6
(なんかとんでもないことになっちゃったわね)
茉理は勢い込んで走り出した。
お城の門の前に着くと、まだ下へは誰も降りてきていない。
(チャンスだわ、今のうちに)
茉理はすばやく城の中に入る。
中は石畳の廊下になっており、ここもちょっとしたアトラクション会場だ。
歩けば廊下にコツコツと音が響く。
いろんな物語の挿絵が綺麗に描かれ、左右の壁に飾られていた。
「ようこそ、ドリームライト城へ」
「わっ」
突然、目の前に現れた物を見て、茉理は声をあげる。
別に敵ではない。
それはこっけいな衣装をつけ、赤い長靴を履いたねこの人形だった。
「ここはメルヘンの国。僕はこのお城の案内人ナビと申します。どうぞごゆっくりお楽しみください、姫」
「あ……どうも」
(アトラクションのナビ役なんだ、あー、びっくりした)
茉理は、ほっと胸をなでおろす。
「まずはこちらのお部屋から。どうぞ僕についてきてください」
猫は気取った声でそう言うと、長いひげをしごきながら茉理の前に立って歩き出した。
(やれやれ、予想外の展開だね)
お城を振り仰ぎながら、雅人はにやっと笑った。
(姫自ら名乗りをあげて乗り込むとは、流石僕が見込んだ少女だけのことはある。さて、と)
彼は目を閉じ、親友の心に意識を向ける。
『ヤッポー、直樹君。なかなか面白い展開になってきたよ。そっちはどう?』
『打ち合わせが今、終わったところだ。来年完成予定の新しいアトラクション、こいつもなかなか期待出来るぞ』
直樹の声が満足そうに響いた。
『そっちは片付いたか』
『それがとんでもないことになっちゃってね。君の力を借りたいんだ』
雅人は、すばやく事情を伝える。
『……人質か。面倒なことをしてくれたな』
『そうなの。ま、でも姫が体を張って友達助けようとしてるんで、ちょっと時間が稼げるかな』
『そう長くはもたないだろう?』
『そこを君の魔術で遠隔操作して、助けてやって欲しいんだ。あの城の中にいるキャラクターたちは、君が知能を与えた人形だろう』
『そうだな。ま、やってみるか』
直樹はにやりと笑みを浮かべた。
『久々に人形遊びも楽しいかもしれん』
『じゃ、よろしく。僕は人質を奪い返して、翔太君にお灸を据えることにするよ』
雅人は思念会話を切り、お城をじっと睨む。
「じゃ、行きますか」
浮遊魔法を使おうとしたその時。
「た……助けて」
突然、背後で声がして、雅人は振り向いた。
フランケンシュタインに可愛い少女が捕まえられ、バッグをむしりとられている。
雅人は駆け寄ると、モンスターに一撃を食らわせ、少女を救い出した。
弾みで彼のサングラスが地面に落ちる。
「大丈夫? お嬢さん」
雅人が少女を支えて優しく声をかけると、少女は顔をあげ、はっと目を見開く。
(なんて素敵な人……)
「きゃーっ、王子様だわっ。かっこいい」
「うわっ、ちょっとっ」
ボンッ。
たちまち白煙が立ち、雅人の姿は掻き消えた。
「え? あ、王子様、どこ行っちゃったの?」
少女は黄色い声をあげながら、辺りをきょろきょろ見回す。
(なんということだ。これからって時に)
雅人は、参ったね、とつぶやきながら、ピョコンと少女のスカートの上から飛び降りて、お城に向かって跳ねていった。
長靴を履いた猫は優雅にお辞儀をし、茉理を一室に導いた。
「こちらです、姫」
そこは客間になっていて、ソファが数脚並べられている。
「まずはこちらでおくつろぎください。今、お茶をお持ちします」
「あ、あの、猫さん」
茉理はあわてて言った。
