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第50話 女装男、イケメン女子高生とバイクで疾走する。


 人気の無い校舎裏へと宮内 涼夏を連れてきたオレは、スマホを取り出し、その場で先日仕掛けておいた監視カメラの映像を彼女へと見せた。


 そこに映るのは、サイドテールの姿の女子生徒が辺りをキョロキョロと見回しながら―――茜のロッカーに油性ペンで落書きをしている光景だった。


 その映像を見た瞬間、宮内 涼風は顔を青ざめさせ、肩を震わせ始める。


「か、楓お姉さま‥‥私、私‥‥」


「ここ一か月の間、連日、月代さんの下駄箱に中傷の落書きを書いていたのは‥‥貴方ですよね? 宮内 涼風さん?」


 そう、軽く睨みながら言葉を放つと、宮内 涼風は両手で顔を抑え、ボロボロと涙を溢し、泣き始める。


「はい、そうです‥‥わ、私が‥‥やりました‥‥っ!!」


「何故、こんなことを?」


「お、お姉さまのことを悪く言う月代さんが許せなくてっ‥‥それと、私たち女優科の生徒を歯牙にもかけないあの人の態度が気に入らなくて‥‥やってしまいました‥‥ぐすっ、えぐっ」


「私は、月代さんの言葉に一切、傷付いてはおりません。私のことを想っての行動というのは理解しましたが‥‥私の考えを勝手に解釈して、いじめという行為に及んだ貴方は、到底許されるものではありませんよ。私は、貴方のその行いを心から軽蔑致します」


「うぅっ、あぐっ、う、うぇぇぇぇぇぇぇんっっっ!!!!!!!」


 大声で泣き喚き始める、宮内 涼風。


 泣きたいのは、被害者の茜の方だと思うのだけれどな‥‥。


 そう、彼女の行動に呆れたため息を吐いていると、宮内 涼風は突如顔を上げ、真っ赤な瞳をこちらに向けてくる。


「ほ‥‥本当にごめんなさい‥‥私、どんな言葉で謝って良いのか‥‥ぅぐすっ」


「私に謝るのではなくて、月代さんに謝ってください。被害者は彼女なのですから」


「はい‥‥はい、そうですよね‥‥うぅぅぅぅ‥‥」


「‥‥」 


 しかし、妙だな。


 あんな‥‥茜に水を掛ける非道な行いをするような人間なのだから、てっきりもっと、邪悪で非情な奴なのだとばかり思っていたのだが‥‥今のところ、宮内 涼風は、そんな極悪人ではないように思える。


 素直に罪を認め、謝罪をするというその言葉に、嘘偽りは無さそうだ。


「あ‥‥あの、お姉さま‥‥お、お願いが、あるんです‥‥」


 しこりのように残った違和感に、オレが頭を悩ませていると‥‥宮内 涼夏は何処か真剣な様子でそう声を掛けてきた。


 オレはそんな彼女の様子に首を傾げながら、応える。


「お願い、ですか‥‥?」


「はい。実は‥‥」


 その後、オレは彼女から‥‥このいじめ事件がエスカレートしてしまった発端を聞いた。


 宮内たち一年女優科の生徒は最初の落書きをしただけで、その後の茜に対する派手ないじめは、彼女たちの背後にいる二年生の女優科の先輩たちが主導してやっていたこと。


 そして、その先輩たちから脅しを掛けられ、いじめグループから抜けるに抜けなくなっていること。


 この一か月に起こった全てのことを話し終えた宮内 涼夏は、潤んだ瞳でオレを見上げ、静かに口を開いた。


「こんなこと、お願いできる立場ではないのは分かっているんです。虫のいい話なのは分かっています。ですが‥‥お姉さまの御力で、私の友達たちを、あの先輩たちのグループから解放してはもらえないでしょうか‥‥? 勿論、月代さんのことも助けてくださると嬉しいです。先輩たちは、きっと、さらに彼女のことを――――」


