柊穂乃果ルート 幕間 決別
「さっきはごめんなさいです、花子ちゃん……何か、私、おかしくなっちゃってました……」
「別に、気にしてなどいませんよ」
「本当、ごめんなさい……」
バスの後部座席――四人席に座り、穂乃果はそう言って、隣に座る花子に深く頭を下げる。
そんな彼女の様子を花子はどこか優しく見つめ、微笑みを浮かべていた。
「穂乃果はいつも、ひかえめな性格ですから。それくらい自分の意見を出せるのは、良いことだと思いますよ」
「花子ちゃん……」
「フランチェスカさんです」
穂乃果の申し訳なさそうな顔に、花子はそう言ってコホンと咳払いをする。
そして、隣に座る陽菜とオレに、花子はジト目を向けてきた。
「……何ですか、さっきからお前らのその顔は。ニヤニヤとこちらを凝視して……馬鹿にでもしているのですか?」
「べっつにー。花子って口は悪いけど、基本的には面倒見が良いなとか、思ってないよー。あんた、変人だけど、根は良い奴よねー、なんて、思ってないですよー。ね、楓っち?」
「そうですね。花子さんはよく私に対しても毒を吐いてきますが、とてもお優しい方です……なんて、思ってはいません」
「………腹が立つ連中ですね。この最強の吸血姫に対して、その不敬さは、万死に値しますよ」
そう言って花子は再度わざとらしくコホンと咳払いをすると、オレたちとは逆の方向……穂乃果の方へと顔を向ける。
オレと陽菜は、そんな花子の様子にクスリと、笑みを溢した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
穂乃果、陽菜、花子と共に雑談を交わしながら、学校へと続く坂道を登って行く。
花ノ宮女学院の生徒たちは皆、夏服に着替えており、暑そうに手をうちわにして仰ぎながら重い足取りで歩いていた。
アスファルトが歪んで見える、そんな、茹だるような暑さの中。
突然、先頭を歩いていた陽菜がこちらを振り返り、楽しそうに微笑みを浮かべてくる。
「そだ! 夏休み入って、八月になったらさ、みんなで仙台駅前の七夕祭りに行かない? 高校一年の夏の思い出作りに行こーぜ☆」
「七夕祭りって……お前、正気ですか? フランチェスカさんは絶対に、あんな密集した人間地獄の中には行きたくないのですが。フランチェスカさんの僅かしかない夏の体力は、夏コミだけに使い果たす予定です。なので、その話は遠慮させていただきます」
「え~? どうせあんた、夏休みの間は引きこもって外に出ないんだから良いじゃん。……ねね、楓っちと穂乃果はどう? 行きたくない?」
「私は………」
穂乃果は考え込むような素振りを見せた後、何故か、オレの顔をチラリと盗み見てくる。
そして、どこか意を決したような顔をすると、陽菜へと申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめんなさいです、陽菜ちゃん。私、おうちの予定があって、お祭りには行けそうにないですぅ………」
「あっ、そうなんだ。穂乃果が行けないんじゃ、仕方ないね。どうせならみんなで行きたいし、この話はなかったということで」
「ビッチ、暇ならお前もフランチェスカさんと一緒に夏コミにでも行きますか? 私の薄い本の購入を手伝うと良いです。ぐふふふふ」
「何であんたのエロ本集めをあたしが手伝わなきゃならないのよ!! ……はぁ。モデル科の友達はみんな、彼氏と旅行に行くとか行ってるし………この夏もあたしは寂しい独り身だよ~~。楓馬くん、夏休み、暇じゃないかな~~。遊びに誘ってみようかな~~」
「お前、まだあの男のことを諦めていないのですか?」
「ったり前でしょ! 一度フラれたくらいで、あんな良い男、諦められるかってんのよ!!」
「お前じゃ、絶対に無理だと思いますよ。あの男は既に、他の女性に惹かれつつあるみたいですから」
「え? 楓馬くん、好きな人できたの!? 嘘でしょ!?」
「さて、どうでしょうかね」
そう口にして、花子は隣からオレと穂乃果の顔にさり気なく視線を向けてくる。
その視線の理由が分からず、穂乃果は不思議そうに首を傾げるだけだったが……オレは花子のそのニヤニヤとした顔に耐え切れず、思わずそっぽを向いてしまった。
――――夏の青い空を見上げる。
