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第69話 女装男、ご令嬢たちの戦いを目撃する。


「でねー、そん時、梓がねー」


「失礼しますわ。春日 陽菜さんはいらっしゃいますでしょうか?」


 生徒会長、桜丘櫻子は一年モデル科の教室の入り口に立ち、そう言って陽菜を呼びつける。


 突如現れた見知らぬ上級生の姿に、陽菜は首を傾げながら席を立ち、友人に断りを入れて、櫻子の元へと歩みを進めて行った。


「アタシに話ってなんすかー? 先輩、ですよねー?」


「貴方……わたくしが誰だか分かりませんの? 一応、入学式で新入生への挨拶を務めたのですが…」


「ごめんなさい、入学式半分寝てたので分からないッス! あははははっ!」


 後頭部に両手を当てながら軽快に笑う陽菜に、櫻子は眉間に皺を寄せながら、大きくため息を吐く。


「わたくしはこの花ノ宮女学院の生徒会長、二年普通科、桜丘櫻子です」


「え、生徒会長さん? ん? 生徒会長って、銀城先輩じゃないんスか?」


「……銀城遥希は、生徒会長ではありません。彼女はあくまでも三年生の顔役、というだけです」


「あっ、そうなんスねー。すんませんス! それで……生徒会長さんがアタシに何の用なんスか?」


「貴方、一年女優科の如月楓の…ファンクラブの管理者、なのですわよね?」


「そうですよー? あっ、もしかして先輩もファンクラブに入りたいとかッスか?」


「そんなわけないでしょう!! わたくしが今日貴方の元に来たのは、学校内でいかがわしい写真を貴方が販売していると聞いたからです!!」


「いかがわしい、写真……?」


「こちらを御覧なさい!!」


 そう言って、櫻子は陽菜に、一枚のブロマイド写真を手渡した。


 その写真を見て、陽菜は、んん?と、首を傾げる。


「あの…? これのどこがいかがわしいんスか? 楓ちゃんがただベッドの上にいるだけじゃないスか?」


 その写真は、制服を着ている楓が、花子のベッドの上で枕を両手に抱いて、眉を八の字にさせて内股で座っているものだった。


 誰が見ても、ただ可愛らしいと思うだけで、いやらしさの欠片もない写真だろう。


 だが――――櫻子は顔を真っ赤にさせて、その写真を持って、陽菜に詰め寄って行った。


「ベ、ベッドの上で寝ているだけ、ですってぇ!? こ、こここ、ここをよく御覧なさい! ス、スカートの丈が学校指定の2、3cm短いじゃありませんかっ!! し、下着が見えるスレスレですよ!! 情欲を掻き立てるような、いやらしさ全開の写真であることは間違いないでしょう!?」


「え……えぇ……? これくらい別にフツーじゃないッスか? 花ノ宮女学院の校則は別に厳しいものじゃありませんし、ウチのモデル科も、みんな制服着崩してるのなって当たり前ッスよ? ね、みんな?」


 そう言って、陽菜はモデル科の友人へと視線を向ける。


 黒髪の女生徒はスマホを手に持ちながら、その言葉にコクリと頷いた。


「ほらね? あの子、モデル兼デザイナー志望でもあるから、制服けっこー改造しちゃってるんスよ?」


「こ…これはれっきとした校則違反です!! 貴方のクラスの担任教師はいったい何をやっているのですか!!」


 そう言ってゼェゼェと息を荒げる櫻子。


 そんな彼女の横に黙って立っていた副会長の明美は、陽菜に向けて顔を向けて、静かに開口した。


「ファンクラブ内での金銭が発生する商品のやり取り。これは、花ノ宮女学院校則第十七条にある、生徒間における金銭のやり取りは固く禁じられる―――に、該当致します。よって、生徒会は、貴方に即刻、如月楓ファンクラブの解散をするように命令します」


「は…はぁ!? なにそれ!? ちょっと横暴すぎない!? 楓ちゃんのグッズは、みんな欲しくて買ってるんだよ!? 稼いだお金は殆どが会費に回ってるんだし! 別に誰も困ってないじゃん!!」