 そう、何かを言いかけた後、宮内の制服のポケットから、ブブッと、バイブ音が鳴った。


 彼女はオレに断りを入れた後、スマホを取り出し、画面に視線を向ける。


 そして、突如、その顔に恐怖の色を見せ始めた。


「そ‥‥そん、な‥‥っ!!」


「? どうかしましたか? 宮内さん?」


「ど、どうしよう‥‥!! か、楓お姉さま!! 大変です!! つ、月代さんが、月代さんが‥‥っっ!!!!」


「え‥‥?」


「先輩たちが、他校の男子生徒を連れて、今から月代さんをいじめるって‥‥。レ、レイプみたいなことを、す、するって‥‥!! お姉さま、ど、どうしましょう!! どうしましょう!!!!」


「なん、だと‥‥!? おい、宮内!! その場所はどこだ!! 奴らは今どこにいる!!」


「ひうっ!? せ、仙台駅前にあるアーケード街の‥‥空きテナントに、茜さんを連れて行くみたいです‥‥! レインのグループチャットには、そう、書いてありましたっ!!」


「チッ!!」


 オレは昇降口へと向かい、そのまま駆けだして行った。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「はぁはぁ‥‥くそっ!! くそっ!!」


 昇降口を飛び出し、地面を蹴り上げ、坂道を猛スピードで下って行く。


 これは、オレのミスだ。


 犯人の目星が付いていたのだから、昨日の内に奴らに接触を図って、これ以上茜に手を出すなと牽制して、注意をしておくべきだった。


 証拠を揃えてから、なんて、悠長なことを考えている場合じゃなかった。


 後悔先に立たず。自分の愚かさに、反吐が出る。


 下種な行いをする二年女優科の生徒たちだけではなく、自分自身にも苛立ちが隠せない。


「あれ? お姉さま? そんなに急いでどうなされ―――――わぷぅっ!?」


 今、穂乃果の横を通り過ぎたような気がするが‥‥悪いが、今は彼女を気にしてなどしていられない。


 登校中の生徒たちが、学校方向とは逆に坂を下っていくオレを不可思議な目で見ているが、そんなことはどうでもいい。


 一秒でも早く、あいつらの元へ向かわなければ‥‥茜は‥‥っ!!


『―――――フーマ。あたし、今度の劇、うんと楽しいものにしてみせるから。あんたのイップスを忘れさせるくらいの演技を、見せてあげるから。だから‥‥絶対に見に来てよね!』


 先日、オレの家から去る際にそう言っていた彼女の横顔を思い出す。


 あいつは、こんな、役者として腐っているオレを‥‥いつまでも芸能界で待っていてくれた。


 オレがもう演技ができないということを知っても、笑顔で、いつまでも待つと、そう言ってくれた。


 だからオレも、以前通りとはいかなくても、今回の劇で、如月 楓として、今の自分の全力を出して彼女にぶつけてやろうと、そう思っていたんだ。


 それなのに‥‥それなのに、こんなことになるだなんて‥‥!!


「糞が!! もっと早く走れよ!! お前は、柳沢 楓馬は、こんなもんじゃなかっただろうがよ!! あいつが認めてくれたライバルは、こんな、鈍い走りしかできない奴じゃなかっただろうがよ!!」


 咆哮を上げ、坂を下り終える。


 そして、大通りに辿り着いた‥‥その時だった。


 突如、目の前に、漆黒の中型オートバイが現れる。


 そのバイクに乗った運転手は、ヘルメットのシールドを上げると、こちらに顔を曝け出してきた。


「如月さん! 乗って!」


「え? 銀城先輩‥‥? わわっ!?」


 ヘルメットを投げ渡され、オレはそれを慌ててキャッチする。


 すると、銀城先輩は親指を立てて、自身の背中を指し示した。


「早く!」


 オレは戸惑いながらも、彼女に頷きを返し、ヘルメットを着用し、その後部座席に座る。


「しっかり僕のお腹に捕まってて! 飛ばすよ!」


 ブオォォンと大きな音を鳴らし、漆黒のバイクは走り出す。


 車種は見たところ、Vストローム250、二人乗りが可能な中型バイクと見える。


 まさか銀城先輩がオートバイを乗り回す女子高生だとは思いもしなかった。


 顔に似合って、なかなか様になっている―――――なんて、くだらないことを考えている場合じゃなかった!!


