第70話 女装男、合コンで死にそうになる。
「では、お姉さま! 私は、ここでっ!」
「はい。さようなら、穂乃果さん」
「はいですっ! ではでは~!」
電車から降り、こちらにビシッと敬礼をしてくる穂乃果。
そんな彼女に小さく手を振っていると、プシュッという音と共にドアが閉まり、電車は動き出す。
………今日も何とか無事に、花ノ宮女学院での一日を終えることができた。
正直、最初は、いつまでこんな無茶な生活を続けられるものかと思っていたものだが…何だかんだで正体がバレずに二か月間やってこれたものだな。
男バレしないことは安堵するが、一方で、女装しただけでまったく男性に見られない件に関しては、こう……男として、複雑な想いがないと言えば嘘になる。
確かにオレは童顔で、身長も164cmと、女性と遜色のない小柄な体形をしてはいる。
だが、だからといって、女子生徒たちから一切男として見られないとは…おかしくないかい?
花子も、オレのバハムートを確認してようやく男だと認識したみたいだし、オレってそんなに男らしくないのかな?
傷ついちゃうよ? 一週間くらい押し入れに引きこもって体育座りでシクシクと泣いちゃうよ?
「はぁ……。男としての尊厳を失いつつあるのもそうだが、何か、この女装二重生活に慣れてきている自分にも恐ろしさを感じてしまうな……」
最初は苦であった女性としての振る舞いも、今じゃ何も考えなくても行えてしまう。
足を広げて歩くことは無くなったし、スカートを抑えて座る技術も自然と身に着いた。
何か、内股で立つことも多くなった気がするな……大丈夫か、オレよ……。
「このままじゃ本当に身も心も女と化しそうで怖いぜ……。柳沢楓馬として過ごす時間が、家の中だけって……どうなんだよ、それは……」
そう言って扉の前の手すりにつかまりながら、大きくため息を吐く。
するとその時。ブブッと、ブレザーのポケットの中にあるスマホが震えたのが分かった。
「ん? 誰だ?」
スマホを取り出してみると、画面には、新着メッセージの通知が。
レインを開いてみると、彰吾から、今朝来ていた合コンの話の続き――集合場所の詳細が書かれていた。
オレはその画面に呆れた笑みを浮かべつつも、悪友へと、返信の文字を打ち込んで行った。
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自宅で女装を解き、柳沢楓馬として、男性としての普段着に袖を通す。
オレは特に服に拘りはなく、基本的に柄のない無地のVネックのTシャツを好んで着ている。
服を着れれば別に何でも良い主義の男だ。ユ〇クロ信者でもある。
ファッションに拘りのあるルリカからすれば、オレのこの考えは理解できないのだろうが……まぁ、男子高校生なんて、大抵みんなそんなもんだろ。
制服かジャージが、普段着みたいなもんだろうからな。
「あれ? おにぃ、出掛けるの?」
廊下を通りかかったルリカが、自室の扉の隙間から顔を覗かせ、姿見の前に立つオレにそう声を掛けてくる。
オレは背後を振り返り、ニコリと、ルリカに微笑みを浮かべた。
「うん、ちょっと、前の高校の友達と遊んでくる。ご飯はテーブルの上に作って置いておいたから、先に食べちゃってくれ」
「そうなんだ。それにしても……おにぃ、もう少し服装に気を付けたら? そんなんじゃ、彼女できないよ?」
「いやいやルリカちゃん、女装している身のお兄ちゃんに彼女なんてできると思うのかな?」
「じゃあ……彼氏? はっ! だ、駄目だよ、おにぃ! 楓ちゃんに男なんて、ルリカ、絶対に認めないんだからね!!」
「ルリカちゃん? お兄ちゃんにそんな趣味はありませんよ? お兄ちゃんは至ってノーマルな異性愛者ですよ?」
「じゃあ……百合?」
「おい、何で如月楓の時のお兄ちゃんは女ということになっているんだよ!? ちょっと、ルリカさん!? 大丈夫ですか!?」
最近、ルリカは女装している時のオレを完全に女だと見ている節があるが……本当に大丈夫かな、この子。
兄は姉ではありませんよ? そこのところ、ちゃんと理解している?
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午後五時半。
仙台駅西口前に広がる歩行者専用高架橋、通称、ペデストリアンデッキ。
駅舎前に建設されたペデストリアンデッキの上にはぽつぽつとまばらな人影が行き交っており、柵から見下ろせる崖下のロータリーには大量の車が並列になって駐車されている。
オレは、そんな歩道橋の柵に背中を預け、行き交う人々の波をボーッと眺めていた。
「あぎゃっ!」
その時。目の前で、ひとりの少女が盛大にすっ転ぶ姿が目に入ってきた。
彼女はギャグ漫画のようにペタンと前のめりに倒れ伏し、顔面を地面に叩き付ける。
「……」
そんな無惨な姿の少女を、行き交う人々は遠巻きに見つめるだけで、誰も助けようとはしない。
オレはふぅと短く息を吐きつつ、彼女の前でしゃがみ込み、手を伸ばした。
「立てるか?」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
オレの手を取り、少女は顔を上げる。
勝気そうな鋭い目をした、紫色の瞳の、同年代くらい歳の少女。
ウェーブがかった蜜柑色の髪と白いワンピース姿に、どこか、気品さが感じられる。
………ん? 待てよ、あれ? 何か、この人、最近どこかで見た記憶が……?
