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魔法じかけのテーマパーク(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編4)  作者: 月森琴美


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18

 船の上での舞踏会は、華やかに続いていた。

 茉理は王子様に手を取られ、ゆっくりと起き上がる。

 あまりの驚きで、もう一言も発することは出来なかった。

(お兄ちゃん……早川明人(はやかわあきと)先輩)

 自分の初恋の人。

 誰よりも仲良しで、大切な存在だった人。

 現実世界では、彼を追いかけて転校までして、やっと見つけた。

 でも。

 茉理は目を伏せ、そっと王子様の手を離す。

 もう自分には関係ない人だ。

 忘れなくちゃいけない人――何故なら。

 彼女は目を上げ、王子様の横に微笑むお姫様をじっと見る。

 彼と結ばれた幸せに満ち足りているその顔は、早川響子(はやかわきょうこ)のもの。

(ここまで現実とそっくりなんて……最悪かも)

 彼女は堪えきれず、俯いてしまった。

 そう、やっと会えたお兄ちゃんは、もう茉理の事なんてすっかり忘れてしまっていたのだ。

 彼の心にあるのは、最愛の義理の妹響子のことだけ。

 それを知ってとても辛かったけど、彼の事をあきらめようと茉理は心に決めた。

 お兄ちゃんが好きな人は、自分ではない。

(お願いだから、そんな顔でわたしのこと見ないでよ)

 茉理は心の中で悲鳴をあげる。

 目の前の明人そっくりな王子は、以前仲良くしていたあの頃と同じ瞳で微笑んでいた。

 その姿を、記憶にある優しいお兄ちゃんの顔をこんなにも間近に見てしまうと、無理矢理胸の奥にしまいこみ、封じていた気持ちが刺激され、またあの苦しさをフラッシュバックさせてしまう。

 必死に歯を食いしばり、心の痛みに耐える茉理に、横にいる翔太は驚いた。

(こいつ……どうしたんだ、一体)

 動かなくなり、肩を震わせ、泣いているようだ。

(この王子ってのが、こいつに何か精神攻撃でもしたのか。そうは見えなかったが)

 彼の頭の中では、ここはただのアトラクションではなく、あくまでも敵の罠の中。

 警戒心を怠って、致命傷を負わされてはたまらない。

 彼は身を硬くし、じろっと王子様を睨み付けた。

 王子は翔太の目線を完全に無視し、茉理のみに関心を向ける。

「どうしたの、僕の妹姫。さあ、僕達の結婚を祝福しておくれ」

 彼は手のひらを伸ばし、茉理の頬に触れる。

「泣いているの? 僕の幸せに感動し、嬉しくて涙を流すなんて、君は本当に優しい子だ」

 嬉しいよ、とささやかれ、茉理はもう頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 返答など出来ない。

「王子様、そろそろわたしたちも踊りましょうよ」

 横にいる響子そっくりのお姫様が王子の腕にすがり、甘えた声でねだる。

「そうだね。そうしよう」

 王子様は暖かな笑みを最愛の姫に向けると、彼女を引き寄せて頬にキスをする。

「僕の美しい花嫁さん、きっと君を世界一幸せにしてみせるよ」

「まあ、そんな……わたくしこそ、あなたを幸せにしてみせますわ」

 二人は茉理と翔太の目の前で、いちゃいちゃと新婚の甘いムードで絡み合う。

 もし漫画に描くとするならば、確実にハートマークが飛び出しまくっているであろう光景だ。

(あーあ、やってらんねえ)