「そ、そうだ! 銀城先輩、仙台駅前のアーケード街に向かってください! その通りにある、空きテナントで、茜が‥‥っ!!」


「分かっているよ! さっき、花子から連絡があった!」


「え‥‥? 花子さん‥‥?」


「花子は、今朝、心配になって、君のことを遠くから見守っていたんだ。そして、宮内 涼夏との会話を盗み聞きして‥‥急いで、僕に連絡してきたんだ。月代 茜が大変な目に遭うかもしれない、ってね」


「そう、だったんですか‥‥」


 花子は、オレと宮内 涼夏の会話を、こっそりと聞いていたのか。


 そして、緊急事態を察知し、銀城先輩に連絡を入れてくれた、と。


 誰かに助けを求める間もなく混乱していたから、彼女のその咄嗟の機転は、何とも有難い話だ。


「ありがとうございます、銀城先輩。私の手助けをしてくれて‥‥!!」


「何を言っているんだい? 当然だろう! 僕はこれでも学校では最上級生の顔役なんだ! 困っている後輩がいたら、誰であろうと助けてみせるさ!」


「先輩‥‥」


 白い歯を見せてチラリとこちらに視線を向けてくる銀城 遥希。


 こいつは、本当、顔だけじゃなくて中身もイケメンだな。


 オレが女だったら、顔を赤面させていたこと間違いなしだぜ。


「フフッ、それに‥‥僕は君に惚れているんだ。だから、君のためならなんだってしてみせるよ!」


「はぅあっ!?!?」


 え? こんな緊急事態なのに、オレ、何、顔を真っ赤にさせちゃってるの?


 え? ナニコレ、心臓の鼓動が早い‥‥何なの、この感情は!!!!


 一瞬、この人になら抱かれても良いとか思っちゃったわ!!!!(オカマ口調)


 オレ、男だよ? それなのにこんなイケメンに顔を赤らめてしまうだなんて‥‥同性に恋情を抱くだなんて、オレにそんな趣味は―――――って、いや、銀城先輩は女なのだから、別に問題はないのか? 


 ん? いや、問題あるか? 今のオレは女装男子なのだから、ん? いや、もう意味が分からん!!


 そう、一人で混乱していると、突如、バイクが減速していった。


 何事かと思い前方を見てみると、何台もの車が立ち往生している光景が目に入ってきた。


「!! こんな時に、渋滞とは‥‥!! ついていない!!」


 朝の出勤ラッシュのせいで、大通りは車の流れが滞っている様子だった。


 バイクは徐々に減速していき、大量の車が立ち並ぶ道へと入って行く。


 オレはその光景に思わず、ギリッと歯を強く噛み締めてしまった。


「そんな‥‥!! こんな時に‥‥!!」


 そう、運の悪さに絶望しかけた、その時。ポケットの中のスマホがブブッと鳴り始めた。


 オレは着信名を見ずに、スマホを取り出し耳に当てる。


「すいません! 今、取り込み中で―――――――」


「次の交差点の、右側の路地へと曲がってください」


「え? 花子さん‥‥?」


「フランチェスカさんです。そこの路地に行けば、渋滞を抜けて、最短でアーケード街に行くことができます」


「え? な、なんで? 花子さん、どうやって今のこの状況が分かって――――」


「良いから、早く! 月代さんがどうなっても良いのですかっ!!」


「は、はい! 銀城先輩、すり抜けして、交差点の前に出て、右の路地に入れますか? 花子さんが、そっちに行けば近道になると!!」


「!! 分かった! 行くよ!」


 車の横を通り、銀城先輩は前方にある交差点へと向かう。

 

 そして、人気の無い路地の道へと入ると、バイクはそのまま静かに走って行った。


 オレは再び耳にスマホを当て、花子へと声を掛ける。


「花子さん、どうして、今、私たちが渋滞していると分かったんですか?」


「スマホのGPS機能を使いました。そして、交通情報を見て、状況を判断しました。これくらい、フランチェスカさんなら当然のことです。私、有能ですので。有能な吸血鬼ですので」


「花子さん‥‥ありがとうございます!」


「フランチェスカさんです。さぁ、私が月代さんの元までカーナビをしてあげましょう。青き瞳の者は、ちゃんとその情報をレズ女に伝えてください。‥‥必ず、月代さんを、私たちで助けてあげましょう、如月さん」


「はい!!」


 銀城先輩と花子の頼もしさに、オレは思わず、瞳を潤ませてしまった。

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