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第55話 女装男、ライバルの成長を見届ける。


 その後、何事もなく学校での一日は終わり――オレは自宅に帰宅していた。


 いつものように夕飯の調理をしていると‥‥毎度お馴染みになった、来訪者を告げる、チャイムの音が室内に鳴り響く。


 オレはタオルで手を拭き、来客を向かい入れるために、玄関口へと向かう。


 そしてガチャリとドアを開けると、そこには予想通り‥‥茜の姿があった。


 茜は目が合うとにこりと微笑み、オレに対して手を上げてくる。


「やっほ」


 見たところ、どうやら昨日のことはそこまで引きずってはなさそうだな。


 まぁ、彼女は女優だから‥‥気取られないように、演技をしている可能性もあるといえるか。


「? なによ、あたしの顔をじっと見て。何かゴミでもついてる?」


「いや、何でもない。元気そうで何よりだと、そう思ってな」


「何よそれ」


 クスリと笑みを溢す茜。オレはそんな彼女に手をこまねいて、部屋に入れとジェスチャーをする。


「まぁ、入れよ。今日は、お前が前に好きだといっていたハンバーグを作ってたんだ」


「え? ハンバーグ? やった! すごく食べた―――じゃなかった。ごめん、今日は、ご飯を食べにきたんじゃないのよ」


「え?」


 一瞬頬を緩めたが、何故か、突然キリッと真剣な表情を浮かべる茜。


 オレは思わず、そんな彼女の様子に対して首を傾げてしまう。


「どうしたんだ? 何か‥‥あったのか?」


 勿論、昨日、茜が奥野坂たちに攫われた一件のことは、オレも知っている。


 今の茜の不可思議な様子は、察するに‥‥もしや、そのことが原因なのだろうか。


 オレは真相を知るべく、さりげなく問いを投げてみることにした。


「何か、学校で嫌なことでもあったのか? いつも話している、例の嫌がらせの件か?」


「‥‥別に。気分が落ち込んでいるわけじゃないの。ただ‥‥あたし、今日一日、今までのことをじっくり考えてみたのよね。それで、色々見えてくるものがあったの」


「見えてくる、もの‥‥?」


「うん」


 そう言ってふぅと息を吐くと、茜は、今まで見たことのない――優し気な微笑みをその顔に浮かべた。


「あたしって、思い返してみると、すっごく未熟者よね。自分勝手で、傲慢で、誰にでもすぐ喧嘩を売って。もっとスマートに動くことだってできるのに、あたしは、いつも悪手ばかり取ってしまう。昨日起こった出来事で、自分がいかに幼くてひ弱な存在なのかが分かったわ」


「‥‥」


「昨日、あたし、いじめっ子どもに酷い目に遭わされそうになったのよ。でも、絶体絶命の窮地を、いつも一方的に敵視していた子に助けられたの。ホント、情けないったらありゃしないわ。1番嫌っていたあの子に尻ぬぐいされたのよ、あたしは」


 そう言って一呼吸挟んだ後、茜はジロリとこちらを睨みつけてくる。


「あんたも人が悪いわよね。ずっと、あたしを騙して、嘘を付いていたんだから」


「‥‥は? え、う、嘘? 嘘って、いったい、何のことだ‥‥?」


「まさか、騙し通せているとでも思ったの? このあたしをあまり甘く見ないでよねっ!!」


 ‥‥。


 ‥‥‥‥。


 ‥‥‥‥‥‥え? 何? あ、茜の奴、オレの正体に‥‥気が付いていた‥‥のか?


 オレが如月 楓であることを、こいつ、見抜いていやがったのか!?


 目をグルグルと回し、混乱していると、茜は腰に手を当てムスッとした顔をしてくる。


「いい加減、正直に白状したらどう? フーマ」


「いや、ちょ‥‥え、マジで? マジで言ってる!? オレ、お前の前でボロなんて一切出したつもりはなかったんだが!?」


「そうね。あんたはボロなんて出していなかったわね。出したのは‥‥如月 楓の方ね」


 やはり‥‥昨日のあの一件、か‥‥?


 あの時、オレは怒り狂ったせいでうっかり素に戻ってしまい、奥野坂たちに男口調で怒鳴り声を上げてしまっていた。


 倉庫に辿り着いた時に、思わず、『月代さん』ではなく、『茜』と、彼女のことをそう呼んでしまっていた。


 追い返してみれば、昨日は、ミスだらけだ。


 オレは観念したように両手を上げて、首を振る。


「分かった。お前の勝ちだ、茜。お前の推理通り、如月 楓は―――――」


「ふふっ、そうよね、やっぱり当たりよね! 如月 楓は‥‥あんたの双子の姉か妹なんでしょ!! このあたしの目をごまかせるだなんて、思わないことねっ!!」


「そう、如月 楓はオレの双子の――――は?」


「あんたとあの子、嘘みたいに同じ顔、同じ声でそっくりすぎなんだもん。それ以外、あり得ないでしょ?」


 自信満々に、鼻高々としてそう答える、ツインテールのアホの子ちゃん。


 うーん、斜め上の変な着地点に到達してんなー、こいつ。


 もう少しでオレの正体に辿り着きそうなところまでいって‥‥まったくの別の答えを導きだしやがった。


 オレは顔を引き攣らせながら、頷き、口を開く。


「‥‥ソウデス。キサラギカエデハ、オレのフタゴノアネデス‥‥」


「そうよね!! 流石はあたしだわ!! 自分の推理力にびっくりよ!! この頭の良さだったら、探偵モノのオファーが来てもおかしくないかもしれないわね!!」


 こっちは正体を見破られたのかと思ってびっくりよ‥‥。


「それじゃあ、あたし、もう行くわ。‥‥もう、ここには来ないから」


 そう言って踵を返すと、茜は肩越しにチラリとこちらを見つめてくる。


「今回の件で、どれだけ自分が未熟なのかを思い知ったわ。どれだけ、フーマを心の頼りにしているのかを思い知った。だから‥‥その依存から今日、あたしは脱却する。あたしは、自分が納得できる名女優になるまで、あんたとは会わない」


「‥‥そうか」


「名女優になって、貴方を魅了して、舞台の上に引きずり出せるくらいの実力を持てるようになるまで、あたしはあたしの戦いを続けていく。その前哨戦に、まずは如月 楓をブチのめすわ。だから―――――フーマ、明後日の舞台、絶対に見に来てよね。約束よ」


 そう言い残すと、彼女はウィンクをして、去って行った。


 その足取りは、以前とは大きく違って見える。


 彼女は、オレではなく、まずは如月 楓をライバルとして認識した。


 ‥‥いや、どちらもオレではあるのだけれどね‥‥って、その話はまず置いておいて。


 とにかく、別人として認識しているもう一人のオレを倒すために、彼女は新たな一歩を踏み出したんだ。


 今まで、オレ以外の役者を眼中にないと言っていた彼女が、初めて、他の役者に目を向けた。


 その認識の変化は‥‥恐らく、今後のあいつの実力を大きく伸ばす経験、糧となるだろう。


 周囲の役者たちを認め、自分の視野を広げていく。


 それはやがて、友人作りの一助にもなっていくはずだ。


「何だか、巣立っていった我が子を見守るような気持ちだな」


 柳沢 楓馬としてあいつと接することは、これから先、恐らくは何年もこないことだろう。


 それが、何故かオレにとっては‥‥とても、寂しく思え、とても、嬉しくも思えた。

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