13
制服に着替えて、茉理は、あー、動きやすい、と喜んだ。
(やっぱりドレスもいいけど、こういうのが一番よね)
「姫、そろそろお迎えが来ますよ」
ナビが空を見上げて、にやりとした。
二人がいるのは、町から少し離れた草原。
見上げれば、青い青い空の天井が広がっている。
(本当によく出来てるわよね)
天井のはずだが、まるで本物の青空みたいだ。
茉理は、気持ちを切り替えて空を仰ぐ。
すると何か黒い点のような物が見えた。
「ねえ、あれって……」
茉理が指差すと、ナビは来たようですよ、と答える。
それはどんどん近づいてきた。
間近で見ると、何か布のような物がひらひらと空を飛んでいる。
「あ、空飛ぶ絨毯?」
「正解です」
にっと笑うと、ナビは地面にふわりと降りてきた絨毯の上に茉理を導いた。
「持つとことかないけど、落ちないかな」
「ご心配なく」
安全運転を心がけておりますから、とナビは言い、絨毯の右隅をポンポンと2回叩く。
するとそれを合図に、ふわっと絨毯が浮遊した。
「わあっ、すごーい」
ゆっくりゆっくりと上昇し、絨毯は青い空模様の天井のすぐ下に来る。
「行きますよ」
ナビの言葉と同時に、絨毯はゆっくりと進み始めた。
シンデレラの町を過ぎ、砂漠を超え、アラビア風の町に絨毯は入っていった。
「うわーっ、なんか本当に異国に来たみたい」
茉理が喜ぶと、ナビは得意そうに髭をしごく。
「当アトラクションの一番のうりは、この臨場感にあります。どんな大きな遊園地だって、このアトラクションにかなうものはないでしょう」
「あー、それわかる」
茉理は同意した。
「これだけ本物みたいな気分が味わえるアトラクションって、そうないよね」
自分もこんなアクシデントさえなかったら、もっとこのイベントを楽しんでいたことだろう。
そう思った彼女の脳裏に、先ほどの眠り姫やシンデレラ・イベントのことがよぎる。
(って、そうでもないか。あんまり臨場感ありすぎも困るか)
「どうしましたか、姫」
ナビが顔を曇らせる茉理を見て、心配そうに寄ってきた。
「あ、ははっ、大丈夫大丈夫。ねえ、それより、もう着くんじゃない?」
早く下に降りてみたいなあっとはしゃぐ茉理を見て、ナビは首をかしげていた。
「本当にアラビアかペルシャって感じね」
「そうでしょう」
二人は絨毯から降りて、とことこ大通りを歩いていた。
道の左右には小店が立ち並び、異国のめずらしい品物を売っている。
「これって、もしかしておみやげ売り場?」
本当に買えるの? と首をかしげる茉理に、ナビは説明した。
「違いますよ。これはただアトラクションの風景の一部でして、ここで通用するお金を姫は持っていないでしょう。買い物は無理ですね」
「そっか、やっぱりね。円は使えないのか」
少しがっかりする茉理に、何かお気に入りの品でもありましたか、とナビが聞く。
「うーんと、ほら、あっちのスカーフみたいなのとか綺麗じゃん。叔母さんに買ってってあげようかなあって思っただけ」
こういうエキゾティックな物、好きそうな人なんだよね、と茉理はつぶやいた。
通りの喧騒を眺めていると、突然向こうから少年が走ってくる。
「うわっ、ごめん」
思いっきりぶつかった彼の顔を見て、茉理は驚いた。
(あっ、山下先輩だ)
ということは彼と関わることで、このアトラクションを通過できるはず。
「ごめんね、ほんと。痛くなかった?」
本人そっくりの人懐っこい笑顔で、英司そっくり人形は微笑んだ。
「こらーっ、待てーっ、アラジン」
「うわっ、やば」
英司人形は、ちろっと舌を出すと、茉理に何かを押し付ける。
「ちょっとこれ、預かってくれ。魔法使いに追われてるんだ」
「え?」
「持ってるだけでいいから。ああ、何かあったら、それをこするといいよ」
そう言うと、英司人形はさっと人込みの中にまぎれて、いなくなってしまった。
(何、これ)
茉理は押し付けられた物を見て、目を丸くする。
(あ、これはもしかして……)
「おいっ、娘」
突然今度は目の前に、黒いローブを纏った男が現れた。
フードを深くかぶっているので、顔はよくわからない。