「誰も困ってないからといって、校則を破るのはおかしな話だと、私は思いますが。とにかく、これは生徒会としての決定です。貴方に異を挟む余地などはございません」


 生徒会副会長の、槙原明美はそう言って、長い前髪の奥からギラリと瞳を光らせた。


 冷静な明美の行動に、櫻子も落ち着きを取り戻したのか――陽菜の前で腕を組んで、仁王立ちをした。


「そういうことですわ。即刻、今日中に、如月楓ファンクラブの解散をしなさい、春日陽菜。学校の風紀を乱したことを、潔く反省なさい! 罰としては、そうですわね。反省文を二三枚ほど、(したた)め――――」


「………クスクスクス。別に、そんなことはしなくても構わないわよ、春日さん。ファンクラブはそのまま続けてくださって結構よ」


 その時。


 廊下の奥から、長い黒髪をフワリと揺らし、背後にホワイトブリムを付けたメイドを引き連れた、一人の女子生徒が姿を現した。


 その女子生徒の姿を瞳に捉えた瞬間、櫻子はギリッと強く歯を噛み締め、眉間に皺を寄せ始める。


「……花ノ宮、香恋……!!」


「ご機嫌よう、桜丘櫻子さん。お昼休みだというのに随分と仕事熱心なのね。流石は生徒会長殿、といったところかしら」


「………ここに何をしに来たのですか、貴方は。先ほど、ファンクラブを続けろ…と、そう春日陽菜さんに言ったように聞こえたのですけれど?」


「ええ。言ったわ。如月楓ファンクラブは、この学校にとって、良い宣伝塔となる。利用価値のあるものを潰すなど、経営者としては愚かな行為でしかないわ。だから…桜丘さんのその決定は認められない。悪いわね」


「ふ、ふざけたことを仰らないで!! 校則で決められたことを破るなど、あってはならないことですわ!! 断じて、認められないことです!!」


「そう。それじゃあ、その校則、今ここで変えてあげるわ。―――――玲奈」


「はい」


「今年度から校則の第十七条を無くすと、教師陣に伝えてきなさい」


「畏まりました、お嬢様」


 そう言って、香恋の付き人であるメイド、玲奈は、深く頭を下げると、そのまま踵を返し――廊下の奥へと消えて行った。


 そして香恋は、口元に手を当て、櫻子に不敵に笑みを浮かべると、再び口を開く。


「さて……これで、ファンクラブの問題性は無くなった。これでもまだ何か口を挟むことがあるのかしら? 桜丘生徒会長?」


 その言葉に、櫻子は憤怒の目で強く香恋を睨みつける。


「……花ノ宮香恋…!! 貴方は相変わらず傍若無人で傲岸不遜な女なのですわね……!! 子供の頃からちっとも変っていないっ!! 桜丘家から全てを奪っておいて…本当に花ノ宮という一族は、全員が全員、悪魔のような連中ですわ!!」


「奪われる方が悪いんじゃないかしら。この世は弱肉強食よ。桜丘家は、花ノ宮家に敗けた。だから貴方たちはこの地を追い出された。ただそれだけのことよ」


「………絶対に、絶対にこの学校だけでも取り戻して見せますわ。お母様とお父様が出逢った大切なこの学校を、こんな、醜悪な…金に目が眩んだ芸事の学校には、しておけませんもの!! 失礼いたします!!」


 そう言って、櫻子は明美を連れて、その場を去って行った。


 その後ろ姿に、香恋はふぅと短く息を吐き出す。


「あの、ただのバカ(・・)なだけの女が、何かできるとは思えないけれど……一応、警戒の目を向けておいた方が良いのかしら? いや……今は、柳沢恭一郎と銀城遥希、あとは、兄さんにだけ注意を払っておいた方が良さそうね。落ち目の桜丘家、それも、外交の道具にしかならない長女など、捨て置いて問題はないわ」


 香恋は静かにそう呟くと、そのまま歩き出し、昼食を摂るために一階にある食堂へと向かって歩みを進めて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「……な、何かすごい、言い争いをしてましたですね、お姉さま……」


