第76話 女装男、呪い殺される。
「………あぁ、体育の授業ね。そういえば今日からだったわね」
普通科の教室の前まで赴くと、香恋はそう言ってコクリと頷いた。
オレはそんな彼女に首を傾げつつ、口を開く。
「え? 何、お前、知ってたの……?」
「勿論。ねぇ、柳沢くん、どうして、女優科には今まで体育の授業が無かったと思う? シンキングタイムは十秒! チックタックチックタック…」
「え? う、うーん……体育の先生が産休だった…とか?」
「ぶっぶー。残念不正解ハズレー。正解は、ロミジュリの稽古の体力を消費しないために、私が直接指示して女優科の体育の授業を控えさせていた、でしたー」
「え…お前、そんな配慮を女優科にしていたの?」
「当然でしょ? この学校において女優科は、一番お金にな…花形だもの。より良い舞台を産み出してくれるためなら、授業のコマをずらすことなどわけないわよ」
「そ、そうだったんだ……って、何故、オレに、注意のひとつもしてくれなかった? 体育が始まるわよくらい言ってくれても良かったんじゃないですかね? 腹黒お嬢様? もしかして、故意的に黙ってたの…?」
「うん。だってその方が面白いじゃない? 貴方が慌てふためく姿、私、好きだから」
「こんのドS女は……」
はぁと大きくため息を吐いた後、オレは頭を振り、香恋へと本題の相談をする。
「まぁ、良い。それで、香恋。オレって…いったい、どこで体操着に着替えれば良いんだ? また職員用の男子トイレか?」
「最近は柳沢恭一郎が学校に来ていないみたいだから、それもアリかもしれないけれど……今日は学校の改修工事で、作業員が多く校内に入っているの。だから、今の状況で男子トイレを使用するのはリスキーよ。…私に考えがあるわ。ついてきなさい」
「へいへい」
「へいは一回」
「へい」
そうして、オレは、何故か体操着袋を持った香恋と共に、廊下を歩いていった。
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「ここよ。ここで、着替えるの」
「………あの、香恋さん? ここって…女子更衣室、ですよね?」
「そうだけど?」
「そうだけど、じゃねーよ!! 何のつもりだ、お前!!」
香恋が連れてきた場所、そこは、体育館の脇にある簡易プレハブ小屋…更衣室だった。
部活動などを行う生徒が利用すると思われるその更衣室からは、生徒たちの楽し気な会話の声が聴こえてくる。
現在、中で、生徒たちが着替えを行っているのは明らかだ。
「さっ。行くわよ。彼女も、もう既に中で待っていると思うから」
「ま、待てよ! オレがこの中に入れるわけが――――彼女?」
オレの言葉を無視して、香恋は更衣室の中へと入って行く。
オレは何度か逡巡した後、そんな彼女の後ろを俯きながらついていった。
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「あれ? アケミ、また胸大きくなったんじゃない? 彼氏に揉まれたのかー、このこのっ!」
「やだ、ちょっと、触らないでよ! セクハラかっての!」
「でね、マリカったら、秀英の男子に告られたらしいのよー」
「それでそれでー?」
女子生徒たちの会話が、耳に入ってくる。
オレはなるべく上を見上げないようにして歩き、香恋の後を隠れるようにしてついていった。
そして、香恋は更衣室の一番奥―――角になっている場所に辿り着くと、そこにいる人物へと声を掛ける。
「お待たせしてしまったかしら……花子さん」
「え? 花子?」
顔を上げると、そこには…ジト目をした無表情のオカッパ座敷童、佐藤花子の姿があった。
花子はオレと目が合うなり、ふぅと、大きくため息を溢す。
「まったく…。フランチェスカさんも苦労するものです。お前の秘密を知ってしまったばかりに、色々と手助けしなければならなくなってしまったのですから」
「な、何故ここに、花子さんが…?」
