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魔法じかけのテーマパーク(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編4)  作者: 月森琴美


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 オーケストラが、ワルツを奏でる。

 いつの間にか二人は自然に手を取って、ホール中央に出てきていた。

 まわりには、二人を見つめる客の人形達。

 まるで本物の舞踏会で踊っているかのような臨場感が辺りに漂う。

 茉理はどうしてよいかわからなくなって、王子の手にすべてをまかせていた。

(ひどいよ、森崎先輩。反則だよ)

 心の中は複雑な思いが交差する。

 なんで彼が自分の前に立っているんだろう。

 それもいつもと変わらぬ、ちょっとクールで野性的な目をして。

 それでいて、その手の言葉をささやくときには、同じように少し瞳を和らげる。

 まったく本物そっくりの表情で――。

 彼女は俯いた。

 あまりこういう状況で、彼には会いたくなかった。

 もしかしてどこかでキャラとして出てくるかも、とは思っていたが、よもやこんな局面になるとは、予想もつかないでいたのだ。

 茉理にとって現実と架空の世界がほぼ同じ状況なものだから、ついつい重ねて考えてしまう。

 現実の世界でも、帝はこんな風に彼女をエスコートし、優しく言葉をささやいてくる。

 でもそれはすべて義務と期間限定たということだけで、本当に茉理に恋をしているわけではなかった。

 よくわかっているのだ、そのことは。

 だからこそ彼の視線を受け、彼の横にいることがとても辛い。

 いつの間にか彼を無視出来ず、割り切って付き合うことも出来ないでいる自分の心に、茉理は今更ながら苦しめられ、追い詰められていた。

(好きになっちゃいけなかったのに……)

 自分には、もう好きな人がいるはず。

 今でもその人のことを思い続けていたはずなのに、一体いつからこんなになってしまったんだろう。

 少女は俯き、肩を震わせた。

 今、偽者だとはわかっていても、彼の言葉に酔いしれることの出来ない自分。

 これは人形なのに、それすらまともに見れない自分。

 差し出された手を拒むことが出来ない自分。

(やだ……こんなの)

