規シナリオでは能力値の高い厄介な悪役令嬢となるものの、嫉妬に狂って道を誤りさえしなければ、とても有能な完璧淑女。容姿も能力も申し分ない。
プライドが高いし気が強いから、確りしてないとペースを握られるが、妻として家の采配を任せるのならとても頼りになる。
そりゃ主人公も可愛いけどさ。まともな頭してたら、立場ある人間が有能な婚約者を捨ててまで乗り換えようとは思わん。
王太子も結構切れる人なのに、そういう運命なのかリリーが絡むと途端に判断力がおかしくなる。
正規シナリオでのリーネも確かにえげつない嫌がらせしてたけど、政治のことを考えたら人前での断罪とか、追放とかはやり過ぎ。ま、そこはゲームだ。ご都合主義でめでたしめでたしで終わってたけど、普通なら禍根を残すよ。
リーネを俺がねと……口説き落とした結果、王太子の婚約者は別の人間になった。
こっちも家柄も能力も申し分ない女性、侯爵令嬢フージュ。
見た目だって悪くない。
性格もまともだったんだが、主人公と王太子の仲が進むに連れて行動と言動が怪しくなって行った。
まあ、分からんでもないよ。
普通の貴族淑女でも礼儀作法だなんだと大変なのに、王太子の婚約者はよりハイレベルなものを求められるし、教養だって必須だ。将来の王妃として恥ずかしくないように日々努力を重ねるってのは並大抵のことじゃない。
そういう苦労をして来たのに、ぽっと出の主人公と王太子が仲が良くなってしまい、自分より大事にされる。
腹も立つだろうし、王太子相手になにか仕掛けるわけには行かないんだから主人公を標的にして色々鬱憤晴らしだってするだろう。まあ、程度問題というものはあるが。
この場合、一番悪いのは王太子に近づいた主人公じゃなくて、フージュという婚約者がいる身で他に眼を向け、フージュを蔑ろにした王太子。ちゃんとフォローしてれば問題がこじれたりしなかったろうにな。当人には浮気という自覚もなかったのかもしれんけど。
王太子も最初は主人公とは良き友人のつもりだったろうし、仲が深まってからもフージュとの婚約解消までは考えてなかったんだろう。
ただフージュの嫉妬が酷くなると、うんざりしたんじゃないかな。原因が自分にあるのだと気付くには、王太子はまだ若い。主人公可愛さも相俟って、もうフージュとの将来を思い描けなくなった。
それに、命の危険もあるような嫌がらせは度を超している。
王太子の中では健気な主人公を護るのは大正義、という図式が成立したんだろう。そうなると、俺の忠告なんかも耳に届かない。他の側近が主人公サイドにいるってのもあるけどな。
主人公は飽くまでも王太子ルートだけれど、他の攻略対象との仲も悪くない。
俺以外の攻略対象たちは主人公につき、俺は後々王太子に国を治めて貰わねばならない関係からも中立を貫いた。
ゲームならエンディング迎えて終了、だけど、現実だとまだまだ先があるからな。
先の先まで考えておかないと。
「あなたの予想通りになったわね」
会場に戻って来たリーネが俺を見つけて寄って来た。
今宵、俺はリーネとファウをエスコートしてる。
上位貴族だと複数夫人は珍しくないとは言え、学生時代から婚約者2人を同伴ってのはちょっと珍しい。
両手に花ではある。
それもとびきり美しい花だから俺としては大満足。
ただし、この花たちは繊細で扱いが難しく、トゲも毒もある。
リーネの赤いドレスは一歩間違えれば毒々しく見えるが彼女が着こなしているから格調高いものに見える。まさに女王の風格。これは婚約者の欲目ではない、と思う。
つい最近までフージュよりリーネの方が王太子妃に相応しいのではないか、正妃2人でもいいのではないか、という声があったぐらいだ。
リーネは警備の近衛兵によって退室させられたフージュの様子を見に行っていた。
年齢も近いし、王太子妃候補に挙がったこともあるから親交があるんだ、フージュとリーネは。
