多分、絶対キャラじゃない
渚に引っ張ってもらって家に帰り、二度寝の誘惑に打ち勝ってなんとか登校する。
学校に着くと、また人が群がってきた。
本当だったら嬉しいんだろうけど、記憶がないからなんだか騙しているような申し訳ない気分になる。
「ヒナくん、おはよー!」
「今日も髪型バッチリだね!」
「ねえ、写真撮っていい?」
「ああ……うん、ありがと……」
おどおど受け答えしていると、真白が人込みを掻き分けて来た。
「はいはい、写真はまた今度ね!」
真白が俺の腕を掴んで、教室に向かう。
真白、こういう時すごく頼りになる。
教室に着くと、今度は同じクラスの女子たちが集まってきた。
「ヒナくん、今日も可愛い!」
「ねえ、お昼一緒に食べない?」
「私もー!」
「ごめん……今日は予定あるんだ……」
適当に断ると、ちょうどチャイムが鳴って女子たちは残念そうに席に戻っていく。
席に座ると、真白が隣から顔を出してきた。
「日向くん、モテモテだね」
「そうか?」
「そうだよ!クラスの女子、みんな日向くんのファンだもん」
「ふーん、ネットアイドルってすごいんだなぁ……」
「でもね」
真白はニコニコしながら言った。
「日向くんのお昼は、真白が予約済みだから。学校でも特訓だよ!」
「あ、ああ……」
真白の笑顔が、少し怖い。
意外にも、授業には付いて行けている。
記憶があった時でもそんなに頭が良い方じゃなかったんだろうなってレベルだけど、教師の言っていることがちんぷんかんぷんでさっぱり分からない、という程ではなかった。
赤点は取るけど、留年はギリギリ免れそうな感じ。真面目に勉強すれば取り戻せるだろう。
午前中の授業が終わって、昼休み。
真白が俺の腕を掴んだ。
「日向くん、行くよ!」
「どこに?」
「屋上!今日は大事な特訓をするよ!」
真白に引っ張られて、屋上に向かう。
廊下を歩いてると、すれ違う生徒たちが俺を見る。
「あ、ヒナだ」
「本当にこの学校なんだ!」
「うわ!可愛い……!」
視線が痛い。でも、真白は気にせずずんずん進む。屋上に着くと、渚がすでに待っていた。
「渚、何でいるんだ?」
「少し、気になって」
渚が曖昧に言うと、真白が嬉しそうに笑った。
「渚くんにも、『ヒナ』の復活を手伝ってもらうの!」
「渚、真白が暴走したら止めてくれよ」
「うーん……状況に応じて」
「今回は、アイドルとしての振る舞いの特訓だよ!」
真白はスマホを取り出して、『ヒナ』の動画を再生した。
画面の中で、俺がファンに向かって手を振っている。
「ほら、見て!日向くん、こんな風にファンに挨拶してたの!」
画面の中の俺は、爽やかな笑顔でカメラに向かって手を振り、ウインクしていた。
『今日も応援ありがと!みんな、俺のこの笑顔、覚えていってねー!』
「……うわあ……キッツぅ……」
「キツくない!今の日向くん、全然そういうことしてないでしょ」
「そりゃ、記憶ないし……」
「練習あるのみ!みんなにヒナとして振る舞えるように!」
真白は俺の前に立った。
「はい、日向くん、真白に向かって『おはよう』って言って!」
「おはよう」
「ちがーう!ヒナとして!爽やかに!笑顔で!」
「誰かさんに朝6時に走らされたから、疲れて笑顔になれない」
「言い訳しないの!ヒナはね、いつも笑顔でファンに接してたよ」
真白は本気の目をしている。俺は仕方なくあんまり使わない表情筋を動かした。
「……おはよう」
「ダメダメ!全然ダメ!もっと笑顔!もっと爽やかに!」
「おはよう……」
「まだまだ!ほら、もっと!」
真白が手を叩く。真白は見かけに寄らず熱血体育会系だ。
「おはよう!」
「うーん、60点!もっと明るく!ほら!」
「おはよう!!」
「まだ!もっと!」
「おはよう!!!……っうぇ」
日常生活では出さない大きさの声を出して、声が裏返って咳き込む。
真白の暴走を察知した渚が、そっと声をかけた。
「明里さん、少し厳し過ぎない?」
「でも、ヒナとして復活するには、これくらいできないと」
「声の大きさはあんまり関係ないよ」
「それもそうかな……そしたら、次は、ウインク。真白に向かってウインクして!」
「ウインク!?」
