第78話 女装男、本気を出すことを決める。
そうして、オレたち女優科と花子の声優科、香恋の普通科による、バレー大会は幕を開けた。
ルールはオーソドックスな、5セットマッチで3セット取ったチームが勝利するもの。
これから各クラスで15分間の話し合いを行い、6人のチーム編成を行うこととなる。
運動神経のある生徒は必然的にチームに組み込まれるが、それ以外の生徒は見学になるようなので、運動神経の無い生徒にとってはそれほどプレッシャーを感じる必要のない時間のようだ。
勿論、オレも体育で極力目立ったことは避けたいので、ここは影に徹したいところなのだが……以前、グラウンドで見せたランニングが、仇となることになってしまうこととなる。
「―――――そうね。とりあえず、楓は選手に確定ね。みんなも異存はないわよね?」
「ないでーす」「勿論」「当然!」
「じゃ、そういうことで。楓、あんたはスタメン決定よ」
「……茜さん。私に、拒否権は……?」
「はぁ? あるわけないでしょ? 現状、うちのクラスであんた以上に運動できる人間なんていないんだから。……あたしも一緒に出るんだから、文句言わないでよ」
「お姉さま! ファイトです! 穂乃果、応援していますですよ!!」
「何だったら、柊さんも出る? ぜひ、楓の奴を近くで支えてやってよ」
「わ、私は、運動は得意といえるほどではありませんが……お姉さまをお助けするためならば、この穂乃果、どこまでもついていく所存です! はい!」
「じゃ、決定ね。これで三人、と……」
女優科は今まで、通常授業とロミジュリの演技の稽古しかやってこなかった。
当然、運動のできる人間がどの程度いるのかまだ全員分かっていない状況下では、推薦&挙手制でチーム編成を行わざるを得ない。
……その後、15分の時間を全部使い切って、オレたちのクラスのバレーチームは、如月楓、月代茜、柊穂乃果、宮内涼夏、根本恵、島野千秋の六人となった。
根本恵と島野千秋は、宮内の取り巻きの…かつて、一緒になって茜に嫌がらせをしていた生徒たちだ。
今では宮内と共に更生をしており、茜とも仲直りを果たしている。
……言うなれば、彼女たちは、如月楓ファンクラブの一員の者。
このチームは宮内たち含めて穂乃果も足し、実質六人中四人が、オレのシンパで構成されていることとなる。
「お姉さまのご活躍をこんなに近くで見れるだなんて……! 嬉しいね、恵ちゃん!」
「そうだね、千秋ちゃん! ……私の心のカメラでお姉さまの勇姿を永久保存しなかきゃ! はぁはぁ」
「ファンクラブの子たちに自慢できちゃうかもねー! えへへへ」
「お姉さま! 穂乃果はバレーのルールなんて全然分かりませんが、お姉さまの一の妹分として、全力でサポートしたい所存ですよぉう!! 何なりと、私にお申し付けくださいっ!!」
運動神経とかでチーム編成したというよりも、希望者がいないから、適当にオレの信奉者たちで選手が固められたような気がするな。
うーん、これは…女優科の敗北が確定したかな? 新興宗教如月楓教団では勝ち目は薄いかな?
