柊穂乃果ルート 第7話 お団子少女は、涙する。
「な……なんですか、これ……」
今朝見た時とは違う、目の前にある自身の家の光景に、穂乃果は唖然と立ち尽くす。
柊家の周囲を囲むようにして置かれた、有刺鉄線付きのバリケードフェンス。
そのフェンスには中傷の言葉が書かれた看板が貼られており、その下には、無造作に置かれているゴミが入った袋の山が散見される。
他人の悪意をむざむざと突き付けられたその惨状を見て、オレは、先ほどまでの温かい空気に冷や水を掛けられたような気がして―――キュッと胸を締め付けられてしたような感じがした。
「くそっ……」
ギリッと奥歯を噛みしめる。
馬鹿か、オレは。あれほど、今日、香恋に注意喚起されていたというのに。
花ノ宮有栖が、オレと穂乃果を潰すための行動を取るであろうことは、予期していたはずなのに。
穂乃果の姿に見惚れて、初めて知ることのできたこの感情に酔いしれて、現を抜かして……。
オレの大好きだった穂乃果の笑みを……曇らせてしまった。
「……ユズキ、ヒロト……アカリ……!!」
穂乃果はハッとしたような表情を浮かべると、妹たちの名前を叫び、そのまま柊家に向かって駆けだした。
オレも遅れて、彼女の後ろをついていこうと、歩みを進めようとする。
だが―――――。
「クスクスクス……。本当に、馬鹿な連中ですよねぇ。花ノ宮家に盾突くから、こういう目になるんですよぉ……」
背後を振り返る。すると、そこには……巻き髪ツインテールの少女、花ノ宮有栖の姿があった。
オレは眉間に皺を寄せ、有栖を鋭く睨みつける。
そんなオレに対して、有栖は嗜虐に目を細めた。
「こうしてお話するのは初めて、ですよねぇ? 如月楓さん? 初めまして。花ノ宮家三代目当主候補のぉ、花ノ宮有栖と申しますぅ」
「存じ上げております」
「あらぁあらぁ? そうなんですかぁ? あっ、もしかしてぇ、香恋さんから私のことを聞いてましたぁ? どんな酷い噂流されたんだろ……有栖、可哀想ぉ……」
「くだらない情報戦は止めて、さっさと本題に移ったらどうですか? 貴方は……私を、花ノ宮香恋の陣営から引き剥がしたいのでしょう?」
そう口にすると、有栖は一瞬無表情になる。
そしてやれやれと肩を竦めると、「ふぅ」と短く息を吐き出し、開口した。
「………なんだ、全てバレてるんだ。流石は天下の香恋さま、ってところかなぁ。本当にあの女は、憎たらしくてしょうがない……」
そう小さく呟いた後。有栖はオレに視線を向け、ニコリと笑みを浮かべる。
「そうなんですよぉう。私ぃ、香恋さんに当主になってほしくなくてぇ、貴方に嫌がらせをしてたんですぅ」
「ならば、私本人に直接攻撃を仕掛けて来れば良い話でしょう。柊家、並びに柊穂乃果は、花ノ宮家とは一切関係のない一般人です。彼女たちに手を出さないでください」
「うふふっ。私ってぇ、人を見る目には、けっこー自信があるんですよぉう」
「……は?」
「樹さんと香恋さんは、どちらもタイプは違えど、孤高の天才肌タイプですぅ。ああいう人たちは、人間強度を上げるために『弱み』を作りません。あの二人は、他人には深く入れ込まないんですよぉ。だから彼らは長年連れ添った配下でも、不要とあれば一切の情もなく、斬り捨てることができますぅ。ああいう、完璧な人間の牙城を崩すには……私のような凡人じゃあ、何年も掛かっても難しいことでしょうねぇ。ですが……」
チラリとオレを見ると、有栖は馬鹿にするようにフフッと嘲笑の声を溢す。
「ですが、貴方のような……『大切な人間』を作ってしまう、普通の人にはぁ、凡人である有栖でもぉ、その牙城を壊すの簡単なものなのですよぉう。クスクス……自分の大切な人が、日に日にやつれていき、毎日酷い目に遭わされていけば……どんな人間でも心を折ってしまうのは必然でしょう? 普通の人間を壊すことなど、造作も無いんですよぉう」
「………」
