あの子が知ってる、俺のこと
昼休み。渚と二人で購買に向かう。
パンとジュースを買って、いつもなら教室に戻って食べるけど今日は別の教室に向かった。
何だかよく分からないけど、真白から「お昼に、誰にも見つからないようにあの空き教室に来て……」と意味深に言われたからだ。
「真白、何を企んでるんだろうな……」
「プロジェクターがある教室だろ?普通に、ヒナの動画を見るんだと思うけど」
「大画面は止めてくれって言ってるのに……」
気が重くなって俯くと、廊下の角で誰かにぶつかった。
「っ……」
床に本が散らばる。
しゃがんで拾おうとすると、相手も同じタイミングでしゃがんできた。
顔が近づいて相手が少し驚いた顔をする。
「あ、ごめん……常峰さん、だよな?」
昨日、空き教室から俺たちを追い出して真白の練習を切り上げてくれた子だ。
常峰は小さく頷いたけど、俺から無言で本を受け取って立ち上がった。俺のことを見ようともしない。
「大丈夫?」
「ありがと」
常峰はそれだけ言って、会話を拒否するように速足で立ち去った。
「なんか、嫌われてる気がする」
「いつも本読んでいるから、騒がしいのが苦手なのかもね」
確かに、俺の周囲は女子生徒が集まって騒いでいることが多い。
最近少し収まっていたけど、俺が笑顔でファンサービスすることを覚えてしまったから再熱している。
「それは、俺が悪いよなぁ……」
「あんまり気にすることないよ」
渚に慰められつつ、空き教室に入る。
真白は既に席に着いていて、なぜか窓に暗幕のカーテンが引かれていた。
俺たちが入った後に、真白は教室のドアがしっかり閉じたことを確認する。
「日向くん、遅い!」
「購買、混んでたんだよ。また動画鑑賞か?」
「違います!今日は……これです!」
真白は鞄からゲーム機を取り出した。
真白と共犯になる前に、俺は渚に尋ねる。
「学校にゲームって持って来ていいのか?」
「普通に考えてダメだよ。校則違反」
「あーあ、真白、先生に言ってやろー」
「日向くん!これも特訓のために必要なことなの!」
真白は俺にゲーム機を押し付けてきた。画面が起動してゲームが始まる。
「俺、ゲームやったことあるのか?」
「操作は簡単だから、やってみて」
ゲーム画面は2Dで一人女の子が歩いている。
道に沿って歩かせるだけみたいだから操作は簡単だ。
このゲームに何か意味があるのか。
と思っていたら、画面の上から血塗れのお化けが出てきた。
「うお……ッ!!!」
驚きのあまり心臓が止まりそうになる。
俺が死にそうになってるのに、真白は冷静にメモを取っていた。
「ふーむ……リアクションはちょっと違う……」
「真白、何させるんだよ!!」
「ヒナのゲーム実況!ホラゲーに挑戦のリアクションと違うね」
真白はわざわざスクリーンを出して、大画面でヒナ@秘密基地の動画を再生する。
俺が今プレイしたのと同じ所を操作しながら実況をしている。
『えーちょっと待って待って……これって絶対何か出てくるやつじゃん?絶対怖いやつじゃん……コメント煽らないでッッッ、きゃーーーー!!!』
「こいつ、うるせぇ……て、俺か」
「日向くん!もしかしたら、記憶がなくなってるけど深層心理では覚えてて、初見じゃないからあんまり驚かなかったのかも!」
「そうか……?」
真白の言っていることは、まぁ理論としては納得できるかもしれない。
でも、俺にとっては初めてのゲームだった。それに、そんなに喚くほど俺は怖がりじゃない気がする。
今だって、記憶がないままよく分からないマンションで一人暮らしができてるわけだし。
「さ、日向くん、ゲーム続けてみよっか」
「えー……もういいだろ」
「やってよーこのゲームの配信、途中で止まってるから続きからやらないとなんだよー」
「怖くて続けられなかったんじゃないか?」
真白が言うから、俺は仕方なくゲームを続けてみた。
怖いは怖いけど、びっくり系じゃなければ叫ぶほどでもない気がする。
俺の後ろから画面を覗き込んでいる真白の方が、お化けが出るたびに「ひょえ!!」とか「ふぎゃ!!」と叫び声を上げている。
「あ、尾張」
渚が慌てた声で言って俺の肩を叩いた。
何だよ、と顔を上げると、教室のドアが開いていた。
常峰が立っていて、俺を軽蔑の目で見ている。
「どうして、学校でゲームしているの?」
冷たい声で言われて、俺はぱっとゲーム機から手を離した。
