表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/196

第38話 女装男、父親の背景を考察する。


 陽菜と花子による『如月楓ファンクラブ』の結成を、香恋のせいで、しぶしぶ見逃すことになった騒動の後。


 昼食を終えたオレと穂乃果は、午後の女優科の授業を受けるべく、実習棟へと移動していた。


 連絡通路を渡り終え、廊下を歩いていると‥‥隣から穂乃果がこちらにニコリと笑みを向け、声を掛けてくる。


「――――――にしても、お姉さまって本当すごいですよね~。三日でファンクラブができちゃうとか、やっぱり只者じゃないですよぉ~」


 オレはその言葉に何と返したら良いのか分からず、ただただ苦笑いを浮かべてしまう。


「正直、困惑しかありませんよ。私のどこに、そんなに人気を集める要素があるんでしょうか‥‥。自分では皆目見当も付きません」


「えぇ~? だって、お姉さまってば、すっごい美人さんですし、優しいし、男の人を倒せちゃうくらい強いし‥‥もう、非の打ちどころの無い完璧人間じゃないですかっ! みんなが注目する要素しかありませんって!」


「私、そんな完璧人間ではありませんよ? 勉強の成績は平均点ですし、コミュニケーション能力もそんなに高いとは思いませんし」


 加えて、女装して女子高に潜入してしまっている変態だしな。


 もう、女装変態男って時点で救いようがない。マイナス五億点の最悪値だ。


「逆に言うと、欠点はあまりないと言うことですよね? やっぱり、お姉さまはすごいですよぉうー!! 穂乃果、楓様が私のお姉さまになってくれて本当に嬉しいですっ!! こんな素敵な方、他にはいませんからっ!!」


 キラキラとした目でこちらを見つめてくる穂乃果。


 そんな彼女に引き攣った笑みを浮かべていると、教室の入り口に恭一郎が立っている姿が見えた。


 恭一郎はオレの姿を視界に捉えると、気さくに手を上げ、挨拶してくる。


「よぉ、如月。さっきのトイレの件は悪かったな。体調の方はもう大丈夫なのか?」


「ぴぎゃうっ!?」


 恭一郎の姿に驚いた穂乃果が、謎の奇声を発し、オレの背後へと隠れて行く。


 彼女の男性恐怖症は相変わらず、か。


 そんな穂乃果を落ち着かせるために、彼女に笑みを向けた後。


 オレは恭一郎に視線を合わせて、口を開いた。


「こんにちは、柳沢先生。はい、午後の授業に出れるくらいには回復致しました」


 生理って、数時間で回復するもんなのか‥‥? 男だから、その辺まったく分からないんだが。


「そうか。なら、良かった。今日から主役の二人はオレが指導する予定だったからな。ジュリエット役のお前がいないんじゃ、月代の演技指導もままならないところだったぜ。助かった」


 そう言ってニコリと微笑みを浮かべる恭一郎。


 とりあえずは、見たところ、奴に不審がられている気配は無さそうだな。


 そこは、あいつもオレと同じ男だから‥‥女性の身体の仕組みなど理解していないことが功を奏した、といったところだろうか。


 オレは「ほうっ」と、安堵の息を吐く。


 すると恭一郎は、突如真面目な顔で、こちらに声を掛けてきた。


「なぁ、如月」


「何でしょうか、柳沢先生」


「さっきはあんな騒動があって言えなかったんだが‥‥昨日は、その‥‥悪かったな」


「え?」


「遥希から聞いたよ。過去に、親に捨てられた経験があるんだってな。そりゃ‥‥目の前で仲睦まじい親子の姿を見たら、辛くなるのも当然ってわけだ。すまなかった」


 後頭部を掻きながら謝罪してくる恭一郎。


 ‥‥まったく。オレを捨てた親ってのはてめぇのことなんだけどな、クソ親父。


 まるで自分のことじゃないと振る舞う奴のその姿に、昨日と同じように胸中に怒りの感情が溢れかえりそうになるが―――それを止めてくれたのは、背後にいる、小柄な少女だった。


 穂乃果は恭一郎に怯えながらも、オレの手をギュッと握り、こちらの顔を心配そうな顔で見つめてくる。


 そんな優しい彼女の姿を見ていたら、不思議と心が落ち着いていくのを感じられた。


 オレはふぅと短く息を吐き出し、頭を左右に振る。


 そして恭一郎へと再び視線を向けると、にこりと微笑みを浮かべた。


「いえ、柳沢先生が謝られることは何もございません。私の方こそ昨日は申し訳ございませんでした。急に帰ってしまって‥‥失礼な態度を取ってしまいましたよね」


「いや‥‥お前さんは何も悪くはねぇさ。お前はまだガキなんだから、親の姿を追い求めるのは当然のことだ」


 そう言って恭一郎は一度目を伏せ、肩を竦める。


 そして瞳を開くと、こちらの様子をジッと見つめて来た。


「‥‥? どうかされましたか? 突然、私の顔を見つめられて‥‥?」


「‥‥‥‥やっぱ、似てるな」


「え?」


「いや‥‥‥‥昨日のお前の怒っている姿を見たら、何だか、まるで亡くなった妻がオレに激怒しているように感じられてな。あの後、無性に心が落ち着かなくなっていた」


 そう言って恭一郎はフッと小さく笑みを浮かべ、何処か悲しそうな表情で再び開口する。


「まぁ‥‥オレもお前の親と同じ、ロクデナシだからな。ガキの側に居られなかったオレに、由紀が怒らないはずはないだろう。本当、オレは酷い夫であり、父親だった」


「え‥‥?」


「それじゃあ、また後でな、如月。今日からビシバシと指導してやるから、覚悟しておけよ」


 そう言って、恭一郎は背中を見せて去って行った。

 

 先程奴が言った、ガキ‥‥というのは‥‥オレとルリカのこと、なのか‥‥?


「? お姉さま、どうかいたしましたか? 何だか、怖い顔をされていますが‥‥?」

 

「‥‥い、いえ。何でもありません。行きましょうか、穂乃果さん」


「は、はいです」


 オレは穂乃果と共に、実習室へと足を踏み入れる。


 恭一郎は、何故、オレとルリカを捨てたのか。


 銀城 遥希はいったい、何者なのか。


 まだ謎は多いが‥‥今はとにかく、如月 楓として、稽古に集中していこう。


 余計なことを考えれば考える程、演技の質は落ちて行く。


 ただでさえブランクが長い身なのだから、しっかりと修練して、早急に以前の勘を取り戻していかなければ。


第38話を読んでくださってありがとうございました。

よろしければ、モチベーション維持のために、ブクマ、評価、お願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