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その後、先に、普通科と声優科が試合をすることに決まった。
声優科の生徒は、花子以外に関わりがなかったので、その顔の殆どが初対面の人物ばかりだ。
「……それにしても、意外だったな」
声優科のスタメンの中に、花子の姿があった。
あまり目立つことを苦手とするあの妖怪女のことだから、こういう行事は絶対に参加しないものと思われたが…まさかあいつが、バレーのチームに編制されているとはな。
意外にも運動神経があるのか? あの座敷童。
「佐藤さん! そっちにサーブがいったよ! レシーブして!」
「分かりまし……ふぎゃっ!!」
顔面に顔を受けて、花子は後ろに倒れていく。
どう見ても…今のは、棒立ちだったな。花子は明らかに、声優科のスタメンの中で最も動きが悪い。
彼女がチームの中でお荷物となっているのは、明らかな状況だった。
「大丈夫!? 佐藤さん!?」
「だ、大丈夫です。立てます」
花子は顔を抑えて何とか自力で立ち上がると、ふぅと大きく息を吐く。
そんな彼女に対して、普通科のバレー部と思しき生徒たちはクスクスと嘲笑の嗤い声を上げた。
――――ホイッスルが鳴り響く。中断していた試合が再開される。
声優科のサーブから始まり、ボールはコートの中を飛び交って行く。
「……趣味が悪いな」
明らかに、普通科の生徒たちが手加減していることは丸わかりだった。
敢えて、優しいボールを投げて、試合を長引かせて……相手が油断している時に、強烈な一撃を叩きこむ。
その一撃が撃ち放たれる先は、決まって、動きが悪い花子の元。
花子はまたしても顔面にボールを受けて、地面に倒れ込んだ。
「佐藤さん!? ちょっと、あんたたち! わざと彼女を狙っているんでしょ!?」
「は? そんな証拠なんてあるの? そいつがボーッと突っ立ってるのが悪いんでしょ?」
「ふ、ふざけたことを言ってるんじゃ……」
「……大丈夫です。少し鼻血が出ましたが、平気です」
花子は立ち上がると、いつものように無表情でそう、自分を心配する同級生に声を掛ける。
その同じクラスの女子は、花子に動揺した顔を見せ、声を掛ける。
「で、でも…! このままじゃ佐藤さん、あいつらに狙い撃ちに……!」
「痛みには慣れています。この程度、どうということではありません」
「痛みには、慣れている……?」
「何でもありません。とにかく、私は、大丈夫です。……怪我をするよりも、ああいった連中から逃げ出す方が、私には、何倍もプライドが傷付く行為です。フランチェスカさんは最強の吸血姫、ですので」
………痛みに慣れている、か。
確か花子は親の虐待によって孤児院暮らしをすることになったと、以前、言っていたな。
もしかして、そのこと、なのか―――――。
その後、花子は何度も何度も顔にボールを受けながらも、立ち続けた。
教師から注意を受けても…「これも青春ですので」と、あの熱血教師を説き伏せて、コートの中に居続けた。
何が彼女をそこまで駆り立てたのかは分からないが、その姿は、何かに抗い続けている…そう、オレは感じ取った。
絶対に逃げてはならない。そんな気迫が、花子からは漂っていた。
―――――そうして、試合は十数分程で終了して、結果は、普通科の圧倒的勝利で終わりを告げた。
普通科の生徒は半数以上が恐らく、経験者と思われた。
最初に宮内が、普通科には部活動経験者がいるから不公平だとは言っていたが……なるほど、確かにこれは不公平極まりない試合と言えるだろう。
経験者と未経験者では、実力は雲泥の差。見るも無残にボコボコにされて終わるだけだ。
「………ちょっと、勝負にもなんないんだけど。芸能科の生徒って、バレーボールもまともにできないわけ? おっかしー!」
そう言って、クスクスと嘲笑の声を上げる、普通科のバレー部と思しき生徒四名。
そんな彼女たちに対して、声優科の生徒たちは眉間に皺を寄せて悔しそうな表情を浮かべるが…何も言い返すことが出来ず。
そのまま、敗者である彼女たちは、コートの中から出て行った。
顔に大きく痣を作って俯く花子のその顔は、相も変わらず無表情だった。
だが……頬に一筋の涙が流れていることに、オレは、気が付いてしまった。
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今度は、女優科が普通科の生徒と試合することとなり、オレたち六人はコートの上へと上がる。
普通科の生徒たちは先程の試合で完全に芸能科を舐めているようで、こちらを遠巻きに見てニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
オレはそんな彼女たちを見た後、奥にいる、待機している普通科の生徒たちの集団へと視線を向ける。
そこには、集団から外れてポツンと、一人で立っている生徒の姿があった。
その一人とは、壁に背中を預け、長い髪の毛の先を指で弄んでいる香恋の姿。
オレはそんな彼女の姿を見て、思わず短く吐息を溢してしまう。
「………浮いてんだなー、あいつ」
