神の宣託にて選ばれた勇者様、及びそのご一行でございます
「やっと着いたか」
結局シャロンに乗って牧場を出たノアは、3日ほどかけて、目的地であるホーアベル領セルディア村に到着した。
山道を上ったり、途中野営を挟んだりと楽な道のりではなかったが、シャロンの乗り心地が意外とよく、この巨大ハムスターを見直しつつあった。
「お前も大変だったろう、ここまでありがとう。帰りもよろしくな」
そう言いながら、初めは最悪な出会いだったが、この旅の過程で絆を深めることができた相棒にノアは手を伸ばして触れようとする。
ガブリ
しかし、その手は出会いの時と同様前歯によって防がれた。
「次回は、違うハムスターにしてもらおう」
「もしかして、魔法局の方ですか」
村の入り口にて、そんなやり取りをハムスターとしていると、第一村人から話しかけられた。話しかけてきた村人は若い女性であった。
「ゴホン。ああ、魔法局から来たものだ」
ハムスターに話しかけられているところを見られた手前、少し恥ずかしさを咳払いでごまかす。
貴族である以上、平民に敬語は使わず毅然とした態度で話さなくてはならないが、ハムスターとのやり取りを見られた手前、少しぎこちない話し方となってしまう。
「わざわざ遠い所から、ありがとうございます。私は村長の娘で、ニーナと言います。」
「ノア・アーガスノットだ。こちらはハムスターのシャロンだ」
「シャロンちゃんというのですね!触ってもよろしいでしょうか」
「ああ、構わないが、噛むから気を付け…」
注意を伝え終える前にニーナがシャロンに触れようとする。
危ない、と思ったノアだったが、シャロンはニーナの手を噛むことなく、されるがままに撫でまわされていた。
なんだこいつ、女好きのオスなのか。
訝しげにシャロンを見つめるノア。
一通りシャロンを撫で終えたところで、ニーナから説明が入る。
「私が村の案内をさせていただきます。まずはお手数ですが、村長にお会いいただきたく、家にお越しいただけますでしょうか」
そうしてシャロンを厩に預け、ノアは村長に会うべく、村長宅に向かった。
「村長のホーソンと申します。本来であれば私のほうからお向かいに伺うべきところ申し訳ありません。貴いお方が本日同じくしてこの村を訪問されており、その方の案内をさせていただいておりました」
村長は痩せ細っている年老いた男性だった。白いひげがあり、誰が見てもこの人が村長だと思われるそんな見た目をしていた。
村長いわく、別の偉い人が今この村を訪問しているらしい。魔法局から別で調査に来ている人員についての説明はなかったため、魔法局の関係者ではないだろう。
ほかに人員を割り当てているくらいなら、ノアをここにこさせたりはしないだろうから。
こういった話を深掘りすると、それなら一緒に食事でもと、面倒くさいイベントに巻き込まれたりする可能性もあるので、ノアは何も聞かなかったことにする。
「そうか、別に構わない。今日のところは軽く話を聞かせてもらい、詳しい調査は明日から実施するつもりだ。可能であれば、泊まるところと食事をいただきたいのだが」
「もちろんでございます。村一番の宿屋を用意させていただきましたので、本日はそちらでお休みください。また食事は私の家に招待させていただき、その前に事件のお話も軽くさせていただければと存じます。」
「わかった」
野営の生活から、ようやくまともな食事と宿にありつける喜びをかみしめながらノアは少し高めの声で返事をした。
荷物をニーナに預け、宿屋にもっていってもらい、そのまま村長宅の応接間に通された。
村長と相対する形で座り、事件の話を軽く聞く
「事件は隣村のケビン村で起きました」
事件が起こったのはここセルディア村ではなく、隣村だったらしい。
どおりで、村長宅に来る途中に普通に何人かの村人とすれ違ったわけだ。
村人が全員失踪した事件というのに、人がいるのはおかしいと思っていた。
本来であれば、魔法局から渡された資料にそういった基本的なことは記載されているのだが、ノアは目を通していないため、気づくのが遅い。
「先月のことです…」
村長いわく、この村の住人が交易のためにケビン村を訪れた際に、村に誰もおらず、不審に思いこのことをセルディア村の村長に報告したことで事件がわかったらしい。
報告があった翌日、セルディア村の何名かで、ケビン村に向かい、あたりを捜索したが人一人いなかったという。
村長はこのことを領主に報告し、領主からの捜査隊も派遣されたが、手掛かりは一切見つからなかった。
第一発見者であるセルディア村人は、交易のために月に一回訪問を行っており、前回の訪問時に特にケビン村におかしい点はなかったため、前回訪問から今回の訪問の約一か月の間で何かしらの事件・事故等があり、村人が全員失踪したものと考えられている。
以上が現時点でわかっている事件の概要らしい。
ジェームズから聞いていた通り、めぼしい情報がなさ過ぎて、ノアは面倒くさそうな依頼だと改めて実感した。
「何かケビン村について、兆候や噂などはなかったのか」
「これは、村人のうわさではありますが、最近上がった税について不満を漏らすものが多かったそうです。もちろん税上げについては私達セルディア村も例外ではないため、同じく苦しい思いもありましたが。わが村とは異なり、ケビン村は領主様に税上げの取り消しの嘆願を行っていたらしいのです」
「税に関する嘆願か…」
こういった話はよくあることである。基本貴族は自身の金もうけを考えている者が多いため、無理な税を領民に課すことは珍しくはない。
