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魔法じかけのテーマパーク(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編4)  作者: 月森琴美


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 甲板に出ると、まだ夜は明けていなかった。

 茉理は今尚暗い波を見下ろし、静かに佇む。

「さて、これからどうするかだな」

 横に立ち、同じく翔太も黒い波を睨んだ。

「夜明けが来るのを待つしかないと思うんです」

 茉理は、ぽつりとつぶやく。

「確信はないけど、あとはただ夜明けを待つだけ。今、わたしたちに出来ることはそれしかないんじゃないかな」

「夜明けになったらどうなるんだ」

「たぶん物語が、なんらかの形で終わると思うんです」

 茉理は考えながら、言葉を続ける。

「人魚姫のお話って、朝が来たら終わりのはず。そこから先の物語はなかったし」

「最近はアニメやらなんやらで、その先の話がたくさん出ているが」

「それは原作を元にして別な作者が作ったお話でしょ。最初に作られた童話では、朝が来ればお終い。人魚姫は王子を殺せなくて、海の泡になって消えるはず」

「……おい」

 翔太は嫌な予感がして、顔をゆがめる。

「お前、まさかお話の通りにする気じゃ」

「そのまさかです」

 茉理は肩をすくめて答えた。

「森崎先輩のメルヘンワールド――表の世界では、物語の課題をクリアしないと次に行けないんですよ」

「そうだったな」

「でもその中には、まったく原作と同じわけじゃないものもあって……そう、例えばシンデレラ」

「しんでれら?」

「あのアトラクションは、個人で未来を選択出来るんです。普通シンデレラってガラスの靴を置いてきて王子様に見出され、ハッピーエンドになるお話でしょう」

「ああ、そうだったな」

「でも森崎先輩のメルヘンワールドでは、ガラスの靴を落としてくるかどうかは、本人が決めていいってことになってるんです」

「つまり王子とラブラブになるか、それとも玉の輿を放棄して通り過ぎるか、選べるってことか」

 くだらんオプションをつけたもんだ、と翔太は鼻の先で笑った。

「だからこのお話も、もしかして選択出来るんじゃないかなって思うんです。王子を殺してその先の未来を取るか、殺さないで自分が消える運命を取るか」

「なるほど」

 翔太はうーんとうなる。

「先輩がさっき止めてくれなかったら、きっとわたし王子様を殺してました。でもそうしたらもっとこの世界の深い罠に落ち込んで、帰れたとしても心はきっと立ち直れないぐらい傷ついてるんじゃないかなって思うんです」

「それはありえる」

「でもそうはならなかった。わたしは王子様を殺す運命を選ばなかった。課題は超えたんです。もうあとに残るのは、この世界の出口だけ」

 そう言って、茉理は白み始めた空を睨んだ。

 もうすぐこの物語の終わりが来る。

「天の川先輩」

 茉理は彼の方を向いて、ぺこりと頭を下げた。

「この先言えるかどうかわからないから、今、言っときます。本当にどうもありがとうございました」

「なんだ。いきなり改まって」

 変な奴、と照れ隠しにそっぽを向く翔太。

 茉理自身もちょっと気恥ずかしかったが、思い切って言葉をかける。

「先輩がいてくれなかったら、わたし、どうなってたかわかりません。さっきは止めてくれて、本当に感謝してます。それでですけど」

 口調が少し変った彼女を、怪訝そうに翔太は見つめた。

「この先も、この変な世界から抜け出すまで協力しませんか。一人じゃ出れないかもしれないけど、二人だったらなんとかなるかも」

「この俺と手を組もうってのか」

「罠はわたしに対して発動するんだったら、横にいる先輩に助けてもらえば、もっと早く解決するんじゃないかと思うし」

「まあな、この俺様にかかれば罠の一つや二つ、どうってことないさ、はっはっはっ」

 格好つけて笑う翔太に、茉理はほっと一息ついた。

(一応協力してくれるってことでいいのかな)

 正直、このあとどうなるのか自分でも予想がつかない。

 だからこそ彼が側にいてくれるのが、心強かった。

(まあ、そんなに悪い人ではなさそうよね。帝先輩に対する執着心は理解出来ないけど)

 常識はずれの我がまま男かと思ったら、さっきは少し格好よかったし。

 一人では心細いけど、二人なら何とかなるかもしれない。

 茉理は横でまだ笑っている翔太を見ながら、奇妙にほっとするのを感じていた。



 空が明けはじめた頃、波の中から薄い霧が現れた。

 それは船ごと茉理たちを包む。

 彼女は固い顔をして、ナイフをお話のとおりに波の中に投げ捨てた。

(もう二度と元の世界には戻れないかもしれない)

 先ほど人魚の姉たちが伝えてきた言葉が、ふと耳に甦る。

(でもやっぱり……殺さなくて良かった)

