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ノア・アーバスノットと静寂の村  作者: 迫 智輝
貴人からの依頼
2/4

僕もノアみたいに研究に没頭したいよ

「優秀な人員は割けないから、代わりに僕に行けだと…。この天才ノア・アーガスノットを何だと思っているんだ」


自身の研究室に帰った後、ノアは事件があった村に向かうために、一人でブツブツと文句を言いながら荷物の支度を始めていた。


ノアの手には木でできた、一振りの杖が握られている。

杖を振っているノアを中心に、物が勝手に浮いて、旅行カバンの中に収まっていく。

傍から見ると、それはさながら優雅な指揮者のようだった。


「研究室の次期予算がゼロなんて。確かに実績は挙げられていないが、興味深い考察は進んでいるのに」


正直なところ、ノアも教授に就任以来、全く成果を上げてこなかったことに関して、後ろめたさは感じていた。

他の教授が次々と研究成果で社会に貢献している中で、最年少の自分がただ好きなことをダラダラと研究しているのは、周りからみても褒められるものではないとわかっていた。

そのせいか親しい教授仲間は非常に少ない。


「魔法局の偉い人にはロマンってものが、分かっていない」


ろくに仕事もせず、ダラダラと研究することは非常に楽しく、現実を見ることをやめていた節はあった。

でもこれはあまりにもひどい仕打ちではないかと思っているが、ノアには一人研究室で愚痴を言うくらいしかできない。


「せめて助手の一人でもつけてくれれば」


ノアの研究室は、研究室と言いつつも在籍しているのはノア一人きりである。

就任当初は気遣いができるいい助手がいたのだが、ノアの研究室に割り当てられている予算は徐々に減っていき、やがて助手に給料を払えなくなった。


助手にそのことを伝えると、何の未練もなさそうに、颯爽と出ていってしまった。

そして助手がやめた次の週にたまたま魔法局の廊下ですれ違った際には、すでに他の教授と並んで歩いており、もう次の在籍先を見つけたようだった。

なんと薄情なやつなんだと、ノアは当時文句を言っていた。


そんなわけで現在助手がいないことをジェームズ伝え、助手をつけてもらえないか打診したが、魔法局にそんなリソースはないと断られた。

どれだけ人手不足なんだ、この組織はと思ったが、そのあとこう付け加えられた。


「今回の事件は警察が調査しても何も手掛かりがないそうだ。そのため人為的な何かが加わっている可能性が高い。そんな危険な場所に貴重な人材を向かわせるわけにはいかない」


それを聞いてノアは貴重な人材に自分が入ってないことを悟った。

もう過去のことはいい、これからどうするか考えようと、少し悲観的になった気持ちを無理やり切り替える。


「そうだ、あいつも誘ってみよう。今回の事件に興味を持ちそうな気もするし」


一人で行くのは心許ないと感じていたノアは、数少ない教授仲間に声を掛けることを思いつく。

これで誘えたら、仕事量も半分、責任も半分にできる。

なんていい案を思いついたのだと自分を褒めてやりたい気持ちに駆られる。


そうと決めたら、早く身支度を済ませて、彼の研究室に向かわなければ。

なんて言ったって、出発は明日。


依頼を聞いた次の日に出発しろだなんて、横暴な気がしたがノアには逆らう術はなかった。

本日中に誘って、彼が来てくれるかは大分怪しいところだが、そこは何とか頼み込もう。

なんだかんだ押しに弱い人だ、頼みまくれば何とかなる。


杖を振るペースを速め、次々に荷物の用意を終わらせていく。

少し日が落ち始めた夕方くらいに支度が完了したノアは、教授仲間がいる研究室に向かうことにした。


同じ魔法局内の研究室といえど、魔法局は横にも縦にも大きい。彼の研究室は、階も違うため、移動だけでも数十分はかかる。履いている革のブーツをコツコツとならしながら、早歩きで向かう。


ノアの研究室がある階の一番端に来ると、大きな扉があり、そばの壁には金色の管楽器が壁に立てかけられている。

それに手に持ち、勢いよく息を吹き込み、陽気なリズムで音を鳴らした。


音を鳴らして、少しの間があった後、扉が勢いよく開く。

開いた扉の向こうは、外だった。魔法局総本部は塔の形をしており、この階は非常に高い位置に存在しているため、下見えるのは青い空と白い雲だけだ。


高所恐怖症であるならば、ここから下を見るなんて行為はとてもじゃないが不可能であり、

外から吹き込む風も強いため、すぐに扉を閉めたくなるだろう。


ノア自身も高所はそれほど得意ではないため、扉を閉めたい衝動に駆られたが、それはしなかった。


なぜならば、扉が開いたその向こう側、人がそちらに一歩踏み出すようなら、すぐさま落下し、命がなくなってしまうその場所に人が立っていたからだ。


正確には人ではない。いや昨今の情勢を考えると、そのような発言をすると、人権運動などをしている方々からお怒りを受けることになるだろう。

ノアと同じように過去に人と定義されており、現在ではオリジンヒューマン(通称オリジン)とカテゴライズされている、所謂手足にはそれぞれ指が5本ずつあり、二本歩行をする生物とは少し体の作りが異なる女性が、目の前に立っていた。


