♯7 ランクと強敵と
結局一睡もできなかった……
俺は重いまぶたを擦りながらシニアを揺すり起こす。
「んん……」
鼻から抜ける吐息と共に、ゆっくりと目が開く。気だるげな様子のシニアはまだ半分夢の中だ。
「今日もFランクの依頼受けに行くぞ」
「ん…あとちょっとだけ」
「そうやってしてると起きんの余計だるくなるぞー」
俺はベットから起き上がると、軽く服を着てから井戸へ行った。
パシャパシャと顔に冷水をかける。だんだん意識がはっきりしてきた。
残った水で口をゆすいで…っと。これでよし。
「私も顔洗う〜」
間の抜けた声を出しながら遅れてシニアがやってきた。俺と同じように井戸水で顔を洗っている。
「ほい、タオル」
「ありがと」
そう言ってタオルを受け取るシニアの顔はまだ水気を帯びており、朝日を反射してキラキラと輝いていた。
ほんと綺麗なやつだな。
「何?ぼーっとしちゃって。ハヤタの方が眠そうじゃない。」
思った以上に凝視していたらしい。慌てて俺は視線を逸らした。
「まさかあれ?今頃になって私の美貌に気づいちゃった?」
「うっせ!いいから支度するぞ。」
そんなこんなで今日も俺たちはギルドの依頼を受けに行った。
「今日の依頼は…迷い猫探しか。なーんかパッとしねぇな。」
「何言ってんのよ。困ってる人を助けるのも大事な仕事よ?」
「へいへい…とりあえず片っ端から聞いて回るか。」
あまり気乗りしなかったが、仕事は仕事だ。きっちりこなさねぇと。
「知らないな」
「すまない、見てないよ」
「ごめんなさいね〜見てないわ」
「黒猫ならいたが、首輪はなかったよ」
探し始めて5時間ほど…全く手がかりを掴めないまま、脚は棒と化していた。
「腹減ったぁ…」
「そうね。少し遅くなったけどお昼にしましょ」
朝は軽いものしか食べておらず、相当空腹だ。ひ
俺たちは迷わずスクワロルへと向かった。
「ふぅー!やっぱ最高だなあの店の料理は!」
「今日の日替わりランチがホーンラビットとクロタケのボイル焼きなんて…ツイてるわよ!私たち!」
上機嫌で歩いていると、曲がり角から出てきた何かにぶつかった。
「あ!あの猫!!」
シニアが指す方を見ると、そこには赤い首輪をつけた黒猫が佇んでいた。かと思えばすぐさま路地裏に逃げ込む。
「やべっ!早く追わねえと!」
そう叫んで走り出した瞬間、さっきの角から飛び出したもうひとつの何かにぶつかり、転んでしまった。
「痛い…」
よく見ると、それは大きなウィッチハットを被った女の子だった。見たところ中学生くらいだろうか。尻もちをついてぶつけた頭を帽子越しにさすっていた。
「大丈夫か?ごめんなちゃんと前確認してなくて」
俺はすぐに立ち上がり、少女に手を差し伸べる。
「…ありがと」
少女は俺の手を取るとすくっと立ち上がった。
「目立った怪我はないみたいだな。良かった良かった。…ってそうだった!猫を追わねえと!!」
「忙しない。」
俺は少女に手を振って、猫の後を追った。
「ハヤタ、こっちこっち」
小声でシニアが呼ぶ。そこにはさっき逃した黒猫が寝転んでいた。
さっきは不意をつかれたが、今度は俺の番だ。
"透明化"
スキルを発動させジリジリと距離を詰める。
今だ!
