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魔法じかけのテーマパーク(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編4)  作者: 月森琴美


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 甲板も船内も、気味悪いほど静まり返っていた。

(あいつ……どこ行ったんだ)

 翔太は船の中をあちこち歩いて、茉理の姿を探す。

 さっき突然走り去ったとき、どこか様子がおかしかった。

(あんな奴なんてどうでもいいが、この悪趣味な仕掛けから、俺一人で抜け出すことも出来そうにないしな)

 いろいろこれまでの状況を考えたら、そうなのだろうと予想がつく。

(この裏側の仕掛けもあの眼鏡野郎が作ったアトラクションなら、表の物となんらかの共通点があるはずだ)

 表のアトラクションは、すべて童話を題材にしている。

 その中で、何か課題をクリアしなければ先へ進むことは出来ない。

 更に――。

(もしかして俺をわざとここに落としたのではなく、この状態は眼鏡野郎にとっても予想外のことだったんじゃないか)

 ここに来るまでの道のりを思い、翔太はそう考え付いた。

(俺があの遊園地を占拠することは、あいつらにはばれていなかったはず。だとしたらこんな仕掛けを予め用意しておけるはずもない)

 不特定多数への侵入者用の罠として、ドリームライト城を作ったときにすでに設置されていた仕掛けだとしたら。

(ドリームライト城の表アトラクションは、あの女が進むときにはガールズ限定コースだ。ということは、もしかしてこの裏もそうかもしれない)

 そう考えたら、すべてつじつまが合う。

 自分には何のダメージもなく、茉理だけが衝撃を受けていた。

(たぶん表の仕掛けに刺激され、興奮して魔力を発動させる馬鹿女がいた場合、それを除去するために作ったんだろうな。一定以上の戦闘魔力を感知したら発動し、その対象をこの裏側に転送する)

 まぬけな装置だ、と翔太は腹の中で笑う。

 発動したのは男の自分なのに、一緒にいた茉理をも巻き込んでしまった。

(感知システムは不良品だな。まったくあの眼鏡の作るものは、幼等部の頃からろくな物がない)

 男女の区別もつけられず、まったく関係のない彼女が罰ゲームの対象になっている。

(ま、あの女のことなんてどうでもいいが、あいつがこのアトラクションの課題をクリアしないことには、ここから出れないってことだしな)

 見つけて側にいなければ、元の世界に戻れない。

 たぶん、いや確実にそういう仕組みだ。

(やれやれ。ま、あの眼鏡はこの失態で帝から相当お仕置きされてるだろうし、俺はとりあえずあの女を捜すか)

 そう考え、翔太はまた茉理捜索を再開させた。



 船内はとても静かだった。

 舞踏会の喧騒はどこへやら――たくさんいた客たちは、影も形もなくなっている。

 皆、船室に入って休んでいる設定なのだろう。

 波の上で揺れる廊下を、茉理はゆっくりと進んで行く。

 瞳はまったく焦点があっていなかった。

 これからどこへ向かっているのか、それすらもよく考えぬまま、少女はドレスの裾を引きずって、止まることなく前進する。

 その手には、しっかりと金色の短剣が握り締められていた。

 一番奥の船室にたどり着くと、茉理はそっと扉を押す。

 鍵もかかっておらず、難なく開いた。

 中に入ると、豪華な設えの部屋が目に入る。

 見事な家具調度の間を通り、更に奥の寝室へと足を向けた。

 立派な天蓋付きのベッド。

 二人の人影が寄り添って眠っている。

 蝋燭のほのかな明りが、王子と姫の寝顔を照らしていた。

 まるで夢の世界でも離れまいとするかのように二人はしっかりと抱き合い、幸せそうな笑みを浮かべている。

(お兄ちゃん……)

 茉理の瞳が闇色に染まる。

(ひどいよ、わたしのこと忘れちゃって)

 彼女は、手に持つ短剣を構えた。

(ずっと待ってたのに……信じてたのに……)

 茉理の心の中で、友達の声が聞こえてくる。

『ほら、見なさいよ、茉理』

 さやかの意地悪そうな声。

『やっぱりわたしの言うとおりじゃない。お兄ちゃんは、あんたのことなんて忘れちゃってたじゃないの』

(そんなの……違う)

『どこが違うの。これが現実。あんたは捨てられたのよ』

(嘘……お兄ちゃんは、わたしのこと捨てたりしないよ)

 茉理の目から涙がこぼれた。

 否定出来ない自分が悔しい。

 現実に自分は忘れられてしまったのだから――。

 哀しみは憎しみに、信頼は憎悪へと変る。

 茉理はあふれる想いを短剣に込め、力いっぱい振り下ろした。

 真っ直ぐに王子の胸めざして、短剣の切っ先がせまる。

 その時。

「何やってるんだ、お前は」

 強い声と、茉理の手首を握る手。

 天の川翔太が、驚いた顔で彼女を抑えていた。

 静止する腕を振り払おうと、茉理は激しくもがく。

 でも腕は茉理の手首をぐっとねじると、短剣を叩き落した。

 それでも暴れる茉理の頬を、ぴしゃりと翔太は平手打ちする。

 右頬を思いっきり打たれ、茉理は体ごと寝台の重い脚にぶつけてしまった。

「いたたた……何するんですか、天の川先輩」

 うーっ、とうめきながら茉理は起き上がる。

「それはこっちのセリフだ。まったく突然消えやがって」

 ぶつぶつ言いながら、翔太は寝台の方を見た。

 そこにはこれだけの騒ぎを起こしたにも関わらず、ちっとも起きずに眠り続ける王子と姫の姿がある。

「よく出来ている幻影だな。あの眼鏡野郎の作だろう。発明の才があることだけは認めてやるが、こんなしょうもない物を作る思考は、俺にはさっぱり理解できない。おろかとしか言い様がないな」