 今、一番気になる人の映し身と踊っているというのに、彼の口からは彼女を賞賛する言葉や愛のささやきが聞こえているというのに。

 一つも嬉しくないし、ちっとも楽しくない。

 この架空の世界だけは絶対にあって欲しくない。

 彼女は辛くて辛くてどうしようもなくて、ついに足を止めてしまった。





「おかしいな」

『どうしたの? 直樹君』

 直樹と雅人がえる、それに猫の人形ナビは、シンデレラが駆け下りてくる予定の大階段の横に身を潜めていた。

 一応、その場の雰囲気を壊さないためにか、直樹は家来の衣装に着替えている。

「……誰かが俺の魔導コントロールシステムに割り込んでいる」

『え?』

「このアトラクションは100体の人形が動いていなければならないんだが、一体静止したままだ」

『はあ? どうしたっていうんだい』

 雅人がえるはピョコンと跳ねた。

 小型PCをポケットから取り出し、直樹はカチャカチャキーボードを打つ。

「やはりな。メイン魔導システムに誰かが制御魔法をプログラムしたようだ。人形が一体、制御されて動けなくなっている」

『どの人形だい。まさかこの中に敵が変装して、もぐりこんでるとか』

 真剣な声で問う雅人に、ふむ、と直樹はPCをまた調べる。

「――王子の人形だ」

『ええっ、王子だって』

 雅人がえるは更に興奮して、ぴょこぴょこする。

「そこで[かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ]をするな。別に敵ではないようだしな」

 直樹はふうっとため息をついて、PCをしまった。

『敵じゃないのかい?』

「王子の人形だぞ、お前。それに他にももう一体、機能を停止させられてる人形があった」

『もう一体?』

「……第4のアトラクション 眠れる森の美女に出てくる王子の人形だ」

『それって斎君モデルの人形だよね。どうしてまた……ああっ、まさか』

 雅人がえるは、げーっと舌を長く伸ばした。

『どうすんの。王様自ら乗り込んできちゃったよ』

「ま、おとなしく待っていられる時間の限界を超えたんだろうな」

 直樹は、さて、どうするか、と低くつぶやいた。

『どうってね、直樹君。あ、じゃあ今ホテルで下請け会社の人たちと挨拶をしてるのは』

「おそらく英司だろうな。斎はいつ消えるかわかったものじゃない」

 そう言うと、直樹は心を英司に向けた。

『おい、英司。お前、どこにいる?』

『わっ……直樹、先輩ですか』

『お前に緊急招集だ。さっさとこっちに来い』

『ええっ、今からですか。あの、その……参ったな』

 英司が困りまくっている様子だったので、直樹は苦笑した。

『もういいよ。そこで()()()()、しばらくがんばってくれ』

『はい、わかり……って、あれ、もうバレたんですか』

『ああ。そんなのすぐにわかるさ』

 直樹は満足げににいっと笑うと、じゃ、またな、と思念会話を切った。

「大当たりだな。まったく帝の奴」

『あーらら、これはすごいことになりそうだよ、直樹君』

 雅人がえるの思念を受けて、直樹は顔をしかめる。

「お前、何気に楽しんでないか」

『いやあ、こんなにわくわくする展開なんてないよ。すごいじゃないか。茉理姫の行動が見物だね』

「当人の気も知らずに、よくそんなこと言ってられるな」

 冷たく直樹が返すと、雅人がえるも少し興奮気味な気分から深刻な面持ちになった。




「どうした、姫」

 ぶっきらぼうに聞いてくる王子の人形。

 その手を彼女は振り払い、踵を返した。

「おいっ、どうした」

 まだ曲は終わっていない、と王子は、少女の腕をつかむ。

 でも茉理は更に身をよじり、王子から逃げ出した。

「待てっ、茉理」

 後ろから王子が追いかけてくる。

 でも茉理は振り返らずに走った。

 これ以上彼の顔を見ていられなかったし、この場からとにかく出たかった。

 辛くて、心がせつなすぎて。

(もう嫌だよ、こんなの)

 少女はいつの間にか頬を伝う涙を拭きながら、廊下をどんどん駆けていった。



(くそっ、ばれたのか。またお前は俺から逃げていく)

 王子は――帝は舌打ちし、彼女の後を必死に追った。

(逃がすものか。お前は俺から逃れられん。俺のものである以上、なんとしても捕まえてみせるぞ)

 自分が手を離すまでは許さない。

 相手から手を離すことなど、絶対に認めない。

(そんなに俺が嫌なのか、茉理。どうしてだ)

 一年だけでも我慢出来ないというのか。それほど嫌われているのか。

 そんな弱気な思いが彼の胸を不安にさせ、締め付けた。

 それを必死に帝は打ち消す。

(弱気になど俺はならない。なってたまるか)

