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仮面舞踏会の夜・2

「何……が起きた?」


 最初に声を上げたのは王宮護衛隊に属するティオだった。

 だが、行動を起こしたのは黒い仮面の男のほうが早かった。王宮裏門の木陰から出て、倒れているルナリアのもとへ向かう。自らの上着を脱いで、彼女の肩にかけた。

 そして地面に膝をついたまま、傍らに落ちているルナリアの仮面を見つめる。


「魔法? 魔術?」

「少なくとも僕はあれほどの威力を持つ魔法を知らないし使えないね」


 いかにも魔導士らしい紺色のローブ姿の男が、ティオの傍らで「よいしょ」の掛け声とともに立ち上がった。この3人の中では年長者だが、まだ20代半ばの魔導士は軽やかに黒い仮面の男のもとへ走り寄る。


「仕留めたのは妖獣使いの片割れ……だけのようだね。ジェレルの矢もしっかりと急所に刺さっている。さすがだな」

「『毒見』と指摘した者は逃げたようです。他は妖獣を人に擬態させていたのでしょう。跡形もなく消えています」


 黒い仮面の男が丁寧な言葉で淡々と話した。

 

 妖獣とは神の使いである――とウィンスレイド王国に伝わる神話には記されている。動物とは違い、命が尽きると実体は消え失せてしまう不思議な存在だ。

 めったに遭遇することはないが、神域と呼ばれる土地の近くでは誰でもその存在を確認できるため、この国では「神話が史実であること」を証明する存在でもある。

 

 そして、それら妖獣を自在に操る民が妖獣使いだった。

 彼らは神域の奥に棲家を持つとも、地下に一族の街を築いているとも噂されるが、ウィンスレイド王族に真っ向から対立する闇に包まれた一族――というのが最も有力な説である。つまり邪神に対して忠誠を誓い、邪神の封印を解くために奔走する者どもなのだ。

 

 ティオも黒い仮面の男の横に立ち、妖獣使いバズの変わり果てた姿に顔をしかめた。


「殿下、どうしますか」


 殿下と呼ばれた黒い仮面の男は、ルナリアのドレスに覆いかぶさるように倒れている妖獣使いバズを無造作に引きはがし、彼女のドレスについた汚れを手で払った。


「師匠、見えましたか?」


 彼は黒い仮面を外し、魔導士を振り仰ぐ。

 師匠と呼ばれた魔導士は肩をすくめた。


「正直に言うと、見えなかった。ただ、あの強烈な光のまぶしさで目を閉じたとき、確かに感じたよ。眼だ。間違いない。しかも両の眼だ」

(くれない)の秘宝が……本当に彼女の目に隠されていると? 殿下の見間違いではなく?」


 信じられないというようにティオは首を横に振る。


「ティオ。王太子であるジェレルのいうことを少しも信じないというのは、王太子の護衛隊長としていかがなものかと思うぞ」

「師匠こそ『ジェレル殿下』とお呼びください。いくら魔法の指南役とはいえ王太子殿下に対して失礼すぎますよ」


 魔導士と王太子護衛隊長が互いに非難し合っている間に、王太子ジェレルはルナリアを抱き上げて王宮へと戻り始めた。


「この妖獣使いはどうしますか?」


 ティオが声を張ってジェレルの背中に呼びかけた。

 ジェレルは首を少しだけ動かすと言った。


「もうすぐウェイロンが来る。ヤツに頼んである」

「アイツは便利屋か」


 魔導士の言葉にジェレルは一瞬笑みを浮かべる。

「結界をお願いします」と言い残し、気絶したルナリアを抱き上げ、王宮へと運んだ。





 ルナリアの居室には彼女付きの侍女が心配そうな顔で待っていた。


「あの、私がすべて悪いのです。ルナリア様をそそのかしたのは私で、ルナリア様は少しも悪くありません」


 侍女はルナリアを抱えたジェレルの姿を見た途端、床に這いつくばって頭を下げた。

 ルナリアをベッドの上に寝かせると、ジェレルは侍女に着替えと水を持って来るように言いつけた。侍女は奥歯をガタガタと震わせながら慌てて出ていく。

 

 入れ替わりで魔導士が様子を見に入室してきた。

 

「どうする? 記憶を消すか?」

「彼女は私たちの姿を見ていないので、その必要はないかと。侍女には決して口外しないよう言っておきます」


 ジェレルはルナリアの肩にてのひらを近づける。

 ドレスの生地が裂け、ルナリアの肌が露わになったところに、妖獣使いバズの爪が食い込んだ跡が生々しく残っていた。

 その跡がジェレルの手によって消えていくのを、魔導士が後ろから見守った。


「このお嬢さんの婚約者はトレヴァーなんだろう? アイツは仮面舞踏会に来ていないのか。そういえば最近見かけないな」

「トレヴァー卿は北方警備隊の任務を命じられて少し前に出発しました」

「そうか。お嬢さんはそれをまだ知らないのだな」


 傷が治ったことを確かめるとジェレルは魔導士を伴いルナリアの居室を後にした。




 