「幻影……」

 茉理は軽く頭を振って、はっと床に目を向ける。

 そこには金色の短剣が落ちていた。

 それを目にしたとたん、これまでの記憶が甦る。

(そうだ、わたしは……)

 暗い闇を湛えたような波の中から、人魚の声を聞いた。

 そして渡されたのが、この短剣。

 茉理は、またへなへなと床に座り込んでしまった。

(わたし……何てことを……)

 どうして彼を殺そうなんて思ったのだろう。

(ううん、今まで一度だってそんなこと、考えたことはなかったはずなのに――)

 茉理の心に黒い霧のようなものがかかり、己自身に対する嫌悪の情がわきあがる。

 自分がとても嫌な魔物にでもなったような気分だ。

(わたしの中にこんな嫌な気持ちが潜んでいたから、こんなことになったんだよね)

 自分の中の心の闇。

 潜在意識に深く潜り込み、決して自分自身にも気付かせずにいた本音。

 それを目の前に突きつけられ、容赦なくさらされ、もう辛くて動けそうにない。

 その場に座り込んでしまった茉理を見て、翔太は目を細めた。

(これが罠の効果か。悪趣味な趣向だぜ)

 自分の中の認めたくない思考を白日の下にさらけ出し、本人に突きつけて精神的ダメージを与える魔術。

 ベッドに眠る王子と姫は、おそらく茉理の知り合いだろう。

(ま、こいつが殺そうとするほど憎んでいるってことは、この男に現実では振られたんだろうな。たぶん二股でもかけられて……相手はきっとこの女)

 そう理解して、彼はスタスタと茉理の前にやってくる。

 彼も膝をついて、茉理と目線を合わせた。

「おいっ、こっちを見ろよ」

「……」

「見ろって。まったく人が話しかけんのに無視かよ」

 強引に茉理のあごを掴んで上向かせ、自分と目線を合わせるようにする。

「あのなあ、ここで呆けてんじゃねえぞ。いい加減目を覚ませ」

「……」

「この世界はなあ、あの眼鏡野郎の作ったタチの悪いダンジョンなんだぞ。罠にはまってどうする。正気に戻れ」

「罠……」

「この世界は幻だ。お前はただ奴の創った幻影にはめられて、操られてるだけだったんだよ。現実世界に帰れば、こんなことは絶対に起こらない。だから自分を責めるのはやめろ」

「でもわたしの中に、こうしたかったって気持ちがなかったら、こんな幻は見なかったかも」

 茉理の弱弱しい発言に翔太は舌打ちし、彼女の胸倉を掴み揚げた。

「寝ぼけたこと言ってんじゃねえ。いいか、誰だって心にそういうヤな気持ちってのはあるんだよ。そうだろ。毎日傷ついたり傷つけられたりして、俺たちは生きてんじゃねえか。あって当たり前。ない方がおめでたいぜ。生きてんのか、コラって言いたくなるくらいだ」

「……」

「だーかーらー、自分の中にこんな気持ちがあったのかって思うぐらいにしとけっての。そこで更に自分って悪人だったのねって落ち込む必要なんてないんだ。いい加減わかれ、この馬鹿」

 翔太のあまりの口の悪さに、茉理は思わず笑いを漏らす。

「天の川先輩って、実は意外な性格だったんですね」

「なんだそれ」

 苦虫を噛み潰したような顔で、翔太は茉理を離す。

「とってもはた迷惑で自己チュウ(自己中心的)な人だと思ってたんだけど、もしかしてちょっといい人だったりします?」

「ふふん、そうだ、俺は良い奴だ。正義の塊だ」

 茉理の言葉に気を良くしたらしい。

 突然、勢いよく翔太は叫んだ。

「やっとお前も、この俺の良さがわかってきたようだな。あの伊集院帝なんか足元にも及ばんくらい、俺は最高レベルの男なんだぞ。はっはっはっはっ」

(……前言撤回)

 茉理はふんぞり返って高笑いをあげる彼を見ながら、重い溜め息をつく。

(一応助けてもらったんだけど、このノリにはついていけないなあ。ほんと、帝先輩もそうだけど謙虚さってものがカケラもない性格よね。この先輩も)

 だが彼のむちゃくちゃ強気な啖呵のおかげで力が戻った。

 何故か知らないけど、彼の言葉は前に進む勇気になったのだ。

 よいしょっと気合を入れて、茉理は起き上がる。

「一応お礼を言っときます。ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げると、彼女は高笑いをやめた翔太に笑顔を見せた。

「じゃ、お騒がせしました。行きましょうか」

「あ、ああ」

 茉理の立ち直りの速さに目をぱちくりさせながら、翔太は彼女について王子の部屋をあとにした。

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