 いつも一番強く、誇り高く、誰からも認められる存在でなければいけない。

 自分を受け入れない者は決してあってはならない。

 そんな者の存在を許してはならない。

 彼の中で茉理に認めてもらいたいという思いと、こんな態度は許さないという思いがぶつかり合う。

 認めて欲しいという焼け付くような願いを、彼は必死に打ち消した。

 それはただ単に強がって去勢を張っているだけで、本当の強さではない。

 でもそんなことすら彼はまだ気付かずにいた。




 長いドレスの裾を翻し、何度もつんのめりそうになりながら、少女は必死に出口を目指した。

 ガラスの靴が足に冷たい感覚を与え、突き刺さるような痛みが速度を速めるほど増していく。

 それでも足を止められなくて、茉理はとにかく走り続けた。

 目の前に、最後の大階段が見えてくる。

「茉理、待てっ」

 王子の制止の声が、彼女の背後から迫ってきていた。

 急がないと追いつかれてしまう。

 茉理は必死に階段を駆け下りた。

「茉理、何故逃げる。そんなに俺が嫌なのか、お前は」

 息を切らせながら、王子は階段の上で悲しそうに足を止めた。

 もう彼の心にも、彼女を追っていく気力が出ない。

 所詮強がりの思いだけでは、ここまでが限界だった。

 王子の辛そうな声が、階段をすべて降り切った茉理の足を止める。

 彼女は静かに振り向いた。

 はるか上から――階段の上から帝は自分を見下ろしている。

 まるで階段は二人を隔てる心の障害のように、今、目の前にあった。

 それ以上、彼は下りてくることが出来ない人。

 自分の側によりそって生きることの出来ない人。

 世界が違いすぎる。

 彼の生きるべき場所は遥か高みで、自分は上がることも近づくことも出来ない人間。

 魔力もなく、なんのとりえもない普通の少女。

 金持ちでも、成績優秀でも、美少女でもない。

 まして世界の違いの差を越えることの出来る力など、彼女にはない。

 むろん彼にも――それだけの強い想いなど、彼の中にはどこにも存在しないのだ。

 戯れに一段二段、降りてくることはあるかもしれない。

 でも結局、また上がっていってしまうのだ。

 辛くて辛くて、どうしようもなかった。

 彼女の中に、魔法使いの貴公子が告げた言葉がよみがえる。

[ 王子様ともう一度再会を望むなら、ガラスの靴を置いてくる]

 再会を望んでいる? そう、いつだってそう思ってる。

 本当は誰よりも側にいて欲しい。

 ずっと一緒にいて、横で笑っていたい。

 一緒に時を過ごしていたい。

 でもそれはすべて、このアトラクションのように架空の出来事。

 現実には決して不可能なことなのだ。

 ならばそんなものなどいらない。

 かりそめの――偽者の再会など、想いなど望まない。

 そんなものにすがるくらいなら、もう二度と会わない方がいい。

 茉理は身を震わせながら、王子をじっと見つめた。

 きっと自分は、彼に本当の思いを告げることは出来ないだろう。

 現実の世界では、いつも言葉は空回りする。

 本物の彼に会えば心は戸惑い、せつなくなり、結局言葉が出なくなる。

 でも今なら。

 この架空の世界、架空の王子になら。

 自分の想いを伝えることが出来るかもしれない。

 一時の夢、所詮消えてなくなる世界なのだから。

 茉理は、悲しそうに震えながらガラスの靴を両方とも脱いだ。

 王子が目を見開く。

「茉理?」

「わたし、貴方の側にはいられません。ごめんなさい」

「そんな……どうしてだ」

「だってあなたは、わたしのことを本当に好きじゃないもの。いつかは消えてしまう人だもの」

 王子は驚きで立ちすくんだ。

「あなたのこと、いつの間にか好きになってた。ずっと側にいたいって思うようになってしまった」

「……」

「でもね、そんなこと思っちゃいけないって、必死に自分に言い聞かせてる。だって春にはあなたと別れないといけないじゃない。あなたがわたしを選ぶことなんてないもの。魔力もないし、美少女でもお金持ちでも、成績が良いわけでもない。たまたまイベント通過してしまっただけの、運が良かっただけの存在だもん」

 茉理は頬を伝う涙をぬぐうこともなく、ちょっと笑った。

「わかってるよ。あなたがわたしを選ぶことなんてありえないって。自分がどの程度のレベルかぐらい、わたしにだってわかるもん。でも貴方のこと好きになっちゃって、とめられなくて困ってる。もうほんと、しょうがないよね」

「茉理、そんな風に自分を卑下するな」

 帝は激しく叫ぶ。

「お前はイベントを勝ち抜き、他の優秀な奴を寄せ付けずに俺の前まで来た女なんだぞ。もっと自分に自信を持て」

「あなたがそれを言うの? いつかわたしのこと、いらないって捨てるあなたが」

 茉理は辛そうに言葉を返した。

「でもね、だから――貴方のこと好きだから、わたしは貴方の側にいたくないの。側にいたら、どんどん気持ちが大きくなって止められなくなるから」

「そんな……茉理」

「そうだよ。それに本当に好きだから、そんな風にわざと好きになるフリをしないで欲しいの。自分の気持ちを捻じ曲げて、今の貴方は必死に生きてる。きっととても苦しいはずよ。そんなこと、大好きなあなたにして欲しくないもん。どんなに優しくもらっても辛いの。だから」