「実は、今日の貴方の行動を一日、監視させていただいていましたぁ。貴方はどうやら……クスッ、同性である女の子、穂乃果さんが好きな変態さんのようですねぇ? 本当に、気持ち悪いですねぇ。普通は、女の子は男の子のことを好きになるものなのですよぉう? 貴方、自分が異常だということを理解してらっしゃるのですかぁ?」
「………」
「でもぉ、まぁ? 有栖的には丁度良いのかなぁ? 実は私ぃ、昔、料理の配膳をしていた執事に大切にしていたお洋服を汚されたことがありましてぇ。ムカついたから、その執事に、罰を与えることにしたんですよぉう。クスッ、私、彼にどんな罰を降したと思いますかぁ?」
そう言って過去を懐かしむように目を細め、クスクスと笑い声を上げた後。
有栖は、こちらを見下すように見つめ、白い歯を見せて……邪悪な笑みを浮かべた。
「その執事の目の前で、彼の恋人を……他の男に犯させてやったのです。クスッ、あれは、とぉっても面白いショーでしたぁ。目を血走らせて、やめてくれと懇願する執事と、男に犯され、泣き叫びながらも喘ぎの声を溢す、恋人の女。ねぇ、知っていますかぁ? 人が壊れる瞬間というものは、とっても呆気の無いものなのですよぉう? 電池が無くなったのかのように、プツリと、突然表情の色が消えるんですぅ。……あははっ!! 今思い出すだけでもおっかしぃー!! 涙が出てきそうになっちゃうー!!!! あはははははははははははっ!!!!!!」
まるで喜劇でも見ているかのように手を叩いて笑い声を上げる有栖。
彼女はお腹を抱え、一頻り笑い声を上げると、オレに近付き……ポンと肩を叩いてきた。
そして、こちらの耳元に、そっと、声を掛けてくる。
「………あの柊穂乃果という女を、貴方の目の前で凌辱してやっても構わないんですよぉ? クスクスッ……あの女は実に、男好みしそうな身体をしていますからねぇ。レイプ動画を裏で流して販売すれば……良いお金になるかもしれませんねぇ。そんな取り返しの無い現実になった時、果たして常に無表情の貴方はいったいどんな顔をするのか。今から楽し――――」
オレは有栖の手を掴み、彼女の中指を……第二関節ほどからへし折った。
有栖は突然自身の中指が折られたその状況を、理解できなかったのか……笑みを浮かべたまま、「は?」と、自分の手を静かに見つめる。
そして、オレから距離を取ると、彼女は顔を青ざめさせて―――突如、発狂し出した。
「は……? は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!? い、痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!! な、何を……何をしてんだ、てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
「へぇ? それがあんたの本性というわけか。実に、醜いものだな、花ノ宮有栖」
「て、てめぇ、何をしたのか分かってんのかぁぁぁぁ!! この私のゆ、指、を……指を折ったんだぞぉぉぉぉ!!!!!! 傷害だぞ、傷害!!!!! 訴えてやるぞ、クソガキがぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「傷害罪、それはそうだろうな。だが、お前は、この場で公的な機関を頼ることはできないはずだ。違うか?」
「な、何を言ってんだ、てめぇ? 花ノ宮の名前を出せば、市内の警察は、私の犬のように動いて――――」
「現在、花ノ宮家は当主争いの真っただ中。そんな状況の中、香恋陣営……ひいては、まったく関係のない花ノ宮女学院学校の生徒に攻撃を仕掛けたそちら側が、やり返された腹いせに、警察を頼る。そうなれば確かに、オレが捕まるのは当然な流れだろう。だが……お前の当主争いの結末は、そこで終わりだ。オレという香恋の秘蔵っ子、花ノ宮女学院に利益を成す存在を、単なる障害騒動で逮捕し、それも間に警察を置き、宮城県警に借りを作ったとなれば……法十郎のお前への評価は間違いなく地の底へと落ちる。あの男は、利益至上主義だからな。利益をマイナスに変える女を、絶対に当主には据えはしないだろう」
