10
ドリームライト城から空を見ると、少しずつ午後の日差しが傾いていた。
(くそっ、あれから40分か)
腕時計を見ながら、翔太はいらいらと爪を噛む。
(このアトラクション自体は、まともにやったら30分ほどでクリア出来る内容だ。途中で俺の手下どもと関わって進度が遅くなってると言っても、1時間以内にはここにたどり着く)
それまでになんとか彼女を確保しないと、帝を引きずり出して決闘することも出来ない。
(今日の門限は6時だったな。遅れたら、またお母様におしおきされる。くそっ、早くしないと)
どんどん少なくなる部下を見ながら、彼はあれこれ思案した。
(それにしても流石、帝の選んだ女だな。ここまでしぶといとは)
彼の興味が、帝から茉理に少し傾く。
(どんな女か、俺も一度間近で見てみたいもんだ。いっそここまで来るのを待つか)
どっちにしても彼女を捕まえてしまえば、帝をあぶりだせるのは確実だ。
翔太の心に余裕の笑みが生まれる。
「ふははははっ、伊集院帝。首を洗って待っていろ。今度こそ貴様をぎゃふんと言わせてやる」
ちょっと今時使わないセリフを吐きながら、翔太は屋上で高笑いした。
船は小さな岸に着いた。
「ここは?」
船から下りて、茉理は辺りに広がる小さな町を見る。
「名前はないが、シンデレラの住む町だ」
見ると矢印が立っており、道順を示している。
二人と一匹、そして猫の人形一体は、矢印の通りに道を進んで町に入った。
小さいが、ちゃんと町には人がいる。
「すごい凝ってる」
「人工は30人。店は15軒ある」
直樹が黒眼鏡のフレームに手を添えて説明する。
「全部、人形なんですよね」
人形とは思えないほど精巧な造りの町人が、通りのあちこちを歩いていた。
「これで驚かないでくれ。あとで行く王宮は、100体の人形を投入してある」
「100体? すっごーい」
「家来が10体、給仕役9体、女召使10体、男の客が30体。女の客が40体、王子1対、合計100体だ」
「へ、へーっ、そうなんだ」
聞いてるだけで豪華そうだ。
茉理は苦笑しながら町を歩く。
矢印が一件の家を指し示していた。
「ここがシンデレラの家だ」
直樹がドアを開く。
するといきなり怒鳴られた。
「シンデレラ、一体どこで油をうってたんだい」
「……継母だ」
扇を片手に大きな鼻を持った夫人が、にゅっと顔を突き出した。
「きゃっ」
「早くこっちに来なさい。今晩舞踏会があるっていうのに、忙しいことはわかってるはずだよっ。さっさとおし」
茉理は腕をつかまれ、家の中に連れ込まれる。
『がんばってね、茉理姫』
雅人がえるは直樹の肩に飛び移り、ひらひらと舌をひらめかせて応援した。
茉理は継母人形に箒を渡され、部屋の隅に立たされる。
「さっさと掃除。それが済んだら――あーら、もう夜だわ」
(早っ! 流石アトラクション)
めまぐるしい速さで時が過ぎていったので、茉理はあっけにとられた。
もう一つのドアから、継母と姉娘の人形が出てくる。
「じゃあね、シンデレラ。しっかりお留守番してるのよ」
3人は家を出ていってしまった。
(えーと、とにかく待ってればいいんだよね)
茉理は暗くなった外を見ながら、箒を抱えてぼーっとしていた。
すると突然パアアアッと部屋の一方が明るくなる。
「え?」
「やあ、こんばんわ、シンデレラ」
光と共に現れたのは、魔法使いのおばあさんならぬ貴公子。
「可愛いお嬢さん、君の悩みを僕に打ち明けてくれたまえ。こんな素敵なレディの願いをかなえられるなんて、なんて今夜は素晴らしい夜なんだ。今、僕の心は感動で胸がいっぱいだよ。さあ、遠慮はいらない。僕は次のアトラクションに出てくるランプの魔人のように3回だけなんてケチなことは言わないよ。君のすべての思いを、今宵僕の胸に預けてくれたまえ」
(……雅人先輩が、一緒に部屋に入ってこなかったわけだわ)
茉理は思いっきりため息をついた。
薔薇の花を振りまきながら、ポーズを決めつつ、雅人の魔法使いは彼女に迫る。
「あの……」
茉理が何か言わねばならないのか、と思って口を開くと、突然魔法使いの人形は人差し指を茉理の唇に当てた。
「おっと、レディ。君の願いを口にしなくても、僕にはなんでもわかってしまう。さあ、目をつぶって、僕が開けてもいいというまで、じっとしておいで。1,2,3で君の願いをかなえてあげるから」
茉理はおとなしく目をつぶった。
「じゃ、数えるよ。1,2,3、それっ」
雅人の魔法使いは、持っていた薔薇をさっと振る。
部屋の中が魔法で一変した。
周りは外の庭になり、かぼちゃの馬車とはつかねずみの馬、御者にお付きまで完璧に現れたのだ。
「さあ、目を開けて」
(うわーっ、すごいっ)
茉理は、目の前の光景に本当に驚く。
「さあ、レディ。御召しかえを」
「え?」
庭の隅にある小さな小屋に、魔法使いは茉理を導いた。
小屋の中には、大小さまざまなドレスが壁にかけられている。
(まあ、そうよね。魔法を知らない子どもたちに、本当の魔法をかけてしまうわけにはいかないか)
茉理はドレスを手にしながら、そう思った。
手早く着替え――ここにはフリルとレースたっぷりの裾の長い膨らんだドレスしかなかった――床に並べられたガラスの靴の中から、足に合うサイズのものを選んで履く。