「ごめんなさい。わたし、先を急いでいるんです」
「そうおっしゃらずに。ここはアリスのお茶会。ほら、もうすぐいかれ帽子屋と三月うさぎが、お茶を持って参りましょう」
「でも」
茉理が次の部屋に続く扉の前に来たとき。
「見つけたぞ」
「女、おとなしくこっちに来い」
扉を押し開け、黒装束の忍者が二人、襲いかかってきた。
「きゃーっ」
茉理は悲鳴をあげ、ソファの影に隠れる。
忍者の投げた手裏剣が、ぶすぶすソファに突き刺さった。
「やれやれ、困ったお客様ですね」
器物破損は弁償してもらわないと――猫は長い髭をしごき、ポケットからメモを取り出すと、何か書き付ける。
そしてにたりと笑うと、忍者たちの前に出た。
「ようこそ、招かれざるお客様。ここはドリームライト城。おとぎの国が楽しめる素敵なアトラクションです。ここに入れば、みな子どもの頃親しんだ物語の世界に旅立てる。どうです、ご一緒にメルヘンの旅へ出発されては」
「はあ? 何だ、この人形」
忍者たちは、まるで意思があるかのように自由に話す猫の人形に、目を瞬かせる。
「恐れ入りますが、このアトラクション内では銃器・火気・刀剣のたぐいは、一切持ち込み禁止となっております。お手荷物は会場前の手荷物預かり所へお預けくださいますよう、お願い申し上げます」
きどった声で言い立てる猫に、忍者たちの怒りが爆発した。
「なんだと、たかが人形の分際で」
「こんなもの、破壊してやる」
忍者たちは、刀を抜いて猫に切りかかる。
しかし驚くほどの身のこなしで、猫はするりと切っ先を避けた。
何度も攻撃されたが、猫ではなく部屋の方がすごい有様になってくる。
(ちょっと、猫さん、すごい)
いっぱしの大人を軽くあしらう猫の人形に、茉理は驚いた。
どう見ても、アトラクションの仕掛け物とは思えない。
「あれあれ、ソファ及び絵画、絨毯、卓に花瓶――お客様、これはかなりの弁償額を頂戴することになりますよ」
猫はひらりひらりと剣をかわしながら、メモに次々書き込んでいく。
「このやろう」
人形にしてやられ、忍者たちはそれこそむきになって、更にすばやい攻撃を繰り出してきた。
(あ、猫さん、危ない)
ついに入り口に追い詰められた猫を見て、茉理はソファの影から辺りを見回す。
(何かないかな。投げれる物、あ、あれは)
茉理は床に転がっていたアンティークの装飾用大皿を手に取った。
フリスビーよろしく後ろから忍者たちに向かって投げる。
「うわっ」
後ろにいた忍者一人の肩に運良くそれはヒットし、彼は肩を押さえてうずくまった。
「こいつ、やったな」
もう一人が血相を変えて、茉理の方に突っ込んでくる。
「きゃああっ」
あわてて逃げ惑う少女の服が、剣によって切り裂かれた。
(ああっ、Tシャツぼろぼろじゃない)
茉理はなんとか戸棚の後ろに回りこみ、すさまじくなった己の姿を見てうめく。
「そろそろお茶の時間ですね、お客様」
猫がにやにやしながら言った。
扉が開いて、大きな帽子をかぶった小柄な人形が入ってくる。
手には紅茶カップとティーポットを持っていた。
後ろからピョンピョン跳ねて、三月ウサギもついてくる。
ウサギは手に大きなお盆を持っており、上にはこんもり盛り上がったトーストとジャムの入った瓶がある。
「ではどうぞ、ご相伴ください」
猫の言葉で、帽子屋はパチンと指を鳴らした。
すると突然天井から、特大シルクハットが落ちてくる。
「うわあああーっ」
忍者二人はそれぞれシルクハットをかぶせられ、姿が見えなくなってしまった。