「………」
「まぁ、オレと心中したいのなら、話は別だがな。それでも、そうなった時も、オレにとっては結果はプラスにしかならない。当主候補の座から降ろされたお前が、香恋に何かするのは不可能に近いからだ。香恋の学校の生徒である穂乃果に攻撃をし続ければ、それこそ、法十郎の逆鱗に触れることになるだろう。当主候補である香恋の足を引っ張り続ける能無しなど、あの男にとっては捨て置くべき愚物でしかない」
「……………あ、あんた………い、いったい、何者なの……? 今の一瞬で、そこまでの道筋を考え付いた、と、いうのぉ………?」
「お供を連れてこなかったのは愚策だったな、花ノ宮有栖。やはりお前は……香恋の足元にも及ばない、凡人だ。あいつとは格が違う」
そう言って有栖に近付くと、彼女は右手を抑えながら、一歩後退する。
「な、何をするつもり……なんですかぁ?」
「決まっているだろう。公的機関が介入しないのであれば、この場では、力があるものが勝利する。暴力こそが、もっとも相手の心身に痛みを与えられる手段だ。そのくらいは……お前のような下種ならば、当然、分かっていることだろ?」
「ほ、他の人が見て、通報するかもしれないんですよぉ……? そうなれば、私たちは心中することに……」
「このただっ広い、田園地帯の中で、か? 家同士の距離もそれなりにある。それに……ありがたいことに、お前自らがバリケードを立ててくれたのだからな。物陰に隠れて、お前を拷問することなど、容易いことこの上ない」
「しょ………正気ですか、貴方……? た、ただの女子高生が、私を、拷問する……?」
「ほう? お前のような、人を嬲って遊ぶ悪魔でも、自分が嬲られるのには恐怖を感じるものなのか。……不思議なことだな」
そう言って、オレは有栖の前に立ち……暗闇の中から、青い瞳を有栖へと向ける。
すると彼女はそんなオレの様子に「ヒッ」と掠れた声を溢し、怯えた顔をして――――悔しそうに、奥歯を噛みしめた。
「………………近藤!!!!」
「へいっ!!」
ガサッと音がして、有栖の背後にある草むらの奥から、花柄のシャツを着た、ガラの悪い青い髪の男が姿を現す。
彼は緊張した面持ちでナイフを取り出すと、有栖を背後に庇うようにしてオレと対峙し、こちらを鋭く睨みつけてくる。
オレはその光景を見て、ふぅと、短く息を吐き出した。
「流石に、そこまで馬鹿ではなかったか。お供を一人忍ばせていたとはな」
「………ッッ!! 如月楓!! 今日のところは退いてあげます!! ですがっっ!! この私にこんな惨めな思いをさせておいて……!! そのままでいれると思うなよッーーーッ!!!!! 必ずお前と柊穂乃果は潰してやる!! 絶対に後悔させてやる!!!!!」
「……今日は良い機会になったよ、有栖。オレもようやく、戦う意志というものを固められた気がする」
「はぁ!?」
「これからは全力を以って相手してやるよ、花ノ宮の悪魔。穂乃果に危害を成す意志がある以上、お前はオレの敵だ。どんな手を使ってでも、お前を―――――排除してやる」
そう言葉を放ったオレを、目を見開き、信じられないものを見るかのような顔で見つめる有栖。
そして彼女は大きく舌打ちを放つと、そのまま配下の青い髪の男と共に、去って行った。
オレは小さくなって消えて行くその後ろ姿を見つめて……大きく息を吐き出す。
そして、太陽が沈み、青白くなった空を静かに見上げた。
「想像よりも厄介な相手、だな……」
始終、強気な態度を取ってはいたが……現状、有栖に対してこちらができる手段など、殆どないだろう。
柊家への嫌がらせだが、地上げという行為は元来、日本の法律の穴を掻い潜ったグレーゾーンのものである。
故に、警察の介入も中々に難しい。