俺は最近王太子が主人公リリーと接近しているのを知っていたし、そうなるようにも仕向けたから、きっと近々王太子はフージュとの婚約を破棄する騒動を起こすと予言していた。その際、フージュが犯した過ちについても断罪されることになるだろう、と。
リーネやファウは、さすがにそれはないだろう、と考えていた。普通はそうだ。
政略で決めた婚約者と別の相手と恋愛関係になること自体は珍しくない。そういうときは正妻と愛人とか、第2妃など方法はいくらでもある。
自分はこの相手しかいない。この相手だけだ、と決めるのはいいが、それならそれで手順というものがある。王太子の場合は特に周囲への根回しなんか確りやっとかないと、権力関係のバランスが酷いことになる。
若さ故の、と言ってしまえばそれだけだが、侯爵令嬢であるフーシュを断罪すれば後々問題になるんだがね。だから、断罪劇なんて普通はやらん。
「殿下は、もう少し理性的な人だと思っていました」
ファウも、失望した、という顔。
「完璧な人間などいないということだ。だからこそ、我々がいるんだ」
俺を含めた数人の側近。
俺以外はリリーに惑わされてしまっているが、判断力がおかしいのは主人公に関したところだけで他は実に有能な連中だ。
王太子だって実務能力は高いんだから、この騒動が落ち着きさえすればなんの問題もないだろう。老衰で死ぬまで賢王であったと言うんだから。
断罪劇でざわついていた会場も落ち着きを取り戻し始め、王太子が再度注目するよう言葉を発した。
そして新たな婚約者の宣言。
ざわ、っとするわな、そりゃ。
リーネたちは予め俺がそうなるだろうと伝えておいたから、やや呆れた顔をしただけだった。
そうそう、言っておくが主人公リリーは邪悪な人間じゃない。
少々世間知らずなところもあるが真面目で能力もそこそこ高く、慈愛もある。将来の王妃に相応しいとは思わないが悪い人間じゃない。俺だって別に嫌いじゃないよ、リリーのことは。
リリーと敢えて距離を置いていたのは、ファウやリーネのが大事だし、リリーは趣味じゃない上に王太子とくっついて貰うのが一番平和だってだけの話だ。
俺個人としては王太子とリリーがくっつくことにシナリオ関係をおいておいても反対はしない。好きなようにすりゃいい。
リーネたちだって別にリリーを嫌ってるわけじゃない。ただ、今回の顛末に呆れてるだけで。その呆れの対象は主に王太子。
王太子が新しい婚約者を紹介して宴は再開され、なんだかんだと無事終了してから俺たち3人はうちの馬車に同乗した。
ファウもリーネもそれぞれの家に帰るわけだが、婚約者である俺は彼女たちを送り届ける義務がある。
これには順番があって、高位のリーネを先に送らねばならない。
遠回りだろうとなんだろうと、近い者から送るってのは駄目なんだよ。
序列がある以上、家長となる俺が率先してそれを守らないと示しが付かないから。
まだ婚約段階とは言え、婚約を公表して、公の場でエスコートしてる時点で既に世間は俺たちをそういう眼で見てる。
だから、第1夫人となるリーネを最優先。
この辺がなあ。
双方合意なら夫人の数の規定はない。
原則として、どの夫人の実家とも平等に付き合う。何番目の夫人だろうと、実家が窮すれば救済しなきゃならんし、できなかったら器量が問われる。だからあんまり調子こいて何人も夫人を抱えると、後々大変なことになることもある。
昔、ある富裕な貴族が二桁の夫人を娶り、飢饉のときにそれぞれの実家を援助して自分は破産したという、なんともアホな話もある。
しかし、国法では夫人には平等な愛を注げと推奨してるくせに、なにかあるときは序列が発生するんだよな。
誰だよ、こんなシステム考えたの。
馬車内の席も俺の隣がリーネ、向かいがファウ。
こんな密室内でのことだ。序列無視しても誰にもバレないけど、俺もファウもリーネに逆らう度胸はない。
「そう言えばエミリーから打診があったのだけれど」
「グラハム伯のご令嬢ですか?」
リーネの言葉にファウは一体なんの打診だと首を傾げた。
「彼女はトーマス、騎士団長令息との婚約を近々解消するらしい」
