1
じりじりと照りつける夏の日差しに、せみの声が響いている。
Y町の中心駅Y駅の横には、暑さを凌ごうと若者達がたむろするファーストフード店<マンモスバーガー>があった。
「いらっしゃいませ」
自動ドアを潜ると、アルバイト学生の明るい声に迎えられる。
ピンクのTシャツに白いキュロット、スニーカーをはいた少女は店内に入って、きょろきょろ客席を見回した。
「おっそーい、茉理。こっちこっち」
4人掛けの窓際の席から、弾んだ声が彼女を呼ぶ。
少女――後野茉理は笑顔を見せて、席に向かった。
すでに3人の少女が座って、冷たい物を飲んでいる。
「朱鷺ちゃん、さやか、梓、ひっさしぶりーっ」
「早く茉理も何か頼んでおいでよ」
ショートカットの少女が、にっこり笑った。
「わたしたち、もう飲んでるよ。お先に」
「ていうか茉理が遅すぎなの。今日は15分も遅刻じゃん」
髪を茶髪に染めた少女が、ふくれっつらをする。
「ごめん、さやか。ちょっと行きがけに叔母さんに頼まれちゃって、郵便局に寄ってたんだ」
茉理は軽く両手を合わせて、拝むようなポーズをした。
「ほら、話はあとで。早く茉理もドリンク買ってきなよ」
眼鏡をかけた少女が、彼女を突っつく。
「うん、待っててね」
茉理はにっこり笑うと、注文カウンターに歩いて行った。
Y町は、後野茉理が去年まで住んでいた所だ。
転校さえしなければ、きっと今でも住んでいて、さっきの少女たちと同じ中学に通っていたはずである。
今は楽しい夏休み。
茉理は引越したXX市から、1週間ほどこのY町に遊びに来ている。
Y町には茉理の母の妹――洋子叔母さんが住むアパートがあり、彼女はそこに泊まらせてもらっていた。
叔母さんは独身で、昼間は仕事。
茉理と遊ぶ時間などなかったが、彼女は十分楽しんでいた。
懐かしい町並みを歩いたり、お気に入りだった店や図書館、去年通っていた小学校に行ってみたり。
今日も去年まで仲良し4人組だったさやかと朱鷺、梓に会って、久しぶりに遊ぶ約束をしたのだ。
ドリンクを持って茉理が席に行くと、3人はもうおしゃべりが弾んでいた。
「ねえねえ、茉理。そういえばさあ。あんたの行った学校ってどう?」
「ん? どうって」
「私立じゃん。校則、厳しいんじゃない?」
さやかの質問に、茉理は首を傾ける。
「うーん、厳しいと言えば厳しいかなあ。制服とか、ちゃんと着ないと注意されるし」
「セーラーだっけ?」
「ううん、ブレザー。ネクタイもあるよ」
「そっか。うちはセーラーだし、男子はガクラン」
梓が眼鏡をはずして、ちらりと笑う。
「宿題は? けっこう出た?」
「出たことは出たけど……」
茉理はうーんとうなった。
(普通の宿題もあるけどさ。なんかこう特殊なのもあるのよね)
初恋の人を追いかけて、勢いで入った私立クリスティ学園。
実は日本に実在する魔族の学校だったのだ。
学生全員魔法使いの学校なため、その手の課題も入っている。
例えば生物の宿題は、魔獣の種類と生息次元を調べること。
科学の宿題では有名な魔法薬を一つあげて、レポートを書くとか。
(魔術なんてまったくわからないわたしに、一体どうやれっていうのよ)
嘆く茉理に、1学期に知り合った学友遠野斎が救いの手を差し伸べてくれた。
『良かったら一緒にやろうよ、後野さん』
『うーっ、ありがとう、遠野君』
茉理は斎の申し出が、涙が出るほど嬉しかった。
叔母さんの家から帰ってきたら彼の家に行くということで、とりあえずこの不思議な宿題問題は解決している。
「どしたの? 茉理」
ぼーっとしてしまった彼女に、3人は不思議そうな顔をした。
「あっ、あはははっ、ごめん、なんでもないっ。ちょっと暑くて、ぼーっとしちゃってさあ」
茉理は笑ってごまかした。
「そういえば、彼の方はどうした? 茉理」
にやにやしながら、さやかはドリンクのカップに突き刺したストローを指で弄ぶ。
「え?」
「何が、え?よ。あたしたちと一緒に中学行くのもやめて、追っかけてった『お兄ちゃん』のことよ」