有栖が、柊家の周囲を買い取り、その敷地内でフェンスを立てたとすれば……それは、自分の敷地内でものを立てただけのことであり、柊家がどうこうすることはできないのだ。
柊家の敷地に直接的な侵入をしていない限り、警察は動くことはできない。
過度な嫌がらせであれば、迷惑防止条例違反で捕まえることもできるのだろうが……それをやったところで、有栖の配下のヤ〇ザを捕まえるだけで、元凶の有栖を抑えることはできはしない。
元凶を潰さなければ、延々と嫌がらせは続いて行く。
故に、現状、ただの男子高校生であるオレにできることなど、殆どないだろう。
だから、有栖と戦うには……彼女と同等、いや、彼女以上に権力を持った人間をバックに付ける必要がある。
「………香恋は、きっと、こうなることが分かっていたのだろうな……」
目を伏せる。すると、今日、香恋に言われた言葉が脳内で反響していく。
『大切なものを守るためであるのなら、全てを捨ててでも、貴方は全力で有栖に立ち向かいなさい』
『貴方なら、できないことなどないはずだわ。柳沢楓馬という人間は、どんな存在でも演じ切ることができる、魔術師のような天才的役者のはず』
『だから……だから貴方は、花ノ宮有栖という悪魔でさえも怯えさせるような、魔王となりなさい。愛するお姫様を守るために、修羅になりなさい』
目を開ける。
オレが、愛する人のために……穂乃果のためにできること。
それは………香恋の言う通り、オレの持っている全てを捨てること、だけだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お姉さま……私たち、どうすれば良いのでしょうか……」
柊家の中に入ると、リビングで、穂乃果が三人の妹と弟たちを抱きしめている姿があった。
ユズキもヒロトもアカリも、皆、怯えた顔をして、瞳に涙を貯めながら……穂乃果に必死に抱き着いている。
穂乃果も、そんな妹たちの姿を見て、泣きそうな顔をしていた。
オレはそんな穂乃果に近付き、彼女の頭を……優しく、撫でた。
「大丈夫ですよ、穂乃果さん。絶対に、何とかなります。いえ……私が絶対に、何とかしてみせます」
「ぐすっ、今日、アカリとヒロトの学校に、変なビラが配られていたみたいなんですぅ……。私たちのおうちは、盗んだ土地の上に建っている、柊家は不法占拠した土地に住む、常識を知らない酷い家族の集まりだ、って……。それで、アカリもヒロトも、学校中の生徒に白い目で見られちゃってたらしいのですぅ……」
「………そう、だったのですか……」
「お姉さま、私たち、この家に居てはいけないのでしょうか……? 出て行かないと、駄目なんでしょうか……?」
「そんなことは、絶対にありません。ここは、貴方たちの家です。出て行く必要など、一切ありません」
「お姉、さまぁ……」
「楓お姉ちゃん……!」「お姉、ちゃん……」「かえでおねーちゃん……」
穂乃果、アカリ、ヒロト、ユズキが、オレにギュッと抱き着いてくる。
オレはそんな四人を……優しく抱きしめ返した。
………これは、オレの責任だ。
短慮なオレが有栖の策謀にハマってしまい、この無実の罪の優しい姉弟たちを泣かせてしまった……オレが招いてしまった不幸の結果。
誰よりも優しい彼女たちを泣かせてしまったのは、全て、オレという影の人間が関わってしまったせい。
だったら、オレが今、すべきことは………。
柊家を、全力を以って、守ることだけだろう。
その道の先で、例え穂乃果に嫌われることになってしまっても、構わない。
彼女が……オレの大好きな人が、再び笑顔で笑ってくれているのなら……オレは、別にどうなろうが、構いはしない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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