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第74話 女装男、恐れられる。


「会長が、桜丘理沙と双子だったとは……考えもしなかったな……」


 桜丘櫻子生徒会長を自宅へと届け終え、オレは一人、高級住宅街の街路を静かに歩いて行く。


『――――良いですか、お姉ちゃん! この男は、人間の皮を被った、芸術の権化ともいうべき……悪魔のような男です!! 常人が傍にいれば、たちまち、彼に飲み込まれて行き精神が壊されていく…!! 普通の人間が絶対に近付いてはいけない人間なのですわよ!!』


『え? え? で、でも理沙、わたくしは、柳沢さんはそんなに悪い人ではないと思いますわよ? 具合が悪くなったわたくしを、助けてくださったわけですし……』


『騙されちゃいけません!! この男は……人間ではありません!! 柳沢楓馬!! 即刻、我が桜丘家の前から立ち去りなさい!! 良いですわね!!』


 そう言って、桜丘理沙は会長を連れて、屋敷の中へと入って行った。


 回想を終え、オレは空に浮かぶ満月を見つめながら、ふぅと、短くため息を吐く。


「………何か、知らんが、めっちゃ桜丘理沙に嫌われていたな、オレ……」


 まぁ、子役時代の柳沢楓馬を見た者の反応というは、大抵二つだ。


 怪物と罵り嫌悪するか、金になるとすり寄って来るかのどちらかだけ。


 茜のように、正面からガツンと挑んでくる者など、早々いない。


 桜丘理沙のあの反応こそが……当時の同業者がオレに抱いていた感情そのものだろう。


「悪魔のような男、か……」


 如月楓の演技は、恐らく、『悪魔』と呼ぶものはいないだろう。


 彼女の演技は、子役時代のオレの演技とはそもそも、質が違うからな。


 観客の目を楽しませるのが如月楓の演技。


 観客を圧倒させ、黙らせるのが、柳沢楓馬の演技。


 どちらが役者としてより良い演技なのかは分からないが…もう、あんな風に同業者から悪魔などとは、言われたくはないものだな……。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《黒獅木アキラ視点》



 ――――――あの男の、光のない、深海のような深い青い瞳を…未だに俺は覚えている。


 あんな冷たい目をした人間を、俺は今まで一度も見たことがなかった。


 最初あいつを楽屋で見た時、奴は、感情が無いのかと思った。


 常に無表情で、口数も少なく、ただ静かに台本に目を通している。


 同じ二世俳優として、俺は勝手にあの男をライバルとして見ていたが…その時は、こんなガキに俺が敗けるわけはないと、そう、思っていた。


 だが……舞台の上に立つと、一変。


 あの男は――――柳沢楓馬は、その身に魂を宿した。


 まるで、心の無かった人形に魂が宿ったかのように、柳沢楓馬は感情を爆発させ、舞台の上を色鮮やかに彩っていく。


 その演技には、”魔”が宿っているようにしか思えなかった。


 奴は、舞台の上に『偽物』ではなく、『本物』を造り出していく。


 観客を黙らせ、圧倒させる、有無を言わせない暴力的な演技力。


 その演技を見て、俺は……ただひたすらに、恐ろしいと、そう思った。


 あれは、芸術というものの深淵をその身に宿した、悪魔のような演技だ。


 人が為せる技では、けっしてない。



『――――あぁ、黒獅木くんか。すまないが、この前の、月ドラに出る話だけど…無しになったよ』


『え…?』


『スポンサーがどうしても柳沢楓馬を取りたいと、頑なでねぇ。悪いね』


『そう…です、か…』


 子役をやっていて、あいつの名前を聞かない日は、なかった。


『ねーねー、黒獅木くんって、子役やってるんだよね? 柳沢楓馬に会ったことある?』


 中学校でも、あいつの名前を聞かれるのなんて、日常茶飯事。


『やっぱり、柳沢楓馬ってすごいよねー。流石は柳沢恭一郎の息子って感じ』


『だよねー。同じ二世俳優の黒獅木アキラなんて、あんま、有名じゃないもんね。楓馬くんてやっぱり天才だわ』


 街を歩いていても、そんな会話が聴こえてくる。


 ……どいつもこいつも、楓馬、楓馬、楓馬、楓馬。


 俺だって、才能が無いわけじゃない。あの化け物がいなければ、日の目を見ていたのは間違いなく俺だ。


 だが……真の天才の前では、才人など、見向きもされない。


 あの男は、柳沢楓馬は、俺が好きだった演技の世界を、黒く、塗りつぶして行く。


 ………それでも、俺は、役者として、柳沢楓馬を尊敬していたんだ。


『―――――あんたも…あの男に心壊されたのですの…?』


『桜丘理沙、か』


 事務所のソファーで顔を俯かせていると、同じプロダクション所属の子役、桜丘理沙が俺にそう話しかけてくる。


 彼女は、目の下がクマで黒くなっており、とても疲弊している様子が見て取れた。


『……私、もう、役者を辞めようかと思っていますの』


『そうか。奇遇だな、俺もだよ』


 珍しいことではない。柳沢楓馬の出現で、多くの子役は辞めていった。


 才能のある者も、凡人も、総じて全て。


『私、役者を辞める前に、あの人…柳沢楓馬に会いに行こうと思うんですの。貴方も来ます?』


『……そう、だな…。あぁ、勿論、俺も行くよ……』


 席を立ち、桜丘理沙と共に、俺は事務所を後にした。


 そして俺たちはバラエティー番組の収録を終えた柳沢楓馬をスタジオで待ち伏せ、休憩に入った彼に声を掛ける。


『――――――楓馬くん、どうか今から、俺たちの話を聞いてくれないか……?』


『……話?』


 いつもの無表情な顔で俺たち二人を見つめると、彼は「来なよ」と一言呟き、スタジオの外へと出て行った。


『………それで、話って何?』


『俺たち…役者を辞めようと思っているんだ……』


『そうなんだ。それで?』


『最後に……君に問いたい。どうすれば俺たちは、君に近付けるのだろうか? 俺は…君のような役者に、なりたい……っ』


 そう言って、俺は床に手と膝を付き、深く頭を下げた。


『頼む!! 少しでも良いから、俺に、君の演技を教えてくれないだろうか!! 俺は…まだ役者の世界に居たいんだ!! 父のいるこの世界で、演技を続けていきたいんだ!!』


