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記憶喪失で隠キャな俺、大人気ネットアイドルだったらしく幼馴染と復活目指して特訓中  作者: 甘酢ニノ


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2/8

頼んでないけど、マネージャー爆誕

屋上のフェンスに寄りかかりながら、俺は深呼吸を繰り返していた。

渚が見せてくれた動画。画面の中で俺が、いや、『ヒナ』が歌って踊って、ウインクしていた。あの映像が、頭から離れない。

『君だけを見てるよ☆』


「……落ち着け。落ち着くんだ、俺」


でも落ち着けるわけがない。あんな恥ずかしい動画が、今も120万回再生され続けているなんて。


「少し、冷静になった?」


隣で俺を眺めていた渚が、静かに声をかけてきた。


「冷静には、なったけど……」


俺は壁に背中を預けて、ずるずると座り込んだ。


「まだ受け入れられない。俺が、あんな……」

「無理もないよな。記憶がないんだから、実感が湧かないのは当然だ」


渚は淡々と言う。

こいつ、冷静だな。そういう性格なのか、それとも俺の状況を知っているから落ち着いているのか。


「でも、尾張は『ヒナ』として、超大人気。それは消せない」

「いや、今すぐに動画を消したいんだけど……」

「パスワード、覚えてないだろ?」

「……覚えてない」


そもそも、動画を投稿する方法だって知らないのに、無茶を言うな。


「なら、諦めるしかないよな」

「諦められるか!」

「じゃあ、どうする?もう一度アイドル活動を始めるか?」

「はぁあ?!絶対嫌だ」


即答すると、渚は楽しそうに笑った。なんだ、こいつ、意外と人を茶化すタイプなのか。

その時、屋上のドアが勢いよく開いた。


「日向くーん!見つけたー!」


振り向くと、明里が息を切らして立っていた。

ぴょんぴょんと髪が揺れて、大きな瞳がこちらを捉えている。


「何だよ」

「探したんだよ?昼休み一緒に屋上に行こうって言ったのに!」


明里はぷんぷんと頬を膨らませながら、俺たちのところまで駆けてくる。

そして何の躊躇もなく、俺の腕をぎゅっと掴んだ。


「うわ、ちょっと、近い」

「えー、なんで?いつも通りじゃん」

「いつも通りって言われても、俺、記憶ないし……」

「あ、そっか」


明里は首を傾げた。でも腕は離さない。


「えっと、明里……」

「真白だよ!」

「そうか、真白、は、俺のこと……その、ネットアイドルだったこと、知ってたんだよな?」


真白の手が、ぴたりと止まった。そして、ゆっくりと頷いた。


「うん。知ってたよ。ていうか、みんな知ってるよ」

「そっか……みんな知ってるんだ……」

「でもね、日向」


真白は俺の腕から手を離して、真っ直ぐ俺を見つめてきた。


「真白はね、『ヒナ』の動画、ぜーんぶ見てたんだよ。第1回から今は非公開になってるのも全部!」

「全部……」

「だから真白は、超ファン!そこらのニワカとは違うの!勘違いしないで!」

「別に、そこは気にしてない」

「真白はね、辛い時とか悲しい時とか、ずっと日向の動画見てた」


真白の言葉に嘘はなさそうだ。本気で、俺の、『ヒナ』のファンだったんだ。


「でもさ」


真白は少しだけ笑顔を消した。


「知ってるよ……日向くん、今は記憶がないんだよね」

「……ああ」

「そしたら、真白のことも、忘れちゃった?」


真白は俺の目を見つめたまま、静かに聞いてきた。

心臓が、跳ねた。


「え……」

「真白と日向と……小さい頃からずっと一緒だったんだよ。幼馴染なの」

「へー……そ、そうなんだ……」

「真白の誕生日は?」

「……」

「真白が一番好きな食べ物は?」

「……」

「真白とヒナが初めて会った場所は?」


答えられない。何一つ、答えられない。真白の顔から、笑顔が消えた。


「そっか……」


真白は俯いた。肩が小さく震えている。


「やっぱり、何も覚えてないんだ」

「真白……」

「ううん、いいの。わかってたから……」


真白は顔を上げた。目には涙が溜まっていた。でも、必死に笑おうとしている。その笑顔が、痛々しかった。


「日向くん、記憶喪失なんだもん。仕方ないよね……」

「……ごめん」

「謝らないで……日向くんが悪いわけじゃないもん」

「でも、お前のこと、何も覚えてなくて……」

「いいの……大丈夫!」


真白は涙を拭いた。そして、急に立ち上がった。


「真白がね、日向くんのこと、全部教えてあげる」

「え?」

「日向くんが好きだったもの、嫌いだったもの、全部。それでね、真白、決めたの」


真白は拳を握りしめた。さっきまでの涙なんて嘘みたいに、目がキラキラと輝いている。


「真白が、日向くんをもう一度立派なネットアイドルにしてみせる!」

「は?」

「だって、日向くんは『ヒナ』だから!なら、もう一回歌えばいいじゃん!」

「いや、ちょっと待て……」

「待たない!真白、日向くんのマネージャーになる!」

「マネージャー!?」

「そう!真白が日向くんを特訓して、『ヒナ』を復活させるの!大丈夫大丈夫、真白に任せて!」


真白の目は本気だった。いや、むしろ怖いくらいに燃えている。


「真白、日向くんの歌が大好きなの。だから、もう一回聞きたい」

「でも、俺、歌なんて多分無理だと思……」

「大丈夫!真白がついてるから!」


真白は自信満々に胸を張る。根拠はどこにあるんだ。


「それに、日向くんが記憶を失ってても、真白はちゃんと覚えてるもん。日向くんがどんな人だったか、どんな歌を歌ってたか、全部」


真白は俺の手を握った。


「だから、一緒に思い出そう?」


そう言われても、返事ができない。

記憶が無い俺を心配して、励ましてくれているのはわかる。

でも俺は、ネットアイドルに復帰できないことは別に心配していない。

それよりも動画の消し方を教えてくれる方が助かる。

しかし、真白は俺が黙っているのを肯定だと勝手に解釈した。


「じゃあ、明日から特訓開始だね!」

「明日から?特訓?」

「当たり前でしょ!早速、明日の朝6時に日向くんの家の前集合!」

「6時!?」

「ランニングするの!基礎体力大事だから!あ、それと発声練習と、ダンスの基礎と、カメラワークの勉強と……」

「ちょ、ちょっと待て……」

「待たない!じゃあ、真白、教室戻るね!明日の準備しよーっと」


真白は手を振って、屋上から駆け出していった。

嵐のような女子だ。残された俺と渚は、しばらく沈黙していた。


「……なんか、すごいことになったな」

「明里さん、ああ見えて行動力はあるからな」


渚は相変わらず淡々としている。


「行動力、ありすぎだろ……」

「でも、まぁ、いいんじゃないか。一人で悩むよりはマシだろ」


渚は立ち上がって、屋上のドアに向かう。


「尾張、あまり考えすぎるなよ。って言っても、難しいだろうけど」

「……ああ、わかった」


一人になった屋上で、俺は空を見上げた。

青い空に、白い雲が流れている。記憶はない。過去も知らない。

でも、真白は過去の俺をよく知っているみたいだし、真白と一緒にいれば何か思い出せるかもしれない。


「『ヒナ』か……」


その名前を口にすると、不思議な感覚になる。

記憶にないはずなのに、どこか懐かしいような。

まあ、とりあえず明日の朝6時が心配だ。ランニングなんて、できるだろうか。

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