「迷い猫保護ぉぉお!!」
「ナイス!ハヤタ」
無事飼い主の元に猫を送り届け、任務完了。
早く宿に帰って休みたい。
「ねえハヤタ」
「ん?どうしたシニア」
「ハヤタはいつまでこの街にいるつもり?」
「そうだな…ある程度強くなってから旅したいし、結構長くいるかもな。」
「それだったら家を借りた方がいいと思うわ」
「家?」
「ええ。ある程度定住するなら借家に住んだ方が賢明だと思うわ。宿代もばかにならないでしょ?」
確かに。今の宿屋は安い方だがそれでも少々値が張る。冒険者としてこの街で生活するなら、色々自分の好きにできる借家の方が好都合だろう。
「わかった。明日探してみるぜ」
「私も手伝うわ」
「この街に詳しいシニアがいてくれんなら、心強いな。」
翌日の新居選びは、案外すんなり終わった。理由はシニアがめぼしい物件を先にピックアップしてくれていたからだ。
「いやぁ、こんなにすんなり済むとは。シニア様様だぜ。」
「ここなら冒険者ギルドも近くにあるし、なかなかいいと思うわ」
「おまけにスクワロルも近いときた!文句なしの物件だぜ。」
「気に入って貰えたみたいで良かったわ。心機一転!張り切っていきましょ。」
「てかシニアってやたらこの街に詳しいよな。なんでだ?」
「えぇ?いや、それは…その。」
「なんだよ〜。はっきり言えよ。」
「た、ただ単に生まれも育ちもこの国だからってだけよ。」
「ふーん。そういうもんか。」
「そういうものよ。」
少し引っかかるとこはあったが、本人が言いたくなさそうだったので言及しなかった。
レペゼン・バーンなだけじゃそんなことまでわかんないと思うけどな。
「シニアはこの国が好きなんだな。」
「えぇ、そうね。」
短い言葉ではあったが、シニアの街を見る真っ直ぐな目がその愛の大きさを物語っていた。
その後、俺は必要最低限の家具をシニアに見繕ってもらい購入。
新居に設置する作業を行っていた。
「ハヤタ。ベットはどこに置く?」
「そうだな…そこの角に置いてくれないか?」
「了解」
魔法鞄から飛び出したベットを丁寧に角に設置するシニア。
またもや魔法鞄の利便性を痛感する俺。
「なぁシニア。その魔法鞄いくらくらいするんだ?」
「そうね…収納出来る容量によってだいぶ値段は変わるけど…ざっと金貨6枚ってとこね。」
「き、金貨6枚!?」
説明しよう。バーン王国では青銅貨、銅貨、銀貨、金貨、純金貨という5種類の通貨が存在する。いちばん安い青銅貨が日本円に換算すると100円くらいの価値だから、銅貨から順に1000円、1万円、10万円、100万と価値が上がっていく。
つまり、シニアの所有する魔法鞄はだいたい60万ほどの価値なのだ。60万ってことは…ボールワーム1匹がだいたい銅貨1枚だから…600匹も倒さねえといけねえのか。途方もねえ…。
その日暮らしがやっとの俺には酷な値段だった。
まぁこれから稼げば問題ない!
張り切っていくぞ!
そんなことを考えているうちに模様替えが済んでいた。
「これで大丈夫そうね」
「そうだな。ありがとうなシニア。」
「いいのよ。明日からもバリバリクエストこなすからね!」
「お手柔らかに頼むぜ…。」
「それじゃ私は宿に戻るわ。明日もよろしくハヤタ。」
「こっちこそ頼んだぜシニア。」
シニアは俺に手を振って、部屋を後にした。
・・・
そんなこんなで異世界での生活は3ヶ月ほど経過し、俺とシニア、それにマリモの連携はすっかり板についていた。
「ハヤタそっち行ったわよ!」
「任せろ!!」
返事と共に緑色の肌を切り裂く。そして、逃げ惑う小鬼達には、酸性の体液が降り注いだ。
「よくやったマリモ!!」
「ギィ!」
赤い装甲が眩しく煌めく。
「トドメよ!!」
よろけた小鬼たちにシニアの剣術が炸裂した。小鬼達は耳を劈く様な悲鳴をあげて、その場に倒れ込んだ。
「ふぅ…お疲れハヤタ。」
「おう。」
「ギギィ!」
軽めのハイタッチを交わし、誰からともなく微笑んだ。
「おめでとうございます!今回の小鬼討伐依頼を持ちまして、ハヤタ様のランク昇格が決まりました!今後はより手強い依頼が待っていますので、頑張ってくださいね!」
晴れて俺はEランクに昇格したのだった。
「おめでとうハヤタ!ランク昇格祝いにパーッとやりましょ!パーッと!」
「いいな!そうと決まれば直行だ!」
俺たちはハイテンションでいつもの店へと向かった。
「ゴクゴク…ぷはぁ!やっぱ仕事のあとはここよね」
エールを勢いよく飲み干すシニアの口には泡でできた立派な髭が生えていた。
「相変わらずいい飲みっぷりだぜ。」
料理を肴にチビチビとやっていた俺は苦笑しながら言う。
「ハヤタ〜ちゃんと飲んでる?」
「おうよ。バッチリだ。」
そういって木のジョッキを持ち上げると、シニアは満足そうに笑った。
そして飲むこと数十分…。
「うぅ…気持ち悪い…。」
「あんまり一気に飲むからだぞ?」
「だってぇ〜美味しいんだもん。」
「酒は飲んでも呑まれるな、だぞ?典型的な悪例じゃねぇか。」
「うるさいわねぇ〜。」
「あそこの宿でいいのか?」
「そうそう…ありがとハヤタ。」
「へいへい、早く行くぞ。」
宿屋の主人に部屋の鍵をもらい、シニアの部屋の鍵を開ける。俺はシニアの靴を脱がせ、ベットへ運んだ。
「苦しゅうないわよ〜ハヤタ。」
「なーにが苦しゅうないだ。ほれ、さっさと寝ろ。」
「おやすみ〜」
泥酔したシニアをやっとの事で送り届けた俺は、自宅への帰路に着いた。
翌朝、ギルドにやってきたのは二日酔いでグロッキーなシニアだった。
「おいおい勘弁してくれよ。今日がEランク昇格してから最初の依頼だぞ?」
「ごめんなさい…ちょっと調子乗って飲みすぎたわ…。」
「はぁ……。俺がクエスト見てくっから、ちょっとベンチで休んどけ。」
「あ…ありがとう。」
かなり気分が優れないようだ。
今日はやめとくか?と言おうとした時、
「ごめん、ちょっとトイレ…」
とギルド内のトイレに駆け込んでしまった。
まぁいいか…
「承りました。ロッククラブの討伐クエストですね。お気をつけて行ってらっしゃいませ!
