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 ある里で、反魂を使う女が生まれた。

 死んだ人間の魂を呼び、生きている人間は再び話すことができた。

 次は、神隠しが起こるようになった。

 里のほとんどの子供が山に消え、ある日突然戻ってきた。

 もれなく全員帰ってきたので、薄気味悪さだけが里に漂った。

「今日の見合いはなんだったんだ。今日はお前の見合いの席だ。いくら相手から好意を抱かれなかったからと言って、自分の妹を代わりに勧めるなんて度が過ぎてるぞ」

「今日は私もお相手も嫌々座らされていたことに、気が付きませんでした? でも、桃子はお写真を見た時からお相手の方が気になっていたんです。向こうもかわいい桃子に興味を持ったようだから勧めたまで。それの何が悪いんです?」

「これはお前の、清く正しい人生のためなんだ。少しはお前も努力してくれ」

「うちの仕事もさせてもらえず、ただ家の中で家事と花嫁修行をさせられることの、どこが清く正しいんですか? 私は、そんな人生死んでもごめんです」

「いいかげん、意固地になるのはやめたらどうだ!」

「それはあなたのほうです! 私の人生に口出ししないでください!」


 父親と自分の怒鳴り声は外にまで響く。末の弟の泣き声が聞こえ、隣の部屋の母親が慌ててそちらに向かう。

 母親には申し訳ないと思いながらも、彼女は自分の父親を睨みつけた。

 昭和八年。寒さの厳しい夜中のことである。

 このあたりでは一番裕福な商家の長女にして、女学校をも卒業した齢二十一の令嬢がいた。とっくに成人した女性だが、就職も奉公も実家の事業の手伝いすらしたことがない。すべては父親の命令である。

 しかし、「はいわかりました」と言う通りになる性格でもなく、隙を見ては妹や弟、それに近所の子供を連れ立って、近所の山や川で遊ぶ毎日であった。女学校での良妻賢母の教育は嫁ぎ先ではなく、農家の幼い子供たちと遊ぶために使われた。

 烈火の如く怒った父親は、毎日のように見合いの話をもってくるようになるが、その令嬢ではことごとく成立しない。お転婆な性格を見合いの席でさらけ出し、相手の男性は毎回引き攣った顔で帰るのである。「令嬢」とは家柄ばかり。その振る舞いは生意気な小娘だった。せめて美人だったらまだよかったが、この小娘は色黒にボサボサの髪の毛。目は丸く大きいが、同じくらい丸く大きい団子鼻。お世辞にも美人とは言えなかった。


「もういいです! お父様が勧める外面だけのへなちょこ野郎たちより、もっと素敵な殿方を見つけてきます!」

「おい待て! どこに行く!」


 追いかけてきそうな父親に、放置されていた新聞を投げつける。「聯盟れんめいよさらば、わが代表決然議場を去る」という見出しが、父親の顔面にぶつけられた。

 目を丸くする妹や弟を尻目に飛び出した小娘は、家の裏手にある山を登り始めた。月明かりもほぼ無いなか提灯片手に向かうのは、山にある産土の神社である。普段からよく遊んでいるから、そこなら雨露をしのげることはわかっている。産土の神社には信仰こそなかったが、神社に勤める人に事情を話せばしばらく匿ってくれるかもしれない。

 風の噂で山の中で暮らす人もいると聞いたことがある。神社に辿り着けなかったら、身を寄せるのはそこでもいい。いっそ山の神に嫁いでもしまってもいい。

 小娘が身一つで飛び出したところでどうにもならない、などと考えられる頭を、世間知らずな彼女は持ち合わせていなかった。ただ初めての家出に、興奮で胸を弾ませていた。

 彼女の持つ石油ランプの光が消えそうになり、雪もちらつき出した頃。

 小娘の心もいい加減折れそうになっていた。自分でできる最大の厚着をしてきたが、寒くて手足の感覚がもうない。この季節の夜中に、一人で外出することを甘く見ていたせいだ。

