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いつか捨てられるその日まで〜愛されない妃のはずなのに夫の過保護が止まりません  作者: 北館由麻
第三章 愛のない結婚の終わり

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光の届かない場所・2

 


「……リア、ルナリア!」


 大きな声で名前を呼ばれていることに気がつき、慌てて目を開いた。

 見慣れない天井――木造の建物らしく天井も板張りだ。木の節が動物の顔のように見えてきて、ルナリアは思わず見入ってしまう。


「よかった。目を覚ましてくれて……」


 そばにいるのがトレヴァーだとわかったときから、ルナリアの頬は緊張していた。

 ゆっくりトレヴァーのほうへ首を動かすと、心配そうな顔でルナリアを見つめる彼と目が合った。


「ここは……?」

「ザスリンが用意した森の中の館だ。静かな場所だから、ゆっくり休むといい」


 起きあがろうとするルナリアの肩を、トレヴァーは優しくつかんでベッドへ押し戻した。

 眉根を寄せ、不機嫌な表情をすると、彼はすぐに手を引っ込める。

 そして小声で何かをつぶやいた。


「えっ?」


 わざとらしく聞き返すルナリアに、一つ咳払いをしてからトレヴァーが問いかけた。


「身籠ったというのは本当か?」

 

 ルナリアの思考が一瞬凍りつく。

 どこでそんな話になったのか、と真顔のトレヴァーを見返しながら考えた。


「いくらおてんばな私でも、身籠っていたら宙返りはしません」

「そう……か。そうだな」

「どなたがそのようなことをおっしゃったのですか」

「ファンヌが……いや、なんでもない。忘れてくれ」


 気まずそうに目をそらしたトレヴァーに、ルナリアは冷ややかな視線を送る。


「ファンヌ様とは恋仲なのですね」

「違う。俺は……!」

「隠すことはないでしょう。美しい方ですもの、殿方なら誰もがお側にと望むはず……」

「俺はずっと君が好きなんだ」


 悲痛な声でそう言ったトレヴァーは、苦しそうな表情をルナリアに向ける。

 ルナリアは怪訝な顔のまま天井を見た。

 

「それは……知りませんでした」

「それはそうだろう。今まで誰にも言ったことはない」


「では、もう二度と口にしないでください」


 ルナリアは自分でも驚くほどきっぱり言い放ってから、少し言いすぎたのではないかと急に不安に見舞われた。

 少女時代には待ち焦がれていたはずの告白――それをにべもなく拒絶してしまったのだ。

 