その女性は顔、及び胴体はオリジンと似たような構造をしているものの、両手の代わりに大きな羽が生えており、足には鉤爪がついている。

彼女は羽を羽ばたかせながら、落下することなく、目の前に浮いている。

そして扉の外から塔の中に一歩入り、そのまま二本の足でノアの前に立った。


鳥と人間を掛け合わせたような体を持つ彼女たちはハーピィと呼ばれている。彼女たちのような、オリジンと同じくらいの知性を持ち、容姿も人と似ているが、オリジン以外の特徴も併せ持つ者たちのことは過去に亜人と呼ばれていた。


数十年前までは亜人は差別の対象とされており、不当な扱いを受けていたが、現在ではオリジンと同じ人であり、差別をする者は頭のおかしい差別主義者であると非難されるような情勢となっている。


「やあノア!」

「こんばんは、イザベラ」


彼女は活気のある声で、ノアに問いかける。


「何階までいく?」

「43階まで頼む」

「了解!」


ノアは目的地である友人の研究室がある階数を告げ、イザベラに向かって背を向けた。


すると彼女はおもむろにノアの肩を足でつかみ、後ろ向きのまま、外に向かって飛び出す。


そして二つの大きな翼をはためかせ、上へと飛んでいく。

イザベラに持たれているノアの顔は青白くなっており、表情もゆがむ。


43階につく頃には、ノアの顔はひどく憔悴していた。

上空をなんの命綱もなく、ただ足で持たれた状態で飛ぶということは、高所恐怖症なノアには堪える時間だった。


魔法局では、ごく一部の偉い人以外は、大きな階の移動をする場合は、ハーピィによる人力での移動が採用されていた。


最新の技術では、人力の要らない自動型の魔導昇降機があり、ノアもそれがいいと思っているが、間接的にハーピィの仕事を奪うことは昨今の情勢上、表立って賛成することは難しい。


またイザベラが容姿端麗なこともあり、昇降の時に体(足?)が密着することをうれしく思う職員がいて、ファンも多く存在することから、昇降機の導入が魔法局ではしばらくないという噂を聞いたこともある。


