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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

当たり前

作者: 杉野御天

これは私がたまたま見たショート動画の話です。日常が壊されたあの日、ある人は家を失い、ある人は家族を失った。その中で繰り返される「当たり前」という呪い。果たして何が「当たり前」なのか?

 2024年1月1日、16時10分頃。まだ記憶に新しいその日。

 石川県能登地方に強い地震があった。後に「令和六年能登半島地震」と定められた地震である。


 この大地震によって、被災者のその後を写したショート動画が流れてきた。


 何気なく流れてきたショート動画。家屋が比較的無事で、老夫婦の二人暮らしの様子が映されている。


 ご夫婦は怪我もしておらず元気なので、現在は主に奥さんが被災者の方の支援を行っているという。


 インタビュアーの問いかけに奥さんが答える。


「まだ復興には時間がかかりそうですね」


「被災者の方には家を流された方もいて‥‥‥」


「私たちは炊き出しをしているんですけど、それも間に合わないほど忙しくて‥‥‥」


 と、ここでそれまで黙っていたお父さんが口を開いた。


「お前がやって当たり前のことを偉そうに言うな!」


 奥さんはインタビュアーに何とも言えない、笑顔とも苦笑とも取れない表情を向けた。


「こんな感じなんですウチの人は。頑固で‥‥‥。いかにも」


 奥さんの言葉を遮って、矢継ぎ早にお父さんは続けた。


「お前はやって当たり前のことをさも『苦労してます』みたいに言うんじゃない! みっともない! テレビで言うことじゃない!!」


 お母さんはまた困ったような笑顔をインタビュアーに向けた。


 言ってもご年配の夫婦である。動きにキレがあるわけでもない。ご年配の方はあちこち体にガタが来る。忙しいという奥さんの言葉は至極当然だ。


 なのにこのお父さんは「当たり前の事」で済まそうとしている。そのくせ当の本人は微動だにせず、奥さんの作ったご飯を当然のように食べ、憮然として座っているだけなのである。


 コメントを見ると案の定お父さんに対する否定的な意見や、「奥さん可哀想」や、「まだこんな昭和脳のおっさんおったんやな」と言う感想で溢れかえっていた。


 夫婦の仲には他人にはわからない部分が少なからずある。それが夫婦というものだ。


 だけど私はお父さんの言う「当たり前の事を偉そうに言うな」の言葉に引っかかりを覚えた。


「当たり前の事」と言うのなら、お父さんの前に出されたご飯、それも奥さんが準備して当たり前。炊き出しの準備も奥さんがして当たり前。掃除も洗濯も、自分の身の回りのことは全部奥さんがやって当たり前の事なのだろうか?


「お前はやって当たり前のことをさも『苦労してます』みたいに言うんじゃない! みっともない! テレビで言うことじゃない!!」


 とお父さんは言っていたが、少なくとも私は、何もせずテレビの前で大股を広げ、ご飯を食べて奥さんの言葉にいちいち文句を言うその姿こそがみっともないと思った。


「当たり前のこと」と言うのなら、その当たり前の事もできなくなった被災者の方のために、動こうともしないお父さんはどうなんだ?


 私の中で沸々と何とも言えない感情が湧いてくるのを感じた。


 たまたま助かったからよかったものの、仮に奥さんが目の前で波に攫われて流されても、そのままどっかりと椅子にふんぞり返ったままでいられるのか?


 今ある「当たり前」が「当たり前」でなくなった時のことを、このお父さんは考えたりはしないのだろうか。


 つい昨日まで里帰りにきていた家族もいただろう。年末年始を祝いに集まってきた子供もいただろう。

 それら全てが、「当たり前」ではなくなったあの日。お父さんの吐く「当たり前」という言葉が、まるで呪いのように私の脳内を行ったり来たりしている。


 奥さんがインタビュアーの(かた)に向けた苦笑が、とても哀しくて虚しいものに見えたのは私の気のせいではなかったはずだ。


 おそらくあのお父さんは一生気付かないまま人生を終えるのだろう。


 お父さんの言う「当たり前」がどんなにありがたく、どれだけ価値があるものだということを。


今ある誰かにとっての「当たり前」は唐突に壊れる。

「当たり前」は元々「当たり前」ではないのだと、常日頃から心にとどめておきたいですね。

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