花ノ宮家の後継者問題は、あれから一切の進展はない。
香恋からの連絡もほぼなく、祖父からの接触も今のところはない。
何も変わらない、至って平穏な日常風景が続く毎日。
だが、こうしている間にも刻々と、リミットは近付いている。
もし、香恋以外が花ノ宮家の当主となってしまった場合。
オレとルリカの未来は、その時点で、潰えてしまうことになるだろう。
オレは、制服のポケットから、スマホを取り出す。
「……こうして、あいつにメッセージを送るのも久々のものだな」
そしてオレは、ある人物に向けて、今朝起こった事件を、詳細に綴っていった。
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「―――――如月楓」
四限目のチャイムが鳴り終わった後。その人物は、すぐに教室へと現れた。
相変わらずの不機嫌そうな顔でオレを見つめてくる少女……香恋のメイド、秋葉玲奈。
彼女は教室の入り口の前に立ち、早く来いと、こちらを鋭く睨みつけてくる。
オレは、雑談していた茜と涼夏、穂乃果に断りを入れて、教室の入り口へと歩いて行く。
すると玲奈は何も言わずに、廊下をまっすぐと歩いて行った。
オレもそんな彼女にならって、後ろをついていく。
「……香恋お嬢様から先の件の話は、聞いています。花ノ宮有栖が貴方に接触してきたそうですね」
「オレ、というよりも、穂乃果に、だと思うがな」
「それはどうでしょうかね。あの花ノ宮有栖が、ただ、土地だけを狙って行動を起こすとは思えませんが」
「? どういう意味だ?」
「そこから先のお話は、お嬢様から聞いてください」
そう言って、玲奈は、階段を降りていった。
香恋の教室がある二年普通科は、二階にあると思うのだが……何故、一階に向かうのだろうか?
既に、昼食を摂るために食堂へと行っているのか?
オレは、玲奈のその行動に訝しげに首を傾げながらも、大人しく彼女の後をついていった。
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「保健室……?」
「香恋お嬢様、失礼いたします」
コンコンとノックをして、玲奈は保健室の中へと入る。
オレも驚きつつも、保健室の中へと入って行った。
すると、そこには……ベッドの上に腰かける、香恋の姿があった。
彼女はオレの姿を視界に捉えると、ニコリと、笑みを浮かべる。
「久しぶりね、柳沢くん。こうして直接顔を合わせるのは、晩餐会の日以来……一か月ぶり、くらいかしら?」
「あ、あぁ、そのくらいになるだろうが……お前、何で保健室にいるんだ? 体調、悪いのか?」
「軽い貧血で倒れてしまったの。私、最近働き詰めで、ろくに寝れていないのよ。実は学校にも、久々に顔を出したの。貴方のメールを見て、ね」
「大丈夫……なのか? もし、後継者問題でオレに何か手伝えることがあったら、何でも―――」
「結構よ。貴方は以前言った通り、この学校で如月楓を演じ続けなさい。いいわね?」
「でも、倒れる程とは、相当、忙しいんじゃ……」
「大丈夫だから。とにかく、貴方は役者として邁進しなさい。……それが、私の望みでもあるのだから、頼むわね」
そう言って香恋は、どこか切なそうな顔をして……小さく微笑みを浮かべた。
その儚げな姿に、オレは過去の、ある人物の面影を重ねてしまいそうになったが……慌ててその考えを振り払う。
「さて、話を本題へと移させてもらうわ。柊穂乃果の家に、花ノ宮有栖が現れたのよね?」
「あ、あぁ。そうだ。メールで伝えた通り、花ノ宮有栖は、穂乃果の家の土地を狙って来た。新しいブランド会社の工場の敷地使いたいから柊家の土地を明け返せと、そう言ってきたんだ」
「何とも、強引なやり方ね。確かにあの土地は元々は花ノ宮家のものではあったけれど、今は、完全に柊家の所有地となっていたはず。それを、地上げ屋のようなやり方で強請るとは……あの女らしいというか、何というか……私や樹兄様とは相容れない、品のない行いね」
「さっき、玲奈が、有栖があの土地だけを狙って行動を起こすとは思えないと、そう言っていたんだが……それは、いったいどういうことなんだ?」
「そうね……。私の考えでは恐らく、有栖は柊家の土地が欲しいのではなく、単に、貴方に対して攻撃を仕掛けてきたのだと思っているわ」
