彼女から届いたアドベントカレンダー
クリスマスのひと月前に贈られて来たのはアドベントカレンダーだった。大きさのわりには軽い。日付の書かれた小窓の一つを開くと、中からは数字の描かれた可愛らしいウズラの卵人形が出て来た。人形は壊れないように固められている。起き上がり小法師のように、倒れても起き上がる作りになっていた。
人形は一見すると卵形のこけしのように見えて可愛らしい。しかしよく見ると、その目は真っ黒に塗りつぶされていて血の涙を流していた。笑みを浮かべる裂けた口からは、セリフを吐くように言葉が垂れ流され、刻み込まれていた。
反吐を吐くような赤い吐瀉物の文字は、乱雑に見えて気品を感じる。そこに書かれていたのは⋯⋯
「私が死ぬまで苦しませてやる」
⋯⋯だった。
一日目からこれだ。先が思いやられる怖さを僕は感じた。人形の作りを見れば、怨恨の思いの深さがわかるというもの。
「末代まで祟ってやる」
「お前は私が殺してやる」
「切り刻んで魚の餌にしてやる」
恨みや呪いや罵詈雑言の言葉だけではない。人形も刃物で刺されたり、銃で撃たれたり、首を絞められた手形や、陥没して割れたままのウズラの卵人形まであった。
一日過ぎに開けると出てくる恐ろしい姿の人形。怒りと怨念の込められた文字を吐く人形がこれでもかと出て来る。文字の縄で殺し方を書き連ねてウズラの卵人形が縛られている姿には、逆に笑ってしまった。クリスマスの日まで精一杯苦しめると、ジョークを交えているのも彼女らしい。
────どうしてこのような不気味で恐ろしいアドベントカレンダーが、彼女から贈られて来たのか。それはひと月前‥‥ハロウィンの日の晩に、僕が付き合っていた彼女を振ったせいだ。嫌いになったからではない。むしろ大切に思うからこそ別れようと思った。
少し僕らの事に触れよう。彼女はホラー映画に出てきそうな長い黒髪の和美人。肌が白く弱くて冬の陽射しでも日傘が手放せない。そのため彼女とのデートはいつも日が暮れてからが本番だった。僕はか弱いけれど博識で優しい彼女を愛していた。
「お前、よくあんな美人とはいえ、貞◯な女といられるな」
「薄幸の美女は美女でも、呪いつきじゃね?」
付き合い当初、友人達からは彼女との付き合いは不評だった。美人な彼女だから、僕へのやっかみもあるのかもしれない。ただみんな僕の心配をしてくれているようでもあった。彼女と付き合い出してから、僕が弱ってやつれてゆくように見えたのだろう。
自分で言うのも何だが、僕はスポーツ万能で成績優秀。校内ではかなりモテる方だ。しかし⋯⋯僕には時間がなかった。御先祖様の犯した罪で、僕は若く早く死ぬ運命だったのだ。呪いは七代続く‥‥ちょうど僕の代で終わる。
付き合い始めた子達がそんなオカルトじみた話をすれば当然引かれる。僕は呪いの話を切り出す度に振られて来た。誰にも信じてもらえず、気味悪く思われたのだろう。
友人達は馬鹿な事を言い出して自滅する僕を笑ってくれた。しかし何度も同じ形で振られ噂が広がる内に、心配するようになる。そんな状況の中で出会ったのが彼女だったわけだ。
彼女は呪術研究家‥‥ホラー好き、オカルト好きな変わり者と言われていた。似たような理由で周りから距離を置かれて生きて来たので、気が合ったのも必然だ。
生き急ぐ僕に、安らぎを与えてくれたのも、彼女のおかげ。死の使いのような彼女の姿は、僕には天の使いに見えたよ。
大学も一緒。卒業して、結婚を視野に入れながら社会に出る⋯⋯少なくとも彼女はそう考えていたように見えた。僕もこのまま彼女といられるのなら‥‥そう願わずにはいられなかった。
そんな彼女と高校で出会ってから、もう五年の付き合いになったある日、僕は手の甲に“兆し”が現れるのを見て、自分が長くないことを悟った。死の兆候は手から全身へと進んでゆく。
僕の家系は皆そうやって死んだ。父親は僕が産まれて間もなく事故で亡くなった。呪いの死因が病気とは限らない。だから僕は別れを切り出したのだ。ただ少し遅かった。
彼女は禍々しいくらい重く圧のある言葉を、僕に向け叫んだ。新たな生命を宿したまま、彼女を捨てるようなものだから当然か。酷いのはわかっている。刺されても文句は言えなかった。