「あ、ありがとうございますわ……。あらっ……?」
「あん、たは……」
確か、この人は、今日の昼間、香恋の奴とバチバチにやりあっていた……花ノ宮女学院の生徒会長だとかいう、二年生の上級生の女だ。
こちらとしては、殆ど面識の無い相手だが……あっちは、オレのことを知っている可能性がある。
自分で言うのも何だが、この二か月間、オレは……いや、如月楓は、あまりにも有名になりすぎた。
廊下を歩けば知らないクラスの生徒に声を掛けられるのは日常茶飯事だし、登校下校時の際には、学年関係なく挨拶されるのはもう当たり前の光景だ。
当然、花ノ宮女学院を取り仕切る生徒会長が、如月楓のことを知らないはずはないだろう。
や、やばくないか、この状況……?
こんな至近距離で顔を合わせて……バ、バレてしまったか……?
「………ぽっ。かっこいいですわ」
「は?」
何故かポッと、頬を紅く染める生徒会長。
だが、次の瞬間、彼女はハッとした表情を浮かべ、即座にオレの手を跳ねのけた。
「ぶ、無礼者! 女性の手を勝手に触るとは、失礼にもほどがありますわ!! だ、男女が、手を繋ぐというのは、け、けけけけけ、結婚の約束を交わした、愛し合う者たちだけのはずですわ!! 流石にエッチすぎますわよ、貴方!!」
「え、えぇ……? いったい何時代の人なんだよ、あんた……」
顔を真っ赤にしてオレから距離を取る生徒会長に困惑していると、彼女の背後から、三つの人影が姿を現した。
「ちょ、かいちょー、何してんスか!? なんか盛大に転んでましたけど、怪我はしてな………あーっ! 柳沢楓馬だー!! やっと会えたーーー!! ちょー嬉しいーーー!!」
そう言って、オレの目の前までやってくると、金髪ギャル子―――こと、春日陽菜が、オレの手をギュッと両手で握ってくる。
オレは突如現れた彼女に、思わず面食らってしまっていた。
「ひ、陽菜さ……い、いや、な、何で、ここに………?」
「おい、ビッチ、逸れた会長殿は発見できましたか? フランチェスカさんは体力が殆どないので、あまり走らせないで欲しいところです。……ん?」
「ま、待ってくださいよぉう、陽菜ちゃん! 私、合コンに行くなんて一言も……ぎゃうっ!? お、男の子ぉっ!?」
(え? 花子、穂乃果……?)
次々と姿を現す、花ノ宮女学院の級友たち。
その光景に、オレは頭が真っ白になってしまい、ポカンと呆けたように口を開けてしまっていた。
「よぉ、相変わらず景気の悪い顔してんな、楓馬」
「久しぶりだな、楓馬」
その時。人々の波からこちらに近付いて来る顔が二つ。いや、三つ。
同じ高校の友人である、桐谷彰吾と、中学時代の友人、有坂透。
そして、彼ら二人に隠れるようにして現れた、深く帽子を被り、学ランを着た小柄な少年が一人……少年?
「お、お久しぶりです、柳沢くん」
学ランを着た少年は…いや、男装をした牧草深雪はオレに近付いて来ると、恥ずかしそうに帽子のツバに手を当ててそうオレに声を掛けてきた。
オレは彼女のその姿に、思わず動揺の声を溢してしまう。
「……委員長? 何してんの?」
「き、桐谷くんが、他校の生徒と合コンをすると聞きつけたので、彼が変な暴走をしないように、私もここまで追って来たんです。あとは、柳沢くんも来るって聞いたからもありましたが――――って、な、ななな何でもないです!!」
そう口にして、委員長はあたふたと手をバタバタとさせた。
……何故か、この場に、オレの新旧の高校の友人たちが揃っていたのだった。
いったい、これは、何だ? どういう状況なんだ?
「それじゃあ、瀬川高校、花ノ宮女学院の生徒、両生徒全員揃ったところで……さっそく、予定通り、カラオケに行くとしようぜ!」
「おー!」
彰吾のその声に陽菜は天高く拳を突きあげ、返事をする。
「じとぉ……」
……何か、背後から、オカッパ座敷童のじっとりとした視線を感じるが…とりあえずは、無視だ。
今は、いち早く、この場から逃走することが先決だ……!!
「あ、あのさ、彰吾、オレ、ちょっと用事思い出し―――」
「おら、行くぞ、楓馬!! 久々に盛り上がるぞ!!」
「ちょ、おまっ、待て!! 話しを聞け!!」
オレの背中を押して、どんどん先へと進んで行く彰吾。
………大天使ルリカエル、大悪魔カレンデビル、どうか、オレを助けてください。
昔の友達と遊ぼうと思ったら、何故か花ノ宮女学院の友達も付いてきました。
こんなことになるとは思いませんでした。
誰か、僕を助けてください。切実に。




