第54話 女装男、ファンたちを改心させる。
始業のチャイムが鳴ったので、花子と中庭で別れたオレは、急いで一年女優科のクラスへと向かって歩みを進めて行った。
そうして三階に駆け上がり、何とか女優科の教室に到着を果たす。
教室の中を見渡すと、まだ担任である万梨阿先生は来ていない様子だった。
ほっと安堵の息を吐き、クラスメイト数人から挨拶を受けながら、オレは自分の席に座る。
すると、前方の席に座っている穂乃果が、にこりと、こちらに笑みを向けてきた。
「おはようございます、お姉さま。今日はずいぶんと遅かったんですね?」
「おはようございます、穂乃果さん。そうですね、少し、花子さんとお話する用事がありまして」
「花子ちゃんと‥‥ですか?」
目をパチパチと瞬かせ、不思議そうに首を傾げる穂乃果。
声優科である彼女とオレはあまり絡む接点がないからな。
穂乃果は不思議に思ったのだろう。
オレは、不思議そうな顔をしている彼女に対してコホンと咳払いした後、教室の中央の――とある席へ、視線を向ける。
「どうやら‥‥今日は、月代さんは来ていないみたいですね」
「そうですね~。昨日もお休みでしたしね~。何かあったんでしょうか?」
「どうでしょうね‥‥」
流石に、昨日あんな出来事に巻き込まれて、一日で体調が回復するわけもないよな‥‥。
だが、二日後には、ロミオとジュリエットの劇がある。
その日までに体調が回復してくれれば良いんだが‥‥あいつ、大丈夫なのだろうか‥‥。
「はい~、みんな、おはようございます~。出席取りますよ~」
ガラガラと扉を引いて、万梨阿先生は教室の中へと入ると、にこやかに、皆にそう挨拶してくる。
オレは一旦茜のことは忘れることにして、朝のホームルームを受けることを決めた。
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「も、申し訳ございませんでした、お姉さま!!!!」
一時間目が終わった直後。
授業中、こちらをチラチラと見ていたことで、休み時間に突撃してくることは分かってはいたが‥‥終業のチャイムと共に、宮内 涼夏と、その取り巻きの女子生徒たちが、オレの元に駆け寄ってきて深く頭を下げて来た。
オレはそんな彼女たちの顔を見つめ、静かに口を開く。
「みなさん、謝る相手が違いますよ。貴方たちが謝らなければならないのは、月代 茜さんで、私ではありません」
「分かっています。月代さんには、本当に酷いことをしましたから‥‥。ですが、お姉さまにも、私たち、謝らなければならないんですっ!! 楓お姉さまのファンなのに、私たちは、こんなことを‥‥勝手に暴走して、茜さんを、いじめてしまったんですからっ‥‥!!」
その大きな声に、教室内は突如静まり返り、クラスメイトたちは、一斉にオレたちの方へと視線を向け始める。
教壇に立っていた万梨阿先生も、次の授業のあるクラスへと向かおうとしていたが‥‥足を止め、こちらに顔を向けていた。
‥‥あんまり、注目を集めるようなことはしたくはなかったのだが‥‥この場合は仕方がない、か。
オレは宮内たちに改めて視線を向け、再度、開口した。
「そうですね。勝手に作られたものとはいえ‥‥私のファンクラブに加入した以上、貴女たちが下手な行動をすれば、その度に、私の名前は傷付いていきますね。正直言って‥‥貴方たちのその愚行は、迷惑甚だしい話です」
「ぐすっ‥‥はい、そ、そうですよね‥‥」
啜り泣きながら、宮内はそう答える。
他の女子生徒たちも、同様に、顔をクシャクシャにさせていた。
そして、宮内は沈痛そうな様子のまま、オレの目を見つめると‥‥意を決したかのような表情をして、口を開いた。