未練を残したくなくて、しくしくと泣く彼女を家に帰す。僕は彼女とは、二度と会うつもりはなかった。僕には未来がないとわかっていたから。彼女が僕たちの子を宿していようとも、僕の一族にかけられた呪いは終わっているはず。産まれて来る子供には幸せに生き続ける可能性があるのに、死にゆく僕は側にいられないのが悲しい。
そして贈られて来たカレンダーを捲る度に、僕の生命は謎の病で弱り出す。お医者さんも病名がわからないと嘆く。いよいよ時間切れだ。どうやら僕の呪いは病で殺すつもりのようだ。
「許さない! 逃さない⋯⋯絶対にあなたを離さないんだから!!」
嬉しいくらい僕を愛してくれる彼女の捨てゼリフに涙する。死にたくなかった。彼女といつまでも一緒にいたかった。
呪術に詳しい彼女は、僕の呪いを知って付き合っていた。成人までもったのは間違いなく彼女のおかげだと思う。怨みが幸せを奪うのならば、より強力な呪いの反言で業を奪うと彼女は常々言っていた。
死にたくなるような罵詈雑言。常人なら耐え難い怨言や暴言の数々。一つ一つの言葉が、呪詛を打ち消す為の救いの言葉、祓いの呪術になったのだ。
看護師さんがアドベントカレンダーを捲ってくれる。クリスマスの最後の日の言葉には『死ぬまで私を愛させてあげる』 そう刻まれていた。彼女の激しい愛憎の言葉に包まれて、僕は静かに息を引き取るはず⋯⋯だった。
彼女の強い愛情が生んだ奇跡。僕が死に、僕の代で終わるはずの呪いごと彼女は必死で祓い除けてみせたのだ。
終わるはずの生命。僕は彼女と授かった生命の為に、再び息を吹き返したのだ────
────心電図は止まり、担当医も「御臨終です」 そう告げたはずだった。しかし僕は死んだはずなのに、自分に意識があるのがわかった。
「おかえり。私、言ったでしょう?」
何を、と僕は問わなかった。僕は確かに呪いを昇華しながら死んだ。呪術は呪いを祓うために成功していなかった。彼女の延命は呪いの効果を和らげるためではなかったのだ。
呪いのアドベントカレンダーから出て来る人形に刻まれた言葉は呪言ではなく、呪縛の宣言だった。
死んだはずなのに、死んでいないゾンビのような身体になった。僕は彼女と別れる事は出来ず、これから本当の地獄を体感させられるのだとようやくわかった。
「祟り持ちなんて希少な存在を手に入れられて、私幸せだわ」
友人達が正しかった。彼女は僕を愛していた。愛していたのは祟りを持つ身体だけ。呪いを祓う愛情と思っていた言葉の刃は、今後彼女が飽きて死ぬまで僕の心を刻み続けるだろう。すでに死んでいる僕は死ねない。彼女が僕を愛しく思い続ける限り、死ねない呪いをかけられたのだから。
呪いのアドベントカレンダーに刻まれた数々の言葉が実行される。死んだ僕には彼女を怨むこともなく苦しむだけ。そんな僕の苦痛をひたすら楽しむ彼女を、彼女が飽きるまで見続けなければならない。
────そして僕は、産まれて来た子の玩具になった。僕と彼女の間に産まれて来る子どもの側にいてやりたい‥‥そんな僕の最期のはずだった願いを彼女は叶えてくれたのだ。
「あなたの望みを叶えられて、私はいまとっても幸せよ。次はこの子の幸せを考えないとね────」
変わらない、美しい微笑み。
クリスマスプレゼントに玩具を与えられて育った子など、世の中でまともに生きていけるとは思えない。彼女がそんな我が子の為に、今後について何を考えるのかわからない。僕はにもう知る事はないだろう。
出窓に飾られていた、転がっても倒れないウズラの卵人形が、楽しそうな母子によって一つずつ割られてゆく。僕は知らなかった。固められた卵の殻の中には、人体の部位が書かれていた事を。
毎日順番に失われてゆく手足の指。当たりを引かないように、優しい彼女は我が子を導く。僕の身体は少しずつ切り刻まれ、目玉を抜かれ耳を削がれて、割った卵の殻と一緒に近くの川で撒かれる。彼女の約束通りに、僕は魚の餌にされたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
※ ウズラの卵人形の籤の中には、手足の指が二十本、両耳、両目、鼻で五つ。両手足首と首が五つ。計三十日分。