「姫、ここで世紀の大マジックをご披露いたしましょう」
三月うさぎが叫ぶと、帽子屋はシルクハットを脱いで構えた。
「1,2,3、それっ」
帽子屋は、手に持つシルクハットを天井に高く放り上げる。
それと同時に、忍者たちを飲み込んだ特大シルクハットも宙に浮いた。
(嘘……あの人たちがいない)
茉理は目を瞬かせる。
シルクハットの中にいたはずの忍者たちは、影も形も見えなくなってしまったのだ。
「やれやれ、随分荒らしてくれたね」
帽子屋はまたシルクハットを受け止めてかぶると、あちこちに倒れたソファの中から、破損が激しくないものを選んで起こした。
「姫、もう大丈夫ですよ、粗大ゴミは、ゴミ処理場にとばしましたから」
「ささっ、こちらに来て、僕達とお茶にしましょう」
ウサギと猫が、戸棚の後ろから茉理の腕を引っ張った。
ソファに座らせられ、熱いお茶の入ったティーカップを渡されて、茉理は困惑する。
「あの、わたし、こんなところでお茶飲んでる場合じゃなんですけど」
「まあまあ、ちょっとお待ちを。はい、トースト、おいしいですよ」
帽子屋がにこやかに笑むと、茉理にジャムとバターをたっぷり塗ったパンをくれた。
「姫、実はここに貴方の従者がお迎えに来ることになってまして。もう少々、お待ちください」
「へっ、従者?」
茉理は首をかしげる。
(また何か出てくるのかしら)
あせる気持ちを抑え、待つことしばし、扉の隙間から現れたのは――。
『茉理姫―っ、やっと会えた』
「ええーっ。 雅人先輩?」
またかえるになっちゃったんですか、と、自分の膝にかえるを受け止めて、茉理はため息をついた。
『そうなんだよ。君を守るナイトになる予定だったのに……ごめんよ、姫。こうなったら、僕も一緒に最上階までお供させておくれ』
『いいですけど――』
茉理の了承に、かえるはピョコピョコ跳ねて喜ぶ。
『君達もありがとう。僕のいない間、姫を守ってくれて』
雅人が人形たちに思念を送るのを見て、茉理は不思議だった。
「あの、先輩、この子たちってアトラクションの仕掛け人形じゃ」
『この子たちはね、アトラクションの仕掛けだけど、直樹の作なんだ』
「ええっ、直樹先輩のですか」
『そう。このドリームライト城も直樹の製作品さ。中にいるアトラクションの人形たちは、全部ただの電気で動く自動人形じゃなくて、魔法で知能を与えられている。アトラクションに無関係な敵の駆除とかそういう予想外の行動も、己の知能で判断して行えるというわけさ』
「そうだったんですか」
こないだ貸してもらったグラサンうさぎのぬいぐるみも、そういえば魂があるかのようにしゃべって動いた。
「すごいですね、魔法って」
感心する茉理の頭に、弾んだ雅人の声が響く。
『物は使いようってね。戦闘だけが魔法じゃないよ。もっと楽しいことにも使用出来るんだ』
「そうなんだ」
そういう魔法だったらわたしも欲しいかも、とつぶやく茉理に、雅人はピョコピョコ景気よく跳ねる。
『大丈夫。姫にはどんな魔法なんかにも勝る優しい心があるからね。さ、お茶を一杯飲んだら、すぐに出発だ』
「はい」
茉理はうなずき、ティーカップの中身を飲み干すと立ち上がった。
「姫、次のお部屋へは、こちらからどうぞ」
猫が長靴をキュッキュッと言わせながら、先に立って案内してくれる。
壁の中央に、可愛らしい扉が姿を見せていた。
「いってらっしゃーい」
「がんばれーっ、姫」
帽子屋と三月ウサギの応援に手を振り返すと、茉理は勇んで次の部屋への扉を潜った。




