表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/196

第82話 女装男、お嬢様のドレス姿にドギマギする。


「良い機会だわ。柳沢くん、この中からひとつ、好きな事務所を選びなさい」


「え? は?」


「女優として、本格的に芸能界入りしなさい、柳沢くん、いえ―――如月楓」


 そう言って彼女はニヤリと、不敵な笑みを浮かべたのだった。


 オレはそんな香恋に対して大きくため息を吐きつつ、彼女の向かい側のソファーに腰を下ろした。


「なぁ、香恋、オレ、前に言ったよな? 再び芸能界に戻る気はないって。オレは、この学校の客寄せパンダにはなってやるが、表舞台に立つ気は一切ない。以前言った通り、如月楓として―――」


「『如月 楓』として花ノ宮家に利益をもたらしてはやるが、『柳沢 楓馬』として役者の道に再び戻る気は一切ない。どんな脅しを使われようとも……よね。勿論、以前貴方が言ったことは一言一句覚えているわよ」


「………だったら、何で……」


「それは、柳沢楓馬としての話でしょう? 私は、如月楓として貴方に芸能界デビューを果たして欲しいのよ」


「いや……それは……流石に危険な綱渡りすぎるだろう。テレビの前で女優として演技していた役者が、実は男でしたーなんて展開、炎上騒ぎどころじゃすまないぞ? 下手したら、オレを雇った事務所ごと倒産しかねん」


「それはそれで、面白そうじゃない? 炎上をきっかけに、むしろ良い方向に話題が産まれるかも?」


「産まれねーよ! はぁ……お前との付き合いも長くなってきたから大体分かってきたが……香恋、お前、この話がしたくてオレをここに呼んだんじゃないんだろう? お前今、オレをからかって遊んでるだけだろ……?」


「あら? 私としては割と本気で、貴方にまた舞台の上に立って欲しいと思っているわよ? 柳沢楓馬が再び芸能界に現れれば、役者たちがざわめき立つのは必然。月代茜のように歓喜する者もいれば、黒獅木アキラのように恐怖する者もいて、桜丘理沙のように絶望する者もいる。観測者としては、それは見ていてとても面白い光景だわ。貴方の演技は、他者の世界を変えるものだから」


「………随分と高評価をいただけているのは嬉しいが、今のオレは、その三人には絶対に勝てはしないぞ。ブランクが長すぎて、まず単純に、技術力が足りていない。如月楓の演技は観客の目を楽しませるものだが、審査する側から見れば、アレは感情表現でごまかしていることが丸わかりの演技だ。だから……芸能界に行っても、すぐに淘汰されて終わる。今のオレなんかな」


「…………はぁ。ロミジュリのあの演技が、そんな程度のものなわけじゃないじゃない。自己評価が低すぎてたまにムカついてくるわね、この男……」


「……あの、香恋さん? 小声でもばっちり悪口聴こえてるからね? 傷付くからやめてね?」


 そう声を掛けると、香恋はジロリとこちらを睨みつけてくる。

 

 そして、ふぅと短く息を吐き出すと、テーブルの上にばら撒かれた名刺の山の中から一枚の名刺を手に取った。


 そして、それを、自身の顔の横へと持っていく。


「今日貴方を呼んだ理由には、二つあるの。まずは、これよ」


「………花ノ宮プロダクション、益田雄一……? え? 花ノ宮……?」


「その名の通り、私たちの血族……花ノ宮家の者が運営している芸能事務所よ。この事務所は私の従姉妹である、花ノ宮有栖が経営しているわ。主に、役者ではなく、アイドルを売っている事務所ね」


