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山の上の古紙回収

作者: 東都エリ

 この夏、インターンやら就活やらが終わって、久しぶりに関西の田舎街にある祖母の家に帰った。最後に会ったのは祖父の葬式以来なので実に八年ぶりとなる。

 祖母はずっと家に一人だったからか、大変嬉しそうに子どものような笑顔で出迎えてくれた。夏休みなので一週間ほど滞在する旨を伝えると、目を見開くほどに驚きと嬉しさが入り混じった顔で「そう」と微笑んだ。


 さて、これは祖母の家に滞在して三日目の話。時期にして九月十三日。特にする事もなくテレビを見ていた日。卒論について全く何も考えずに関西のローカル番組を見ていた頃、祖母が言った。


「エリ悪いけど、古紙捨ててきてくれへんか?」


 居候の身として断る権利を持たない私は二つ返事で新聞紙を纏め出した。いつもなら近所に住んでいた親戚が持っていってくれていたのだが、何年か前に引っ越したきり新聞やダンボールが溜まるばかり。そのためこうしてたまにの休みに来てくれる人に頼むほかないのだと。新聞取るのを辞めたらと言えるほど祖母と距離は近くない。


「古紙回収の場所は……と」


 文明の利器スマートフォンを取り出し調べてみればすぐ近くの山に古紙回収ボックスがあることがわかった。古紙を車に積み込みナビを入れてさて出発というところで窓が叩かれる。何かと思い見てみれば、祖母が心配するような目を此方に向けていた。窓を下す。


「あんたダンボールの名前取りや」


 それは関西弁もあいまってか強い語気だった。そういえばダンボールに貼ってある宛名や住所のシールを剥がしていなかった。さても老い先短い祖母の個人情報を誰が欲しがるというのかは知らないが、祖母が気にするのなら剥がす方がいいのだろう。「ごめんごめん」と車から降りて畳んであるダンボールの山から一枚一枚シールを剥がした。その間祖母は家に入るわけでもなく、ただ監視するように私がシールを剥がす様を眺め続けていた。


 少々時間は取られたが、無事に全部剥がし終わりやっと車を走らせる。目的地には十分ともかからない。そのはずだった。


 出発した頃には夏の快晴がフロントガラスから差し込んでいたのに、眼前に聳え立つ山が見えてきた頃には日を遮り嫌な肌寒さが身を撫でる。ナビが示すにはこの山を登らなくてはならないらしい。


 ろくに整備もされていない山道を車で進んでいくと広い駐車場のような場所に着く。本当にこの広さが必要だったのか疑うほどには空車率が高い。階段近くの空いているスペースに車を停めた。

 そう目的地はまだまだ先。ナビは段差の高い階段の方角を示している。トランクの古紙と睨めっこをし、これは何往復かするはめになるだろうとため息をつく。重い新聞紙は後にして嵩張るダンボールを抱え込み、階段を登った。


 この時点で疑問に思うべきだった。古紙回収ボックスがなぜこんな不便な山の中にあるのか。回収業者も階段を往復したくはないはずなのに。その答えは考えても出てこない。


 ボックスは本当に山の中にあった。山頂だとか、山小屋がある近くだとか、神社の側だとか何か特別な敷地なわけでもなく、伸び切った雑草達の中に異様な存在感を放つ青い古紙回収のボックスがポツンとあった。ダンボールと新聞紙で分けられた、恐らくは一般的なボックス。


 その中身は空っぽだった。丁度回収されたばかりなのか、不便すぎて誰も使っていないのか。本当に捨てていいものなのかと不安に思いつつもダンボールを捨てた。


 それからまた、汗水垂らして車まで戻り、今度は新聞紙を抱きかかえて同じ場所まで運んだところ、ボックスの中にダンボールはなかった。


 ボックスから車まで、感覚で言えば長かったが、それでも十分かそこらというところ。誰かが持っていくには充分な時間ではあるが、何故だろう、その時嫌な悪寒があったのは。まるで誰かがこちらを見ているような気がして、私は新聞紙を投げ捨て急いで車まで戻った。


 トランクにはまだ新聞紙の束が三つほど残っていたが、とても捨てに行く気にはなれなかった。


 車中、ふいに祖母の言葉が思い返される。ダンボールのシール。たしかに全部剥がしたが、もし剥がしていなかったら。確実に業者ではない何かに持っていかれたダンボール。ゾッと身震いがした。


 後々、祖母にこのことを話せば「あそこはそういう所だ」とそれ以上教えてくれなかった。その時は聞く気が起こらなかったが、今にして思えば勿体なかったと思う。以上。

就活が終わったってとこから全部嘘

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