「あ……」
茉理はさっと顔色を変える。
(そうだった。お兄ちゃんのこと、みんな知ってたんだよね)
「ね、会えた? どうだった?」
この手の話題には、女の子は目の色を変える。
3人の好奇な視線にさらされ、茉理はもぞもぞした。
(どうしよう……)
なんと言ったものか、茉理は言いよどむ。
『お兄ちゃん』――水沢明人。
小学校3年生のときまで家が隣通しで、とても仲良しだった。
茉理の初恋の男の子で、きっと向こうも茉理のことを想ってくれていたと思う。
突然、親の再婚が決まって、明人は転校してしまった。
必ずまた会いに来るという約束を残して――。
でもそれから3年待っても何の音沙汰もなく、茉理はついに意を決し、明人と同じ学校に転入することにしたのだ。
しぶる両親を説得し、編入試験を必死に勉強してクリアし、そして今はXX市に引越して、電車でクリスティ学園に通っている。
明人とは再会を果たした。でも彼は……。
どういう事情かわからないが、過去の記憶を――茉理をきれいに忘れてしまい、今は義理の妹早川響子という美少女に心を移していた。
彼を思えば、とても辛い。
胸の痛みが引くことはない。
「茉理、どうした?」
梓が俯いてしまった茉理を、気遣って声をかける。
「会えなかったの? お兄ちゃんに」
「ううん、会えたよ。会えたんだけど」
茉理は必死に笑顔を作った。
「でもね、あの、その……だから、つまり」
「ふられちゃったわけね」
まあ、そうだと思った、とさやかがつぶやいた。
「ちょっと、さやか、言い方きついよ」
「何言ってんの、朱鷺ちゃん。まあ、当然の結果でしょ」
「そんな……」
優しそうな顔をゆがめて、朱鷺ちゃんは茉理の手を握る。
「元気出してよ、茉理。もっといい人が見つかるって」
「そうよそうよ、お兄ちゃんだけが男じゃないわよ。もっと良い人がいるって」
梓も横で、一生懸命に慰めてくれた。
「もう、あんたみたいに現実見えてない子ってないわよね。3年よ、3年。メールも手紙も電話もなし。もうこれは脈なしだって、あたし、ちゃんと言ったじゃない」
さやかはあきれた顔で言う。
「ちょっと、さやか」
「でもあんた、言ったわよね。絶対お兄ちゃんは、わたしのこと忘れないって。あたしとケンカまでして――むきになっちゃってさ。ほんと、お笑いよ」
さやかは、ずーっとストローをすすった。
「あたしさあ、本当は今だから言うけど、茉理、あんたのこと、ちょっとうざかったのよね」
「え?」
「仲良くしてたけど、なんかあんた、よくお兄ちゃん、お兄ちゃんって連発してたじゃん。あたしたちには彼氏なんていなかったけど、あんたはいつもお兄ちゃんがいるって言ってた。なんかさ、自慢されてるようで、ちょっと嫌だったのよね、そういうの」
「さやかったら、久しぶりに会ったのにそれはないでしょ」
梓が咎めたが、さやかはかまわず続ける。
「友達だから言ってんの。本音で話さないと、これからも友達やってられないじゃん。あんたたちこそどうなのよ。影では『お兄ちゃん』追っかけてった茉理のこと、馬鹿にしてたじゃない。知ってんのよ」
「えっ、わたしたちは別にそんな」
梓が顔色を変える。
朱鷺ちゃんも声を小さくして言った。
「別にそういうつもりじゃ……茉理のこと、心配だっただけだよ」
場が一気にちょっと険悪なムードになり、茉理はあわてた。
「いいって。もう過去のことなんだから、気にしないで」
「茉理」
「もうね、お兄ちゃんのことはふっきれてんの。大丈夫だよ、わたし」
ほら、こんなに元気だし、と茉理は笑ってみせた。
「そうそう、もうお兄ちゃんなんか忘れなさいって。ほんと言うと、あの水沢明人って、かなり評判悪かったみたいよ」
「え? 何それ、さやか」
目を丸くする茉理に、さやかは声を潜めてささやく。
「今だから言うけどね。水沢明人って4年生の頃、いじめにあってたんだって、クラス中から」
「ええっ?」
「本当は1年のときからみたいだけどね。なんかこう薄気味悪いところがあるんだってさ。例えばあいつが睨むと、すうっと筆箱が宙に浮いたり」