「何故、アイドル事務所の名刺が、そこにあるんだ……?」


「貴方に、アイドルのスカウトが来たからに決まっているじゃない」


「……マジ?」


 おいおいおい……スカウトの目、どうなってるんだよ……オレはれっきとした野郎だぞ、オイ……。


 そう、呆れたように首を傾げていると、香恋は名刺をテーブルの上に置き、楽しそうに目を伏せた。


「ちょうどいいわ。貴方、この事務所に入って、敵情視察してきなさい」


「え……?」


「相手は、私と後継者争いをする花ノ宮家の血を引く者。そんな敵である彼女が、わざわざ私の学校から人材を引き抜こうと、こちらの陣営に手を出してきた。それも、その手を出した者が私の可愛い人形だとも気付かずに、ね。………クスクス、なんて可笑しい話なのかしら。笑いが止まらないわ」


「……え、何、お前、オレにスパイしろとか言ってんのか?」


「ええ、その通りよ。アイドルになるフリをして、花ノ宮プロダクションの事務所にスパイをしてきなさい。ついでに、何か敵陣営の弱みを仕入れてくれるなら好都合ね」


「いや、無理だからね? オレ、アイドルもスパイも無理だからね? そんな無茶苦茶な命令、死んでも聞かないからね?」


 そう言って拒否するオレを香恋は無視して、話を進めて行く。


「それで、次の件だけれど―――――」


「ちょ、無視して話進めんな! オレはまだ、了承したわけでは……!!」


「貴方、今夜……私と共に花ノ宮家の本邸に来なさい」


「だから、話を聞け―――――え? 花ノ宮家の、本邸……?」


「お爺様が……花ノ宮家の当主が、今晩の晩餐会に貴方を呼んでいるのよ」


 その言葉に、オレは思わず、ポカンと口を開けて動揺の声を溢してしまった。


「な……ん、で……? オレ、あの爺さんには嫌われてるんじゃないのか……?」


「私にも、分からないわ。ただ、お爺様は、柳沢楓馬を連れて来いと、それしか言わなかったから」


「もしかして……オレがこうしてお前の学校で女装生活していることがバレた、とか? それで怒った、とか……?」


「いや……流石にそれはないと思うわ。後継者争いの各陣営の経営に関しては、当主は一切、口を出さない方針だから。………他の陣営の血族に貴方のことがバレて、密告されれば、話は別だけれど」


 そう言って香恋はちらりと、オレの背後に立っている万梨阿先生へと視線を向ける。


 すると万梨阿先生はぶんぶんと顔を横に振って、慌てた様子で口を開いた。


「わ、私は、誰にも如月さんの秘密は喋っていませんよ!? 断じて!!」


「そうよね。花ノ宮由紀の親友である貴方が、友人の息子である彼を売ることはないわよね。だから私は、その経歴を信用し、貴方をこちらの陣営に付けたのだから。貴方が他陣営の血族に付くメリットも、今のところ、ないでしょうしね」


 香恋は、万梨阿先生が母さんの友人だったことを知っていたのか……。


 なるほど、その経緯から、オレのクラスの担任教師に採用したのか。抜かりが無い奴だな。


「如月楓が柳沢楓馬だということを知っているのは、この場にいる私たち三人、花ノ宮香恋、蘆谷万梨阿、秋葉玲奈だけ……いや、佐藤花子も知っているんだったか。ふむ、彼女が裏切った、という線もなくはないわね――――」


「いや、花子は裏切らねぇよ」


「……へぇ? 柳沢くんは随分と彼女を信頼しているのね」


「あぁ。オレはこの学校で誰よりもあいつを信頼している」


 佐藤花子は、ひと一倍優しいだけの、ただの女の子だ。


 あいつがオレを裏切って敵方にその情報を売るだなんてことは、けっして在り得ない。


「…………はぁ。まぁ、とりあえずは、今晩、晩餐会に行けば真相が分かるわね。貴方の正体がお爺様にバレていたのなら、私たちの陣営の中に裏切り者がいることが確定する。そうなれば、楽しい楽しい人狼ゲームの始まりだわ」


