第75話 女装男、体育問題に直面する。
「よぉ、如月楓。今日も来たぜぇ…」
「……黒獅木さん……貴方、暇なんですか……?」
翌日。昨日と同じようにまた、校門の前で黒獅木アキラと遭遇する。
どうやら、奴にとってオレの演技は余程、盗みたくて仕方がないもののようだな。
その演技に対する執着は、呆れを通り越して、思わず尊敬してしまうぜ…。
「俺様と一緒に来い、如月楓。てめぇに拒否権はない」
「……お断り致します。貴方は私のタイプではないので。無理やり連れていくというのなら…どうぞ? 即、警察に連絡させていただきます」
そう言ってオレはブレザーのポケットからスマホを取り出し、彼の視界にチラつかせる。
すると黒獅木はフッと笑みを浮かべ、目を伏せる。
「面白れぇ女だ。この俺様に一切、靡かないとはな」
これが所謂おもしれー女、って奴ですか? 頭に芋けんぴでも付けてこようかしら?
「お、お姉さまに手を出さないでください!! 帰ってください!!」
「そーだよ!! あんた、イケメン俳優か何か知らないけど、やってること、ストーカーだかんね!? 女子高の前で待ち伏せしてさ! ちょーキモいよ!! 変態だよ!!」
そう言って、オレを庇うようにして前に出る穂乃果と陽菜。
庇ってくれてありがとう、みんな…! でも、変態はオレもなんです、陽菜ちゃん…!
今、女の子に守られてるのが変態女装男なんですよ、みんな……!!
「にゃー」
背後を見ると、花子はこちらに興味なさそうに、道端にいる野良猫と戯れていた。
花子パイセンは時折オレと男を結ばせさせようとしている節があるから…もしかしたらBLもいける口なのかもしれない。
というか、少しは助けてください。この場でオレが男だって知っているのは、あんただけなんだから…。
「如月楓。お前はいったい何者なんだ? あのロミオとジュリエットの舞台を録画された動画で見たが…素人が一朝一夕で産み出せるレベルのもんじゃねぇ。あれは、才能のあるものが、血の滲むような努力の果てに華を咲かせた代物だ。俺様の目をごまかせるとは思うな」
「………私は、素人役者ですよ。貴方にそこまで褒められるような人間ではありません」
「ハッ! あくまでも白を切るつもりか! 面白れぇ…! てめぇとは直接舞台の上で競いあっても面白いかもな…!!」
フフフフフと邪悪に笑みを浮かべると、突如、黒獅木は真顔に戻り、再び開口した。
「……さっき、俺様がタイプじゃないと言ったが…お前のタイプはいったい何だ?」
「は?」
「だから、男のタイプを聞いてんだよ! 答えろや!」
男のタイプなんて、ないよ? オレは男の子なので、フツーに女性が好きですよ?
「タ、タイプ、です…か…? えー、あー、う、うーん…?」
「楓さんの好きなタイプは、柳沢楓馬のような中性的なイケメン男ですよ」
「花子さん? 黙っていてくださいますか? 貴方は猫と一生遊んでいてくださいね?」
「………柳沢、楓馬…」
「え…?」
突然、黒獅木の顔が暗く曇り始めた。
口元に手を当て、具合が悪そうに、額から玉のような脂汗を浮かばせ始める。
「……黒獅木、さん……?」
「……………今日は、帰る。じゃあな、楓」
そう言って、黒獅木は坂道を下り、オレたちの前から姿を消していった。
昨日も、銀城先輩が柳沢の家系の者だと知った瞬間、帰っていったが……あの男、何か柳沢の姓に嫌なことでもあるのか? 過去に恭一郎にボロクソに言われた経験があるとか?