 茉理の胸に、そんな想いが湧き上がった。

 この先にたとえ未来がなかったとしても、後悔することはきっとない。

 凛とした強い瞳で波の先を見つめる少女を、少し違った目で翔太は見ていた。

(変った奴だが、まあ、帝が選ぶだけのことはあるのかもな)

 今まで接した女子の中には、こんな少女はいなかった。

 大体が自分を荒っぽい悪戯者と決め付けて敬遠するか、侮蔑の瞳で遠巻きに見るかが関の山。

 でも彼女は、そのどのタイプとも違っている感じがする。

(悪い奴じゃあなさそうだな。お嬢様って感じでもないし、いわゆる庶民派ってとこか。帝の奴、去年とは随分好みが変ったんだな)

 去年はとても清楚なお嬢様だったようだが、今年はまったく普通のどこにでもいそうな平凡な少女。

 だが何故か、どこか気になる雰囲気を持つ不思議な存在。

 ふとあることを思いつき、翔太はにやりと笑った。

(ふふっ……この俺様としたことが、こんな良い手があったことに気付かぬとは)

 彼の中で好敵手と定めた帝の姿が、くっきりと浮かぶ。

(見ていろ、伊集院帝。ここから出たら、貴様に再挑戦してやる。それも一番精神的ダメージを負う方法でな)

 そんなことを考えていた翔太は、はっと横を見た。

 霧がどんどん濃くなり、視界を奪われていく。

 すぐ横にいるはずの少女の姿が、今はもうおぼろな影だ。

「おいっ、返事しろ。いるんだろ?」

 手探りで、あわてて彼女の手をつかむ。

 今まさに海に飛び込もうかと思っていた茉理は、突然手をつかまれて驚いた。

(天の川先輩?)

 霧がますます白くなり、辺り一面何も見えなくなる。

 つないだ手のぬくもりだけが、互いの存在を伝えていた。

 辺りは徐々に光あふれてまぶしい空間に変化する。

 朝日の強烈な光が白い霧全体に溶け込み、目を開けていられないくらいだ。

 茉理は瞳を閉じ、身動きせずに変化を待つ。

(このまま消えちゃうのかな)

 空気に溶け込み、泡となって。

 意識を手放し、体の力を抜こうとしたとき、また強く手を握られた。

「おいってば、しっかりしろ」

(天の川先輩……)

 茉理の手を離すまいと、ぎゅっと渾身の力を込めて握り締める翔太の指は少しばかり震えていた。

 口では高笑いをあげていても、本当は彼も不安なのだろう。

 茉理はそう感じ、大丈夫だと励ますように自分も握り返す。

 その時。

(えええええっ?)

 茉理の胸から、まわりよりももっと強烈で強い光が放たれた。

「なっ、なんだあっ」

 翔太のあわてふためく声。

 更に強く握られる手。

 二人の姿が霧に溶け込んで消えていく。

 瞬間移動魔法とまったく同じ波動だと思いながら、翔太は茉理の手を離さぬように掴むと、自ら意識を手放していった。





 次に目を開けたとき、涼しい夜風が頬を撫でた。

「ここは……」

 翔太は頭上に広がる暗い空を見ながら、ゆっくりと起き上がる。

 辺りの様子は一変していた。

 ドリームライト城の屋上。

 眼下を見れば、ライトの一つもついていないテーマパークの寂しい光景がある。

(戻ってきたのか)