小屋を出ると、かぼちゃの馬車がドアを開けて待っていた。
「さ、行って。楽しんでおいで、レディ」
魔法使いはパチンと片目をつぶる。
「そうそう、僕の魔法は今晩12時までなんだ。12時の鐘が鳴り終わる前に、お城から出ること。そうしないと君は不法侵入者として、お城の家来たちに捕まって牢屋に入れられてしまうからね。彼らは君を海賊達に奴隷として売り渡してしまうことだろう。そうなったらもう一度やり直しさ。一度でクリア出来るように、がんばってくれたまえ」
(つまり12時の鐘が鳴りきる前に、階段下りちゃえばいいってことよね。もし出来なかったら、もう一度、さっきのピーターパンの海賊船に戻されて、やり直しってことか)
茉理は納得し、こくんとうなずいた。
「ああ、それともう一つ。王子様がお城で待っている。君はとてもチャーミングだから、王子様はたちまち君を気に入ることだろう。でも君にだって好みがあるからね。君の意思を尊重させてもらうことにするよ」
「は?」
「王子様が気に入らなかったら、ガラスの靴を脱いでくる必要はないってことさ。そのまま走って逃げてくればいい」
「そうなんですか」
茉理は意外なアトラクションの趣向に驚く。
「うん。王子様ともう一度再会を望むなら、ガラスの靴を置いてくる。そうじゃなかったら、鐘が鳴るまで待つまでもない。さっさとお城から戻っておいで」
「はあ……」
茉理は、どうしようかなと考えた。
(時間もないし、王子様の顔を見たら、さっさと退散した方がいいわね)
早く屋上までたどり着き、友達を返してもらわないといけないし。
彼女がそんなことを考えていると、馬車はゆっくり動き出した。
お城に向かって、かたかた進む。
馬車を影から見送りながら、直樹はふっと笑んだ。
「行ったぞ」
『ねえ、直樹君。君はどう思う?』
肩にちょこんと乗ったかえるが、首を傾ける。
「何をだ」
『茉理姫は、ガラスの靴を置いてくると思うかい?』
「そうだな。一応、今回の王子は、まだ一人も逃げ出した者はいないという優秀な奴だ」
直樹は黒眼鏡をきらりとさせる。
「だが彼女はいつも予想のつかない行動をとるからな。もしこれが去年の帝の彼女円城寺美奈子だったら、即座に置いてくる、と返答していいんだがな」
『君にも予想がつかないものがあるなんてね』
雅人がえるは、ちらっと笑う。
『実は僕もさ。面白いよね、彼女。先が読めなくて』
「そうだな」
二人の意見はぴったり合った。
後野茉理。
二人は――正確には一人と一匹はこれからの展開に期待を込めて、遠くに映るお城を見つめた。
(うわっ、本当に豪華だわ)
お城について、ホールに入った茉理は、その華麗さに目を奪われた。
たくさんのきらびやかな衣装をつけた人形達が、あちこちにさざめいている。
給仕役は飲み物のグラスを載せたお盆を手にゆっくりと歩いていたし、中央でダンスをしている組の人形もあった。
茉理が入っていくと、あちこちに固まって静かに話していた人形たちがこちらを見る。
「まあ、ご覧になって」
「何て可愛らしい方」
そんなささやきが聞こえてくる。
(お決まりのプログラムに従ってしゃべってるんだろうけど、すごい凝り様だわ)
茉理はそう思った。
まるで本当に自分がシンデレラで、この世界が本物みたいに思えてくる。
(だからこのアトラクション、人気あるんだね、きっと)
いつも人が並んでいるので、茉理は面倒で中に入ったことがなかった。
どっちかというとジェットコースター系の方が好きだったからというのもある。
これで王子様が好みの少年だったりしたら、女の子たちは何度でもこのアトラクションにトライすることだろう。
彼女は一歩二歩進んだ時、高らかにファンファーレが鳴った。
「王子様のおなーりー」
ジャジャーンとオーケストラの派手な音楽に乗って、正面の舞台に王子が現れる。
「きゃーっ。王子様よーっ」
「素敵っ、ちょっと押さないでっ」
ばたばた。どたどた。
40人いる女の子の人形たちが、ドレスを翻して舞台の前に詰めかけた。
「王子様、かっこいいーっ」
「わたしと踊ってくださいっ」
げほげほげほ……。
茉理は思いっきり出遅れ、彼女たちのドレスと靴が立てた砂埃を吸ってむせてしまう。
(何なの、このノリ。アイドル歌手のコンサートじゃあるまいし)
きゃあきゃあと、舞台を囲んで喚きたてる黄色い声の集団。
きらびやかな衣装と膨らんだドレスの裾が重なり合い、舞台から降りてきた王子など拝むことも出来なかった。
茉理はその中に分け入っていくのが面倒になる。
(王子様の顔はもういいや。見たってことにして、帰らせてもらいましょ)
彼女はそう思い、すっと踵を返した。
そのまま立ち去ろうと、ホールの扉の前まで行きかけた時。
「――どこへ行く」
突然、腕をつかまれ、茉理は驚いた。
(え?)
振り返ると、そこには――。
王子の人形が立っていた。
黒い瞳で、じっと彼女を見つめる。
茉理は彼の凝視に合い、体が動けなくなってしまった。
(嘘っ……王子様って)
よりによって、この人が王子役だなんて。
茉理は、吸い込まれるように人形の瞳を見つめ返す。
偽者だとわかっている。
でもどうしても無視して帰ることが出来ない。
(どうしてあなたが王子様なの……帝先輩)




