心臓が選ぶこと
早朝、MORUチームに一本の通報が入る。
ある老舗旅館の女将が心停止で倒れ、現場には家族だけが残されていた。
到着した神崎たちがCPR(心肺蘇生)を開始すると、家族のひとりが制止する。
「もう、いいんです……母はずっと苦しんできた。
今、やっと楽になったんだから、これ以上は……」
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患者の女性は78歳。
数年前に心筋梗塞を患い、脳虚血の既往もある。
蘇生によって意識が戻る可能性は低く、仮に戻ったとしても重い後遺症が残る見込みだった。
NEPTの医師も現場に居合わせていたが、
彼らは治療の中止を家族の意思として尊重する姿勢だった。
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神崎は、心臓マッサージを止めない。
真野:「この状態での蘇生は……正直、厳しいかもしれない」
柊:「でもチーフは止めない。なんで……?」
神崎は短く答えた。
「この心臓は、まだ止まりきってない。
諦めていいかは、心臓が決めることだ」
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Y-01内での処置が続く。
アドレナリン投与、気管挿管、AED。
数度の電気ショックのあと、
モニターに、一度だけ“ピッ”という小さな音。
神崎の声が低く響く。
「戻ったぞ」
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その瞬間、娘が泣き崩れる。
「ごめんなさい……やっぱり……生きてほしかった……本当は、ずっと……!」
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病院到着後、女将の意識は戻らなかった。
だが、心拍と呼吸は安定し、ICUでの治療が継続されることになった。
神崎は娘にそっと言う。
「望まれる医療っていうのは、
患者が“本当にもういい”って言うまで、俺たちは止まれないんです」
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南雲は遠くからそれを見つめていた。
彼の胸の奥で、何かがわずかに揺らいでいた。