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どすどすどす。
お城から続く虹のアーチを踏みながら、茉理は不機嫌そうに歩いていた。
(もうもうもう。直樹先輩の変態、ド馬鹿っ。なんであんなもん作るのよっ)
先ほど見た人形カップルのイメージが、今だに脳内を彷徨って心をかき乱す。
『茉理姫、機嫌を直しておくれ。ちょっとした遊びだったんだってば』
「遊びでもなんでも、嫌なものは嫌ですよっ。もう、ここを出たら森崎先輩に言って、人形作り変えてもらいます」
『うん、それは速攻でやってくれると思うよ。いくらなんでも本人に見られちゃあね』
幾分笑いをかみ殺しながら、雅人は答えを送ってきた。
『まさか当人に見られるなんて、直樹も予想してなかったろうしね。こんな小さなテーマパーク、わざわざ帝がデートコースに選ぶこともないし』
「……」
『わかってると思うけど、帝には絶対に秘密にしといてくれよ。もしばれたら、このドリームライト城の命運は危うい。すぐさま電撃を食らって廃墟にされてしまうだろうからね。そしたらここに夢とあこがれを求めて尋ねてきてくれた全国の可愛いレディたちが、どんなに嘆くことだろう。ああ、姫、どうかお願いだ。このことは僕と君だけの秘密にしておいてくれたまえ』
かえるの哀願ポーズに、茉理は大きなため息をつく。
「別にいですけど。人形、作り変えてくれるなら」
『それは間違いなくやってもらうよ』
「絶対ですよ」
『絶対に』
(うーっ、もしかして、こんな事態になって良かったのかも)
茉理は少しだけそう思った。
さやかたちが後でドリームライト城に入ってみようと言っていたのを思い出し、彼女の背筋を冷たいものが走る。
(彼女たちに見られなくて良かったわ)
あんなもの見られたら、自分はもう二度と友達の前に顔を出せまい。
後々までの笑い種にされてしまうのがオチだ。
気を取り直して、茉理は猫のナビと雅人がえるを従えてひたすら前進する。
虹のアーチは海辺に続いていた。
海にはドクロの旗を立てた海賊船が浮いており、助けてーっという定番の悲鳴が聞こえてくる。
「今度は何?」
海岸に着いて首をかしげる茉理に、ナビは髭をしごきながら説明した。
「ここはネバーランド。あそこに見えるのは、フック船長の海賊船です」
「ふーん、ピーターパンね」
茉理はちょっとほっとする。
(このお話なら、お姫様は出てこないわ)
そう思って安心していると――。
「見つけたぞ、お前、ピーターの仲間だな」
いかにも人相の悪そうな海賊人形数体が、茉理たちを取り囲んだ。
「何よ」
「おとなしく来い。お前達は、あの海賊船の上から海にドボンだ」
「ちょっと何するのよっ」
縄をかけられ、縛り上げられて茉理は声をあげる。
『茉理姫、アトラクションだから心配ないって。このままついていけばいいよ』
雅人がえるが教えてくれた。
「アトラクションなの? これも」
まったく凝ってるわよね、とつぶやきながら、茉理は海賊人形に小船に乗せられ、海賊船の中に導かれた。
「よく来たな。ピーターの仲間」
「あ……どうも」
(うわっ、フック船長だ)
茉理は息を飲んだ。
目の前の彼は眼帯をして片目を隠しており、頬には一筋傷跡が走っている。
そして片手はご丁寧に鍵爪だ。
(本当によく似合ってる……森崎先輩)
茉理はナイスなキャスティングだと思う。
フック船長は直樹とそっくりな顔をして、表情を乱さずに立っていた。
「まあ、ここまで来たんだ。ちょっとゆっくりしていけ」
「はあ」
「そうだな。そろそろアレが来ると思うんだが――」
(あれって何?)