 三歳年下の小学生に土下座をする…何とも屈辱的な行為だろう。


 だが、彼はただの小学生などではない。彼は……いずれ芸能界の頂点に立つだろう、天才子役だ。


『ちょ、ちょっと、黒獅木!? 何をしているんですの!?』


『頼む、頼む……!! 俺を君の弟子にしてくれないか……っ!! 何でもする!! 金も払う!! だから……っ!!』


 俺のその言葉に…目の前の怪物は、呆れたようにため息を吐いた。


『――――――お前らじゃ、僕に勝つことは絶対にできない』


『え…?』


 顔を上げ、見上げる。


 そこにあるのは……影の中に浮かぶ、青い二つの瞳。


 その光景は、芸術という悪魔が人の姿を取って目の前に現れた…そんな風に感じられた。


 悪魔は、怯える俺たちの顔を静かに見つめると、そのまま踵を返し、何も言わずに――スタジオへと戻って行った。


 怖い。あの目が、ただひたすらに、怖い。


 深淵の底にいる得体の知れない化け物が、こちらを覗いているような……そんな感覚がした。


 まさしく、魔性の怪物。俺には奴のあの姿が、恐ろしくて、恐ろしくて、仕方が無かった。






「―――――うわぁぁぁぁ!!!!!!」


 ベッドから飛び起き、俺は、ゼェゼェと荒く息を吐き出す。


 額からは玉のような汗が吹き出し、まるで滝のように、汗の雫がボタボタと布団の上に落ちていく。


「何? どうしたの、アキラ?」


 隣で寝ていた素っ裸の女…新人女優の槙原早苗がそう声を掛けてくるが、俺はその言葉を無視して、額に手を張り、ギリッと奥歯を噛みしめる。


 ……今でも時折思い出すのが、あの時の…柳沢楓馬の、恐ろしい眼光だ。


 もう、あの男は芸能界には居ないというのに。


 俺は、日本アカデミー賞主演男優賞を取った、若手の中ではトップレベルの役者だというのに。


 何故、あの男の姿を、俺は、忘れられないんだ……っ!! 


 何故、未だに、柳沢楓馬がトラウマになっているままなんだ、俺は……っ!!


「畜生、畜生がっ!! 俺様は頂点に立った俳優だぞ!! 何で、未だに子役時代のあの化け物に恐れているんだ!! クソがっ!! クソがぁぁっ!!」


「ど、どうしたの、アキラ!? だ、大丈夫!? どこか痛いの!?」


「うるせぇ、雑魚女優!! てめぇはもう用済みだ!! とっとと失せろ!!」


「は、はぁ!? わ、私たち、付き合うんじゃ…朝チュンした後は、そういう流れなんじゃないの!?」


「消えろ!! 殺されてぇか!!」


「ひぅっ!?」


 俺の恫喝に、槙原早苗はベッドから飛び降り、床に落ちていた衣服と下着を手に取って、部屋から出て行った。


 俺はその姿を睨みつけながら見送った後、テーブルの上にある空の酒瓶を手に取り、それを床へと叩きつけた。


「クソがっ!! 柳沢楓馬!! てめぇさえいなければ、こんなことには……!! 俺は、俺には、もっと力がいる…!! あいつが再び現れても、絶対に敗けないような、圧倒的力が……!!」


 大きく息を吐いた後、俺は床に落ちたスマホを拾い上げ、電源を付ける。


「……如月楓。そのためには、てめぇの力、何としてでも盗んでみせるぜ……」


 そう一言呟き、俺は笑みを浮かべた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ぶぇっくしょん!!」


「うわっ、汚っ! ちょっと、おにぃ!! ルリカの朝ごはんにおにぃの唾飛んで来たんだけど!?」


「ずびっ、ごめん、ルリカちゃん。はい、お兄ちゃんのと交換してあげるから」


「むぅぅ~…」


 大天使ルリカエルはどうやら朝からとてもご立腹の様子です。


 今日は雨だけではなく、雷も降ってくるかもしれません。


「そういえば、昨日、お友達とカラオケ行ったんだよね? 良いな~、ルリカもアニソン歌いにカラオケ行きたいなぁ~」


「……お兄ちゃんには地獄のようなカラオケだったけどね、ルリカちゃん」


 前の高校の友人と女子高の友人が鉢合わせるなんて、もう、生きた心地がしなかった。


 いつ正体がバレるのかと、冷や冷やして仕方がなかったよ、お兄ちゃんは。


「はぁ…」


 大きなため息を吐くつつ、オレは、皿の上にあるソーセージをフォークで突き刺し、そのまま口へと運んで行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

第74話を読んでくださって、ありがとうございました!

みなさまのおかげでこの作品は続けられております!!

本当に本当に、ありがとうございました!!


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