 王太子ジェレルは足早に王宮の裏門へ戻った。

 ルナリアが倒れていた場所には、護衛隊長ティオとともに大きな革袋を持った男がいる。


「よう、殿下。遅くなってすまない」

「忙しいのに悪いな、ウェイロン」

「本業の商談が長引いちまった。こいつ、まさか王宮内にまで入り込むとは、な。いったいどうやって入ったんだ?」


 ウェイロンの本業は武器屋だ。王太子ジェレルと同い年で、ふたりは唯一無二の親友でもある。

 ジェレルの後ろから魔導士が大きなため息とともにウェイロンの前に出た。


「はぁー。本当に落ち込むし、腹が立つよ。これだけの結界を張っても入り込んでくるんだから」

「当代随一の魔導士が、妖獣使いごときに術を破られたんじゃ面目丸つぶれですね、師匠」

「この武器屋はいつも口が悪いな」

「仕方ないでしょう。師匠は俺のお得意様じゃない」


 革袋を担いだウェイロンが立ち上がり、「じゃ、いつもの場所に移動しますか」と全員に呼びかける。


「あいよ」


 魔導士が地面を指差しながら円弧を描くと、その中の4人はあっという間に別の場所へ転移した。




 

 森の中にひっそりと建っている山小屋へ到着した王太子ジェレル、護衛隊長ティオ、武器屋ウェイロン、そして魔導士は、各々周囲の様子を確かめてから山小屋に入った。

 山小屋の中は酒場のようにカウンターが設置され、その奥には各地の銘酒が並ぶ棚がある。職務上酒を飲まないティオ以外の3人はグラスを手にして定位置に腰を下ろす。


「焦げた妖獣使いは緑の魔女のところへ運ぶ――でいいか?」


 ウェイロンは革袋に目をやるとジェレルに確認を取った。ジェレルは大きくうなずき、疲れたように目を閉じた。それを他の3人が心配そうに見守る。


「それで……何が起きた?」


 遅れてやって来たウェイロンはティオに事の顛末を尋ねる。

 ティオは背中に背負っていた弓と矢筒を下ろし、手入れをしていた。手を止めて、何度か瞬きすると口を開く。


「ルナリア嬢が仮面舞踏会に乗じて王宮から出ようとしたところ、怪しい男どもが取り囲んだ。あの独特の硫黄臭は妖獣だろう。妖獣使いが妖獣を人型に変えてルナリア嬢の前に立ちふさがった。総勢10人。そのうちのふたりが人間の妖獣使いだった」

 

「ルナリア嬢が狙われたのは偶然か?」


「いや、ルナリア嬢に『婚約者のところへ連れて行ってやる』と話していたから、ヤツらは彼女を攫うためにやって来たと思う」


「妖獣使いはどうして焦げた? もうひとりは?」


「焦げたほうの妖獣使いがルナリア嬢を拘束したが、彼女は果敢にも隠し持っていたナイフで反撃した」

「ナイフ?」


「食事用のナイフだよ。袖に隠していたみたいだ。仮面をつけて大広間を一周する間に仕込んだのかな。奇術師も驚く手際で妖獣使いの腕にナイフを突き立てると、妖獣どもがルナリア嬢に襲い掛かった。絶体絶命の場面で彼女の周りに白い光があふれ出し、その光が急激に強くなったかと思うと、次の瞬間、妖獣は白い煙となって消え、妖獣使いは丸焦げになっていた」


「ヤツの心臓に刺さっていた矢は、ティオが?」

「いや、殿下だよ。ルナリア嬢が襲われる寸前にね。僕は何もできなかった。そしてルナリア嬢は気絶した」


 武器屋ウェイロンは腕組みをする。


「殿下の見立てどおり――紅の秘宝がルナリア嬢の目に宿っている――ということで間違いないな?」

「間違いないね。しかも両眼だ。あれこそ完全なる神の力。燃えていないのに人が一瞬で炭になるか?」


 答えたのは魔導士だ。彼の目は好奇心で輝いている。


「神話が目の前で再現されたんだ。月の女神が自らの実体と引き換えに、神の力すべてを結晶させたといわれる紅の秘宝――確かに存在した!」

 

 陶酔するように両手を天にかざす魔導士を、他の3人は冷めた目で眺める。

 ジェレルは立ち上がると、作り付けの戸棚の鍵を開け、一冊の古い書物を取り出した。

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