 しかしルナリアは王太子妃である。その経緯がどうあれ、夫がいる今、トレヴァーの好意を一瞬でも受け止めることは許されない。

 だから拒絶するのが王太子妃として正しいふるまいなのだ、とルナリアは自分自身を鼓舞した。


「俺が悪かった。君にもっと早く伝えられたらよかったのに……」


 トレヴァーはルナリアの目を覗き込むようにして続ける。


「誤解されても仕方がない。確かに俺は心が弱い人間だ。だが君には信じてもらいたい。俺はずっと君のことを好きなんだ」


 ルナリアはため息をつく。


「それを聞いたところで、私は何もできません」

「ルナリア、君は……本気でジェレルを愛しているのか?」


 ここで急にドアをノックする音が二人の会話に割り込んできた。

 トレヴァーが素早くドアのほうへ視線を向ける。


「ああ、気がつきましたか。暴れていなくてよかった。まぁ、あれだけ泣き叫べば、誰でも精根尽きるでしょうね」

「ザスリン」


 (とが)めるような声でトレヴァーが彼の名を呼んだ。

 ザスリンは悪びれもせず、ルナリアのベッドのほうへ近づいた。


「ヒヒッ、これでやっと役者が揃いましたよ」

「どういう意味だ?」

「しかも魔剣もこちらにある。ついにクルヴァス様の時代がやってきます」


「クルヴァス……?」


 どうやらトレヴァーもその名は初耳だったらしい。

 ルナリアは横になったまま、ザスリンの姿を視界にとらえた。

 彼は不遜な態度を隠そうともせず、鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌だった。


「誰だ、そいつは。もしかして邪神……?」

「トレヴァー様、邪神などという呼び方は無知な者たちが好んで用いているだけで、神には聖も邪もありませんよ」


 ザスリンは小賢しい口をききながらトレヴァーの横に立つと、ルナリアの様子を注意深く確認する。

 ジロジロ見られるのは気分が悪かった。だから負けじとルナリアはザスリンから目を離さないようにした。

 深呼吸をした後、思い切って口を開く。


「ザスリンに聞きたいことがあるのだけど」

「なんですか?」

「私は……本当に人を殺したの?」


 ザスリンは「ああ」と声を上げると、小さくため息をついた。


「何も覚えていないんだ。王太子がアンタをかばって、先に矢を放ったことも……」

「えっ、ジェレル様が……」

「なんのことだ!?」


 急にトレヴァーが大きな声を出したので、ルナリアの肩がビクッと震えた。

 ザスリンはフッと笑う。


「トレヴァー様は知らなくていいことですよ」

「いや、ジェレルが何をしたのか説明しろ。ルナリアが王宮から抜け出そうとしたときのことだろう?」

 

「そうです。王太子はルナリアさんが『紅の秘宝』を宿していることを知っていて、神の力を発現させるギリギリまで隠れていた。神の力がどの程度のものか知るために――あるいは仲間も含め『紅の秘宝』のありかを知らしめる意図があったのかもしれませんね」


 ルナリアはザスリンを睨みつけた。くやしいが、彼の推理はほぼ当たりだ。

 

(でもジェレル様が()()()()()()矢を放った……?)


「王太子はルナリアさんより一瞬早く矢を放ち、僕の先輩を殺した。あの王太子は無愛想だけど、ルナリアさんが先輩に襲われるのを黙って見ていられなかったのか、それともルナリアさんを人殺しにしたくなかったのか。いずれにしろ、おかげで僕は逃げて命拾いしたのさ」


 眉間に深い皺を刻んだトレヴァーは視線を斜め下へ落とす。

 ルナリアは口を半開きのまま、何も言えずにいた。


(私、ジェレル様を疑ったこともあるわ。私をはめたんじゃないか、と……)


 だが、今ならわかる。ジェレルはルナリアを守るために、ザスリンの先輩バズへ矢を放ったのだ。


(それなのに私は……ジェレル様が魔剣で刺され血を流す姿を、黙って見ていることしかできなかった。せめて奪われた魔剣を取り戻せたらいいのだけど……)


「……つまりザスリン、お前がルナリアを襲った犯人だというのか?」


 ルナリアは慌ててトレヴァーを見た。(しゃが)れた低い声に凄みを感じたのだ。


「そうですよ。僕はファンヌ様の命令でルナリアさんをここへ連れて来る任務についていたのです」


 悪びれる様子もなくあっさり白状したザスリンの胸倉を、突然立ち上がったトレヴァーが締め上げた。


「ファンヌの命令だと!? 嘘をつくな!!」

「人は見たいものしか見ず、信じたいものだけを信じる。外見が美しい人なら心も美しいと思いたいでしょう。でも表面的な美しさはその人の心のありようとは無関係なのですよ」

 

「だとしても、どうしてファンヌがルナリアを(さら)うのだ?」


 トレヴァーはザスリンの胸倉をつかんだまま、さらにその手に力を込めた。

 ザスリンの小柄な体が宙に浮く。さすがにザスリンの顔が(あお)ざめた。

 そこにドアをノックする音が割り込んできた。


「お食事をご用意いたしました」


 トレヴァーはザスリンの服から手を離し、小さくため息をついた。

 解放されたザスリンは途端に咳き込む。

 ドアを開けたのは、ザスリンと面差しがよく似ている、ルナリアと同じ年頃の女性だった。

いつもお読みいただき誠にありがとうございます!

2026年も皆さまにたくさんの幸せが降り注ぎますように…!

そして、また続きでお会いできますように!!

(次の更新までしばらくお待ちください…)

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