「そこの花ノ宮香恋さんに昨晩、如月楓の着替えの協力をしろと、メールを送られていたのですよ。体育の授業を女優科・声優科・普通科で合同で行うから、そのバックアップをして欲しい、と」
オレは無言で香恋に視線を向ける。すると彼女は目を伏せ、フッと、鼻を鳴らした。
「以前のトイレ騒動ではミスを侵してしまったんだもの。今回は抜かりの無いように、予め手を打って置いたの」
「それで、花子のいる声優科と、お前のいる普通科を、女優科と合同体育にした、と……。めちゃくちゃ強引な手を使うじゃねぇか、お前……」
「今回は三クラス合同という特例中の特例を使ったけど、これから体育を行う時は、二つまでとなると思うわ。だから、ローテーションで、女優科は普通科、もしくは声優科と必ず合同の体育をしてもらう。私か花子さんで、貴方の着替えをバックアップするわ」
そう言って香恋はオレの肩を両手で掴むと、そのまま更衣室の角へとオレを押し込め、花子と二人で壁を作ってくれた。
「さっ、これなら堂々と着替えられるでしょ? さっさと体操着に着替えなさい、楓」
「あぁ! サンキュー! ……と、いいたいところなんだが……オレ、お前たちの前で着替えなきゃなら―――――」
「よい、しょっと……何かしら?」
「うわぁ!? ちょ、お前、何いきなり服脱いでるんだ!?」
「着替えずに貴方を壁際に追い込んだままだったら、流石に怪しまれるでしょう?」
そう言って、香恋はワイシャツのボタンに手を掛け始めた。
花子はその光景に、今まで見たことがない表情……顔を真っ赤にさせて、慌てふためき始める。
「………え゛? も、もしかして、フランチェスカさんも、この男の目の前で……着替えなきゃならないん、です…か……?」
「そうね。そうなるわね」
「ちょ……そ、そんなこと聞いていません! フランチェスカさんだって花も恥じらう乙女なんです!! お、男の子の前で服を脱ぐだなんて……そんな……」
そう言って、花子はチラリと、恥ずかしそうにオレに視線を向けてくる。
そして、怒ったように眉間に皺を寄せると、顔を真っ赤にさせながら、声量を抑えて怒鳴り声を上げた。
「か、壁を向いていてください!! 絶対にこっちは見ないこと!! 良いですね!! 振り向いたら、お前のグラビア写真をR18仕様に加工して、ネットで売ってやりますから!!」
「は、はい……っ!!」
くるりと身体を一回転させて、壁の方へと顔を向ける。
これは……オレも覚悟を決めて、この場で着替えなきゃいけないのかな…。
背後でシュルッと、衣擦れの音が聴こえる。その音にドクンドクンと心臓の音が高鳴って行くが…煩悩を振り払い、オレは、ブレザーを脱ぎ、ワイシャツのボタンを外していった。
そして、何とか上半身の衣服を脱ぎ終えると、体操着を取り出すために、床に置いておいた体操着袋に手を伸ばす。
「…あら? やっぱり貴方、肌、綺麗なのね。……何か、女の私よりも綺麗な気がするわね。ムカツクわ」
「ひょわっ!? ちょ、香恋、てめぇ、背中を指で撫でてくるんじゃねぇよ!!」
思わず振り向き、そう香恋に怒りの声を上げると―――そこにいた、花子と目が合った。
「あ」
「あ」
花子は下着姿で、ジャージのスボンを履こうと、片足を上げている最中だった。
……ふむ。それにしても花子の奴……着やせするタイプなのか? 思ったよりも、胸があ―――。
「………殺します」
「へ?」
「何、じろじろと人の胸見てるんですか!! 変態!! 今夜の丑三つ時に、藁人形に釘を打ち付けて、お前を呪い殺してやります!! 今日私の身体を見た記憶もろとも、消し去ってやります!!」
「ぐふぁ!? ちょ、花子さん、お腹にグーパンはやめてくれ……マジで痛い……」
オレはお腹を押さえたまま、その場に蹲る。
目の前には、顔を真っ赤にして目の端に涙を溜めている花子と、下着姿を見られることは特に何とも思っていないのか…堂々とその綺麗な身体を見せつけている香恋が、立っているのだった。




