婚約破棄はしっかり睡眠をとってから
眠すぎる。立っているのにもかかわらず、時折地の底にガクッと引きずり込まれるような、そんな感覚に襲われる。早く帰ってベッドに潜りたい。
しかし、今日は王立学園の創立を祝うパーティ。学生は絶対参加なのだ。……あぁ、早く帰って寝たいわ。
「レイチェナード!」
どこからか私の名を呼ぶ声がする。残った意識を総動員させ、声のした方に顔を動かすと、そこには私の婚約者ディグル王子が立っていた。クラスメイトのネムリー男爵令嬢が、チョコチョコと王子の隣をキープして歩いている。
瞼のシャッター頻度がどんどん上がってくる。正直立っているのでも精一杯だ。でも曲がりなりにも私は公爵令嬢。こんなところで倒れてしまっては末代までの恥だ。
私は足に意識を集中させる。
「レイチェナード!お前との婚約を破棄する!」
あれ?今ディグル王子はなんて言われたかしら?足に意識を集中させすぎて、うまく意味が聞き取れなかった。鼓膜は正常に作用したはずなのに、言葉が脳を滑って、何も残らなかった。
……まあ、いつもの通り、どうせたいした事は言ってないのだろう。あの自信満々の顔を見るに、自慢話であることは容易に想像できる。適当に返事をしておこう。
「まぁ、それは素晴らしいことでございますわね」
「な!お前、事の重要さを理解してないのか!――まさか冗談で言っているとでも思っているのか!?このパーティでの宣言を受け次第、婚約者と名乗れると思うなよ!」
何か重要な事だったらしい。だが、またしても後半がうまく聞き取れなかった。
『~しだい、こんやくしゃと名乗れ』みたいな事を言っていたわね。あぁ『~し、大根役者と名乗れ』ね。……よく分からない要望ね。夢でも見ているのかしら。とりあえず、ご希望通り大根役者の演技でもしましょうか。
「ワー、タイヘンダー。タスケテー」
「バ、バカにしやがって!学園に残れると思うなよ!お前がこの可愛いネムリー嬢に対し、罵倒や乱暴を繰り返していたことなど、とっくにわかっているのだからな!」
やばい。もう限界かも知れない。王子が言ってる台詞どころか、地面がどこにあるのかすらわからなくなってきた。今私を支えているのは、公爵家のプライドと意地だけだ。
何か支えが欲しい。王子は――さすがに支えにしちゃ不味いわよね。あぁ横にネムリーさんがいるじゃない。王子も何か彼女の事を指さしているし、肩でも少し貸りさせてもらおう。
私は岩石のように重たい足をなんとか引きずり、ネムリーさんの前に立つと、彼女の両肩を両手で握った。ビクッと肩をふるわすネムリーさん。
「本当にごめんなさい」
「いまさら謝っても遅いわ!」
私の言葉に何故か王子が応える。でも今はそんなこと気にしている余裕なんてない。
「……ベッドで横になりたい気分なの。もう、限界」
私の発言に、ネムリーさんの表情が固まった気がする。それどころか、会場の気配も、どこか静けさを帯びた気がする。……気のせいか。
「な、何、気色悪い事言ってんのよ!」
急に訪れた静寂を切り裂くように、ネムリーさんが叫び声を上げる。彼女は私の両手を肩から払いのけ、安定感をなくした私はへなへなと地面に倒れ込む。
「気持ちわりーんだよ!近づくんじゃねぇ!死ね!」
ネムリーさんが、地面に転がっている私に対して蹴りを何度も入れてくる。そこまで強い力ではなかったが、暴力を振るわれているのは紛れもない事実だろう。……なんだ、もう私寝てたのか。あの温厚なネムリーさんが人を蹴るなんて、夢でも無い限りあり得ない。夢の中で眠りに耐える必要なんてないわよね。なんだか蹴られている衝撃が、子守歌のように心地よい。
私は静かに目を閉じた。
******
その後、数時間ほど私は広間で熟睡していたらしい。起きた頃には、ディグル王子、ネムリーさんはそれぞれ別室で取り調べを受けていた。結果としてディグル王子は無期限休学、ネムリーさんは暴行の現場をバッチリ押さえられた影響で退学することが決定した。もちろん、私とディグル王子は正式に婚約破棄をすることとなり、王家から謝罪と謝礼を受けた。
それから、私は特に変わりなく日々を過ごしている。――しかしなぜだろう。一部女子に近づくと、小さな悲鳴を上げられてしまうのは。
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