おやじ、チェンジで
次の日の朝になると、朝にはしっかりと身支度を済ませ、魔法局総本部のそばにある横に広い建物に来ていた。心情的には全く行きたくないが、どう考えても逃げきれない状況であるため、生気のない顔をしながら、建物に向かって歩みを進める。
そこに近づいた途端、どこか獣臭いにおいがした。
入口から中に入ると、左右には柵があり、そこでは馬が何匹も飼育されている。
その柵の間を抜けると、事務所らしき場所の入り口があり、そこへと入る。
しかし、そこには誰もおらず、物がひどく散乱しているだけだった。
部屋のあちこちに、本や飼育道具、雑貨や調理道具などが散らかっており、足の踏み場もない。
「全く、おやじのやつどこにいるんだ」
ノアは独り言で愚痴を吐き出す。
ノアは中へと進み、散乱している物を踏みつけながら、部屋の中心で止まると、手探りで積み重なっている物をどかし、堀り進めていく。
それを何度か繰り返すと、なんと下から人が出てきた。
ひげを蓄えた、恰幅のいい男性だが、その身長はノアよりも大分小さい。
いびきをかいている様子から、寝ているようだ。
「おい、おやじ起きろ」
「ん、なんだこんな時間に」
男性はまだ眠気がとれていない様子で、半開きの目をこすった。
「なんだじゃない、起きてくれ」
「あ?ノアじゃないか」
「また物の下敷きになっていやがったな。見つけるのが大変だったぞ」
「寝てる間に積み重ねた物が崩れたんだろう。いつものことだ」
「たまには片づけをしろ。まあ、今はそんなことどうでもいい。頼みたいことがあるんだ、起きてくれ」
「俺はお前と違って暇じゃないんだ、後にしてくれ。早朝から動物たちの世話をして、今やっと二度寝できたところなんだ」
この男性は魔法局が所有する魔法動物牧場の管理者であり、名をジェフリーという。
ノアはおやじと呼んでいるが、それはノアの父親だからというわけでなく、その見た目から愛称としておやじと皆から呼ばれているため、ノアもそう呼んでいるだけである。
少々フランクすぎるところもあるが、動物たちの世話がとてもうまく、優秀な管理人として魔法局でも評価されている。
「いいのか、おやじそんなこと言って。今回は魔法局からの正式依頼で来ているんだぞ。」
「何を寝ぼけたこと言ってるんだ、ノアに依頼なんてくるわけないだろ」
「起きたばかりで、寝ぼけているのはそっちだろ」
そういいながら、ノアはポケットから一枚の紙を取り出して見せる。
それはノアに移動用の動物を貸してほしいという魔法局からの依頼書だった。
「なんだと、これは本物か」
「本物に決まってるだろ」
「ノアもちゃんと働くようになったんだなあ」
「いや研究が仕事だから、いつもちゃんと仕事してたんだよ」
「あれでもか」
「あれでもだ」
ノアは研究に行き詰まったら、暇なのをいいことにこの牧場で乗馬などをしてよく暇つぶしをしていた。
その光景をいつも見ていたジェフリーはノアが大して仕事をしていないことはわかっていた。
「なに、行き先はホーアベル領だと。ずいぶん遠いな」
「そうなんだ、そんな辺鄙な村に調査に行って来いなんてひどいよな」
「ノアのような暇なやつにはうってつけじゃないか、たまには真面目に働きな」
ここでもジェームズ副局長と似たようなことを言われて、少し傷ついたノアだった。
「急ぐということなら、体力があって、尚且つ足の速い動物がいいな」
「そうだな、移動時間はなるべく短くしたい」
「それにホーアベル領までは山道もある。山を越えるのが得意なやつじゃないといけないな。ちょっと待ってろ」
そう言って、ジェフリーは事務所を出ていった。
ノアはジェフリーがいなくなった事務所を見回すと、おもむろに物を拾って、整理する。
普段から綺麗好きのノアはこの光景に耐えられなかったのか、片づけを始めた。
昨晩の荷造りと同じように杖で物を移動させてもいいのだが、物の量が多すぎるため、ぶつかり合って大惨事になりかねないため、地道に手作業で整理を続けた。
少し片付けをしていると、事務所の外から、足音が聞こえた。
どうやらジェフリーが帰ってきたらしい。
「おいノア、連れてきたぞ。って、なんかきれいになっているな。片づけてくれたのか」
「まあな」
「ありがとな、忙しくて放置していたんだ。そこに動物を連れてきたから、見に来てくれ」
促されるまま、事務所の外に出て、牧場の入り口近くへ移動する。
「こいつと今回一緒に旅してもらう」
そう言ってジェフリーが紹介した動物は、巨大な胴体に、もふもふと下毛並み。
短い前足、少し長い前歯、そしてつぶらな瞳をもっていた。
これはよく家庭などで愛玩動物として買われているあいつによく似ていた。
「どうだ、かわいいだろ」
「いや、かわいいけど…。ここまで大きいとちょっと怖い」
紹介されたのは巨大なハムスターだった。
全長を見ると、馬かまたはそれ以上に大きい。
パーツ一つ一つはハムスターなのだが、大きさが普通のそれとは全然違うばかりに、どこか怖く感じてしまう。
そんなノアの言葉を理解したのか、巨大ハムスターは悲しい顔をしている。
「こいつはシャロンというんだ。体力もあるし、走りも早い。それに加え、崖なんかも登れるくらい山が得意なんだ」
「そうなのか…」
シャロンがつぶらな瞳でこちらを見ている。
最初は怖かったが、なんか少しずつ、かわいく思えてきた。
「よろしくな、シャロン」
そう言って、優しく鼻先に手を伸ばすノア。
その掌が、シャロンの鼻先に触れようとした瞬間、ガブリと音がした。
鼻に触れるはずだった手は、シャロンの前歯に挟まれて、血が少し流れでていた。
「おやじ、チェンジで。」