「この辺にランプを持った少年が来なかったか」
「いいえ、見てませんけど」
茉理はそう答える。
「ふん、隠すなよ。おや、お前の持っているそれは――」
茉理の抱えた古いランプを見て、男はにやりとした。
「娘、それをわたしに寄越せ」
「え? そんな急に言われても」
茉理はランプをしっかりと抱きしめ、後ずさる。
(きっとこの人はお話に出てくる悪い魔法使いなんだ。これを渡しちゃったら、イベント通過出来ないわよね)
なんとしても取られるわけにはいかない。
必死に人込みの中をぬって、茉理は走り出した。
「娘、待て」
男が追いかけてくる。
(ひえーっ、今度はわたしが追われる身になっちゃったよーっ)
英司人形は、どこに行ったのか影も形も見えない。
茉理は闇雲に走り、小さな広場に出た。
人の数も密集しておらず、死角もない場所で、彼女がどこにいるのかすぐにわかってしまう。
「見つけたぞ、小娘」
黒ローブの男が駆けて来て、ついに茉理は追い詰められた。
「さあ、そのランプを渡せ」
「嫌ですってば」
ランプを胸にしっかりと抱え、茉理は魔法使いを睨みつける。
「姫、早く、そのランプをこするんです」
ナビの言葉に、茉理は、あ、そうか、とすばやくランプをこすった。
もくもくと白い煙が立ち昇り――。
「ご主人様、お呼びですか」
大きなターバンを頭に巻いて、笑顔もさわやかな少年が現れた。
「あれ? 山下先輩ってアラジンじゃ」
茉理は、再び同じ顔を見てキョトンとする。
「ああ。この人形は一体で3役やってます」
ナビが髭をしごきながら説明する。
「3役? って、アラジンとランプの魔人と、もう一つは何?」
「ピーターパンなんですけど、もう通過しちゃいました。余計な邪魔が入ったから、彼の出番は今回省略されたんです」
「あ……そうだったの」
(なんかすっごいこき使われてるわね、山下先輩の人形)
茉理は少々気の毒になった。
(ま、いいか。他の4人が出てくるよりはましかも)
「わたしはランプの精です。このランプをこすった方の願いを、何でもかなえて差し上げます。ご主人様、どうぞご命令を」
「あ……、じゃ、えーと」
茉理は目の前にいる黒い魔法使いを指差す。
「この人を、どこか遠くに飛ばしちゃってください」
「なっ、なんという命令をするんだ、小娘」
魔法使いは、顔を引きつらせて身を引いた。
「はい、わかりました」
ランプの魔人は、指を一回パチンと弾く。
すると突風が吹き荒れ、魔法使いを天高く放り上げた。
「おーぼーえーてーろーっ」
お決まりのようなセリフを叫びながら、魔法使いはどこかに飛ばされてしまう。
(あー、良かった)
ほっと胸を撫で下ろす茉理の前で、ランプの精はにこっと微笑んだ。
「ご主人様、僕はこれで失礼します」
「あ、はい」
「それと願いをかなえられるのは3回までです。今、一回使っちゃったから、あと2回ですね。そこんとこよろしく」
じゃ、と片手をあげて、英司風ランプの魔人は、すうっと白い煙になってランプの中に入っていった。
「ねえ、これからどうしたらいいの?」
首をかしげる茉理に、ナビはちらりと笑う。
「ご心配なく。ほどなく次が始まります」
「え?」
彼女がどういう意味かと問おうとしたとき、後ろから肩を叩かれた。
「やあ、君、ありがとう」
(あ……今度はアラジンバージョンだ)
魔人と同じ顔のアラジンが現れ、彼女に笑みを向ける。
「君のおかげで魔法使いの追跡を逃れることが出来たんだ。良かったら、俺と一緒にお城まで来てくれないか」
「お城ですか」
「実はこのランプを使って、俺はこの国の姫と結婚したいと思ってるんだ。君も一緒に来て、俺が姫と無事結婚出来るように助けて欲しい。どうかな」
(えーと、つまりこのアラジンと姫を結婚させることが出来れば、このステージはクリアなわけね)
やっとこのアトラクションをどうしたら良いのかわかって、茉理はほっとした。
「はい、よろしくお願いします」
「そう言ってくれると思った。こちらこそよろしくね」
アラジンは、にっこりと茉理の手を握って握手した。