ノア自身もイザベラを嫌いではないため、怖いのを我慢して利用を続けている。


「着いたよ、ノア。相変わらずひどい顔だね、大丈夫?」


「うん…。少し休めば、大丈夫…」


「そっか、体調悪かったら、医務室行くんだよ」


「運搬ありがとう」


「どういたしまして、またね」


そういうとイザベラは外に出て、扉を閉めていった。

疲れ切った表情のノアと比べ、人一人を運んでもイザベラは全く疲れていない様子だった。


ハーピィの身体能力は、ヒューマンより大きく優れている。

魔法局が彼女たちを採用している理由は、昇降のためだけでない。塔への侵入や攻撃に対する警戒、及びその対処も任せられるためだ。


彼女たちは塔の周りを自由に飛び回り、視力もヒューマンの何倍もあるため、塔へ接近する者たちを簡単に見つけることができる。


機動力や腕力を活かし、敵を撃退、拘束することも可能であり、イザベラたちは、魔法局のセキュリティの要を担っている。


少し廊下で、四つん這いの恰好で休んだ後、友人の研究室に向かって歩き出す。

体調がまだ回復しきっていないためか、足取りがふらふらとしている。


研究室の前まで、着いたら扉に「実験中のため、立ち入り禁止」と張り紙が貼ってあった。

ノアはその張り紙を無視し、扉を開けて、中へ入っていく。


奥には趣味の悪い奇妙な模様の壺の中身を覗いている、眼鏡をかけた男が座っていた。

男の茶髪には天然の癖があり、くるくると毛先が渦巻いている。

その癖は整えられたようなものではなく、端的に言うと寝ぐせでボサボサとしていた。


着ているローブもヨレヨレであり、部屋もどこかホコリっぽい。

初対面の人がこの光景を見たら、男の印象は「だらしない」というものになるだろう。

この人物がノアの数少ない教授仲間であるトーマス・オンズロブである。


トーマスは人が入ってきたのに気付いたのか、顔を上げずに発言した。

「今は立ち入り禁止ですよー」

「トーマス、今ちょっといいか」

「いやだから、立ち入り禁止ですって、危ないですからねー」

「僕だよ、ノアだ」


それを聞いたトーマスは顔を上げた。


「なんだ、ノアか。貴族かと思ったよ」

「いや僕も一応貴族なんだが」

「君は実家から勘当されているようなものでしょ」

「それはそうだが…」


ノアは返された言葉に、ぐうの音も出なかった


「貴族が最近来るのか」

「ああ、なんか呪いの品を作ってほしいらしくて。断るために張り紙を張っておいているんだ」

「扉のあれか」

「ああやって書いておけば、貴族の連中は怖がって入れないからね。でも何で君は入ってきたんだい?」


トーマスは張り紙を見たノアが、気にすることなく、部屋に入ってきたことに疑問を持っていた。


「呪いなんて、発動条件が厳しいものがほとんどだ。実験中に入ったくらいで、害を被るようなことはほぼないだろう」

「君は呪いについて少しわかっているみたいだね。そのとおりだ、実験中に入ったくらいで、何か呪われるとしたら、せいぜい3日間猛烈に頭がかゆくなるくらいだ」

「そうか…。そうだよな」


思った以上に呪いの効果が高かったため、今度から入るときはノックをしようとノアは心に決めた。


「それで、要件は何だい?」

「友人にただ会いに来たとは思わないのか」

「君がそのためだけに、大好きな自分の研究室から、わざわざハーピィに運ばれてここまでくるわけないだろ」


トーマスはノアの性格をよく分かっていた。

完全に面倒くさい調査を一緒にやってくれる労働力目当ての来訪だった。


「いやー、それはそうだが…。それは一旦置いておくとして、最近研究のほうはどうなんだ」

心の内をあてられたノアは、今切り出すには分が悪いと悟り、たわいもない話へと逸らす。


「研究?最近は国からの調査依頼や、貴族からの依頼ばかりで研究はできていないよ」

「貴族からの依頼は断っていると言ってなかったか」

「誰かを呪ってほしいとかの過激派な依頼はお断りしているよ。でもすべて断ると貴族から逆に目を付けられかねない。だから、呪われた人の治療などは受けるようにしているんだ」


トーマスは呪いを専門とした、研究者である。

呪いとは、儀式など特定の手順により、他者に悪影響を及ぼす魔法全般を指している。


普通は呪いと聞いたら、あまり良い印象を持たれないことから、それを専門としているトーマスも初対面の人から避けられることが多い。

そのためノアと同じく魔法局内で親しい友人が少ない。


ノアとはそんな共通点から仲良くなったが、二人の間には決定的な差があった。


それは専門としているテーマの実用性である。

ノアが専門としている「魔法に関連する民間伝承」は、いわばおとぎ話を詳しく調べていることとほぼ同義である。

正直なところ、おとぎ話を調べたところで、世の中に対する貢献、実用性は全くない。


その反面、トーマスが専門としている呪いの実用性は大きい。

他者を呪うなど悪いことにも利用でき、またそれらから身を守る術にもなる。


そういった実用性の差は、魔法局内での評価にも多大な差が出ている。

多くの実績を出し、貴族からの依頼もこなすトーマスと、何もしていないノアでは扱いが違ったのだ。


今回の依頼がトーマスではなく、ノアに来たのはジェームズが言う通り、優秀な人材をあてるべきでない依頼だったからだろう。


「必要とされるのも、大変なんだな」

「貴族は金払いがいいから、メリットは大きいのだけれど。その分対応に気を使うから、疲れてしまうよ」

「そうだよな、僕も家族には気を使ってばかりだ」

「君は貴族に関係なく、ただ家族内での立場がないだけでしょ。いいな、僕もノアみたいに他のことは気にせず、好きな研究に没頭したいよ」

「ぐっ」


トーマスも生粋の研究者気質であるため、本当にノアの生活を羨ましく思っての発言だったが、それはノアへの煽りとなった。


ノアは無自覚な言葉の針で刺された胸の痛みに耐えつつ、本題に入る。


「疲れているなら、ちょうど外地での調査依頼を受けたんだ。一緒に行って、調査がてら、地方で羽を伸ばさないか。」

「ノアに依頼?それまた何で」

「僕に依頼が来るのがそんなにおかしいか」

「なんか伝承に関連しそうな遺跡でも見つかったのかい、遺跡にかけられてる呪いを見てほしいとかだったら力になれるかもしれないけど」

「いやそういうのじゃない。実はな…」


ノアは事件の内容と自身に来た調査依頼について話す。


「なるほどね…」

「村人全員が失踪なんて、なんか呪いと関連しているかもしれないし、君も興味があるだろ」

「確かに、興味をそそられるけど…」

「なら」

「でも、すまない」


ノアの言葉をさえぎって、申し訳なさそうな顔で、トーマスは話す。


「私のほうも依頼で立て込んでいて、しばらく手が離せそうにないんだ。一緒にはいけないよ」

ノアの期待は、無残に打ち砕かれた。

「その代わり、聞きたいことがあったら、連絡して」


その後、何とかいろいろ頼み込んで見たが、取り付く島もなかった。

ノアは肩を落としながら、自身の研究室に戻っていった。


助手もなし、ほかに頼る友人もいないことから、一人で調査に向かうことが決定したことに、落胆を隠せないノアだった。


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