 茉理はガラスの靴を高くあげる。

 そのまま思いっきり階段に投げつけた。

 ガシァァーンッ。

 派手なガラスの割れる音がして、靴は左右両方共に粉々に割れる。

 破片が階段を照らすライトに反射して、きらきらと輝いた。

 あっけに取られる王子に、茉理は寂しげに微笑む。

「これ以上、追いかけてこないでね。もう会わない方がいいって」

「茉理」

「再会を望んだりしない。私をプログラム通りに追いかけてくる必要はないわ。本当はきっと、さっさと転校でもして貴方の前から消えた方がいいんだけど、こっちも我が侭言って入学させてもらったから、そう簡単に学校変わりたいなんて言えないのよ。現実は厳しいわ」

 彼女はそう言うと、ふうっとため息をつく。

「あー、すっきりした。本音を言えるって気持ちいいわね」

「……」

「ごめんね。貴方はただの人形。本物じゃない。だから言えるの。現実世界で本物を相手にしたら、きっとまた言葉が出てこなくて何も言えなくなる。でもずっと気持ちを閉じ込めておくのって、やっぱ辛いね。だからつい話しちゃった。気にしないで」

 何も言えず、ただ黙って自分を見つめる王子に、茉理は手を振る。

「バイバイ、王子様。踊ってくれてありがとう。でももうホールに戻っていいよ。今度はわたしより、もっと素敵な女の子の相手をしてあげてね」

「……」

「あなたも大変よね。自分の好みに関係なく、来た女の子なら誰でも好きですって言わないといけないんだから。がんばってお仕事してね」

 そう言うと、彼女はさっと階段の下から走り去っていった。





 帝は彼女を追っていくことはしなかった。

 いや、出来なかったのだ。

 茉理が走っていってしまったあと、彼は静かに階段を下りる。

 一段一段、ゆっくりと――。

 さっきまで茉理が立っていた場所に下りると、彼は身をかがめてガラスの靴の破片を手に取った。

 本当は、すぐにも追いかけて抱きしめたい。

 でもそういうわけにはいかなかった。

 彼の中の何かが、彼の心を制御する。

 彼女は、彼との絆となるであろうガラスの靴を自ら割った。

 そうまでして否定されたことが、王者たらんとする彼の自尊心を傷つける。

(こんなことまでされて、俺が追いかけていく必要があるのか、あの女を)

 そんな思いが沸きあがった。

 それは本当の自分の奥に眠る魂と相反する感情。

 常に彼を支配し、縛り付けている彼自らが創り上げた人格。

 どちらが本当の自分なのか、すでに彼自身にもわからないくらい同化し、体になじんでいる。

 彼は常にそれに支配され、それこそが自分の本当の姿だといつも思い込んでいた。

 でも最近彼女と関わることで、少しずつ本当の感情が触発されて表に出つつある。

 こんなにきっぱり否定され、告白されたのかどうなのか、よくわからない状況の中で。

 それでも今、彼は彼女を憎み、自分を傷つけたと恨むことは出来なかった。

 本来ならその不遜な態度に何らかの処置をするべきなのだろうが、それをしたいとは思わない。

 ただしっかりと、彼は彼女が残したガラスの破片を握り締める。

 この靴のように、彼女の心もまた痛みを受け、再生不可能なぐらい辛い思いをしているのだろう。

 拳の中から血がにじみ出る。

 力を込めて握り締めたために、ガラスの鋭利な切り口が彼の手のひらを傷つけた。

 でもその痛みすら彼は感じずに、黙ってそれを握り締める。

 何故、今自分を痛めつけたいのか自分でもわからないが、彼は傷つきたいと思った。

 彼女と同じように、自分も夜の闇の中、深く傷ついてしまいたいと心から願っていた。

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