「そう!ヒナの決めポーズだよ!」
「えー……俺はしないかな」
「な、なんで?!」
「恥ずかしいだろ」
「大丈夫だよ!真白と渚くんしかいないし!ほら、やって!」
真白が催促してきて、仕方なく片目を閉じてみる。
初めてやったわりには上手くできた気がする。
「……どう?」
「ダメ!全然ダメ!目つぶってるだけじゃん!」
「だって、ウインクってこういうもんだろ」
「違うの!もっとこう、キラッとした感じ!」
真白が実際にやってみせる。
確かに可愛い。でも、俺がやったら絶対おかしい。
「ほら、もう一回!」
「……」
俺はもう一度ウインクしてみる。正解がわからない。
「うーん、まだまだ……でも大丈夫!練習あるのみだね!」
真白はメモ帳に何か書き込んでいる。
「そしたら、今のを踏まえてファンへの対応をやってみよう!真白がファン役やるから、日向くんは優しく接して」
真白が一歩下がって、キャーキャー騒ぎ始めた。
「ヒナくーん!大好きー!」
「……」
「今日も超メロいー!夢に出て来そー!!」
「……」
「可愛いー!私と結婚……は、いいや!既婚者になってほしくないから私の守護霊とかになってー!!」
「……怖いよぉ」
俺が渚に泣きついた。
ヒナのファンは真白みたいな奴ばかりなのか。願わくば、真白が異質であってほしい。
「尾張、頑張れ」
「日向くん!泣かない!何か言って!」
「えー……えっと……ありがとう?」
「確かにお礼は大事だけど、もっと優しく!それで、もっと特別感を出して!」
「ありがとう……君のおかげで頑張れるよ?」
「そう!そんな感じ!でももっと笑顔!さすが、稀代のリアコ製造機!」
真白の要求がどんどんエスカレートする。
しばらく付き合っていたけど、俺は疲れて笑顔を消した。
「日向くん、笑顔はキープだよ!カメラ目線でセリフ!はい、『君だけを見てるよ』って言って!」
「もういいだろ……」
「でも、ヒナはいつもこういうことしてたの!」
「俺はヒナじゃない」
俺が言うと、真白の顔が一瞬固まった。
まずい事を言ってしまった、と気付いたけど引っ込みがつかなくてそのまま続ける。
「俺は記憶がないからヒナじゃない。ヒナだって、私生活で四六時中アイドルムーブしてたわけじゃないと思う」
「そ、そんなことないよ!ヒナは歌って踊るだけじゃなくて、みんなを笑顔にしてたから……」
「それは動画の中だからだろ。今はAIとか色々あるし、誰でもイケメンのネットアイドルできるだろ」
「……」
俺ができたなら、誰でもできるはずだ。
そう思って言ったのに、真白は珍しく黙った。
「真白?」
「日向くん、ヒナのこと、馬鹿にしてるんだ」
「馬鹿にはしてないけど……」
「そうだもん。ヒナがやってたこと恥ずかしいとか言って、そういうことでしょ」
「そういうわけじゃ……」
「同じだよ」
真白は顔を上げた。目に涙が溜まっている。
「ヒナが大好きな真白のことも、恥ずかしいって、馬鹿みたいだって思ってるんだ」
「そんなつもりじゃなくて……」
「もういい」
真白は背を向けた。
屋上のドアを開けて、一人で行こうとする。
「真白、待てよ……」
「待たないもん!」
真白が行ってしまって、残された俺はしばらく閉まったドアを前にして黙っていた。
「今の、俺が悪かった?」
静かにしていた渚に尋ねてみると、渚は首を傾げながらも頷く。
「うん、ちょっと。明里さんも必死になり過ぎてたけどね。でも、明里さんの大切なものを否定したみたいだった」
「大切なものって、ヒナか?」
「そう。日向が覚えてないのは仕方ないけど、明里さんにとってヒナは大切な存在なんだ」
俺は何も言えなかった。
確かに、俺は『ヒナ』のことを恥ずかしいと思ってた。でも、真白にとっては、それが大切だったんだ。
「どうすればいい?」
「さぁね。俺は明里さんをフォローしてくるから、日向は自分がどうしたいのか考えた方がいいよ」
渚が真白を追いかけて行って、俺は一人残される。
真白の泣き顔が頭から離れない。
あんな顔、させたくなかった。でも、俺は何て言えばよかったんだ。
俺がヒナだっら良かったのに。
そんな事を考えてしまったけど、それが俺の本音だった。




