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  作者: ゆずさくら
3/13

本家の女(ひと)

 かなこさんの後を歩き、俺たちは村の中ほどまで上がってきた。

 起伏がなく、起伏の度合いで言えば一番穏やかな場所だった。

 道は分かれていて、そこから先はまた急な坂になって、村はさらに上まで続いているようだった。

 我々は分岐を上らず、いくつか家が並んでいる中で、最も大きな敷地を持つ家の前へとやってきた。

「ここが、本家じゃ」

火流矢(ひるや)さんの家?」

「そんな名前は聞いたことがないと申したが」

 妹が口を開いた。

「本家とはなんと言うお名前なのでしょう」

「そら、本家なんじゃから『蛭子(えびす)』にきまっとろうが」

「蛭子さんですね」

 俺は嫌な予感がしていた。

 そして、その通りのことが起こった。

「なんですか、あなたたち」

 声のする方を振り返った。

 先に予感があったため、俺は驚かなかった。

 ひろこは、少なからず驚いたようだった。

 そこには大柄の女性が立っていた。

 問題はそこではない。

 まるで近づいている気配を感じないのだ。

 まるでその足元の『影』がら生えてきたように、突然現れる。

 かなこさんも、しず子さんもそうだった。

 俺はそうしたことに気づいていたため、今回もそう(・・)ではないか、と予測が立てられた。

 だが、かなこは気づいていないのか、気づいていても、あまりにありえないことだからか、いずれにせよ、驚きの反応を示したのだった。

佐藤(さとう)と申します。火流矢さんを探しにこの村に来たのですが……」

 俺の言葉を遮って、かなこさんが言った。

「存外に村がおおきゅうて難儀しておるところじゃ」

 かなこが何かを見せたのか、本家の大柄な女性は急に笑顔を作った。

「そうか。そうか。村のことならば、当家に任せておけば良い。すぐにも探させよう!」

 本家の人は、そう言うと家に入って行った。

「……」

 俺と妹は顔を見合わせてから、かなこの方を見た。

 かなこは、家の玄関の方を手で指し示した。

「入ったら?」

 家からさっきの人が戻ってくると言った。

「どうぞお上りになって」

 俺と妹は頭を下げると、玄関から家に入った。

 後ろを振り向くと、かなこが扉を閉めてしまった。

「……」

 玄関を入ると、まっすぐ奥へと続く廊下があり、本家の人の姿は見えなくなっていた。

 どこに行ったのだろうと思いながらも、靴を脱ぎ、家に上がった。

「ごめんください……」

 ゆっくりと廊下を奥に進んでいく。

 妹は俺の腕を掴んで警戒するようについてくる。

「早く行かないで」

「ゆっくり歩いてるだろ」

 床板が軋むようになると、ひろこは俺の腕を強く引いた。

「床が鳴っただけだ」

「わかってる」

「引っ張るなよ」

 知らない家の雰囲気が怖く感じているだけだ。

 この状況のどこにも怖がる要素はない。

「名前だけでも聞いておくべきだったな」

「苗字は蛭子さん、ってそれはわかってるでしょ」

「そうか」

 俺は『えびすさん』と声をかけながら、廊下を奥へと進んだ。

 ゆっくりと進むと、廊下は突き当たりになり右と左に分かれていた。

「ここで分かれて、別々に探すか?」

「無理」

 妹が腕を引くので、俺たちは突き当たりを左に曲がった。

 俺たちの歩き方に合わせ、小さく、小刻みに床は軋んで音を立てる。

 廊下は程なく角についた。

 ここまで部屋はあったが、障子の先には明かりがついていなかった。

「戻ろう?」

 妹が言った。

 戻りたいというニュアンスの疑問形だ。

「おい、あれ」

 少し障子が開いていて、中が見えていた。

「あっ、いるかのかな」

「待て」

 俺は妹の手を引いて抑えた。

「よく見ろ」

 部屋の奥に、角材で格子状に組んだ仕切りがあった。

 時代劇などで見る牢のようだ。

 いや、横溝正史などに出てくる座敷牢というべきだろうか。

 私宅監置という制度があった頃、このような牢に許可を得て監禁していたとも聞く。

 本当にそこに(・・・)あるのを見たのは初めてで、俺はゾッとした。

「な、何あれ」

「座敷牢かな」

「そうじゃなくて……」

 俺たち以外の廊下が軋む音が聞こえた。

 妹と二人、元来た方へ慌てて戻った。

 玄関から続く廊下に出て、玄関の方へ戻ると、後ろから声をかけられた。

「どこにいらしていたので?」

 俺たちはゆっくり振り返った。

「急に姿が見えなくなったので、おトイレを探していました」

「トイレはこちらになります」

「あ、あたしも」

 俺たちが本家の方の脇を通り過ぎる時、

「お探しになっている人については、知っている者がいないか、村に指示をしましたので、じきに分かりますよ」

 と言われた。

「ありがとうございます」