自身も貴族であり、貴族の内情を知っているノアも、他の領地に関するそういった話をよく耳にしていた。
「ですが、領主様はそれをお断りになったらしく、ケビン村での不満は非常に大きかったようです」
他人事ではない話題のためか、村長も下を向きながら、どこか切なそうな顔をしている。
領主とケビン村の関係は良くなかったようだが、このことが事件と関連しているのか、今はまだ何も分からない。
「また少し奇妙なところがございまして」
「奇妙なところ?」
「ケビン村にいった何人かの話ですが、ケビン村のそれぞれ家にはすべて荷物が残されており、家に何か襲われたような後も何もなかったそうです。それどころかまさに食事中であったかのように、食事や食器が残されたままになっている家もあったそうです。それはまるで...」
「...なんだ」
「ただ生活をしていた村人が一瞬で消えたような。そんな風に思えてならないと」
「そんなまさか」
「私も初めは馬鹿げたことを言っていると思いました。ですが、その後にケビン村へ行ってもらった全員が同じことを言っているのです。今もケビン村はそのままにしているため、明日向かっていただければ、その様子を見ることができると思います」
聞けば聞くほど、いやな感じがする事件だ。ノアはここに来たことをすでに後悔していた。
しかし、現場がそのままなことはありがたい。そこから得られる情報をもとにして、こじつけでも何か結論を出して、依頼主に報告しないと、ノアの首が飛んでしまう。
「ほかに今わかっている情報はないか。あまり関係なさそうなことでも何でもいい」
「そうですね。あまり関係ないかもしれませんが、事件が起きたであろう期間でケビン村の近くにある川が、大雨の影響で氾濫したことがあったそうです」
「氾濫か...ほかには?」
「ほかには特に聞いている情報はございません。私自身、老いぼれの身であるため、直接ケビン村を訪れられておりません。明日ノア様をご案内する者たちはすでに事件の後、一度ケビン村を捜索した者達です。その者達にも、何か知っていることあれば、ノア様にお伝えするように言っておきます」
「そうか。頼んだ」
その後も村長と事件のことや、この領地、領主についての話を聞いていると、村長の奥さんが食事の支度ができたため、二人を呼びに来た。
聴取については一度今日のところはお開きとし、村長宅のダイニングで食事をいただくこととなった。
村長宅での食事は村長、妻、娘と共にした。
貴族出身のノアからすると、食事はそこまで豪勢なものではなかったが、村の事情を鑑みると無理をして用意してくれたのだと察した。
娘は村長の年齢からしたら、若くまだ少女のようであったが、どうやら妻との間になかなか
子供に恵まれず、歳をとってからようやく子宝に恵まれたのだそうだ。
それまでにも流産を経験しており、大変であったらしい。
「食事をいただき、ありがとう。ところで食器が非常に良いものに見えるが、村長か奥さんのこだわりなのか」
ふと、ノアは食事中に気になったことについて、聞いてみる。
「実はこの村の名産が食器になるんです。特に食器に描く装飾の技術に自信がありまして。本日料理に使わせていただきました食器類はすべてこの村でつくられたものになります」
「なんと、そうなのか。良ければ他の食器も見せてもらえないだろうか」
ノアは貴族の出身ということもあり、食器や家具などで、高品質かつ優雅でおしゃれな物に興味がある。いつもそういった物を衝動買いしてしまい、魔法局教授の高い給料をもらっていても、貯金に余裕がない。
「もちろんです。よろしければ、向こうの食器棚をご覧ください」
そういって村長はダイニングの隅にあった食器棚へと案内してくれる。
食器棚の中を見ると、先ほど見た食器と同様にクラシカルな装飾が施された食器が多く並べられていた。
食器が有名な村の村長であるためか、明らかに村長一家で使いきれない食器の数があった。
特にティーカップは5種類が4つずつもあり、正直要らないのではと思えた。だがノアもコレクションしてしまう気持ちはよく分かるため、どこか親近感を感じた。
「素晴らしい食器だ。これが名産なのはこの村の誇りだな」
「そういってもらってありがたい限りでございます」
食事の後は、村長の別邸に案内してもらい、そこで一晩を過ごした。
野宿続きであったため、体を洗えたことと、ベッドで寝れたことにノアは幸せを感じた。
次の日、ケビン村に案内してもらうべく、身支度を済ませたノアは、村長宅に向かった。
すると何やら村長宅の前に、複数の人影が見えた。
その中に村長もおり、こちらが近づくと、気づいたのか声を掛けてくる。
「これはアーガスノット様。昨晩はよくお休みになれましたでしょうか」
「ああ、おかげさまでな。村長、こちらの方々は?」
「それがですね...」
「ノア・アーガスノット様ですね。私は王国監査員のクラークと申します。本日はアーガスノット様の視察にこちらの方々をご同行させていただきたく、伺わせていただきました」
「はあ...」
そう言われて、集まっているメンバーを改めて確認する。
黒いハットを被り、黒いローブを身に着けた赤毛の女性、
白が基調の修道服を着てる銀髪の女性、
騎士が身に着けるような青色の革服に、白いローブを身に着けた男性
恰好だけでも目立つが、それ以上に各々の端正な顔立ちによって、きらびやかなオーラを身にまとっている集団だった。
王国の監査員が同行している以上、昨日村長が言っていた貴い人はこの人達だろうと察したノアは少し身構える。
「この方々は先日、神の宣託にて選ばれた勇者様、及びそのご一行でございます」