なんか俺、学校で大人気らしい
目が覚めたら、記憶がなかった。
名前も、家族も、昨日の晩ご飯も、全部真っ白。
ただ一つだけ分かったのは、俺は「尾張日向」という高校二年生らしいということだけ。
医者は「記憶は徐々に戻るでしょう」とだけ言っていた。
でも誰も教えてくれなかった。俺が学校で、とんでもなく目立つ存在だったなんて。
「ヒナくーん! 」
校門をくぐった瞬間、甲高い声が飛んできた。見知らぬ女子生徒三人組がキラキラした目でこちらを見ている。
どっちかというとギャルっぽい派手な生徒。
本能的に苦手なタイプ。
「あ、おはよう……」
ぎこちなく手を振ると、三人は顔を真っ赤にして「キャー!」と黄色い声を上げた。
怖。
普通に挨拶しただけだぞ?
「本当にいるんだー!可愛い〜!」
「1人なの?ねー!一緒に教室行かない?!」
「あ、ずるい! 私も! ついでに、写真撮ってもいい? 」
わらわらと女子が集まってくる。ちょっと待て、これは何の状況だ。
「日向くん! おはよー!」
人混みをかき分けて、一人の女子生徒が飛び出してきた。
二つに結んだ肩くらいの長さの黒髪が、ぴょんぴょんと跳ねている。
清楚というか、どちらかというと野暮ったい感じの女子。
そして――やたらと距離が近い。
「ねえねえ、昨日のメッセージ見た? 既読スルーはダメだよ?」
ぐいっと腕を掴まれる。
うわ、近い。顔が近い。
周囲の女子たちから、明らかに敵意のこもった視線が刺さる。
「うわ、明里、まただよ……」
「ずるー……地味女のくせに」
幼馴染らしい。確かに馴れ馴れしい……いや、すごく自然に接してくる。まるで昔からずっと一緒にいたみたいに。
でも、俺は彼女のことを全く覚えていない。
「じゃあ、教室行こ! 」
「教室……て、どこ? 」
「……もー! 久々だからって忘れないでよ! 同じクラスでしょ! 」
同じクラス?
ということは、もしかして一日中この距離感なのか?
◇
教室に着くと、またしても人が群がってきた。
「ヒナくん、おはよー! 久しぶりー! 」
「会えなくて寂しかったよー! 」
「ねぇ、今度一緒に動画撮ってー! 」
なんなんだ、この人気。俺はただの一般男子高校生じゃないのか?
なんとか自分の席にたどり着くと、隣から明里が顔を覗かせてきた。
「ねえ、日向くん。お昼休み、一緒に食べてもいい?」
「あ、うん……」
「やった! じゃあ、一緒に屋上行こうね!」
にこにこと笑う明里。悪い子じゃなさそうだ。でも――彼女の笑顔の奥に、時々寂しそうな影が見える気がする。
「尾張、大変そうだね」
背後から声がかけられた。振り向くと、背の高い男子生徒が苦笑いを浮かべて立っていた。
この可愛い系のイケメンは葉月渚。
記憶喪失後、最初に会った時に自己紹介してくれた同級生で俺の親友。らしい。
「……なんでなんだ? 俺、そんなにすごいことしたのか?」
小声で尋ねると、渚はちらりと周囲を見回してから耳打ちしてきた。
「本当に覚えてないんだ……昼休み、屋上で教えてやるよ」
◇
昼休み。俺は渚に連れられて屋上にやってきた。
「お前が人気の理由、これ」
渚はスマホを取り出して、画面を俺に向けた。
動画サイトのページ。チャンネル名【ヒナ@秘密基地】。登録者数120万人。
「……は?」
「ヒナのチャンネルだよ」
渚が再生ボタンを押す。すると――
『みんな、こんにちは! ヒナだよ!』
画面の中で、俺がVサインを決めていた。キラキラした照明、爽やかな笑顔、そして歌って踊る俺。
歌が終わると、画面の中の俺はカメラに向かって囁いた。
『みんな、今日も来てくれてありがとう。君たちがいるから、僕は歌える』
そして――ウインク。
「――っ!?」
俺は思わず渚のスマホを奪い取った。
「待て待て! これ、本当に俺なのか!?」
「半年前まで、ヒナは毎週動画を上げてた」
震える手で画面をスクロールする。動画一覧がずらり。どれも再生回数は数十万回。コメント欄には「ヒナくん可愛すぎる!」「結婚して!」と絶賛の嵐。
次の動画が自動再生された。今度は、至近距離でカメラを見つめる俺。
『ねえ、君。今日も一日、お疲れ様。辛いことあった? 僕に話して? 僕は、君の味方だからさ』
優しく微笑む画面の中の俺。
「ッッッ――――」
俺は、その場にうずくまった。
「やめてくれ。もう見せないでくれ」
「いや、でも理由を知りたいんじゃないか?」
「知りたかったけど、こんなの知りたくなかった!」
嘘だ。あんな恥ずかしい動画を、俺は全世界に公開していたのか? しかも120万人の登録者?
「これ、学校のみんなも知ってるのか?」
「ああ。ヒナのファン、学校にめちゃくちゃ多いよ。高校生に人気だし」
「だからあんなに群がってきたのか……」
「そう、超有名人なんだよ。ネットアイドル『ヒナ』として」
「う、………うわあああああああああああ!」
俺は空に向かって叫んだ。
記憶がなくて良かった。
いや、今、動画を見てしまった記憶すら消し去りたい。
こんな黒歴史、思い出したくない。