トーマスは攻略対象の1人。
リリーと初めて接触したときからトーマスは心奪われていた。
主人公リリーが王太子を選んでもトーマスの気持ちはリリーを向いたまま。
エミリーは婚約者であるトーマスの態度に困惑し、悲しんでもいた。何年も前から婚約して、それなりに良好な関係だったのに、リリーが現れてからはトーマスとの仲がおかしくなってしまった、と。
ただリリー自身はトーマスに特別な思いはなく、適切な距離を保っていたものだからエミリーとしてもリリーに文句を言うわけにも行かず、もどかしい思いをしていた。その辺りがフージュとの差だろうか。
それでも信用していた婚約者の裏切りは彼女に精神的ダメージを与え、男性不信になりそうだった。
シナリオのせいで被害を受けて人生が狂ってしまっては余りにも可哀想だからと何度か話を聞いた。聞き役がいるというだけで、楽になることもあるものだ。簡単なカウンセリングみたいなもんだ。
「エミリーもリリー嬢の件で色々と思うところがあったようだ」
リーネの言葉にファウは納得顔をした。
なにも主人公に浮かれたのはトーマスだけじゃない。他の攻略対象たちも似たようなもので、辛い思いをさせられた女性は何人もいる。
主人公リリーは馬鹿でもふしだらでもない。だから攻略対象たちとおかしな接触をしたりしていない。それでも、何人かはリリーに強烈な思いを抱いてしまった。
恨むべきはシナリオライターだろう。
「それで打診というのは?」
トーマスとの婚約を解消する件はただの報告だ。
リーネは打診と言った。なら、話には続きがあると考えるのは普通で、ファウもそう考えた。
「わたしが、第3夫人、或いはそれ以降を受け入れる気はあるかどうか」
「……」
一瞬眼を見開いたファウが俺を睨む。
要するにエミリー嬢は自分が第3夫人として嫁ぐとして、第1夫人予定のリーネはそれを許容してくれるか、と聞いて来たわけだ。
妻を何人娶ろうとも、それは俺の自由だ。決定権は俺にある。けれど、どの貴族家でもそうだが第1夫人に拒絶されている状態で嫁げば家の中が荒れる。それを防ぐには予め話を付けておくのがいい。リーネは公爵家の人間であるし、意向を確認しておくに越したことはない。
それは分かる、分かるんだが……。
俺と話を詰める前にリーネに話を持って行ったのはどういうことだろうか?
まさかとは思うが、将来的に俺がリーネの尻に敷かれて、魔導爵家の実質的支配者がリーネになる、と見越してのことか?
めっちゃありそうで困る。
公爵家っていう俺より上の身分ってのもあるが、本家悪役令嬢だけあって性格もきついから。
「それで将来アーバネット家の夫人は何人になる予定なんだ?」
おう、リーネさん、眼が恐いです。
「そうですね、是非お聞きしておきたいです。リーネ様が第1夫人なのは当然として、わたしは第2夫人でいられますか?」
ファウは笑顔なのに恐い。
こういう序列は実家の爵位が関係したりするから、リーネはともかくファウとしては夫人の数が増えれば序列が落ちる可能性があると思ってるんだろう。
そういうつもりはないんだが……。
「ジュディスやマーガレットとも仲がいいと聞いたけれど?」
2人とも攻略対象の婚約者。
主人公の出現で立場が危うくなると、どうしても彼女たちの心は穏やかでいられない。
そういう事情をゲームで知ってたから、気の毒に思って慰めて回ってはいた。
乙女ゲーだけあって主人公と赴きは違うとは言え美少女ばっかだから、彼女たちの心痛を知ってて放置ってのはどうにも寝覚めが悪かった。
下心がまったくなかったと言えば嘘になるが、真剣に結婚まで考えていたわけじゃない。
そこまで本気で落としに行ってはいない。
彼女たち貴族令嬢は抑圧されて生活している。いや、誰でも大なり小なりそうだが、彼女たちは淑女として教育され、結婚相手も選べず、結婚してからは家のため、夫に尽くすよう教育される。
普通の男なら、婚約者や妻を大事にする。
