第73話 女装男、介護する。
「おえええぇぇぇぇっ……」
「おいおい、大丈夫かよ、会長さん…」
公園のベンチに座り、隣に座る桜丘会長の背中を揺すってやる。
合コンが終わり、皆と別れた後。
酔っ払った桜丘会長を放置することもできず、オレは彼女を連れて電車に乗り、北仙台で一緒に降りた。
その後、桜丘会長の自宅まで送るつもりだったのだが…会長が突然口を抑え「で、出ますわ…」とか言い出したので、急いで最寄りの公園に寄り、現在、オレは桜丘会長を介抱してやっていた。
おえおえ言っているお嬢様の背中を摩りながら、ふぅと短く息を吐く。
しかし…現状を冷静に考えると、マジで意味が分からなくなってくるな…。
何故、オレは、殆ど面識のないこの酔っ払った上級生の介護をしなければならないのか。
普通、この人を連れて来た元凶である陽菜とか花子がやるべきことなんじゃないの? 何で、オレがこんなことしなきゃならないの? ねぇ? オレ、柳沢楓馬としても如月楓としても、この人とろくに会話したことないんだけど?
「あ、ありがとうございます。大分、良くなってきましたわ……」
そう言って、口元にハンカチを当て、桜丘会長は青ざめた顔でこちらを見つめてくる。
オレはそんな彼女にため息を吐くと、今まで疑問に思っていた問いを投げてみることにした。
「なぁ、あんた、花ノ宮香恋とはどういった関係なんだ?」
「……何故ここで、あの女の名前が出てくるのですか?」
香恋の名が出た瞬間に、会長はキッと、鋭い目をこちらに向けてくる。
オレは首を横に振って、再び開口した。
「花ノ宮香恋は、その…オレの、ちょっとした知り合いみたいなものでな。今日、彼女と会長さんが学校で喧嘩してたって、花ノ宮の生徒が言っていたのを耳にしたんだ。だから、少し気になってさ。…あいつと仲、悪いの?」
「……私の家、桜丘家というのは、古くからこの仙台で名を馳せていた名士の家だったのです。ですが…60年程前、外様からやってきた花ノ宮家に強引な手段で、所有していた土地の多くを奪われ…その権力も小さなものへと変わっていってしまった。ですから…花ノ宮家と桜丘家は、相対する家の間柄にあるんですわ。とはいっても…もう、桜丘家は花ノ宮家の傘下の家と化してしまっていて、花ノ宮家に敵意を向けているのも、一族ではわたくししかいませんけれどね……」
「それが、香恋と仲が悪い理由、なのか?」
「…………それ以外にも勿論、理由はありますわ。わたくしは、家同士の交流で、香恋とは幼い頃から付き合いがありましたの。簡単に言えば、幼馴染のような関係のようなものなのですけれど……あの子には、昔から辛酸を舐めさせられた記憶しかありませんのよ」
そう言って彼女はふぅと短く息を吐くと、夜空の星を見上げ、目を細めた。
「ピアノを習っても、書道を習っても、歌を習っても、乗馬を習っても、あの子には何一つ、勝てることができなかった。神童と呼ばれた花ノ宮の息女と、敗者の家の、出来損ないのご令嬢。わたくしは周囲からそう比較されて、育ったんですの」
「……」
「あの子は常に凛とした様子で、長い黒髪を揺らし…全ての人間を敵として見ているような鋭い目つきで、世界を見ていた。一目見て分かりましたわ。あの子とわたくしは、そもそもの人間としての格が違う、って…」
家同士の確執もあるが、どちらかというと、彼女と香恋の不仲は…そこが一番の要因のようだな。
確かに、香恋は、時折子供離れした大人びた風格を見せることがある。
彼女は高校生ながらもいくつか会社を経営しているとも言っていたし、あの学校の理事を務めているとも言っていた。
普通の学生の域を超えた、天才児であることは、間違いようがない。
「凡人は、いったいどうすれば、才能のある人間に勝つことができるのでしょうか……」
そう口にして、彼女は熱っぽい吐息を溢す。
桜丘会長のその横顔は、とても疲れているように見えた。
……こういう時、才能至上主義である恭一郎ならば、『凡人は辛酸を舐め続けることしかできない』と、そう容赦なく彼女に言い放つのであろう。
だが、オレは……そんな非情なことを言えることはできない。
過去のオレは確かに才能があったかもしれないが、今のオレは、極限状態の苦しみというものを知っている。
苦しみの中、もがき続けることでしか掴み取れない栄光を、知っている。
ロミオとジュリエットを通して、オレは、自分がただの人であることを思い知ったんだ。
だから―――――――。
「…………胸を張って負け犬になれない者は、勝者にもなれない」
「え……?」
「第25回、ゴールデンラズベリー賞の授賞式で『キャット・ウーマン』で最低主演女優賞を取った、ハル・ベリーの言葉だ」
オレはそう言って、空に浮かぶ青白い満月を見上げた。