「で、ですから、私たち、今日を以て、如月 楓ファンクラブを脱退しようと思っています。楓お姉さまに、これ以上、迷惑をお掛けできませんから‥‥だからっ」
「脱退なんてしなくても結構です。私は‥‥貴方がたを許しますよ」
「え‥‥?」
オレは席から立ち上がり、彼女と至近距離で目を合わす。
そして、首を傾げて、ニコリと微笑んだ。
「貴方たちは、心から過ちを反省し、月代さんにも謝ろうとしている。人間、誰しも一度は過ちがあるものです。ですから‥‥今後は気を付けていけば良いんじゃないでしょうか? 私のファンの代表として、今後は、素晴らしい女性になることを‥‥期待していますよ」
そう言ってパチンとウィンクをすると、何故か、宮内 涼夏は祈るようにして手を組み、瞳を潤ませ、恍惚とした様子を見せてきた。
「お‥‥お姉さまっ‥‥!! 私‥‥私、一生、貴方様についていきます!! 一生、楓さまを推しいきますっ!!!!」
「私もです! お慕いしております、楓お姉さま!」
「あっ、ず、ずるいですよ、高槻さんっ!! 私の方が、お姉さまをお慕いしています!!」
上手くまとまるかと思ったのだが‥‥何故か、喧嘩をし始める宮内とその仲間たち。
その光景に呆れた笑みを浮かべていると、周囲のクラスメイトたちの声が耳に届いてきた。
「こ、これって‥‥如月さんがいじめ問題を解決したってことなのかな?」
「最近、あの子たち、月代さんに対してあからさまだったしねー。それを、この数日で解決しちゃったんだ、如月さん」
「流石は、一年の顔役である、如月 楓お姉さま、ね。伊達に、一年生でそう呼ばれてはいないってわけね」
そんな、オレに対しての噂話が、耳に入ってくる。
中には、こんな会話もあった。
「ねーねー、今朝、他の子が言っていたんだけど、楓お姉さま、二年生の素行不良で有名な生徒たちに頭を下げさせてたらしいわよ? これって本当の話なのかな?」
「そんな‥‥流石にそれはデマでしょ? だって、素行不良で有名な二年生って、奥野坂先輩たちでしょ? あの人たち、他校の不良男子生徒たちとつるんでるって、札付きの悪らしいよ? そんな極悪人を、まだ入学して間もない一年生が、どうこうできるわけないって」
「えーでも、もし、楓お姉さまが不良を入学して間もなくでシメあげてたら‥‥とってもかっこよくない? 実は、可愛い顔してすっごく強かったりとか」
「あんた、漫画の見すぎ。てか、楓お姉さまって‥‥いつからそう呼ぶようになったのよ?」
「え? 今日からだけど? 私も、あの方のファンクラブに入ることに決めたわ!」
「‥‥‥‥」
どうやら今朝の一部始終を、他の生徒にも見られていたようだな。
この学校で、広告塔の女優を目指しているオレにとって、不良生徒をシメあげたとかいうこの噂は、あまり良くはない代物だな。
迂闊だった。今後は、周囲の目にはいっそう気を付けるとしよう。
「はわわぁ‥‥。よく分かりませんけど、お姉さま、やっぱりすごいですぅ~。ファンの子たちもみんな、嬉しそうですよぉ~」
そう、穂乃果が前の席から声を掛けて来るが‥‥う、嬉しそう‥‥?
未だ、宮内たちはオレの目の前で誰がお姉さまを一番慕っているかという、よく分からない喧嘩を繰り広げているんだが‥‥これ、嬉しそうに見えるのかな? 穂乃果ちゃん? オレの目にはすっごく殺伐とした光景に映っているよ?
「まぁ‥‥これで、良かったのかな」
いじめ問題は片付き、残る課題は二日後に迫るロミオとジュリエットの劇だけとなった。
この劇で、オレは、如月 楓として全力を出して、茜と戦っていくことになるだろう。
イップスという難題を抱えてはいるが‥‥とうに、覚悟は決まっている。
この劇は、絶対に素晴らしいものにしてみせる。




