少しはやる気になった、かも
午後の授業。
俺の席周辺の空気はなんだか重い。
原因は、隣の席の真白だ。普通に席に座っているけど、朝とは明らかに違う。
笑顔がない。俺に話しかけてこない。ただ、授業に集中しているふりをしている。
「なぁ、真白……」
「ナンデスカ?」
声をかけると、あからさまに素っ気ない返事が返ってきた。
そういう態度を取られると、こっちも意地になる。
「……ナンデモナイデス」
俺も同じように返事をして、授業に集中することにした。
次の授業は美術。
班ごとにデッサンをする時間だけど、自由に席を動かして仲良し同士で固まっていた。
俺の周囲に女子生徒が集まってきたけど、渚がそれとなく壁になってくれて二人で隅の方のスペースに収まった。
「俺の絵が下手なのは、記憶がないからなのか……」
「あんまり関係ないと思う」
これ以上描き込んでも、俺の絵が実物に近づく事はないような気がする。
デッサンを諦めて真白の姿を探すと、真白は一人で黙々と鉛筆を動かしていた。
目を凝らして真白の絵を見ると、結構うまい。
美術部とまではいかないけど、教科書とかルール通りに真面目に描いているのがわかった。
「ねえー明里、あいつまた一人だよ」
少し離れた所から女子の声が聞こえてきた。
「いつものことじゃん。地味女のくせに、ヒナくんに媚び売ってるから、いい加減飽きられたんじゃない?」
「うざいよね。普段は大人しいくせに、ヒナの前だとベタベタして」
「マジうざーい!ヒナくん可哀想ー!」
俺は振り向きそうになったけど我慢した。
真白は何も言わない。ただ、デッサンを続けている。でも、その手が震えていた。
「明里、ちゃんと描けてる?あ、ごめん、話しかけちゃった」
「ちょっと邪魔だから、退いて欲しいんだけどー」
女子たちがクスクス笑っても真白は無視していた。
でも、鉛筆を握る手に、力が入っているのがわかった。
授業が終わるチャイムが鳴ると、真白はすぐに席を立った。
「真白」
俺が声をかけると、真白は一瞬だけ振り向いた。
でも、すぐにつーんと目を逸らして、教室を出て行く。
渚と目配せをして、俺は一人で真白を追いかけた。廊下を歩く真白の背中が、小さく見える。
「真白!」
「日向くんには、関係ないでしょ」
真白は立ち止まらない。階段を降りて、中庭に向かう。俺も続いて走った。
「さっきの、俺が言ったことで怒ってるんだろ」
「いいよ。真白、慣れてるから」
「慣れてるって……」
真白は中庭のベンチの前でやっと立ち止まった。振り返った真白は、真っ赤な顔をしていた。
「日向くん、ヒナのこと、恥ずかしいって思ってるでしょ」
「それは……」
「それで、ヒナが好きな真白のこと、変だって思ってるんだ」
「そんなことない」
「嘘つかなくたっていいもん。真白、慣れてるから」
真白は今にも泣きそうな顔をしていたけど、怒っているのがわかった。
「真白、いっつもそうだもん。皆から浮いてて、上手くできなくて、変だって言われるの、いつものことだもん」
「……」
「日向くんだって、前からそう思ってたんだ。記憶があった時も、本当は真白のこと、変だって思ってたんでしょ」
「真白!」
真白の言葉を止めたくて、俺は呼びかけた。
思ったよりも大きな声が出てしまって、真白はびくりと体を震わせる。
そして、そのまま涙が一筋、頬を伝った。
泣かせるつもりはなかったから、慌てて真白の頬の涙を拭う。
「あのさ、記憶があった時の俺のことを勝手に悪く言うなよ。そんなに悪い奴じゃないかもしれないだろ……って、俺が言うのも変だけど」
過去の記憶があった時の俺を、今の俺が庇っている。よく分からない状況だ。
真白は俺を睨んだままボロボロと声も出さずに涙を流していた。
「悪かったよ。ごめん。真白がどれだけヒナを大切にしてたか、全然わかってなかった」
「……」
「記憶がないから実感が湧かなくて、恥ずかしいって思ってた。でも、真白にとっては大事なものなんだよな」
「……」
「多分、俺は『ヒナ』になるためにすごく頑張ってたんだと思う。そうじゃないとあんなに人気者にならないよ。誰でもできるとか言って、ごめん」
「……うん」
真白はやっと頷いた。
「今の俺ができるかわからないけど、ヒナをやってみるよ」
俺が言うと、真白はぱっと顔を上げた。
「本当に……?」
「ああ。約束する」
「明日から、また特訓、いい?」
「朝6時から?う……うん、ちゃんとやるよ」
「本当に!?」
真白が笑顔に戻る。完全復活。
明日も5時半起きか、と少し後悔しなくもないけど。
でも、真白を見ていると、真白にとって『ヒナ』が心の支えになっていたんだろうなと思う。
120万人の登録者はまだ現実味がないけれど、真白一人のために頑張るのはできそうな気がしてきた。