「ええっ、超能力者?」
「あと誰かの物が無くなったことがあったそうだけど、水沢明人が誰が取ったか、ぴたりと当てたそうよ。それだけじゃなくて野良猫と話したり、変な呪文みたいなのをぶつぶつ言ってたり、とにかく普通じゃなかったって」
「うっそ、マジで」
「やだあ。そんな男子だったの?」
「茉理、知ってた?」
「え? う、ううん」
茉理は思いっきり身を細めた。
(うっわーっ、きっとそれって魔法だわ)
信じがたいことだが、この日本には魔族なる者が存在し、魔法を使うという事実を、茉理は最近知ってしまった。
彼女が通っているクリスティ学園は、あろうことか魔族の学校で、そこで彼女は非現実的な出来事に巻き込まれ、魔法という存在の肯定化を余儀なくされていた。
(もう、これが現実なんだと認識してる自分が怖いわ)
茉理はジュースを飲みながら、はあっとため息をつく。
「でもさやか、そんなこと、どこで知ったの?」
朱鷺ちゃんの質問に、得意そうにさやかは鼻をうごめかした。
「あたしの彼氏が教えてくれたわ。3年のとき、彼、水沢明人と同じクラスだったんだって」
「へえ、そうなんだ」
梓が納得する。
茉理ははっとして、さやかに聞いた。
「さやか、彼氏って?」
「さやかは今、バレー部なんだけど、バレー部のエース 緑川先輩と付き合ってるんだ」
朱鷺ちゃんが教えてくれる。
「えーっ、そうなんだ」
驚く茉理に、さやかは笑った。
「そうそう、もう茉理の『お兄ちゃん』にひがんだりしないから安心しなさい」
緑川先輩の方が、ずっとかっこいいもんね、と言われ、茉理はむっとした。
(前からだけど、さやかって時々むかつくよね)
「そうだ、せっかくだから茉理、あんたにも紹介してあげようか」
「え?」
「緑川先輩よ。ねえ、朱鷺ちゃんと梓も紹介したら? 自分の彼氏」
「えええーっ」
茉理の声が店内に響いた。
店員や客の目がこちらに向き、注目を集めてしまう。
「茉理ったら、声大きすぎ」
「驚きすぎよ。そんなに驚くことでもないじゃん」
「でも、でもさ、なんかちょっと早すぎじゃ」
茉理はもごもご言った。
「わたしたち、まだ中一だよ? 彼氏なんて」
「遅れてるー、茉理。今や小学生でも彼氏いるのに」
さやかの容赦ない一言で、茉理は更にしゅんとする。
「梓の彼氏はね、同じクラスの安藤哲也っていう男子で、朱鷺ちゃんの彼氏は、同じピアノ教室に通ってる長谷川栄太君」
「へーっ、そうなんだ」
「あたしもだけどさ、3人とも告白されて付き合うことにしたの。ま、茉理も気楽に待てば、そのうちどこかから告ってくれる男子が出てくるかもよ」
「もう、さやかちゃんったら」
梓と朱鷺ちゃんは、二人共に照れて頬を染めていた。
(はいはい、ご馳走様)
茉理はなんだかやるせなくなって、またジュースを一口飲む。
(ちょっとうらやましいかも)
告白されて付き合うことになったわけだから、相手の男子はとても彼女たちを好きなんだろう。
(わたしとはえらい違いだわ)
小さなため息が、また漏れた。
「茉理はどうなの? 気になる男子、いないの?」
「もう、さやかったら、お兄ちゃんに振られたばかりで、そんなすぐに出来るわけないじゃない」
やんわりと朱鷺ちゃんが言う言葉に、茉理は複雑な顔をする。
「い……いるといえばいるかも」
「えええーっ」
今度は3人が大声を出したので、もっと客や定員の注目を集めてしまう。
「ちょっと、どこの誰よ、どんな男子よ」
「茉理こそ早すぎっ。もしかしてお兄ちゃんに振られたんじゃなくて、振ったわけ?」
「やだ、信じらんない、あんたと付き合ってる男がいるなんて」
最後のさやかのセリフに、茉理は思いっきり膨れた。
(悪かったわね。付き合ってる男がいて)
でもかなり複雑だ。
彼氏として紹介するのは、とても気まずいものがある。
(あー、言わなきゃよかったかも)
今更、茉理は後悔した。
目の前の3人は、餌に食いつく魚そのもの。