 そう言って香恋は、不気味に口角を吊り上げた。


 その様子からして、裏切り者がいた場合、花子が確定で密告者だという認識になっていそうだな。


 そうなった場合、オレは……花子を庇って香恋と戦うことになるかもしれないな。


 オレ目線だと、あまり関わりのない香恋のメイドの玲奈よりも、万梨阿先生よりも、花子の方が断然信頼度が高い。


 彼女がオレを裏切らないということを、無条件で確信している。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ―――――午後六時半。


 黒いスーツに身を包んで自室の姿見の前に立っていると、背後から声を掛けられる。


「意外にも、似合っているわね。こうして見ると、今の貴方は……名家の御曹司にも見えなくもないわ」


「いや、血族的には一応御曹司ではあるだろう。てかお前、いい加減、オレん家に勝手に入って来るのは、やめ――――」

 

 そう言って背後を振り返ると、そこには……青紫色のドレスに身を包んだ香恋が立っていた。


 胸元が開き、スリットの入ったその大胆なドレス姿にオレが思わず硬直していると、香恋は不思議そうに小首を傾げた。


「なに? じっと私のことを見つめて。どうしたの?」


「い、いや……その、何だ……」


 思わず、綺麗だと、そう口にしそうになってしまっていた。


 普段はこいつのことなど、単に紅茶ガブ飲みドS女としか認識していなかったが……この場で改めて、こいつが美少女であることを再認識してしまった。


 艶のある長い黒髪に、キリッとした大きな紅い瞳に、スラッとしたモデル顔負けの手足。


 芸能科にいても不自然ではないほど、彼女は……美人だった。


「何かしら。もしかして……私に見惚れてしまっているの?」


 そう言っていたずらっぽく笑みを浮かべる香恋。


 オレはそんな彼女から視線を逸らし、平静を保ちながら、口を開く。


「んなわけあるかよ。随分と派手な衣装だなと、驚いただけだ」


「……まぁ、そうよね。貴方が、私のような女性に見惚れるなど、あるわけがないわよね」


「え?」


「何でもないわ。行きましょう」


 そう言って香恋は、部屋から出て行った。


 オレも彼女の後に続いて、部屋の外に出る。


 背後からチラリと香恋の横顔を盗み見てみるが、その様子に変化はない。


 ………こいつは本当に、よく分からない女だ。


 穂乃果も、茜も、花子も、銀城先輩も。みんな、どのような人間なのかは今まで関わってきて、ある程度は分かっている。


 だが、香恋だけは……未だによく分からないことが多い。


 何故、香恋は、花ノ宮家の後継者を目指しているのだろう。


 何故、香恋は、オレの過去を知っているのだろう。


 こいつは、いったい、オレをどう思っているのだろう……。


『私は……私は、貴方が思うほど、善人ではな――――――』


 過去の彼女が放った、意味深なあの言葉を思い返していると……玄関口に立っている香恋が、こちらを静かに見つめているのに気が付いた。


「どうしたの、柳沢くん。早く行きましょう?」


「あ、あぁ、すまん。今行く」


 オレはそのまま靴を履き、香恋と並んで外へと出る。


 今は、余計なことを考えるのはよそう。


 今からオレが向かうのは……悪魔たちが住む魔窟、花ノ宮家の本邸だ。


 最後にあの家に行ったのは、オレが棒でめった打ちにされたあの事件の日以来、か。


 腹部をそっと撫でる。あの時、オレは、叔父によってここに、消えない傷跡を残された。


 今思い返してみても、花ノ宮家に良い思い出はまったくない。


 あんな、悪人たちが住まう場所にこれから行かないといけないと考えると……流石に身体が重たくなってくるな。

 

 オレはハァと大きくため息を溢し、そのまま香恋と並んで歩いて行った。




みなさま、第82話を読んでくださってありがとうございました。

よろしければ、モチベーション維持のために、評価、フォロー、いいね等よろしくお願い致します。

次回は明日投稿する予定です。また読んでくださると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