「ゴールデンラズベリー賞とは、毎年アカデミー授賞式の前夜に行われる、最低の映画を選んで表彰するというものでな。選ばれればとても不名誉なことで、受賞者本人が授賞式に登壇することは滅多にない」
「その…ハル・ベリーさん? という女優さんは、その授賞式に参加したんですの…?」
「あぁ。彼女はそこで、こう言い放ったそうだ。―――『子供のころに母親から、胸を張って負け犬になれない者は、勝者にもなれないと、そう言われて育ってきた。だから、自分は今、この場に胸を張って堂々と立っている』…ってな。彼女は、過去に取った誉ある賞、オスカー賞の像を右手に持って、左手には最低の女優に送られるラジー像を持って、登壇した。多分、彼女にとってはどちらも誉のあるものだったんだよ。成功も失敗も、等しく、自分の糧である…ということを、かの女優様は言いたかったのだろうさ」
「……」
「つまり、敗北者になることを極端に恐れている奴は、絶対に成功など掴めはしないということだ。何かに挑戦すれば、失敗する可能性があるのは、必ず付いてまわること。だが…失敗を恐れて何もしない奴は、何者かになることはできない。どんなに不出来な失作であっても、これは自分にとっては成功であると笑い飛ばして前へと進んで行ける者だけが、真に栄光を掴み取れることができるんだ」
この世界は、残酷だ。
どんなことでも挑戦して突き詰めていけば、他人との才能の差の壁にぶつかってしまう。
だが、それでも諦めずに、ボロボロになっても、精神が擦り切れても、必死で立ち続けてさえいれば…いずれ、何かを掴み取ることができるのだと思う。
オレは、ロミオとジュリエットのあの地獄のような劇の中で――――そう、学んだ。
「………笑って負け犬になる、か…。そうですわね……」
そう言って桜丘会長は隣から、微笑みを向けて来た。
「柳沢楓馬さん、貴方、とても不思議な人ですわね」
「不思議な人?」
「ええ。わたくし、初対面の人にこんな、自分の内心を吐露するだなんて…思いもしなかったですわ。人の心を開けさせるのが上手い人…。本当に、貴方は不思議なお人、ですわ……」
突如、潤んだ紫色の瞳でオレの顔をジッと見つめる桜丘会長。
オレは照れ臭くなり、そんな彼女から視線を外し、ベンチから立った。
「さっ、家まで送っていくぜ、お姫様。もう大分落ち着いただろ?」
「そう、ですわね…。でも、もう少し、ここにいたいかも……」
「へ?」
「な、何でもないですわ!! い、行きましょう!!」
公園を出て、高級住宅街が立ち並ぶ区域を、二人で歩いて行く。
隣からチラチラと何度もこちらの顔を盗み見てくる会長に、オレは思わずジト目を向けてしまった。
「……何だよ」
「い、いえ。何でもありませんわ。か、かっこいいなとか、全然思っていませんわ!!」
「いや、全部口から出てんだよ。……あんた、前からもしかしてとは思っていたが……けっこうポンコツ系か?」
「な、何を言ってるのですか、貴方は。わたくしは、由緒正しき桜丘財閥の息女、桜丘櫻子ですわ。そんなわたくしを捕まえて、ポンコツとか、誰にものを言っているのかお分かりになっ―――――とぅわぁ!?」
突如、地面に何もないのに前のめりに転倒しだす、ポンコツ生徒会長。
そういや、最初に出逢った時も転んでいたな、この人。
最初の香恋とバチバチにやりあっていたのを見た時は、すごい強者の貫禄があるお嬢様に見えたものだが……この先輩、普通に、アホなだけだわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そ、それでは、失礼しますわね、柳沢さん…」
「あぁ。じゃあな」
巨大な豪邸の前で手を振り、門に手を掛ける桜丘会長と別れる。
だが、会長は、門を開ける手を止め――――静かに、こちらを振り返った。
「あ、あの、柳沢さん。またいつか、わたくしのお話を、聞いてはくださらないでしょうか…?」
「え?」
「こ、こんなにいっぱい、家族以外の人とお話したことは久しぶりで……とても、楽しかったんです。ダメ、でしょうか…?」
そう言って、上目遣いでこちらを見てくる会長。
う、うーん…。如月楓としてあの学校に通う以上、あまりこの先輩に接触するのは得策ではないよなぁ。
ただでさえ、つい先日、花子に正体がバレてしまってるんだし……ここは、当然、断った方が――――。
「お姉ちゃん? どうしたの、家の前、で………も、もしかして……や、柳沢…楓馬!?」
「え?」
「何で、貴方が、ウチの前にいるんですの!?」
突如、会長の背後から、オレの名前を呼ぶ声が聴こえてきた。
桜丘家の庭園から姿を現したのは……桜丘会長と似た顔をした、ボブヘアーの少女だった。
……ん? この子、どこかで見たことがあるような……?