好奇心旺盛な目をらんらんと輝かせ、茉理の言葉を待ち受けていた。
「あの、でもさ」
茉理はあわててつぶやく。
「彼氏……とは、ちょっと違う……かもだよ」
「何よそれ」
さやかが、あきれたような声を出した。
「彼氏じゃないなら何? 友達? 片思い?」
「ていうか、茉理が告ったの? 告られたの?」
「どんな男子よ。かっこいい? クラブは何やってるの?」
「えーと、その……」
茉理は3人に追い詰められ、何か言わざるを得ない状況になってしまう。
「彼は、その……中二で、生徒会長で」
「生徒会長っ。それから?」
「それから、クラブは生徒会活動してるからやってなくて」
「頭いいの?」
「頭は学年トップ」
「ええっ、すごいじゃん」
「ふうん、いわゆる真面目で堅い男子って奴ね」
さやかのはやし声に、茉理はむっとした。
「別にそこまで真面目っぽくないよ。顔は、かなりいいかもしれない」
「げーっ、そこまで言う? すごそうね、その人」
梓と朱鷺ちゃんは、きゃっきゃっとはしゃいでいた。
「会ってみたい、茉理の彼氏」
「そうそう、ねえ、今度、茉理ん宅に遊びにいっちゃおうか」
「でもちょっと距離あるよね。どうしよう」
「何盛り上がってるのよ、二人とも」
不機嫌そうにさやかが言った。
「で、彼氏じゃないんでしょ。なんなのよ、その男子」
「ていうか、付き合ってることは付き合ってるみたいなんだけど……その……あ、そう、ゲームで」
「はああ? ゲーム?」
3人は目を丸くした。
茉理はぼそぼそと続ける。
「だからね、えーと、その生徒会長って変わってて、新学期が始まったときに、女子の中から何人かを選抜してゲームに参加させるの。そして一番になった子と1年間だけ付き合う……というか、そういうわけで」
「なあんだ、ゲームか」
さやかはにたりと笑った。
「おかしいと思った。そうよね、茉理みたいな普通の子がさ、そんな良い男、捕まえられるわけないじゃん。あんた、運良くそのゲームに勝っちゃったのね」
「うん、まあ、そういうわけで」
梓と朱鷺ちゃんも、少し落ち着いた。
「ふうん、ゲームね」
「変わってるね、その生徒会長」
「変わり者だから茉理と付き合えるんでしょ。でも別にゲームだったら、彼氏とは言えないわよね」
さやかの言葉が、茉理の胸に突き刺さる。
彼女はぐっと堪え、ストローに口をつけた。
(わかってるよ、そんなこと)
自分だって別に彼女になりたいほど、帝のことが好きなわけじゃない。
そう、そんなわけない。
でもどうしてこうも胸が痛むのか、茉理は自分の心をもてあまして困っていた。
「そうだ。あさって茉理、暇? 彼氏同伴で、梓と朱鷺ちゃんとプール行くことにしてんの。茉理も来ない? 彼氏、紹介したけるよ」
「え? でも」
茉理はげっと思った。
(わたし、一人だけロンリーじゃない)
さやかの提案は、かなりいじわるだ。
うーっと返事も出来ない茉理に、さやかは甘く言い添える。
「大丈夫。わたしの彼氏に言って、友達連れてきてもらうから」
「友達?」
「そ、バレー部の男子とか、誰か一人、紹介してもらうわ。茉理、そんなゲームの彼氏よりも現実の彼氏を作った方が絶対いいって」
「そうよね。茉理、そのほうがいいわよ」
朱鷺ちゃんも梓もうなずいた。
「バレー部男子って、けっこうレベル高いって、みんな言ってるし。茉理、行こうよ」
「うーん……どうしよう」
「迷ってないで、ほら、決まり。じゃあ、あさってはそれで行くわよ」
さやかはにやっと笑うと、携帯を取り出し、メールを打ち出す。
「何打ってるの?」
「もちろん彼氏に誰か誘ってって頼んでるんじゃん」
「ねえ、やっぱりいいよ」
茉理は弱弱しい声で断る。
「ここで紹介されても、わたし、3日後には帰らないといけないし」
「あ、そうか。でも茉理、1日遊ぶだけなんだし、別に彼氏にしなくてもいいわけだし」
梓が彼女の背を叩く。
「そうそう、気楽に考えたらいいよ。気楽にね」
(気楽にってもね)
茉理はとても複雑な気持ちのまま、ジュースの残りを飲み干した。