茉理が首をかしげていると、フック船長はにいっと笑う。
次の瞬間。
シュッ、ガシッと海賊船の甲板に、何かが投げられた。
「何、あれ」
「おいでなすったな。おい、ピーターの仲間、邪魔だから、ちょっと船長室に入ってろ」
(何なの、この展開)
茉理は驚く間もあらず、船長室に放り込まれる。
舟の横に何本も鉤爪がかかり、綱を渡って忍者の大群が這い上がってきた。
(嘘―ッ、あいつら、こんなとこまで)
フック船長は、余裕で忍者たちを見回す。
ばらばらと、船のあちこちから手下の海賊人形が出てきた。
(すごい、なんか本物の戦闘みたい)
茉理は忍者バーサス海賊というちょっと世界観の違う対決に、船長室の丸窓から期待を持って眺める。
「お前達を招待した覚えはない。人の船に勝手に上がりこみやがって、礼儀をこれからたっぷりと教えてやる」
「ふん、ただの人形のくせに粋がるんじゃない。そっちこそ早くその女を渡せ」
凄みをつけて、忍者の一人が怒鳴った。
フック船長の顔が、少し変わる。
「お前達は一つ思い違いをしている」
「何?」
「フフ……ただの人形かどうか、ちゃんとその体で確かめろ」
叫ぶなり、フック船長は両手を組み合わせ、呪を唱えた。
「わが魂に宿りし清廉なる水よ、不浄なる魂持ちし者に天誅を与えよ!」
船長の言葉と同時に、船が激しく揺れだす。
「な、なんだ」
「あれは……竜巻?」
船の左右前後の水面から、大きな水の竜巻が上がった。
「悪いが俺は人形じゃないんでね。魔法攻撃を受けてもらうよ」
それは勢いよく船に襲い掛かり、甲板にいた忍者たちを押し流す。
「うわーっ」
「助けてくれーっ」
忍者たちは水の竜巻に巻き込まれ、そのまま彼方の地平線まで運ばれていってしまった。
「ふう、やっと静かになったな」
フック船長はにやりと笑い、船長室の扉を叩く。
「もう出てきてもいいぞ、後野さん」
(終わったみたいね)
茉理は、竜巻に流されて消えていく忍者の集団を見つめ、そう思った。
もう出ても大丈夫だろう。
身動きすると、隅に立てかけてあった物に思わずぶつかる。
「あたた……なんか倒しちゃった」
茉理は倒れかかってきた物を受け止めた。
それを見て、彼女の目が思いっきり見開かれる。
(うっ、これって……、森崎先輩。しかもなんで服着てないのよ)
「きゃーっ、何よこれっ」
船長室から驚いた茉理の声が聞こえて、フック船長は顔をしかめる。
彼が扉を開く必要もなく、中から茉理が飛び出してきた。
「なっ、なっ、なっ、中にも一人、森崎先輩が」
「ああ、それは人形さ。普段はフック船長をやってもらってる」
冷静な声で答えるフック船長を、茉理はまじまじと見た。
「あ、あの、もしかして、本物? 森崎先輩ですか」
「正解だ」
フック船長の服を着た直樹は、にやっと笑う。
『直樹君、君も助太刀にきてくれたのか。親友の僕を見捨てずにここまで。ああ、僕は感動で胸がいっぱいだよ』
茉理のポシェットから飛び出した雅人がえるは、ぴょこぴょこ甲板を飛び回る。
直樹は目を細めると、その雅人がえるをついっと摘んだ。
「何が助太刀だ。お前がミスってこんな姿になるから、俺がここに派遣されるはめになったじゃないか」
『何だとーっ、僕だって好きでこんな姿に』
「ミスはミスだ。反省しろ。こんなちゃちなシチュエーションだから何事もなく済んだけど、もし魔道をかけた戦闘だったら、お前は確実に死んでるぞ。大事なものを一つも守れずにな」
『うーっ……わかってるよ』
雅人がえるはしょぼんとうなだれた。
「帝もしびれを切らしてる。さっさと片付けろ、だそうだ」
『はいはい。何せ彼には茉理姫との夜の熱いデートがかかっているからね』
「本人が来ると言ったんだが、俺が止めた。今頃、ホテルでいらいらしているさ」
帝をここに引っ張り出すことが奴の目的なんだ。それに乗ってやる筋はない、と直樹はつぶやく。
『で? これからどうーするの?』
雅人の質問に、ふむ、と直樹は考え込んだ。
「人質を解放しないといけないんだがな」
直樹はパチンと指を弾いた。
淡いグリーンのスーツ姿になる。
と同時に、さっきまで服を身に着けていなかった船長室の人形が、フック船長の衣装を身に付けた。
「ご苦労さん。もういいぞ」
直樹の言葉で、船長室から本物のフック船長人形が出てくる。
(なんか、何がなんだかだわ)
茉理は外見がそっくりな二人を見比べ、軽いため息をついた。
「さて、とりあえず最上階を目指すか」
直樹の言葉に、茉理はうなずいた。
「アトラクションって、あと2つですよね」
「そうだ。『シンデレラ』と『アラジンと魔法のランプ』」
どっちもたいしたことはない、と直樹が説明する。
「シンデレラは、王子とダンスをしているときに12時の鐘が鳴る。12回鳴りきるまでに階段を下りてしまえばクリア。ああ、ガラスの靴をわざと落としておいてもらうと、更なる追加のイベントが見られる」
「そうですか」
茉理はうなずいた。
「じゃ、早く次、行きましょう」
時間がもったいないですし、と言う茉理に直樹も同意し、二人とかえる一匹、猫の人形は、船を岸へと進路変更させた。