「理沙? 柳沢さんを知っているのですか?」
「知っているも何も……お姉ちゃん、覚えてないんですの!? この男は子役時代、私を役者引退にまで追い詰めた…新人賞荒らし、オーディション荒らしの、憎き悪魔だったんですわよ!!」
「……理沙……? あっ、桜丘…理沙、か…!?」
桜丘理沙。NNKの連続テレビ小説でメインヒロインを務め、国民的ヒロインとして名を馳せた、若手人気女優だ。
面識は無い相手だが、未だオレの名を覚えているとは……黒獅木と言い、意外にオレの名前を知っている役者は多くいるもんだな。
というかこいつ、実家仙台だったのかよ。しかも桜丘家、か。なるほどなるほど…。
「何、納得気に頷いているのですか! 柳沢楓馬っ!!」
「え、あ、はい!」
こちらに詰め寄って来ると、桜丘理沙は、ビシッと、オレに指を突き刺してくる。
「貴方、何で、俳優を辞めたのですか? 勝手に私に絶望を与えて、勝手に私の前から消えて…!! 我がライバルである月代茜は、いなくなった貴方のことをいつまでも待っている始末で、私のことなどまったく眼中にない様子ですし!!」
「は、はぁ…」
「いや、戻って来なくて結構ですわ!! 貴方のような化け物に戻って来られても、私の仕事が減るだけですから!! むきぃぃぃぃぃぃぃ!! 今思い出しても、貴方に言われた言葉が忘れられませんわ!! 貴方のせいで、私は一時、本気で役者を辞めようかと思ったのですからねっ!!!!」
むきぃぃぃぃぃぃぃって言う人、リアルでいるんだ…いや、今はそんなことはどうでも良いことか。
「え…オレ、君と会ったことあったっけ……?」
「は!? まさか、忘れたのですか!? 私は…いや、子役時代の私と黒獅木は、新人賞を総なめする貴方に憧れて、直に貴方に会いに行ったのに……『お前らじゃ、僕に勝つことは絶対にできない』と、面と向かって言われたのですよ!? 在り得ないでしょう!?」
「………そんなこと言ったの、オレ?」
茜の時と言い、子役時代のオレって、何でそんなに好戦的なの?
過去のオレよ、頼むから中二病を発病するのやめて欲しい。切実に。
「あの時の…完全敗北したオーディションのことは、忘れもしません。圧倒的演技力で、他の追随を許さない、柳沢楓馬の快進撃。子役として華々しい才能があったというのに、一人の天才によって打ちのめされた、私と黒獅木。貴方が見せる演技で、多くの役者が辞めていったのを、私はよく知っています。貴方は、多くの役者の夢を閉ざした悪魔……それが、お前です!! 魔性の怪物、柳沢楓馬……!!」
「柳沢さんが……魔性の怪物……?」
驚いた顔を見せる桜丘会長と、眉間に皺を寄せる桜丘理沙。
オレはとりあえず、そんな二人に、先ほどから気になっていた疑問を投げてみることにした。
「あの……お二人は、いったいどういうご関係で……?」
「「双子ですわ」」
そう言って、どちらも同じですわ口調で…彼女たちは同時に答えたのだった。
応援してくださる方が多かったので、続きを書くことにしました。
このなろうでもそうなのですが、カクヨム様の方でも、すごく惜しんでくださる方が多くて…思わず泣いてしまいました。
みなさま、この作品を読んでくださって、本当にありがとうございます。
この作品を書いて来て、三か月間。こんなに優しい読者様がついてきてくださっていたのかと、感涙していました。
今まで小説を書いていて、今日が一番、心が震えたかもしれません笑
読者のみなさまが、読みたいと言ってくださる、それだけで、書き続けるべきなのではないのかと、そう思い…続きを書きました。
例え、注目されない作品だろうが、本にはならない作品だろうが、みなさまが読者として読んでくださるのならば…もう少しだけ頑張ってみようかと思います。
コメントをくださった方も、ポイントをくださった方も、いいねをくださった方も。
本当に、本当に、お優しい読者のみなさま、ありがとうございました。