あとその……。」
「ん?どうしたんすか?」
「シニア様…お顔が真っ青でしたけど、大丈夫なんですか?」
心配そうにマリーが聞いてきた。
「大丈夫っすよ。昨晩飲みすぎただけですから。」
「そうだったんですか。でも、本当に体調が優れない場合はお申し付けください。この旧採掘場は少々危険ですから。」
「危険?どういうことですか?」
「はい。ロッククラブが発生する旧採掘場には、奥地にジュエルスコーピオンの巣があるんです。ジュエルスコーピオンは別名初心者冒険者殺しと呼ばれる強力な魔物です。お二人のみで勝てるかどうか…。まぁ、巣穴から出てくることはそうそうありませんので、そこさえ抑えておけば大丈夫です!」
「分かりました。気をつけます。」
話し終えた頃にちょうどシニアがトイレから出てきた。
「ふー。危なかったわ!」
さてはアイツ…めちゃくちゃ吐いてきたな…。
「ただいまハヤタ!私はもう大丈夫よ!今日はどんなクエスト?」
相当スッキリしたのだろう。心なしか饒舌になっている。
「なるほど、ロッククラブね。ちゃちゃっと終わらせて美味しいもの食べましょ。」
「今日みたいになんなよ。」
「分かってるって〜。」
ケロッとしたシニアを軽く一瞥し、旧採掘場へと向かった。
「ここが地図にある旧採掘場か。」
この場所は以前、高純度の魔石が採れるため、王国御用達の採掘場だったのだが、あまりに魔素濃度が高かったためモンスターが出現。
鉱夫達も恐れて近寄らなくなり、今では冒険者がちらほらいるくらいだ。
「ロッククラブは少し奥にいるわ。私が魔法で明かりをつけるから、ついてきて。」
採掘場内には元々松明などが設置されていたが、光を嫌う習性のあるロッククラブに片っ端から消されてしまったという。
俺はシニアの光魔法を頼りに奥へと進んだ。
ガリガリっと石が擦れるような音がして、足を止める。
「いたわ。」
目の前の暗がりには、確かに何かが蠢いている。
「ハヤタ、目をちょっとだけ目をつぶってて」
「わかった」
「"瞬光"」
まぶた越しにもわかるほどの強い光が辺りを覆い、まだ辺りは闇に沈んだ。
「ロッククラブは普段くらいとこにいるから急に光を当てると失神するの」
「ナイスメシア!」
「まあね〜」
鼻高々なシニアと共に、ロッククラブの急所である呼吸口を狙う。なんとも呆気なく倒してしまった。
「随分と楽勝だな。」
「私がいるんだから当然よ。」
どうやら今回、俺の出る幕はなかったようだ。
シニアがいつものように討伐したモンスターを魔法鞄に収納していると、
地響きにも似た足音が聞こえた。
「今の聞いた?」
「なんだこれ…地震か?かなり近いな」
「いや違うわ…出たのよジュエルスコーピオンが…」
「シニア、手を出してくれ」
俺はシニアの手を握り、透明化を発動した。ジュエルスコーピオンは目が退化してほとんど見えないため、明かりをつけていてもバレない。その代わり、音を頼りに襲ってくる。気休め程度だが、発動しないよりいいだろう。
このままやつが巣穴に帰ってくれればいいんだが…。
無常にも足音は俺たちの方へとにじり寄ってくる。俺たちは逃げ場をなくし、場内の壁に張り付いた。
やってきたジュエルスコーピオンは、俺たちの真横で動きを止めた。その巨体は優に10メートルをこえていて、身体中についている紫がかった魔石が妖しく光っていた。
どうやらじっくりと辺りを調べているようだ。カッカッカッという独特なクリック音を発して、ソナーのように周囲環境を把握している。時間にして数分、しかし、少しでも音を出したら死ぬという緊迫感が永遠にも近い長さに感じさせた。
息を飲むのも忘れていると、ジュエルスコーピオンが後ろを振り向き、巣穴の方向へと歩みをすすめた。が、次の瞬間
「くっ!」
「シニア!!」
ジュエルスコーピオンの尾の先端がシニアの肩を掠めた。ジュエルスコーピオン尾では強い麻痺毒
が生成されている。掠っただけでも瞬時に身体の自由を奪う。
しまった。なぜもっと早くに気付けなかったんだ。マリーさんに危ないと忠告されていたのに。
おぶって逃げるか?いや動けないシニアを庇いながら直線で巻くのは絶望的…。
はじき出された答えは……戦って、勝つ。
尾による追撃を紙一重で躱す。一撃喰らえば死ぬ。掠ったとしても致命傷でゲームオーバー。
どう打開する…
またもや投稿時間が遅れました。すいません。
今回もお読みいただきありがとうございます。