攻略対象たちだって主人公と出会うまではそうだった。
それが変節して婚約者たちを大事にしなくなってしまう。令嬢たちにとってそれは酷い裏切りであり、これまで決められたルートを進んで来た彼女たちは突然の将来の消失に戸惑い、不安になる。
俺が想像以上に懐かれたのは、たぶんそういう弱ったところに救いの手を差し伸べたからだろう。
狙ってない。断じて、弱味に付け込むつもりなんてなかった。
俺が狙ったのはリーネだけだ。
推しだったリーネと元からの婚約者のファウ、2人もいれば十分だ。
「家のためになる縁ならいくらでも結べばいいけど、できれば事前に相談はしてちょうだい」
俺は両手を軽くあげて、仰るままに、と示しておいた。
いや、増やす予定はないんだがな。
リーネは既に女主人のつもりらしい。
諸々の手続きは終わって、後は準備した書類を然るべき場所に提出して式を挙げるだけだから、それぐらいの気構えでいてくれることは実に頼もしい。
この国で家を盛り立てるためには仕事ができる男と家内を切り盛りする敏腕な女が必要だ。
なんの因果か貴族に生まれたからには、少なくとも先祖から受け継いだものを損なわずに子孫に伝えてやらないといけないからな。
「フージュ様はどうなるのでしょう?」
ファウが思い出したように呟いた。
王太子の婚約者から下ろされ、追放だと宣言されてしまった。
貴族令嬢が追放なんぞされたら、実家もただでは済まないし、高い地位にある家だから貴族全体にも影響が出る。
「そっちは手を回してある。フージュ嬢が色々やってしまったことは事実だからお咎め無しとはできないが、かと言って殿下の行いも決して褒められたものじゃない。1月の謹慎処分と既に陛下のご裁可もいただいている」
ありゃ、2人が驚いた顔をした。
言ってなかったか?
「だとしても、殿下が……」
「陛下との話は公表されていないから、殿下がこれまでのフージュ嬢の献身と反省の色が濃いということで刑を軽くなさった、という辺りでの発表で決まるんじゃないかな。
フージュ嬢の実家も、それぐらいなら受け入れるだろう」
主人公が現れるまでは、王太子もフージュも良好だったんだ。
そして、王太子も落ち着けばフージュへの罰が重すぎることに気付くだろう。政治的な意味合いでも、過度の罰は害にしかならない。
フージュへの罰に関しては攻略対象たちの上、騎士団長や宰相からも同意を得ている。
フージュへの罰を減じると、選ばれなかったのに主人公に熱を上げている連中がなにを言い出すか分からないからな。それぞれの父親から同意を得ていればさすがに口出しはできまい。
悪役令嬢がリーネからフージュへと変わっても、流れは変わっていなかったから先回りしてフォローできた。
さすがにリーネの身代わりにした手前、放っておけないからな。
そう言えば、俺以外の攻略対象は王太子ルートが確定した後でも主人公に浮かれたままだな。これは逆ハー状態なのかもしれない。正確には、俺が抜けてるから完成してないが。
まあ、別にそれならそれでいい。
逆ハーなら攻略対象たちが今後も忠臣として王太子、後の国王に仕えるだろう。実際は王妃への忠誠であっても国の利になるなら構わないさ。
重要なのは王太子と主人公がくっつくことで、逆ハー状態でも問題はない。
それぞれの家の跡取りは養子でも取ればいいだけだし。
「まあ、それぐらいなら侯爵家も受け入れるだろう」
リーネが納得したところで馬車が公爵家に到着し、俺は一度馬車を降りて邸内まで付き添った。
そこで公爵が待ち構えていたのはちょっと意外だったが無難に挨拶をして、ファウを待たせているからと早々に引き返した。
世の父親というのは、大抵娘の婚姻相手には厳しいものだ。
公爵も例に漏れず、それでも体面があるからあからさまなことはしないが、いつだって俺を値踏みしている。
あの人の前だとずっと気を張っていなきゃならないから精神的に疲れるんだよ。