*
「先生に、渡します。尾張くんがゲームしていたことも、伝えます」
常峰が俺から取り上げたゲーム機を掲げて言う。
「えー……それ、真白のなのに……」
反省の意を見せるために床に正座していた真白は、がっくりと項垂れた。
常峰が真白をきっと睨む。
「明里さんが持ってきたの?」
「う……は、はい」
「持ってきちゃいけないものだって、わかってたのに?」
「うー……理由があるのー!」
説教が始まる気配を感じて、真白はぷんっとそっぽを向いた。
「葉月さん、どうしてこの人たちと一緒になって校則違反してるの?」
「あー……ごめんなさい」
渚は曖昧に笑いつつ、素直に常峰に謝った。
常峰は、俺には何も言わずにゲーム機を持ったまま教室を出て行く。
紛れもない校則違反だが、真白が俺のために持ってきてくれたゲーム機だ。
俺は常峰を追いかけた。
「待ってくれよ。真白は本当に悪くないんだ。見逃してくれないか?」
「学校で、ゲームをする理由があるの?」
常峰は俺の言うことを全く信じていない顔をしている。
俺は隠すこともないかと思って頷いた。
「ああ、常峰、ヒナって知ってるか?」
常峰は少しだけ眉間に皺を寄せて、不機嫌そうな顔になった。
「……知ってる」
「俺がヒナだってことも、知ってる?」
「知ってる。それが何?」
「実は、俺、記憶喪失なんだ」
「……何、言ってるの?」
「それで、ヒナの動画と同じことをしたら俺の記憶が戻るんじゃないかって、真白と渚が色々試してくれてるんだ」
常峰は俺が何か馬鹿なことを言っている、と言いたげな顔をしていた。
でも、嘘だとも言い切れないはずだ。
「真白が俺のためにゲーム機を持ってきてくれたんだよ。もう学校には持ってこないから、返してくれないか?」
常峰はしばらく俺を見つめていた。
「……本当に、記憶喪失なの?」
「ああ。信じてもらえないかもしれないけど」
「……わかった」
常峰は俺にゲーム機を押し付けるように返してくれる。
信じてくれたのか、それとも面倒だから返しただけなのか。常峰の表情からは読み取れなかった。
「ありがとう!」
俺が言うと常峰は目を逸らした。なんとなく、その頬が赤くなっている。
「常峰は、ヒナの動画、観たことある?」
なんとなく話を続けられそうな気がして尋ねてみた。
常峰は目を逸らしたまま小さく頷く。
「前まで、観てた」
「そうなんだ」
「今は観てない。嫌い」
「……嫌い?」
はっきり言われて、まだヒナの実感がない俺でも少し傷ついた。
俺が黙っていると、常峰は頷く。
「急にいなくなったから」
「……いなくなった?」
「更新が止まって、何の説明もなかった。ファンが心配してるのに、どうでもいいみたい」
常峰の声は平坦だ。でも、その言葉には、少し棘があった。
「それで、嫌いになったのか?」
「真面目に好きになったのが、馬鹿みたいって思ったの」
常峰は俺に背を向けた。
話は終わり、ということらしい。
馬鹿みたい、と常峰が言った言葉を頭の中で繰り返す。
俺はヒナの活動を馬鹿みたいだと思ってしまったことがあった。記憶がなくても過去の自分を腐すのは嫌な気分になる。
ヒナのファンにも、同じ思いをさせていたのか。
教室に戻ると、真白は正座をしたまま項垂れていた。
俺が常峰に返してもらったゲーム機を差し出すとぱああっと表情が明るくなる。
「日向くん、取り返してくれたの!?」
「ああ、ちゃんと説明したらわかってくれた」
「すごいよー!さすが日向くんだー!」
真白がきゃあきゃあと喜んでいるけど、俺の気分は重いままだった。
「話したの?」
渚が俺に尋ねる。
記憶喪失のことを常峰に説明したのか、という意味だとわかって俺は頷いた。
「うーん……常峰さん、悪い人じゃないから大丈夫だよ」
「ああ……」
常峰は俺の記憶喪失のことを言いふらしたりしないだろう。
だから心配はしていなかったけど、罪悪感が圧し掛かっている。
配信が止まったのは、俺の記憶喪失のせいだ。仕方ないと思うけど、待っていたヒナのファンにはそれが伝わらなかった。
「……ごめんな」
誰にともなく呟くと、真白が顔を上げる。
「え、何が?」
真白が不思議そうに尋ねてくるけど、「なんでもない」と答えた。
でも、いつかちゃんとファンに説明しないといけない。俺ではなくヒナとして。
でも、今の俺には、まだその資格がない気がした。