「そ、そうですね、穂乃果さん……」


 廊下の角から、先ほどの、香恋と生徒会長と名乗る少女の争いを目撃したオレと穂乃果は、お互いに手を握り合い、ガタガタと肩を震わせていた。


 いやしかし、さっきの香恋の冷徹な雰囲気は、すごかったな。


 普段の紅茶ガブガブお嬢様の時とは違い、思わず見ている者が委縮してしまうくらい、恐ろしい様相をしていたな。


 ……そういえば、香恋は以前、こう言っていたっけな。


 『敵には容赦はしない』…と。


 もしかしたら、アレが、敵と判断した相手と相対した時の、花ノ宮香恋という少女のもうひとつの一面なのかもしれない。


 花ノ宮家の人間というのはどいつもこいつも腹に一物を抱えた極悪人ばかりだが…さっきの香恋の様子は、まさに、悪役令嬢。花ノ宮家の末裔に相応しい態度をしていたと言えるだろう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 昼食を、もう馴染みとなった面子、陽菜、花子、穂乃果と共に終え――迎えた午後、女優科の授業。


 どうやら今日は恭一郎は学校には来ていないらしく、我妻先生が基礎練習を指導するようだった。


 発声練習、表情トレーニング、二人一組になって仮台本での台詞の掛け合い、あとは、ロミジュリの舞台をスクリーンに映して鑑賞して、反省会、といったことをこれからやるそうだ。


 流石に舞台を終えた直後ということもあり、そんなに過度な練習はしないみたいだな。


 ……まぁ、恭一郎がこの場にいたら、舞台終わりなど関係なく、また、オレと茜はグラウンドを走らされていたと思うがな。


 とにかく、あいつの理不尽な演技指導に巻き込まれずに、ほっと一息だ。


「楓」


 体育座りで我妻先生の話を聞いていると、隣から小声で茜が話しかけてきた。


 オレは首を傾げつつ、茜に返事を返す。


「何でしょうか? 茜さん?」


「あんた、今朝、黒獅木アキラに絡まれたんだって?」


「あぁ…そのことですか。はい、よく分かりませんが、彼には腕を掴まれましたね」


「……あの男は、その…業界じゃあ結構有名なのよ。悪い意味でね。だから、気を付けなさいよ」


「悪い意味?」


「だから、その…女優に手を出しまくりってこと! あたしも前に声掛けられたことあるのよ! 勿論、その時は股間を蹴飛ばしてやったけどさ!!」


 そう言って唇を尖らせて、怒りを露わにする茜。


 そしてその後、彼女はふぅと大きくため息を吐くと、静かに口を開いた。


「あの男は、フーマが引退した直後にブレイクして、彼と同じ二世俳優だったから…柳沢楓馬を継ぐ者、何て一時期呼ばれていたりしたこともあったんだけど…正直、あいつの演技は子役時代のフーマの足元にも及ばないものよ。性格も演技も、あの男のやることは全てただムカツクだけのものだったわ」


「そう、なのですか……? ちなみ、今の私と彼の演技は、率直に言ってどちらが上だと思いますか? 茜さんは?」


「黒獅木アキラよ」


 即答か。まぁ、そりゃあ、そうだよな。


 オレは五年もブランクがあった、イップス持ちの役者だ。


 現役の俳優、それも、日本アカデミー賞主演男優賞を取った男と比べるわけもない、か。


「でも……」


 そう言って、茜は顎に手を当てうーんと唸り出す。


 そして、オレの顔をチラリと見ると、難しそうな顔をして再び開口した。


「あんたの演技は、その、簡単に評価を付けられるようなものじゃないと思うのよね。正道を歩んでいる役者にとって、あんたのそれは、邪道、というか……。とにかく、普通じゃないことだけは確かね」


「普通、じゃない……」


「別に、貶してるわけじゃないわよ? あたしは」


「分かっています。私自身も、私の演技は、はちゃめちゃなものだと理解しておりますから」


 如月楓と、柳沢楓馬の演技は、そもそも違うものだ。


 柳沢楓馬は、病床の母を喜ばせたい一心で舞台の上を舞い、演技をしていた。


 だが、如月楓は違う。楓は、見る者を演技の世界に誘うために、舞台の上を舞う。


 目的が違うのだから、そりゃ、演技の質がまるっきり変わるのも当然、というわけだ。


「でも…また、オレは、役者として、演技することができるんだな。何だか、とても、楽しみだな……」


「? 何か言った? 楓?」


「いいえ、何でもありません。独り言です」


 再び舞い戻った、役者の世界。


 イップスを乗り越えて、新しく見えてきた世界。


 何故だか、次の舞台はまだなのかと、思わず、オレはワクワクしてしまっていた。

  

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― 新着の感想 ―
[一言] 楓馬、花ノ宮、陽菜、櫻子、梓、穂乃果、黒獅木……植物が名前のモチーフになってるのかな?
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