 彼はほっと胸を撫で下ろすと、つないでいた手を離した。

 茉理はまだ意識が戻っていない。

 白い顔のまま、深く眠っている。

「戻ってきたようだな」

 ふいにかけられた冷静な声。

 翔太はばっと振り向き、身構えた。

 黒い髪と黒い瞳。

 ずっと求めていた存在が、彼の前に姿を現したのだ。

 ――この上なく激しい闘志をみなぎらせて。

 対峙する翔太の額に、汗が浮かぶ。

 前回よりも更に強くなった魔力を感じ、我知らず身が震えた。

「伊集院帝」

「……俺の女を返してもらう」

 一言それだけ言うと、帝は手のひらを突き出した。

 そこから鋭い風の波動が吹き出し、翔太を弾き飛ばす。

「うわああああっ」

 バリアを張る隙もなく、あっという間に翔太はドリームライト城の上から突き落とされてしまった。

 地上に激突間際、ふわっと何かが彼をもちあげる。

 落ちていく速度がゆっくりになり、無事地面に着地した。

「毎度のことだが、お疲れ様だな」

 冷静な声が、彼の頭一つ分の高さから聞こえてくる。

 黒眼鏡が鈍い光を放ち、彼を見下ろしていた。

「君もいい加減あきらめたらいいのに、毎回本当にこりないねえ」

 金色の髪を指にかけ、弄びながらあきれた声をあげる雅人を、翔太はじっとにらみつけた。

 全然へこたれる気配がなさそうなのを見て、直樹は鋭いまなざしを向ける。

「お前にもわかっているはずだ。もう帝は、お前の手の届かない高みにいると」

「うるさいっ」

「それが帝の宿命だ。すべての魔族の頂点に立つクリスティ次期総帥としての運命。お前がどうあがいたって、帝の行く手を遮ることは出来ない」

「黙れ。この腰ぎんちゃくどもが」

 翔太は直樹の凝視に負けず、身の内から強い意志をほとばしらせて叫んだ。

「あいつはあんな奴じゃない。本当はあんな闘志まるだしの好戦的な奴じゃないんだ。一族のお前ら全員で、あいつをあんな戦闘マシーンに仕立て上げやがって。あいつは伊集院帝だ。総帥でもすべての魔族の頂点に立つ男でもない。ただの伊集院帝なんだよ」

 翔太の吼える声に、直樹と雅人は言葉も出ない。

 ただ黙って、彼の怒りを受け止めていた。

 反応しない二人に、翔太は挑戦的な目を向けて宣言する。

「おぼえていろ。今日はこのまま退いてやるが、俺は絶対にあきらめないからな。必ずあいつよりすぐれた魔族の戦士になって、あいつはただのなんでもない普通の男だと証明してみせる。その時を楽しみにしていろ。俺は必ずやってやる。やるったらやるんだからな。はーっはっはっはっ」

 最後はいつもの高笑いを残し、天の川翔太は瞬間移動して去っていった。

 あとに残ったのは、やりきれない感情だけ――。

「行っちゃったね」

「ああ。今回もここまでだな」

 雅人と直樹は、それぞれ重い溜め息を同時に落とした。

「面と向かって言われると、やはり胸に刺さるものがあるな」

「そうだよね。あれが本当の帝じゃないってわかってるだけに余計心が痛むよ」

 雅人は、真っ赤な薔薇の花をくるくると手の中でまわす。

「彼の――翔太君の帝に対する真っ直ぐな気持ちがうらやましいよね。僕達は一族の事情と宿命を知り、それに縛られているがゆえに、彼を想う気持ちすら制限されてしまう」

「そうだな」

「帝をこの呪われた立場から解放したいと思っているのに、僕にはそれが出来ない。魔力なら僕もそこそこ自信があるけど、心から望んでいることを実行出来ない力のなんと虚しいことか」

「そう嘆くな。まだ俺達でも出来ることがあるかもしれない。俺はそう思うね」

 黒眼鏡のフレームに指をかけて、直樹はふうっと一息ついた。

「結局、天の川翔太だって、いつも失敗ばかりじゃないか。ストレートに感情をぶつけるあのやり方じゃ、根本的に帝を縛る鎖を断ち切ることは出来ない。たとえ何年かかってもな」

 ぽんっと友の肩に手を置き、直樹はにやっと笑う。

「ま、こういう気持ちを持続させてる俺達が帝の側にいるってことは、それだけで可能性があると俺は思う」

「そうだね。あきらめの悪さと帝への愛なら、僕だって翔太君には負けないつもりだよ」

 雅人はいつもの軽快な口調を取り戻し、口元に微笑を浮かべた。

「なら、さっさと帝の所に行くか」

「でも今行ったら、お邪魔じゃないかな」

 雅人は首をかしげる。

「今頃、目覚めた姫と王様は、感動の再会を果たしているはず。互いの心に眠る熱情を確かめ合い、愛を深め合ってる所に僕達が入るのはちょっとまずいんじゃないかな」

「その点は心配ない。後野茉理が相手じゃな」

「いやに確信持って言うんだね、直樹君」

「じゃお前はいつも口では大層なことを言うが、あの二人のそういうシーンって想像出来るのか」

「僕のたぐいまれな想像力でも、これほど難しい課題はないかもしれない。ああっ、なんということだ。この僕にも考えることが出来ないものがあるなんて。新たな自分の一面を知ってしまったよ」

「そりゃあ良かったな」

 直樹はまったく動じない声で、冷静に返すと上を見上げる。

 星ひとつない夜空を背景に聳え立つドリームライト城。

 ライト一つもついていないその建物は、今はまるで魔王の居城ででもあるかのように不気味な静けさで満ちていた。

(終わったはずなのに……なんだか変な心持ちだ)

 彼は城の屋上を見上げ、目を細める。

(一抹の不安とでもいうのか。上は――帝は大丈夫だろうな)

 深まる夜のように、濃くなる疑惑と予感。

 直樹は複雑な心を抱きながら、雅人と共に屋上へと瞬間移動した。


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