「え……?」
「この前の晩餐会で私は、貴方を……如月楓という女優の存在を、我が校の成果として、お爺様にお伝えした。そして、以前、有栖が貴方を自身のアイドル事務所にスカウトしに来たことから考えても……あの女は、私の実績を産む女優を消すために、如月楓を潰しに来ていると考えて良さそうだわ」
「な、何で、オレを潰すために、柊家の土地を狙うんだよ……?」
「貴方を直接狙うよりも、周りの人間にダメージを与えた方が……貴方の一番大切なものを壊した方が、如月楓の精神に影響を与えられる。そう考えた結果、なのではないのかしら。ねぇ、柳沢くん、事件が起こることになった前日の行動を、全部、私に教えてくれないかしら?」
「え、ぜ、全部……?」
「ええ。あのメールだけでは、穂乃果さんの家に有栖が現れただけしか分からなくて、色々と不鮮明だわ。詳細を教えてちょうだい」
その言葉に、オレは引き攣った笑みを浮かべつつ、そのまま、昨晩起こったお泊りの顛末を、大人しく語って行った。
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「…………柊穂乃果の家に、泊まっ……た……? ですって……?」
目を丸くさせて、心底驚いた顔をする香恋。
オレはそんな彼女の様子にいたたまれなくなり、コクリと、小さく頷きを返す。
「はい……。そうです……」
「………」
香恋は数秒、目をパチクリとさせると―――何故か、優しい微笑みを浮かべたのだった。
「そう。穂乃果さん、か……。ふふっ、てっきり私は、貴方は月代茜を選ぶのだと思っていたわ。意外ね」
「え? 選ぶ……? ま、待て、オレは別に彼女に対して、何か、特別な想いを抱いているわけでは……」
「不審者に怖がっている穂乃果さんを心配に思って、家にまで行っておいて、その言い分はおかしいと思うのだけれど? それも、正体がバレる危険性まであるというのに、彼女のためにそこまでするというのは……今までの貴方だったら考えられない行いだわ。貴方は、如月楓の時は誰かのための行動はするけれど、正体がバレる危険は常に考慮して動いていた。前までの貴方だったら、お泊りなんて絶対にしなかった。違う?」
「そ、それは、穂乃果がルリカと同じ、妹的な立ち位置だったから……お兄ちゃん気質が発動してしまっただけのことだ。彼女に対して、邪な気持ちは一切ない」
「もしかして、女装をしているのが彼女にバレるのが怖い? 男だってバレて、彼女に嫌われるのが……怖い?」
「……ッ!!」
その言葉に、オレは思わず真っ赤になって顔を横に逸らしてしまう。
「あら? 図星かしら? 貴方は白人の血が混じっているから、赤くなると分かりやすくて面白いわね」
「うるせぇ。別に、赤くなってなんてない」
オレの様子にクスクスと笑い声を上げた後、香恋は大きくため息を吐いた。
「ひとつ、はっきりと言わせてもらうわ、柳沢くん。私は………花ノ宮有栖の件に対して、今のところ手を出すつもりは一切ないの」
「え……?」
「正直に言わせてもらうと、個人的には『柊穂乃果』など、この学校から消えても別に問題はないのよ。貴方に直接攻撃してくるのなら話は別だけれど、彼女は現状ではただの三流役者でしかない。私の成果にならない人間をいくら攻撃したところで、私には何のダメージもないからね。今は他のことで精一杯だし、私はこの件に関しては、静観させてもらうとするわ」
「ま、待てよ! 流石にそんな言い方はないだろ!! 彼女はお前の学校の生徒なんだぞ!? 自分の学校の生徒くらい、守ってあげても……」
「悪いわね。私、自分のミスは回収するけれど、他人のミスを回収する気にはなれないの」
「え……?」
「昨晩の流れを聞いて、確信したわ。穂乃果さんが見たとかいうその不審者、その男は確実に有栖の手の者よ」
「どういう、こと、だ……?」
「事前に貴方の交流関係を調べて、如月楓の一番の友人である穂乃果さんに、有栖は目を付けた。そして、男性恐怖症である彼女に、不審者を嗾けて……貴方がどういう行動を取るのかを遠くから見ていたのでしょうよ。深夜に即、助けに来るようならば、如月楓にとって柊穂乃果が何よりも大切な存在だということが確定する。残酷なことを言うようだけれど、穂乃果さんの家が狙われたのは、全て貴方の行動のせいよ」