 俺たちは突き当たりを右に曲がり、木の扉で仕切ってある小部屋を見つけた。

「和式じゃない……」

「これ、どうやって使おう」

 妹と俺はどっちが先にトイレに入るか悩んでいると、

「くれぐれも落ちないでくださいね」

「蛭子さん、お名前をお聞きしても」

 妹が訊ねると、女性は言った。

「ゆき子と申します。佐藤(さとう)さんはご兄妹でしたか?」

「私が妹のひろこで、兄は基樹(もとき)といいます」

「そうですか…… お探しの方の事、すぐわかると思いますから」

 ゆき子さんは頭を下げると、扉を閉めた。

 結局、俺が先に入ることになり、用を済ませた。

 妹が入る前、音を聞かれたくないという理由で、俺は廊下に出された。

 廊下にゆき子さんがいるものと思っていたが、誰もいなかった。

 ゆき子さんの柔らかな態度のおかげか、俺の漠然とした不安感は無くなっていた。

 妹がトイレから出てくると、俺たちは廊下を戻ってT字の場所を、玄関の方へ進んだ。

 俺たちは、また(・・)後ろから声をかけられた。

「ああ、ゆき子さん」

「……」

 何か反応がおかしい、と思った。

 声をかけてきた女性は、しばらくこっちを見ていたが、口を開いた。

「しばらくお休みください。お部屋はこちらを」

 彼女は障子を開いて、俺たちを部屋に案内してくれた。

「外は暑かったでしょう? 今、お水を持ってきますから」

 妹もゆき子(・・・)さんの様子がおかしいと思ったのか、俺の方を見てきた。

 疑念を言葉にした。

「あの、ゆき子さん…… ですよね?」

「ああ、だから変な目で私を見ていたのね。私は『華子(はなこ)』です」

「ぜ、全然見かけで区別がつかないです」

 華子さんは笑った。

「ゆき子お姉さん、何の説明もしていないのしら。私たち(・・・)は三つ子なのです。服も同じものを着てしまうので、よく知る人しか区別はつかないでしょうね」

「声が少し違うようですが」

「あっ、それは、よくお気づきになりましたわ」

 華子さんは座卓と、座布団を二つ、並べて用意した。

「すぐ結果はわかると思います。お座りになってお待ちください」

 俺たちが座るのを見ると、華子さんは部屋を出て行った。

 三つ子は初めて出会ったと俺がいうと、妹は学年に双子がいたことすらないと言った。

 俺たちがそんな話をしていると、水を持って戻ってきた。

 水のコップをそれぞれの前に置きながら、

「街は『水道水』何でしょう? (ここ)では井戸水を飲んでいます。冷えすぎないから体にはいいですよ」

 俺は出されるなり、コップを手に取り、ぐっと飲み切ってしまった。

 妹は少し飲むと、座卓にコップを置いた。

「もう一杯、持ってきましようね」

「ええ、お願いします」

 彼女は俺が飲んだコップを持って、部屋から出ていった。

「よく飲めるわね」

「別に普通の水だろ?」

「変に温くて」

 俺はそうだったかな、と思い返した。

 外気とは違って適度に冷えていて、俺にとっては水を飲むのにはちょうどよかった。

 妹はもう一度水を口に含み、それを飲み込むと、言った。

「お水で思い出した。彼、水道水を飲むとお腹を壊すって言ってた。村の水に慣れていたせいかなって、言ってた」

「お腹を壊すかどうかはわからないが、確かに、少しクセはあるな」

 水に酸味があるというのか、しょっぱい感じがある。

 話していると、すぐにコップを持って戻ってきた。

「はい。どうぞ。おかわりがいるなら、すぐに言ってくだされば、持ってきますね」

 俺はコップを手に取りながら、頷いた。

 妹が訊ねた。

「そろそろ、結果はわかりませんか?」 

「ああ、全部わかってから教えようと思っていたのよ。今のところ、どこの家からも『火流矢(ひるや)』さんの話は出ていないわね。あと一軒から連絡が来れば、おしまいなのだけど……」

 俺にはその声が、遠くの屋外スピーカーから流れる行政の放送のように、音がうねってしまい。ハッキリ聞こえなかった。

 感覚も弱くなったり強くなったりしているせいで、妹の声も、理解しづらくなっていた。

「その連絡が来ていないお家というのは?」

「坂下の端にあるお家で、何か、数日前からお客様が来ている話がありました。その方が火流矢さんかは存じませんけど…… 何か重大な話に来たとかで……」

 女性はそこまで言ってから立ち上がり、部屋を出て行こうとする。

 妹は立ち上がった。

 俺は思考すらぼやけてきていて、立ち上がることも、声も出なかった。

「待ってください。その人の話を教えてください」

 二人は部屋を出ていく。

「何でもその男の人、今度、首都圏(むこう)で結婚するとか言ってたんですが、急に体の具合が悪くなったらしくて」

「その坂下の端にある家ってどれでしょうか? 私、直接訪ねてみます」

 俺は、体が保てず畳の上に倒れてしまった。




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