 翔太はげんなりしながら目をそらす。

 王子様とお姫様は完全に二人の世界に入り込み、仲良く腕を組んで立ち去っていった。

「見てるこっちが恥ずかしい。勘弁してくれよな」

 あきれた顔で二人を見送った翔太は、まだ動けずにいる茉理を突っつく。

「おいっ、いい加減正気に返れ」

「……」

「それとも幻術にでもかかってんのか」

「……」

 茉理は溢れ出る涙をぐいっとぬぐうと、翔太にかまわず走り出す。

「あ、おいっ、どこ行くんだ」

 この場から逃げ出したい、このままここに留まっていたくない。

 嫌でもお兄ちゃんとあの子が幸せそうに踊っている姿が目に入ってしまう。

 勢いよく走り出した茉理だが、着慣れないドレスの裾を踏んづけて、あっという間にころんでしまう。

 背後から馬鹿にしたような笑い声がして、茉理は余計に惨めな気分になった。

「あらあら、あいかわらずお行儀がなってないこと」

「どこの者かもわからない娘を気に入って拾ってくるなど、王子様も物好きですわよね」

 ひそひそとささやかれる、とても嫌な陰口。

 周囲にいた貴族風の客人たちの射るような目線が、彼女に突き刺さる。

「ま、でもこれで王子様も目が覚めますわよ。あんな素敵な方をお迎えになられたんですから」

「そうですわよね。王子様のお心はもう姫様のものですわ。きっともうすぐ王子様に捨てられて、お城から追放されることでしょうよ」

「身分相応の扱いを受けられて、よろしいんじゃございません?」

 ほほほほっ、と皆、小馬鹿にしたように笑い、見下げ果てた目で茉理を見た。

(何なの、ここは――)

 表の楽しいアトラクションとはまるで違う。

 ここは心の闇を、苦しみを、隠し続けてきた気持ちを抉り出し、更に増幅させるかのような場所だ。

(こんなところ、もう嫌っ)

 茉理は心の中で叫ぶと、何とか起き上がってまた闇雲に駆け出した。





 波の音が、空恐ろしいほど不気味に響く。

 舞踏会はお開きとなり、船は今、静寂と眠りの中にあった。

 みんなにひやかされながら、新婚の二人は共に一つの寝室に入る。

 茉理はずっと海の方を見つめ、そんな喧騒とは無関係を装って立ち尽くしていた。

 主役の二人が下がったのを見届けた客人たちも、みな部屋に入っていく。

 後片付けを済ました召使いたちが最後の皿を下げたあとには、もう甲板に誰の姿も無くなった。

(――寒くて、冷たそう……)

 船に押し寄せる波を見つめて、茉理はぼんやりとそんな事を思う。

 これからどうしたら良いのか、どうすればこの悪夢のような世界から出れるのか。

 考えることは、ただそれだけだった。

(これもアトラクションの一つだとしたら、何か課題をクリアすればいいのよね)

 でも一体何をすれば良いのだろう。

 手すりを掴み、彼女は痛そうに顔をしかめる。

 さっき舞踏会場から離れたときには夢中で気がつかなかったが、とても足が痛い。

 一歩一歩、歩くごとにガラスの破片を踏んでしまったかのような鋭い痛みが突き刺さるのだ。

(いててて……なんだってこんなに痛むわけ? 表のアトラクションには、こんな体の痛みを感じるものなんてなかったのに)

 やはりここは侵入者用の罠や罰ゲームといった類の場所なんだろうか。

(でもどうしてわたしが? 天の川先輩じゃなくて、わたしなの?)

 そこがいくら考えてもわからないところだ。

 翔太とは別れてきてしまったけど、さっきも衝撃を受けたのは自分ひとり。

 彼の記憶や思考とはまったく無関係の世界。

(……お兄ちゃん)

 心の中でつぶやいて、茉理は唇を噛む。

 未練がましいとはわかっているが、やっぱり胸の奥が疼くのは止められなかった。

(もう、わたしの大馬鹿。わたしには今は帝先輩がいるじゃないの)

 必死にそう言い聞かせる。

 でもそれすら彼女を、更に惨めな気持ちにさせた。

 帝との付き合いは、たったの一年だけ。

 今の彼は本気で茉理を好きな風に振舞っているが、実際それはすべて嘘偽りのもの。

 次の春になったら、もう何の関係もない間柄になってしまうことが決定しているのだ。

(あの円城寺先輩だって、あっという間にお払い箱だったものね。わたしなんて記憶の片隅にも残らないんじゃないかなあ)

 それはそれでなんだか悔しい気がするが、現実を受け入れるしかないんだと、茉理は乾いた笑いを漏らす。

 辛い心を抱え、海に向かって肩を落としていると――。

 ザッパーンッ。

 波が突然跳ねて、水しぶきが飛んできた。

「何?」

 茉理は、暗い波間に目を凝らす。

 そして絶句した。

(う……うそっ。人が波の中にいるじゃない)

 上半身裸の少女たちが数人、波に揺られてプカプカ浮いていた。

 茉理の顔から血の気が引く。

(あんなとこにいたら、寒くて死んじゃうんじゃないの? それともそのうち溺れて海の底に――)