「オレが……オレのせいで、花ノ宮有栖が柊家に目を付けてしまったと、そう言いたいのか……?」
「あの性悪女のことよ。これから先間違いなく、非情な手を尽くして、穂乃果さんを潰しにかかってくるでしょうね。そして、穂乃果さんが壊れる寸前に、あの女は貴方にこう言ってくることでしょう。―――――花ノ宮女学院を辞め、香恋の陣営から引くならば、柊穂乃果からは手を引いてやる、と」
…………………頭が、ズキズキと、痛んでくる。
胸の奥からフツフツと、自身への怒りの感情が込み上げてくる。
オレは、何で……何で、こんなにも迂闊だったのだろうか。
花ノ宮家の人間の狡猾さには、幼少の頃から気が付いていたはずだ。
それなのに、穂乃果が心配だからと、考えなしに彼女の元へと赴いてしまった。
「―――――如月楓。いえ、柳沢楓馬!」
その声にハッとして、顔を上げる。
すると、そこには……今までに見たことのない、真面目な表情した香恋の顔があった。
「大切なものを守るためであるのなら、全てを捨ててでも、貴方は全力で有栖に立ち向かいなさい。貴方なら、できないことなどないはずだわ。柳沢楓馬という人間は、どんな存在でも演じ切ることができる、魔術師のような天才的役者のはず。だから……だから貴方は、花ノ宮有栖という悪魔でさえも怯えさせるような、魔王となりなさい。愛するお姫様を守るために、修羅になりなさい」
「香恋……?」
「私は多分、もう、貴方と一緒には歩けない。でも、こういう未来があっても、良いと思うの」
そう言って香恋は一筋の涙を頬に溢し、にこりと……微笑みを浮かべた。
「私は、今までずっと、柳沢楓馬という役者が目覚める日を待っていた。だけど、貴方が大切な人を見つけて、幸せな道を歩むとするならば……それを全力で応援するわ」
「香恋……お前……」
「行きなさい、柳沢楓馬。例の、貴方が妹と抱き合っていた写真は、こちらで消去しておくから。貴方はもう自由。籠の中の鳥などではない。好きに生きなさい」
オレは、香恋に言いかけていた言葉を、飲み込んだ。
そして、無言で踵を返し、保健室の外へと出て行く。
香恋の目を見て、オレは……彼女の現状を理解してしまった。
あの目は、オレも以前、一度だけ見た覚えがあるから。
でも、彼女に何か言うことは、今のオレにはできない。
オレは、穂乃果を救う魔王となると決めたから。香恋にそうなれと、励まされたから。
だから、オレはもう、香恋の作った『如月楓』ではない。香恋の望む『役者』ではない。
オレは……あの可愛いお団子少女の笑顔をずっと見つめていたい、ただの男子高校生だ。
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《花ノ宮香恋 視点》
「……お嬢様、よろしかったのですか?」
「何が?」
「柳沢楓馬の弱みである、あの写真を消去するなどと言って……」
「あんな写真、最初から彼の縛りにすらなってはいないわよ。柳沢楓馬が本気で私を敵だとみなしたら、当に私など、彼によって後継者候補の座から引きずり降ろされていたでしょうからね」
「お嬢様は随分と、あの男のことを評価されているのですね」
「フフッ。私が彼を評価するのは、貴方にとっては複雑なことなのかしらね。玲奈」
「………いいえ。今更、あの男に私が何か想うことは一切ございません」
「そう………。寂しいことを言うのね……」
そう言って私はブレザーのポケットからスマホを取り出す。
そして、彼との最初の出会いであった……ルリカさんと抱き合う柳沢くんの写真を、消去した。
「……そうだわ。こっちも消去しておかなきゃ、ね」
写真をトリミングして、柳沢くんだけをアップした写真を選択する。
スマホの壁紙に設定していたこの写真を、私は………数分程逡巡した後、震える指で、消去した。
「…………さよう、なら……柳沢くん」
その小さな声は、誰に届くということもなく。
蝉が鳴く夏の空気の中。虚空へと、静かに消えて行った。
今回も読んでくださって、ありがとうございました!
モチベーション維持のために、いいね、ブクマ、評価、よろしくお願いいたします!
香恋ルートへの伏線を張らせていただいた回でした!
次回も読んでくださると嬉しいです!