「まぁ……どうでも良いか。黒獅木なんて大物俳優、これから関わることなんて絶対にないし、な」
オレが目指すのはあくまでも花ノ宮女学院の宣伝塔であって、芸能界のトップを争うことではない。
柳沢楓馬として再起したのならともかく、偽りの女優である如月楓が、表舞台に立って良いわけがない。
表舞台で覇を競い合うのは、茜や、黒獅木や、桜丘理沙などの、本物の役者たちだけだ。
オレのような詐欺師に、そんな資格はない。
「………どっちみち、いずれ消える身ですしね、私は……」
「? お姉さま? 何か言いましたか……?」
「いいえ、何でもありませんよ、穂乃果さん」
高校生活という僅かな時間だけに陽炎のように生きる女優、それが、如月楓という影の役者。
少し、彼らと戦えないのは寂しくも感じるが……こればっかりは仕方のないことだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、授業は滞りなく進んで行った。
数学、英語、物理、と、連続して頭の痛くなる授業を受け、迎えた――――四時間目。
オレは、ここで、ある盛大なミスを侵してしまうこととなる。
「………体育…だ、と……?」
四時間目にある授業は、体育。今まで花ノ宮女学院で生活していて、一度も無かった授業だ。
てっきりこの学校は、体育は存在しなくて、部活などで運動事を補っているのだとばかり思っていたが……当然、そんなことないよな……。夏にプールがあるって、銀城先輩も言っていたんだし……。
時間割を確認してこなかったオレが悪いと言えば悪いのだが、何で香恋は、オレにこのことを言ってこなかったんだ…? あいつ、この学校の理事だろ? 一言注意するくらいのこと言ってくれても良くない?
「よいしょっと」
突如、目の前で、穂乃果が制服のブレザーを脱ぎだし、ワイシャツのボタンに手を掛け始めた。
オレはその姿を見て、思わず椅子の上で仰け反り、悲鳴の声を上げてしまう。
「ひょわぁぁっ!?!?」
「? どうしたんですか、お姉さま? 驚いたお顔をされていますが……?」
「い、いえ、何というか、その……」
「どうしたのよ、楓。時間もないのだし、早く着替えた方が良いわよ?」
「え? 茜さ―――――ぬぅおわぁぁぁ!?!?」
背後に視線を向けると、そこには……上半身下着姿の茜が、腰に手を当て、不思議そうに首を傾げながらオレのことを見つめている姿があった。
可愛らしいピンクの下着に、小ぶりな胸……穂乃果の大きな胸に比べると現実の非情さが感じられるな……なんて、くだらねぇこと考えている場合じゃなかった……!!
キョトンとして顔でこちらを見つめている茜から、オレは即座に顔を逸らす。
だが、逸らしたところにも、別の半裸の女性の姿があった。
「お姉さま! お姉さま! 初めての体育、楽しみですね!」
「み、宮内さん……」
宮内涼夏は、フリルの付いた青い下着を着用していた。
こうして見ると、下着というものは、着用する本人の個性が色濃く出ているものだといえるな。
いや、そんな感想を言ってる場合じゃないだろ、オレよ…!!
「すいません!! トイレ、行ってきます!!」
机から勢いよく立ち上がると、オレは半裸の女性の群れを俯きながら掻い潜り、即座に教室から廊下へと逃げ出した。
そして廊下に出た瞬間に、膝に手を当てて、大きく息を吐いた。
「何なんだよ、この状況……冗談キツイぜ……」
共学だった以前の学校では、体操着は更衣室で着替えていたからな…まさか、いきなり教室で着替えだすとは思いもしなかった。
まぁ、学校に女子生徒しかいないのだったら、教室で着替えるのも当然、ということなのかもしれないが。
「………くそっ、どうするか。一番無難なのは、体育を休んで見学することだろうが…それは最終手段、だよな。休み続けて入れば、流石に怪しまれる」
それに、花ノ宮女学院の花形になるためにも、授業にはなるべく出ていた方が良いだろう。
周囲の心象を、あまり悪い方向に下げたくはない。
「とりあえず……困った時の香恋ちゃんに相談しよ」
スマホを点けて、香恋に通話を掛ける。
耳元にスマホを当ててコール音が三回鳴ったあと、いつもの凛とした声が聴こえてきた。
「………何? どうしたの? 学校で掛けてくるだなんて珍し――――」
「助けて、カレエモ~ン!! 秘密道具出して助けて~~!!」
「死ね」
ブツ。ツーツーツー。
………酷い。死ねは流石に酷い。普通に傷付くからやめて欲しい。あと、即効通話切らないで。
オレはめげずにもう一度香恋に通話を掛け、耳元にスマホを当てた。
「………何かしら」
「あの、すいません。何かうちのクラス、四限目体育らしくて……助けてほしいんです、香恋さん……」
第75話を読んでくださって、ありがとうございました。
次回は明日投稿する予定です。
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