アラジンと一緒に、茉理とナビは王宮に入った。
「なんかあっさり入れちゃったね」
王宮の中庭で、茉理はきょろきょろ辺りを見回す。
「それはもうアトラクションですから」
得意そうに髭をしごき、ナビはにやりとした。
すぐに王様がやってきて、アラジンと茉理に命じる。
「姫と結婚したければ、今すぐここに世界中の財宝を持って来い」
「はい」
元気よく答えるアラジンの横で、茉理は驚いた。
(世界一の財宝だってどうするのよ、そんなの)
「さあ、心優しき友人よ、ランプを使って俺を助けてくれ」
「え? あ、そうか」
茉理はすぐに思いつき、ランプをこすって命令する。
「今すぐ世界中の財宝を持ってきて」
「はい、ご主人様」
ランプの魔人バージョン英司は、さわやかな笑顔を浮かべて指をぱちんと鳴らす。
すると――。
バラバラバラバラッ。
「うわっ、ちょっと何これ」
「おおーっ、これは凄い」
なんと天井から大量に財宝が降ってきたのだ。
雨あられと金貨や宝石がボトボト落っこちてきて、中庭はたちまち埋め尽くされる。
(ひえーっ、こんなにあったら、なんか希少価値が薄れそう)
茉理は、ナビとアラジンと共に咄嗟に中庭にあったあずまやに入り込み、財宝の落下による打撲から逃れることが出来た。
王様は、財宝の山の上で飛び上がって喜んでいる。
「凄い凄いぞ、よし、気に入った」
王様は高らかに宣言した。
「よし、お前を姫と結婚させてやろう」
「ありがとうございます」
アラジンは、満面の笑顔で茉理の手を握る。
「ありがとう。君のおかげで、俺は姫と結婚出来る」
「はあ……良かったですね」
茉理はなんかあっさりと終わってしまって、かなりの脱力感を覚えた。
(流石、幼稚園児でもO.Kのアトラクションだわ。凝ってるのか、雑なんだか)
それにしても願いはあと一つ、残っている。
首をかしげる茉理の耳に、凄まじい轟音と悲鳴が聞こえてきた。
「いやーっ、誰か助けてーっ」
「あああっ、姫があっ」
頭上を、何か大きなものが通過した。
空飛ぶ絨毯だ。
その上にさっきの極悪魔法使いと、アラビア風の衣装をつけた少女が乗っている。
少女は縄をかけられており、無理矢理連れ去られようとしているのが、よくわかった。
「ふん、アラジンよ。お前ごときに姫はやらん」
絨毯の上でふんぞり返って、魔法使いは茉理たちを見下ろす。
「姫は、このわたしのものだ」
「おのれ、魔法使いめ」
アラジンはいきり立った。
「姫を返せ」
「悔しかったら追って来い。東の洞窟で待っているぞ。はーっはっはっはっ」
高笑いと共に絨毯は飛び去っていく。
(やっぱり、まだ続くのね)
ランプを抱え、茉理はふうっと軽く息を吐いた。
「ねえ、ナビ」
砂の砂漠を歩きながら、茉理は声をかけた。
「このアトラクションで最後なんでしょう?」
「はい」
「じゃあさ、早くクリア出来る方法ってない? もうすぐ夕方になっちゃうよ」
彼女は不安げに空を見る。
作り物とは思えないほど高く青い空。
でもこの上の最上階に早くたどり着かないと、友達を下ろしてあげられない。
茉理は不安でしょうがなかった。
自分で言い出したのだから今更あとには引けないが、本当は怖くてたまらない。
「大丈夫ですよ」
ナビが励ましてくれる。
「まだ1時間も経ってませんよ。それに」
彼はにやりと笑ってみせた。
「あなたは、ご主人様のお仕えする方にとって大切な姫だとか。だったら大丈夫。ご主人様とご友人の方たちが、きっとなんとかしてくださいます」
「ご主人って森崎先輩?」
「はい。私どものご主人様は無敵の魔法使いです。負けることなんて絶対ないですから」
(すっごい自信だわ)
茉理は目を丸くした。
(でもそうよね。いざとなったらあの変な忍者もどきぐらい、森崎先輩たちの魔法でどうにでも出来そうだわ)
こないだ魔獣と戦う勇姿を見ているだけに、納得出来るものがある。
「着いたぞ」
先頭を歩いていたアラジンが、得意そうに指差した。
「あそこに姫と魔法使いがいるはずだ」
砂の砂漠に聳え立つ塔を、茉理は見上げる。
(うわっ、高い)