公爵に今夜起こったことの顛末を話して今後について話すことも考えたが、シナリオ通りなら王太子ルートでも逆ハールートでも国が乱れるようなことはないはずだから、と自分に言い訳して逃げた。
今日の報告はリーネがしてくれるだろう。
「でも、これで殿下の周辺も落ち着きますね」
邸が近づいて来ると、今日の締めくくりのような雰囲気でファウが言った。
「まあ、そうだな。……ああ、でも殿下が結婚をいつになさるかによっては、俺たちの式の日取りを変更ってこともあり得るか」
「そんな」
ファウが顔色を変える。
もう手配は済んでいる。今更日取りを変えたくはないのだろう。招待状だって出してあるんだから当然だ。
「いや、たぶん大丈夫だとは思う。殿下だって知ってるんだ。わざわざ被せては来ないだろう。
それに王太子殿下の結婚となれば準備だけで数年掛けることも珍しくない。
まずは国王に許可を貰うところから。これは、問題ないと思う。そもそもが正規シナリオ通りなんだから、ストップがかかる理由が……うん、ないな。
国内外に通知して会場を準備、招待客の選定、招待状の発送……うん、大丈夫だ。どう考えても俺たちの式までには間に合わない」
次期国王の結婚式なのだから盛大なものになるだろう。
式というのは、大きなものになればなるほど準備に時間がかかる。
俺たちの結婚式だって1年前から準備してたんだから、王太子の式がそんな簡単に準備できるわけもない。
俺の一言で不安になっていたファウは胸を撫で下ろした。
いや、悪い。良く考えてから発言すべきだった。
「でも、王太子殿下がご自分で良き相手を選ばれたのは悪い話ではありませんね」
「王族ともなると、個人的感情が後回しにされるのが普通だからな。思う相手と結婚できるのは珍しいだろう」
どうせなら、自分で選びたいよな、結婚相手。
……そう言えばファウと俺は家が決めた婚約だった、とファウをちらりと見やると、彼女はにっこりと笑みをくれた。たぶん、ファウは俺との結婚に異論はないと思う。あったとしてもどうにもならんから、彼女が満足できるよう俺が頑張るしかない。
「後はお世継ぎが望まれますね。仲の良いご夫婦なら、案外早いかもしれません」
「いや、世継ぎは無理だろ」
どうして、とファウが小首を傾げた。
「そりゃ……ああ、そうか、言ってなかったか」
俺は前々から承知していたことだから、ファウたちは知らないというのを忘れていた。
王太子とリリーの間に世継ぎは産まれない。
王弟が第1継承者となり、実際に次ぐのは王弟の子辺りだろうか。
そう、それこそこのゲームが並のクソゲーではない理由だ。
伝説的なクソゲーと呼ばれた理由は、意味不明なRPG部分でも、長ったらしく退屈な上に操作性がゴミなアドベンチャー部分でもない。そんなものだけなら、これはただのクソゲーで済んだ。
それはエピローグで突然明かされた衝撃の事実。
そんな伏線なかったやろ、と大ブーイング。
ただの評価の低い乙女ゲーだったものを、一体どの層を狙ったものだったのかとゲーム製作の目的を行方不明にしてしまった要素。
リリー・ボーガス、この国の表記ではボーガス・リリー。
それぞれの単語の意味を調べると製作側の意図が見えるが、誰がそこまで考えるというのか。エピローグを見てから、やっとそこに思い至る仕掛け。
ホント、誰得だったんだ、このゲーム。
乙女ゲームと言いながら、乙女ゲームですらないなんて。
……確認してなかったが、王太子はリリーの秘密について知ってんだよな?
あれ、なんか急に不安になって来た。
もし、王太子が知らなかったらどうなんだろう?
いや、でも、ゲームじゃ王太子とくっつけば長い平和な世になるってあったわけだし……。
まあ、あれだよ、俺が考えても仕方ない。
王太子とリリー、2人の問題だから。
国と俺の今後の平和のためにも、王太子たちには幸せな家庭を築いて欲しいものだ。
ああ、そっちかあ
そう言えば、一度も「彼女」とは言ってないですね
王太子はいつ知ったのでしょう
或いはこれから知るんでしょうかね?




