愛のない結婚のはじまり・4
「これはこれは、アレシア様。今日もド派手なドレスがよくお似合いで」
「武器屋のくせに相変わらず横柄な態度ね」
アレシアはルナリアの隣に立った。
彼女はランフォード伯爵家の末娘で、王妃の女官として王宮で働いている。高価で派手なものが好きな王妃と気が合いそうだ、と彼女を見かけるたびにルナリアは心の中で思っていた。
「ごきげんよう、王太子妃殿下。そのダイヤの指輪のことでしたら、どんなことでもわたくしがお答えします。なぜならそれはわたくしが手配したものですから」
羽根のついた扇子を広げ、口元を隠してアレシアはルナリアに向き合った。
ルナリアは彼女の青い瞳をじっと見つめる。
「この指輪をアレシア様が……?」
「そうよ。ジェレル様に頼まれてダイヤを手配したわ。とても美しいでしょう。当然だわ。装飾品としても、魔除けとしてもこれ以上ない完璧な出来よ。わたくしに贈ってくださるものとばかり思っていましたけれども……」
そう言ってアレシアはルナリアを睨んだ。
ウェイロンが「うーん」と唸り声を上げる。
「贈る相手に指輪の手配を頼むほど殿下も無神経ではないと思うな、俺は」
「他の女性に贈る指輪を、よりによってわたくしに依頼するジェレル様が無神経ではないとおっしゃるのかしら?」
「殿下はぐいぐい迫ってくるような女性は苦手なのです」
「ウェイロン、わたくしがいつ、そのような行動をしたというの!?」
ルナリアはアレシアとウェイロンの応酬を黙って聞いていた。どうやらふたりは旧知の仲のようだ。彼らのたわいもないやり取りがルナリアの孤独を刺激する。軽口を叩ける相手がいるということが純粋に羨ましいと思った。
「ところで何をお知りになりたいの?」
アレシアはルナリアに視線を戻す。ルナリアは勇気を出して口を開いた。
「先ほどアレシア様は『魔除け』とおっしゃいましたが、この指輪には本当にそのような効果があるのでしょうか?」
「わたくしが触ってみてもよろしいですか?」
「もちろんです」
ルナリアはアレシアのほうへ手を差しのべた。
アレシアが両手でルナリアの手を包み込もうとすると、突然キーンと耳を刺すような金属的な音が響き渡り、アレシアの手は見えない何かに弾かれた。
「これは……!?」
「あなたがわたくしに触れられたくないと思ったのですわ」
「そんなこと……思っていません」
ルナリアは力いっぱい否定したが、アレシアは肩をすくめて優雅に微笑んでみせる。
「お気になさらずともよいのです。この指輪には強い魔術が施されていて、王太子妃殿下を邪悪なものから隠す効果があるので、どうか肌身離さずお持ちください」
「魔術?」
ルナリアが怪訝な顔をすると、ウェイロンは安心させるような明るい声で言った。
「このような装身具は魔術を施すと持ち主を守る効果を高めることができるので、高位の魔導士に頼んで効果を付与してもらうんです。ただ、効果を持続させるには魔術をかける時間もそれなりに必要だから、高額で手間も暇もかかる。この指輪は贈り主がそれだけ手間暇かけて準備したものだということです」
ルナリアは腕を引っ込めて、指輪を隠すように右手で覆った。
ジェレルから求婚されたあの夜のことはなるべく考えないようにしていた。なぜなら彼の意図がよくわからないからだ。
結婚の申し込みに対してルナリアは「直接会って返事をしたい」と手紙に書いた。
まさかその夜にジェレル本人が直接訪ねてくるとは思わなかったし、求婚されるとは想像もしていなかった。
しかし彼がルナリアを選んだ理由を説明してくれることはなく、問いただす機会もないまま今日まで過ごしてしまった。
「ではこの指輪は準備するのにどのくらいかかったのでしょうか」
ルナリアの問いをウェイロンは笑顔で受け止める。
「そういうことは贈り主に聞いてください。それにしてもあの噂は本当なのかな?」
「噂?」
ルナリアは敏感に反応した。
ウェイロンは「怒らないでくださいよ」と肩をすくめた。
「王太子ご夫妻はまだ手も繋いだことがない……とか」
「手を繋いだことくらいあります!」
つい大声で反論してしまったルナリアは、自分の頬がカッと熱くなるのを感じ、恥ずかしさで消え入りたい衝動にかられた。
「……フフッ!」
アレシアは扇子で顔を隠して笑いをこらえていたが、結局こらえきれず吹き出した。
ウェイロンが後頭部に手をやって申し訳なさそうに肩をすぼめる。
「これは失礼しました。ではお世継ぎの誕生もそう遠くないと期待していますね」
「わたくし、王太子妃を少し誤解していたようですわ」
憐れむような目でアレシアはルナリアを見る。
「まだわたくしにも望みがあるかもしれませんわね。お世継ぎは絶対に必要ですもの」
ルナリアの眉に深い皺が刻まれた。ウェイロンが大きなため息をつく。
「悪いけど、俺は王太子妃殿下の味方だ。アレシア様は殿下以外のお相手を早く見つけたほうがいい。このまま行き遅れになったら大変だ」
「ウェイロンごときに心配していただく必要はありませんわ。ジェレル様がわたくしのことを拒絶なさらない限り、わたくしにも勝算があるということですもの。ホーホホッ!」
高笑いを残してアレシアは去った。
ルナリアはその後ろ姿を見送る。
学生時代からアレシアが王太子を追いかけていることは有名だった。同級生同士の結婚はこの国では珍しいが、まったくないわけではない。アレシアは絵に描いたように典型的な名家のお嬢様育ちで、王家の宝石商取次として栄えてきた一族の歴史を体現するように煌びやかに着飾り、華やかさでは右に出るものはいない。
今でこそルナリアも上等なドレスに身を包んでいて劣等感を抱くことはないが、学生時代のアレシアはまさしく別世界の住人だった。そしてルナリアではなく彼女が王太子妃候補の筆頭でもあったのだ。
「余計なお世話かもしれないけど、アレシア様がいくらあがいたところで王太子妃は紛れもなくあなたで、殿下はあなたのためにその指輪を用意し、王宮で誰よりも何よりも大事にしている――それがすべてですよ」
ウェイロンは真面目な顔でルナリアに告げた。
「そうですね。それはわたくしもよくわかっているつもりです」
「王宮は息苦しいでしょう。よければこれからは私が話し相手になりますよ。殿下に怒られない程度に、ね」
ルナリアは曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
ウェイロンはもっともなことを言っただけだ。外出を許さないことを除いては、ジェレルがルナリアを王太子妃としてこれ以上のない待遇で迎え入れ、大事にしてくれているのだろうということはわかる。
しかしルナリアには何の確信もなかった。
確信とは何か――。
自室へ戻るルナリアは雲の上を歩いているような心許なさを感じたが、侍女のサラにも悟られぬよう背筋を伸ばし、王太子妃としての矜持を失わないよう顔を上げた。