大体こういうアトラクションだと、最上階にボスがいるものだ。
(って、どうやって上まで上るのかしら。まさか階段? げーっ)
先行きを慮ってうんざり顔の彼女に、アラジンは笑顔を見せる。
「さあ、心の友よ。いざ、姫を助けに行こう」
(お決まりのセリフってわかってるけど、そんなさわやかな瞳をしないでよ。なんかこう、調子狂うなあ)
本人を知ってるだけに、イメージが重なっておかしな気分だ。
肩を落とし、茉理はアラジンについて塔の中に入っていった。
中は外と違ってひんやりと心地よかった。
(日差しがさえぎられるからかしら)
見かけとは違い、中は吹き抜けの空洞になっており、最上階にいく必要などまったくない。
入ってすぐの広間に、魔法使いが姫を連れて立っていたのだ。
「くそっ、もう見つかったのか」
魔法使いは舌打ちをしながら、姫をはがいじめにする。
「姫は渡さん。彼女はわたしの妻になるのだ」
「そんなことはさせないぞ」
勢いよく叫ぶと、アラジンは茉理の方を向いた。
「さあ、心の友よ。今こそ最後の願いを」
「え? あ、ああ、ランプね」
茉理は抱えていたランプをこする。
しゅううっと白い煙が沸いて、中からランプの精が出てきた。
「お呼びですか、ご主人様」
茉理は首をかしげる。
(えーと、なんてお願いごとをすればいいのかな)
魔法使いをやっつけてもらう?
お姫様を奪い返す?
ここはなんと願えばよいのか。
迷って口ごもる茉理の耳に、ナビのささやきが聞こえてきた。
「姫、今、貴方が一番願っていることを言うのです」
「わたしが、願っていること?」
「そうですよ。ランプの精は貴方の願い事を何でもかなえてくれるんです」
(わたしが今、一番願うことって……)
茉理は目を閉じ、心を探る。
今、一番、自分が願うこと。
すぐにもかなえて欲しいこと。
それは――。
茉理は静かに目を開けると、ランプの精にきっぱり言った。
「お願い、このアトラクションを早く終わらせて、わたしを屋上まで連れていって」
しゅううううっと辺りに霧のようなもやが立ち込める。
茉理の視界が突然真っ白になった。
魔法使いもアラジンも姫も塔も、ぐるぐると渦を巻きながら消えていく。
「アトラクション強制終了装置作動」
横でナビが叫んだ。
「姫、貴方の願いにより、最後のアトラクションは終了しました」
「えええっ? 終わったの?」
「はい。途中ですが、まあ、最後までやったということになってますから、ご心配なく」
そう言ってナビは髭をしごく。
「わたしも貴方にお別れの挨拶をさせていただきます。本日はアトラクションご利用、ありがとうございました」
ナビは気取って礼をした。
「この中に、お洋服が入っています。今、着ている服は本日だけの特別サービスです。どうぞ記念にお持ち帰りを」
「は、はあ」
茉理はナビの背中に背負っていたリュックを渡され、あわてて受け取る。
「姫、またのご利用をお待ちしています。お気をつけて」
そう言うと、ナビはすっと白い靄の中に消える。
「ええーっ、ちょっと、ナビ?」
突然一人にされ、茉理は戸惑った。
どこが一体出口なのか、屋上に通ずる階段か通路はないのか。
聞きたいことは山積みなのに、案内人はいなくなってしまった。
(もう、どうしよう)
顔をゆがめる茉理の前を、すっと風が吹きぬける。
白いもやがさっと晴れ、彼女は目を瞬かせた。
(……ここって……)
白いコンクリートの床。
人工物でない高い空。
自然に吹き荒れる風。
屋上に茉理は立っていたのだ。
遥か彼方に、このテーマパークに来る時に乗った電車が見える。
下には豆粒ほどになった噴水とベンチを備えた広場があった。
(嘘みたい。願いがかなったんだ)
茉理は、どきどきしながら辺りを見回す。
ついに屋上まで来れた。
自分は翔太との賭けに勝ったのだ。
(これでみんなを、凧から下ろしてあげられる)
茉理は辺りを見回す。
「どこにいるの? 天の川翔太!」
彼女は声を張り上げて彼を呼んだ。
「約束通り屋上まで来たわよ。さあ、わたしの友達を返して!」
少女の声は夕焼けに染まる城の屋上に響き渡った。