 彼女は身を乗り出し、少女たちに声をかけようとした。

 だが。

(えっ、どうして……声、出ないじゃない)

 どうしたことか一生懸命口を動かすのだが、茉理の唇からはヒューヒューと息の鳴る音しか出てこない。

 混乱している茉理を、海の中にいる少女たちが見つけた。

 そして悲しそうなまなざしで、彼女のすぐ下まで泳いでくる。

「可哀相な私たちの妹」

「王子の奴、よくも裏切ったわね」

「自分の世界を捨て、声も捧げ、命までもかけたっていうのに」

 茉理は彼女たちの言葉を聞いて、はっと目を見開く。

(そっか。これって、お話の中の世界なのね)

 表のアトラクションもそうだったように、ここも物語の中の一部なのだ。

 そして自分が今、体験しているお話は、かの有名な悲恋の童話。

(人魚姫。間違いないわ)

 ここは人魚姫が最後を迎えた船の上なのだ。

 そして自分の役割は、すべてを捨てて恋にかけた、はかなくも悲しい人魚の末姫。

(ということは、この先は……)

 茉理はぶるっと身震いする。

 彼女たちが自分に何を言いにきたのかが、わかってしまったから。

 そして予想通り、少女たちは茉理に金色の短剣を渡す。

「さあ、これを魔女からもらってきたわ」

「あの裏切り者の胸を、これで刺すのよ」

「王子を殺してしまえば、あなたはまた人魚に戻れる。声も、尻尾も元通り」

「元の楽しい世界に帰れるのよ」

 投げかけられた言葉に、茉理の心は激しく震えた。

(ちょっとっ、元の世界に帰れるって、まさか――)

 このアトラクションでクリアしないといけない事とは、王子を殺すことなのか。

(冗談じゃないわっ。そんなこと出来るもんですか)

 茉理は頬に血を上らせ、短剣を海に投げ捨てる。

 しかし波間に消えた短剣を、人魚の姉役の少女たちはすばやく拾い上げ、また茉理に戻して寄越した。

「駄目よ。受け取って」

「朝日が昇ったら、あなたは水の泡になって消滅してしまうの」

「これはね、現実なの。お話の中の出来事ではないのよ」

(え?)

 少女たちの言葉に、茉理はびくっとする。

「出来なかったら、あなたは本当に消え失せる。二度と元の世界に戻ることは出来ないわ」

「そうよ。永久にここに留まり、魂だけの存在となって空中を浮遊し続ける」

(ひえええええーっ。それって幽霊みたいなものになっちゃうってこと?)

 茉理の顔から血の気がさっと引いた。

 さすが罰ゲームと言うべきか、やらせることが悲惨なものだ。

(どうしよう。もしやらなかったら、このアトラクションからずうっと出る事が出来ないの? そんなのあんまりだわ)

 この剣で彼を殺す。

 その事を一瞬でも脳裏に思い描き、彼女は背筋が寒くなった。

 心揺らす茉理の耳に、人魚たちのささやきが聞こえてくる。

『何をしているの? 彼を憎みなさい』

『すべてを捨ててやってきたあなたを裏切ったのよ』

『そうよ。あなたの事、何もかも忘れて別な女を選んだ男なんて、幸せにする必要ないわ』

『思い知らせてやるのよ、あいつに。さあ、ためらっては駄目』

『あなたは正しい事をするのよ。罪悪感など抱く必要はないわ』

 一つ一つの言葉が、茉理の心にひびを入れていく。

「そう……なの、かな」

 茉理は手の内にある短剣をじっと見る。

 自分の中に封印し、隠し切っていた醜い感情が少しずつ甦ってきた。

『自分に正直になりなさい』

『そうよ、あなたはそれを願っているはず』

『彼を……あなただけのものにしたい。そうでしょう』

「……うん」

 茉理はぽつりとつぶやく。

「そうだね。お兄ちゃんにもう一度わたしの事、思い出して欲しい。もう一度一緒に遊んだり、笑ったりしたい」

 かなうなら横にいて欲しい。

 他の女の子のことなんて見ないで欲しい。

 自分だけのお兄ちゃんでいて欲しい。

 ずっとずっと――。

 茉理の瞳が、闇色に染まる。

 彼女は短剣を握り締めると、踵を返して船の中に入っていった。


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