スリップ大好き ~ シルクは内面から微笑む
『シルクは内面から微笑む』
原田さおりは、どこにでもいる地味なOLだった。
総務二課。書類は正確、存在感は希薄。
会議では最後列。服装は無難、髪型も無難。
社内で彼女を正確に思い出せる人は、たぶん半分もいない。
けれど、彼女には誰にも知られていない小さな趣味があった。
それは――下着。
派手なものではない。露骨でもない。
さおりが愛しているのは、淡い色合いのシルクのスリップだった。
安月給のさおりにとって、高い買い物だった。
宝物を手にした高揚感があった。
手洗い、陰干しとお手入れも大変だけれど、それも楽しみ。
大切に大切にして身に着けている一着だった。
いわゆる『勝負下着』というのともなにか違っていた。
さおりにとって、それは、外からは見えない魔法のドレスだった。
肌に触れた瞬間、ひんやりとして、それからゆっくり体温になじむ。
歩くたび、かすかに揺れる感触が、自分がきちんと存在していることを教えてくれる。
「今日も大丈夫……」
朝、鏡の前でそう小さく呟くのが、彼女の日課だった。
外からは見えない。誰にも気づかれない。
それでも、シルクの内側で、さおりはほんの少し背筋を伸ばす。
会社では相変わらずだった。
理不尽な修正指示。数値だけを追う上司の声。
けれど不思議と、心が折れにくくなっていることに、ある日、さおりは気づいた。
コピー機の前で、後輩が言った。
「原田さんって、最近なんか落ち着いてますよね」
( 落ち着いている……)
その言葉は、さおりの胸にすっと入ってきた。
別に、仕事が劇的にできるようになったわけじゃない。
服装も、相変わらず地味だ。
でも、以前よりも視線を上げて歩いている。人の話を聞くとき、少しだけ微笑める。
それは全部、内側から来ていた。
シルクのスリップは、さおりに『自分は確かに自分である』という感覚を与えてくれた。
効率でも評価でもなく、自分が自分のために選んだもの。
それだけで、世界との距離が変わるなんて思ってもみなかった。
ある日、社内の喫茶スペースで、同じ部署の男性社員に声をかけられた。
「原田さん、最近雰囲気変わりましたよね。なんていうか……輝いてみえる」
さおりは少し驚いて、それから微笑んだ。
「そうですか…?」
その笑顔は、作りものではなかった。
自分を誇示するでも、隠すでもない、静かな自信の表情。
帰り道、さおりはウィンドウに映る自分を見て、ふと思った。
――おしゃれって、外に向けるものだけじゃない。
誰にも見せないところを大切にできる人は、自然とにじみ出るものが変わる。
シルクは、今日も彼女の内側で、やさしく光っている。
明日も、たぶん地味なOLだ。
でもそれは、自分を知らない地味さ…じゃない。
そして、さおりにはずっと隠してきた大きな秘密があった。
それは、まだ、さおりがさおりとして生きる決意をする前のお話。
自分が自分として生きていく、
その決意が出来たのも『スリップ』との出会いだったのかもしれない。
原田さおりは、静かに魅力的になっていく途中だった。
本人だけが知っている、その秘密と一緒に……。
つづく