まぁ、あの香恋が、お友達とキャッキャッウフフしていてもそれはそれで驚きなのだが。
あの女が穂乃果のように満面の笑みで友達と雑談を交わしている姿など、想像することはけっしてできはしない。
「楓。見てみなさいよ、あいつら、完全にあたしらのことを舐めているわよ」
茜は隣に立つと、そう言って、バレー部の連中を睨みつけ始める。
オレはそんな彼女の横顔に視線を向けた後、ニコリと微笑みを浮かべた。
「そうですね。まぁ、好きに言わせておいてあげれば良いのではないのでしょうか。彼女たちにとってはバレーが得意であるように、私たちは芸能事が得意な人間です。人には向き不向きがある。完璧な人間など、この世界には一人もいないのですから」
「完璧な人間など、いない、ね……。はぁ、あんたがそれを言うのね」
「? 茜さん?」
「あたしの目から見て、如月楓ほど完璧な人間など他にいないと思うのだけれど。演技もできて、運動もできて、格闘技もできる。……ねぇ、この際だから聞くけど、あんた、いったいどういう環境で育ってきたの? とても普通とは思えないんだけど」
どういう環境と言われても、幼少期に恭一郎から虐待じみた稽古を受けてきただけの話なんだけどな。
オレは特殊な訓練を受けてきたエージェントでも、天賦の才を持つ天才児でもない。
ただ、子供の頃から色々な芸事を叩きこまれただけの、ただの凡庸なる人間でしかない。
「―――――如月楓さぁん? あんた、ちょっとお高く留まっているんじゃないのー?」
その時。バレー部の生徒四名がこちらに近付き、オレにそう声を掛けてきた。
彼女たちのリーダ格と思しき生徒は、オレと茜の前に立つと、170cmは優にあろう身長で高圧的にこちらを見下ろしてくる。
「私、前からあんたのこと気に入らなかったんだよね。良い? 銀城先輩は遠巻きに見つめるだけで、誰も手を出してはいけないっていう、不可侵条約のルールがこの学校にはあるの。それなのに、あんた、入学早々あの人と良い感じになっちゃって……先輩に色目使うのやめてもらえる? 私、中等部時代からあの人のファンなんだけど」
「………そう、言われましても…。銀城先輩が誰と仲良くなろうが、貴方には関係のないことなのではないですか?」
「関係大ありよ。私たちの不可侵条約を破り、あまつさえ、先輩に好意を持たれるとか……。刺し殺したいくらいに憎たらしいわよ!!」
銀城先輩のファン、か。随分とこじらせたファンを持っていたものだな、あの先輩も。
「一部ではあんたのことをお姉さまだとか言って信奉する人もいるみたいだけど、銀城先輩のおっかけは、みんな、あんたのことを誰一人として良く思っていない。この学校の裏サイトでは、如月楓のアンチスレだってできているんだから」
「ア、アンチスレ、ですか…」
「とにかく! 今までの恨みを込めて、私は今からこのバレーの試合で…あんたをぼっこぼこにしてあげる。さっきの佐藤とかいう女みたいにね」
さっきの佐藤とかいう女のように? 花子パイセンのことか…花子パイセンのことかぁぁぁぁ!!
と、叫んでスーパーサイヤ人化したいところだが、オレはここで、先ほどから疑問に思っていた言葉を彼女に発することに決める。
「……花子さんのお顔に必要以上にスパイクを当てていたのは……何故ですか?」
「別に、理由なんてないわよ。あの女がどんくさくて狙いやすかったから――――」
「花子さんが綺麗なお顔をしているのに、腹が立ったから、じゃないんですか?」
「ッ!?」
その瞬間、彼女は表情を強張らせた。
正解、か。まったく、女子の世界というものは恐ろしいものだな。
……ここは新たな敵を作らないためにも、無抵抗でバレーボールを受け続けて、目立たずに試合を終わらせる方が得策なのだろうが……生憎と、友人を泣かされて黙っていられる程、オレは大人じゃない。
「……茜さん。ボールを受け取ったら、全て私にトスして回してください。私が全部、相手コートに叩き込んでやります」
「楓?」
「現状、女優科の生徒の中でまともに動けそうなのは、貴方と私だけです。私たち二人で……この、初心者狩りをして楽しんでいる連中の鼻を明かしてやるとしましょう」
その言葉に、茜は一瞬驚いた様子を見せたものの、即座に笑みを浮かべて、力強く頷いた。
そしてオレと共に、普通科の生徒たちを睨みつけると、不敵な笑みを浮かべて、口を開く。
「いいわ、楓。一緒にこのムカつく連中をブチのめしてやりましょう。あたしたち女優科をあまり舐めるんじゃないって、ね」
「ええ、茜さん。彼女たちに私たちとの格の違いというものを教えてさしあげましょう」
オレと茜はそう言って共に並んで、笑みを浮かべた
みなさま、第78話を読んでくださってありがとうございました!
みなさまが読んでくださるおかげで、何とか続けることができています!
本当に、ありがとうございます!
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次回は明日投稿する予定です!
暑い日が続きますが、みなさま体調にお気を付けて、お過ごしください。
三日月猫でした! では、また!