 暗闇の中、突然彼女は誰かにぶつかった。


「あ、ごめんなさいまし……」


 ぶつかった拍子にランプは消え、小娘の手からこぼれ落ちる。

 月明かりの下、背中に括り付けられた時代に合わない刀を見た。

 相手は軽い会釈もそこそこ、明かりも持たずに夜に溶けていく。小娘は慌ててそれを追いかけた。


「待って! あなたは山で暮らしている人ですか? だったら私を匿ってくれませんか?」


 雪と風は強くなり、辺りは闇夜に包まれる。しかし刀を背負う背中は異様にはっきりと見えた。

 小娘は必死で走り続けたが、やがて男を見失ってしまう。その代わり、まだ明かりがついている小屋を見つけた。

 見慣れない草葺の小屋には絶対に近づいてはいけない。猟師や林業業者の休憩場所に見えたとしても、ならず者の隠れ家として使われていることがあるからだ。

 しかし疲れて限界だった小娘は、カラカラと引き戸を開けた。

「あの、ごめんください」


 囲炉裏の前に正座していたのは、夢のように美しい女性だった。

 かんざしから解けた黒い髪が白い肌と白い着物にかかり、こちらを見る猫のような黒目の中で、囲炉裏の光がくるりと泳ぐ。小娘は一瞬何もかも忘れ、彼女に目を奪われた。


「ようやくいらしたのね。こちらへどうぞ」


 初対面に似合わない言葉とともに、白い手が囲炉裏を挟んだ向かいを示す。もうすでに、そこには座布団が敷かれていた。

 小娘が茶室ほどの広さの部屋に上がると、女性は箱膳を取り出し、魚の干物、山菜、汁物の料理を並べ始める。


「あの、少しの間火にあたらせていただければ十分ですから……」


 予想外のもてなしに恐縮するが、遠慮した途端、彼女の腹の虫が鳴いた。


「遠慮しなくていいのよ。お酒もいかが?」


 くすくす笑われながら、女性は熱燗の準備までしようとする。この小娘は気恥ずかしさ頬を赤く染めながら、料理だけいただいた。量も品数もこれより多かった実家ではなにもかも砂を噛むようだったのに、質素な食事はとてもおいしかった。


「ごちそうさまでした。えっと……」

「あたくしの名前は楓。苗字は接木。接木楓よ」

「あ、はい。こちらも名乗らず、すみません。私は××です……?」


 苗字は省略して名前だけ名乗ったが、上手く言えた気がしなかった。名乗り直そうとしたとき、さっき入ってきた扉がガラガラと開く。

 扉を開けた人物を見て、小娘はまた息を呑む。背中の刀を見た途端、すぐに先ほどのぶつかった相手だとわかった。


「あなたがこんな時間に来るなんて珍しい。ムカデ、なにかあった?」

「あ、あの!」 


 楓の言葉を遮るように、小娘は男性に駆け寄る。

 「ムカデ」と呼ばれた男性は、驚いたように小娘を見つめる。


「お前、なぜここにいる」

「さっき、あなたとぶつかりそうになってから、追いかけてきました。私、あなたの元に嫁ぎたいと思っています。どうか、私を嫁にしてくれませんか?」


 男は楓をじっと見て、小さく舌打ちした。


「裏切ったのか」


 そして小娘を見下ろし、静かに言った。


「俺にはもう妻がいる」

「妾でもかまいません」

「別の男もいるだろう」

「あなたを除いて、夫と認められる方はいません」


 男性を口説くなんて、21年間生きてきて今までなかった。体の血液が沸いたように熱い。その熱に任せて続けたかったが、その男性は小娘をじっと見つめると、男性はくるりときびすを返した。


「ま、待ってください!」

「初対面の男に名乗りもせず、すぐ結婚を申し込むような女と契りを結ぶなんて冗談じゃない」


 突き飛ばされ、目の前で扉がぴしゃりと閉まる。熱を吐き尽くした小娘は、反動のように脱力して、その場に座り込んだ。静かに見つめていた楓は、またくすくす笑い始める。


「何かおかしいことでも?」

「そんなに睨まないでちょうだいな。言っておくけど、向こうはあなたを拒絶したわけじゃないのよ? 彼は毎朝ここにくるから、まだ機会はあるわ」


 そう言って、楓は壁に立てかけられた楽器を見る。


「あの人を落としたかったら、何か一曲、弾いてみるのね」


 小娘も楽器を見た。ここにあるのは、琵琶や篠笛、琴である。女学校時代にも、琴を演奏する授業はあった。小娘は嫌々通っていた学校で習ったものに、今更頼りたくなかった。

 ちらりと楓を見ると、楓も小娘を見つめ返していた。決して目を逸らさない様子が断ることを期待しているようで、なんだか腹が立ってきた。小娘は売られた喧嘩は買う女である。篠笛をとり、大袈裟に背筋を伸ばす。


「一曲でも二曲でも、いくらでも吹いてみましょう」

「そう。ムカデを満足させられるように、今晩のうちに練習しておくのね」

 そのうち、女は里に降りてくるようになった。

 怪我をした人間を見つけると、その怪我を自分の身に移して帰っていった。

 それをどこかの大名が聞きつけ、「妻の怪我も治してくれ」と屋敷に連れて帰った。

 そのうち、屋敷がひとりでにボロボロになり、女は一人で帰ってきた。

 その女の権力はそのうち強くなり、生まれた家はどこより富むようになった。

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